第三十七話「オークのペンス」
「ペンス、魔王様からお夜食の依頼だ」
「魔王様がお夜食を? 何だ?」
「サンドイッチを執務室まで届けてくれだってさ」
「執務室まで? いつも自分で取りに来られるのに珍しいな?」
「そんな事もあるだろ。とにかく頼んだ」
それだけ言って、副料理長で狼人のオリバーが明日の仕込みを始める。
オイラはサンドイッチ作りに取りかかった。
6階から7階に続く唯一の階段に腰掛けながらルービックキューブとかいうおもちゃで遊んでいたデュラハンのマキシムが、ちらっとだけオイラとサンドイッチを見てまたルービックキューブに視線を落とす。
魔王様が最近作らせて、ブームになっているおもちゃだ。オイラは3×3でも一面そろえるのがやっとなのに、マキシムやオリバーは5×5の奴をやっている。何が楽しいのかオイラにはさっぱり分からない。
「魔王様、お夜食をお持ちしました」
『おお、ペンス。ありがとう。入ってくれ』
執務室のドアをノックすると、魔王様からそう返事が返ってくる。
ドアを開けると、魔王様が1人で机で仕事をしていた。
「あれ? クリスティーナさんはどうしたんですか?」
「クリスティーナは気分が悪いと言い出したんでな。休ませる事にしたよ」
「そうですか…」
オイラは部屋の中に魔王様以外誰もいない事を確認し、サンドイッチの皿と紅茶のポットとカップを魔王様の隣に置く。
「魔王様、今召し上がられてはいかがですか? 紅茶もお持ちしましたし」
「おお、ありがとう。じゃあそうするよ」
魔王様は仕事の手を止め、机の上の物をいったんどかしサンドイッチを手に取る。
そして紅茶を一口。
「魔王様? お味はいかがですか?」
「うん、うまいよ。この卵サンドは絶品だね」
「そうですか。それはよかったです………そいつが貴様の最後の晩餐だからな!!!」
オイラは、隠し持っていた包丁を魔王の首に向け振り下ろした。
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オイラはオークのペンス。
人間の里を襲い、オークの里を滅ぼした張本人。
オークが温厚な生き物と言うのは本当だ。
ただし、自分を除いては。
オイラは自分の欲望の赴くままにオークの里の近くの人間の村を襲い、壊し、凌辱した。
その悪行が原因でオークの里は滅ぼされた。
オイラは自分だけ逃げ出そうとしたが、人間達に見つかり殺されそうになっていた。
そこにあのマヌケな魔王が通りかかり九死に一生を得た。魔王はオイラの作り話を信じ魔王城に住まわせてくれた。
それからオイラはずっとここで飼い殺しにされていた。
温かい寝床に、休みが取れる仕事、3食おやつもついている。
でもオイラは暴れたくて仕方なかった。
あの間抜けな魔王に成り代わり、人間達を襲いたくて仕方なかった。
けれども魔王の隙を狙おうとしてもあのリッチーや、脳筋ミノタウロスや、童貞デュラハンが邪魔でできなかった。
さすがのオイラもあいつらには敵わない。
だからチャンスをずっと窺い続けた。
自分の中に眠る凶悪性を必死で押し殺しチャンスを待ち続けた。
前回のような失敗はしたくない。
魔王の首を1対1で取り、魔王国の連中にオイラを認めさせる。
そして人間の里を襲い、金と力を手に入れる。
あのクリスティーナも我が物にし、毎晩可愛がってやる。
その輝かしい未来が、チャンスが遂に来たのだ。
オイラは魔王の首を刎ね飛ばし甘い快感に酔いしれた。
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コロコロと転がる魔王の首。
恐ろしく手応えがなかったが、生っ白い人間なんてこんなものだろう。
「ハハ、ハハハハハ! やった…! やったぞ! これでオイラが魔王だ!」
ピクリとも動かない魔王の体を見下ろし、オイラは笑いが止まらなくなる。
間抜けな奴だ。オイラの作り話を信じ、まんまと騙され首を取られる。
まあここまで国を大きくしたのは褒めてやっていい。おかげでオイラが楽して富と金を手にする事ができる。
手駒が多いのもありがたい。あいつらを有効活用すれば世界征服なんてあっという間だろう。
それとクリスティーナ! あいつは人間の中でもかなりの上玉だ。これから毎晩どんな風にしてやろうか。今から楽しみで仕方ない。
「ハハハ! ハハハハハ!!!」
オイラは喜びを抑えきれず笑い声を上げる。
その目の前で。
首のない魔王の身体が、のそりと起き上がった。
「はっ?」
魔王の体は自分の首を拾いに行き、首を体に付けた後……黒い影になった。
黒い影に顔に白い口が浮かび、高笑いを上げる。
「フフフ、フーハッハ! 愉快! 実に愉快! 愚かで哀れで知能の足らぬ輩を引っかけるのは実に愉快である!」
オイラは気づく。魔王じゃない! 誰だコイツは!?
「汝、愚かで哀れなるオークの男よ! 魔王様を討ち取ったと思ったか? ざーんねん、小生でした!!!」
「だ、誰だお前は!?」
オイラは謎の黒い影に包丁を向けて叫ぶ。
黒い影は、芝居がかった丁寧な礼をして自らの名を名乗った。
「初めましてであるなオークの男よ。小生の名はクロカゲ。魔王軍幹部の1人にして誰にでも化ける事のできるドッペルゲンガーである」
「ド、ドッペルゲンガー!? そんな奴がいたのか!?」
「愚かで哀れなるオークの男よ。小生の存在を知らぬのは貴様だけではない。魔王軍幹部以外誰も知らぬ事だ。小生の存在は特別であるからな」
「な、何で首を刎ねたのに死なないんだ!」
「愚かで哀れなるオークの男よ。ドッペルゲンガーは不死の存在である。影に何をしても影を傷つける事はできぬであろう」
「ま、魔王は! 本物の魔王はどこにいるんだ!!!」
「愚かで哀れなるオークの男よ。魔王なら現在闇の魔王に呼び出されお小言食らっている最中である」
「闇の魔王…?」
「貴様のような愚物には関係ない御方だよ、愚かで哀れなるオークの男よ」
トントン、とむかつく仕草でこめかみを叩いてから、ドッペルゲンガーがオイラに語りかける。
「愚かで哀れなるオークの男よ。貴様のような愚物に魔王は務まらぬ。魔王というのは闇の魔王に選ばれし者なのだから。あれなる魔王は凡庸な魔法使いであるが闇の魔王により強化されている。そーんななまくら包丁では首を刎ねるどころか傷一つつけられぬだろうな。奴を殺すには伝説の剣か、あの脳筋ミノタウロスほどの剛力でもないと無理である」
「な!? そんなの…」
「本当であるよ愚かで哀れなるオークの男。まあ信じるか信じないかは貴様次第であるがな」
信じるも信じないも、今はそんな事はどうでもいい。
こうなってしまった以上、これから…
「それよりよいのかな? 愚かで哀れなるオークの男よ。貴様の裏切りを知った忠誠心の塊、脳筋ミノタウロスが巨大なマサカリを手に怒り狂いながらこちらに向かっておるぞ?」
「ひ、ひいいっ!?」
ドッペルゲンガーに言われ、オイラは魔王を殺すどころではない事を知る。
冗談じゃない!
あの脳筋ミノタウロスはドラゴンも退治した事があるなんていう化け物だ。
アレに勝てる奴なんてどこにもいない。オイラだって瞬殺だ。
オイラは慌てて魔王の部屋を飛び出す。
『ペンスよ! どこにいる!!! 魔王様を裏切るなど許さぬぞ!!!』
脳筋ミノタウロスのぶっとい声が城中に響き渡る。
「ひ、ひいいっ!!!」
オイラは、恐怖のあまり包丁を取り落とし無様な格好で廊下をひた走った。
「ハーッハッハ! 逃げるがよい! 精々逃げ惑うがよい! 愚かで哀れなるオークの男よ!」
それから、必死で城の外に向かって逃げた。
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「ハアっ、ハアっ、ハアっ、ハアっ…」
しくじった。
しくじったしくじったしくじった。
「あともう少しで、オイラが魔王になれたのに…!」
ドッペルゲンガー? あんな奴がいたなんて聞いてないぞ!
闇の魔王? そんなの知らないぞ?
魔王を殺すのに伝説の剣でもないとダメなんて嘘っぱちに決まってる!
アイツがドッペルゲンガーじゃなくて本物だったらオイラが魔王になっていたのに!
あのクリスティーナも我が物にすることができたのに!
そんな事を思いながらペンスは、時折転びながら無我夢中で城の外に向けて走る。
ミノタウロスの強さは恐怖だが走るのは苦手で足が遅い。自分の足でも逃げ切れ…
「待っていたぞペンス」
あと少しで外に出れる。
その正門の前に、誰かが待ち構えていた。
「貴様は狡猾で慎重な割に頭が足りんからな。この正門から逃げてくると思っていたぞ」
体調不良で休んでるはずのクリスティーナだ。
「クリスティーナ…!」
鎧を身に纏い聖剣を手にしたクリスティーナを、ペンスが睨む。
「一応裏門をマキシムに見張らせていたがな。想像通り貴様はここに逃げてきたと言う訳だ」
クリスティーナに言われて気がつく。
行く時は階段を見張っていたマキシムが、逃げる時にはいなかった事を。
「まあ、城の中を汚したくなかったというのもあるがな。あの城を貴様なんかの血で汚したくないから外で始末する事にしたという訳だ」
ペンスはクリスティーナを改めて睨む。
こいつだ。
こいつが自分を引っかける計画を立て主導したのだ。
ペンスは今回の計画の裏で糸を引いているのがクリスティーナだと悟る。
「魔王様は自分で始末をつけると言っていたが、あの方はおやさしいから貴様に情けをかけてしまう恐れがある。だから私が貴様に引導を渡すとしよう」
「……なぜだ。なぜオイラが魔王を狙っている事が分かった」
「ベス姐さんが教えてくれたのだ。貴様が魔王様を亡き者にしようと企んでいる事をな」
「ベス姐さん…?」
あのサキュバスにしては地味な女のエリザベスの事か? いい身体してるからアイツもいつかオイラの物にしてやろうと思ってたけど…
ペンスがそんな事を思っている間に、クリスティーナが背中に背負った剣を抜く。
長い刀身の白銀の刃に、白い鍔、白い柄の美しい剣だ。ペンスは思わずその剣に見とれてしまった。
「ベス姐さんは他人の夢を見る事ができるんだよ。そこで貴様がやってきた所業の数々や企みを知ったという訳だ」
そんな事知らなかった。知ってたらすぐに排除していたというのに。
ペンスは地味なサキュバスの事を思い出し内心舌打ちした。
「…とはいえ思ってるだけでは罪には問えないし、貴様が人間の里を襲ったという証拠も手に入らなかったからな。そこで機会を伺い貴様を引っかけたという訳だ」
「ちっ…」
間抜けな魔王と違い、こっちは有能だったという訳か。
剣を握っているクリスティーナを、ペンスは見やる。
クリスティーナがどれほどの強さかは知らないが、しょせんは人間。たいしたことはないだろう。
ちょうどいい。
このクリスティーナをボロボロにして凌辱の限りを尽くしてやる。
そう思い襲いかかろうとした次の瞬間、
ペンスの両腕は斬り落とされていた。
「うぎゃあああああああああああ!??」
自分の腕の断面と吹き出す血を見て、ペンスが悲鳴を上げる。
「う、うわああ!? うわあああああああ!!!!!」
手を失ったという信じたくない現実と、痛みにペンスが悶絶しながら地面を転がる。
「安心しろ、ペンス」
そんなペンスを見下ろしながら、クリスティーナが剣を突きつけてくる。
「アンデッド化しないよう、貴様はこの聖剣で斬り刻んでやる。この聖剣は特別製でな。斬った相手の魂まで斬れるんだ」
「ひい!? ひーい、ひーいっ……ゆ、許して…」
「許して? 己の欲望のままに人間達を襲い、人間と共存していたモンスター達の安寧を奪った上、魔王様を裏切った貴様を許す余地などない」
白刃がゆらめき、振り上げられる。
その姿は、鬼のようだ。
ペンスは、自分の目の前にいる相手の恐ろしさにようやく気づき失禁する。
振り下ろされる剣が、スローモーションのように見えた。
ペンスの首が宙を舞う。
クリスティーナは、剣をピッと振るって汚い血を落としゆっくりと鞘に入れた。
ペンスは知らなかった。
自分に魔王の幹部が誰で、どれくらい強いのか情報がいかないようにされていたという事を。
ペンスは知らなかった。
魔王がずっと昔にエリザベスの進言を受け、自分の事を警戒し調査していたという事を。
ペンスは知らなかった。
自分が手を出そうとしていた相手が、『鬼斬りクリスティーナ』の異名を誇る東の大国の英雄だったという事を。
かくしてペンスは、愚かにも魔王軍で3番目に強い強者に挑みその命を失った。
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「魔王様、オリバーを料理長に昇進させてよろしいでしょうか」
「え? ペンスいなくなっちゃったの?」
「はい、魔王様に化けたクロカゲを殺そうとしたので始末をつけました」
「なんだ……おとなしくしてたら死なずにすんだのにバカな奴だな」
「それよりオリバーを料理長にする件ですが」
「ああ、いいよ。それで進めてくれ」
「かしこまりました」
…ペンスは知らなかった。
自分は魔王にとって、相手にする価値もない、取るに足らない存在だと思われていたという事を。
魔王軍幹部 強さランキング
1位 ミノさん
2位 マキシム
3位 クリスティーナ
4位 ティル
5位 魔王(闇の魔王に強化された力を含む)
以下、全員非戦闘員なので順位なし




