第三十六話「秘書とサキュバス」
「は~…」
魔王様がうるさい。
「魔王様」
「は~…」
魔法の里から帰ってきてからずっとため息ばかり吐いている。
「魔王様、手が止まってますよ魔王様。ため息吐いてないで仕事してください魔王様」
「ああ~…」
仕事中もため息ばかりの魔王様が落ち込んでいる理由は一つしかない。
私はあの小娘の事を思いだしイラっとする。いや魔王様の事を何とも思ってないみたいだし、仕事相手としてはいい取引相手なのだがイラっとする。
何より魔王様の初恋の相手だという事がイラッとする!
大体なんだクリリって! 私の名前とかぶっているではないか! 作者! もっと考えろ!
「初恋の相手の小娘が結婚してたのがショックで落ち込んでるのは分かりましたから仕事してください」
「小娘って誰のことだ! クリリのことか!? 〇リリンのことかああああ!!!」
「いや誰ですか〇リリン。どっから出てきたんですか」
一瞬だけガバッと起き上がって魔王様が、またがっくりうなだれて机に突っ伏す。
「まさかクリリが結婚して子供もいたなんて…。まだ24なのに…」
「いや別にそれくらい普通ですから。ていうかあの小娘24だったんですか…。私より若いなんて……っていうか魔王様っていくつなんですか? あの小娘が幼なじみで24って事は、それに近い年齢なんですよね」
「…企業秘密だ」
「ていうか前にあの小娘が『俺の1個上』って言ってましたよね。ってことは23!? 魔王様23歳なんですか!? 私より年下なんですか!!!」
「企業秘密だ!」
「結婚できる年齢じゃないですか! 性欲漲る年齢じゃないですか! お姉さんが面倒見てあげるから結婚してください!」
「しねえよ! なんだその雑なプロポーズ!」
「魔王様! 実は私年下好きのショタコンなんです!」
「知らねえよ!!? なんだそのカミングアウト!!!」
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「…そんな感じで初恋の相手が結婚したって知って落ち込んでたから、つけ込んでやろうと思ってたんだが……思いの外立ち直りが早くてな」
「ふ~ん、そうなんだ」
私の話に、興味なさそうに相づちを打ちながらベス姐さんが私の髪をカットする。
『サロン・ド・エリザベス』の店内はいつも通りキレイだ。
ベス姐さんの細やかな性格がよく出ている。
しかし今日はいつもと違う物が店の中にあった。
「あれ? ベス姐さん珍しいな。花を飾っているのか?」
「ええ、キレイだったから」
「ふうん」
花なんぞに興味がない私だが、飾られている花がいい花だという事は分かる。
何というか……心がこもっている感じがする。
それにしてもあの花、どこがで見た事あるような?
「ところでその初恋の相手ってのはどんな子だったの?」
ベス姐さんが、話を戻し尋ねてくる。あれ? 意外と興味あるのか?
「どんな子も何も、ただの小娘だ。三つ編みの茶髪で小柄で胸も尻もない子供と言われても信じられるような小娘だ。顔は確かに可愛かったがな」
「へえ…」
「魔王様は『今は何とも思ってない』と言っていたが、やはり初恋の相手というのは特別みたいだな。結婚したと知ってショックを受けておられていたようだ」
「…」
「ベス姐さん? 手が止まってるぞ?」
「え? ああ、ごめんなさい」
私の指摘に、ベス姐さんが止めていた手を動かし始める。
ベス姐さんにしては珍しいな?
まあそれより魔王様だ。
「そんな感じで落ち込んでたのに週明けになったら何か知らんが元気になっててな。休み前はあんなに落ち込んでたのに…」
「へえ、そうなんだ」
「まさかとは思うが、誰かに慰めてもらったとか? いやでも魔王様にそんな相手いる訳…」
ジョキン。
「あっ」
「………オイベス姐さん? 今の『あっ』は何だ?」
「な、なーんでもないわよ。ところでクリスティーナ? アンタショートカットにしてみない? きっと似合うと思うの!」
「切っちゃったんだな! ジョキンと切りすぎちゃったんだな私の髪を!」
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「あれ? クリスティーナ、イメチェンか?」
「ええ、まあ…」
翌日、私は短くなった髪で魔王様の仕事部屋に出勤した。
ずっとロングだったから落ち着かない…。それに魔王様にどう思われるか…
「よく似合ってるな。可愛いじゃん、ショートカット」
「!!!」
魔王様と出会って1年、
今まで一度も言われたことない言葉に私はパッと顔を上げる。
ありがとうベス姐さん! やるじゃないかベス姐さん! さすが凄腕カリスマエロ美容師!
いや実は私も結構似合うと思ってたんだ! 可愛いんじゃないかと思ってたんだ! さすが私!
何食わぬ顔をして仕事の準備を始めてる魔王様だけど、心なしか意識して私から目をそらしてるような気がする。
今なら…
今ならイケるんじゃないか?
「魔王様…」
「なんだ?」
「結婚してください!」
「『テレポート』!!!」
…どうやらまた早まってしまったようだ。
その後仕事前だと思い出したのか、すぐに戻ってきた魔王様に『仕事前、仕事中の求婚は禁止』とお小言を食らってしまった。
おのれあの小娘め! 全部全部あの女のせいだ! 結婚おめでとう! お幸せにどうぞこの野郎!




