第三十五話「魔法の里イリシア②」
「『パラライズ』」
誰かの麻痺の魔法が、魔法使い達を無力化した。
「…誰ですか、あなたは」
クリリが魔法使い達を無力化した相手を振り返り、問いかける。
その問いかけに、そのリッチーはいつもの笑い声を上げて答えた。
「ヒャッヒャッヒャ! 通りすがりのリッチーじゃよ。そこの魔王と魔王の秘書の仲間のな」
俺達を窮地から救ってくれたのは魔王軍最古参、リッチーのティルだった。
「ティルさん…!」
俺がティルの名前を呼ぶと、ティルが怒った様子で俺に呼びかけた。
「こりゃ! 魔王よ! お主ワシとの約束忘れておっただろ!」
「ティルさんとの約束…?」
「7年前に約束したじゃろ! 『いつかイリシアに連れて行く』って!」
「…ああ!」
すっかり忘れてた!
「まったく、ワシを誘った時には調子のよい事を言っておったくせに!」
「…何でもいいですが、私の事を忘れないでいただけますか?」
クリリが、杖をティルに向けて呪文を唱える。
「『インフェルノ』!!!」
「『ウォータリー』」
獄炎の魔法が、水の魔法にかき消される。
「なっ…!?」
それを見て、クリリが初めて感情を露わにした表情を見せる。
信じられない、といった表情だ。
そりゃそうだ。高位魔法のインフェルノが、低レベルの魔法で相殺されたんだから。
「ムダじゃよ。アンデッドが炎魔法と聖魔法に弱いという事は聞いておったからの。その対策をしてきたんじゃ」
何かの瓶を掲げるティル。あれで魔法の威力を上げているのか?
「…アンデッド、それも魔法使いがアンデッドになった穢らわしいリッチーがこの里に何の用ですか。この里の人間がリッチーを許さないのをご存じですか?」
「知っておるよ。それでもワシはお前さんに会いたかったんじゃ。クリリ」
「…は?」
ティルの言葉に口をあんぐりと開けるクリリ。
「なぜ私の名前を知ってるんですか?」
「お前さんがワシの可愛いひ孫じゃからじゃよ、クリリ」
「あ、あなたは一体? 誰なんですか?」
「ワシじゃよワシ、ウェンスティルじゃよ」
「「え?」」
ティルの発言に、俺とクリリ、2人の驚いた声が重なる。
「ウェンスティル、ひいおじいさま…?」
「え? あの、ずっと寝たきりだったクリリのひいじいちゃん…?」
「お前さんも覚えておったのか魔王よ。よく覚えておったのう。お前さんは2歳か3歳くらいじゃったのに。…その割に再会した時はきれいさっぱり忘れておったようじゃが」
「いや、だって、10年以上会ってなかったから…」
「それもそうじゃのう! ヒャッヒャッヒャ!」
「その笑い方! さっきも聞いたけどウェンスティルひいおじいさまの笑い方! ウェンスティルひいおじいさまなのですね!?」
「じゃからそう言っておるじゃろう、クリリよ」
「…ちょっと待ってくれ、何が何だか分からんがどういう事なのだ?」
話についていけてないクリスティーナが俺達の間に割って入る。
「簡単な話じゃクリスティーナの嬢ちゃん。ワシは元々この里の人間で、そこのクリリはワシのひ孫なんじゃ。そこの魔王は隣の家じゃったな!」
「ある日突然いなくなって『神隠し』だって騒がれたけどな…」
「…その通りです。ウェンスティルひいおじいさま。どうしてリッチーになったんですか?」
「お前さんの花嫁姿が見たくてリッチーになったんじゃ」
「え?」
「可愛いひ孫の花嫁姿をどうしても見たかったんじゃ。でも長くない事が分かっておったからリッチーになったんじゃ」
いつの間にか集まった魔法使いの皆が、ざわざわと「あれティル爺さんじゃね?」「あっちはユウキだ!」「クリリにフラれて姿を消したユウキだ!」と話している。その話はやめてくれ! 後こっちの世界のお父さんお母さんがいる!!!
「…それだけの理由で、リッチーになったんですか?」
「ああ、そうじゃよ。リッチーになった時はすっかり忘れてしまっておったがの」
「…理解不能です」
「バアさんと約束したからの」
「え?」
「先に死んだバアさんと約束したんじゃ。『クリリの花嫁姿を見てからあの世に行く。そしてあの世でクリリの話をたくさんしてやる』とな」
「ひいおばあさま…」
「ああ、そうじゃ。まあ頑張ったがワシもぽっくり逝きそうになったんでの。それでリッチーになって約束を果たそうとしたという訳じゃ」
「そう、だったんですね…」
クリリが、ずっと構えていた杖を下ろす。
「クリリよ。大きくなったの」
「…ええ、あれから20年経ちましたから」
「無詠唱の魔法が使えるとは大したもんじゃ。まあこの大魔法使いウェンスティルには及ばぬがの! ヒャッヒャッヒャ!」
「年季が違うから仕方ないでしょ。5年もすれば追い越して見せますよ」
「大きく出たのう! ヒャッヒャッヒャ! ……ところでクリリよ。誰かいい人はできたのかの? 誰もおらぬのならこの魔王なんてどうじゃ?」
「「…えっ?」」
ティルの言葉に、俺の胸が高鳴る。
そしてクリリを見る。昔と変わらず可愛い。クリリと、俺が結婚…?
「お主の花嫁姿を見届けたらワシはバアさんの所に行く気じゃ。誰も相手がおらぬのなら、この魔王と結婚…」
「何を言っているのですかティルひいおじいさま。私はもう結婚して子供もいるのですよ」
「「「え?」」」
クリリの言葉に、俺・クリスティーナ・ティルが固まる。
「ララル、いらっしゃい」
「はーい」
クリリの呼びかけに、遠巻きに見ていた3歳くらいの女の子が返事をしてトテトテ走ってやってくる。
「娘のララルです」
「「「えっ? 娘? えっ???」」」
「おかあさん、このひとたちだあれ?」
「魔王とその秘書とリッチーになったひいひいおじいちゃんです」
「リッチー? アンデッドはたいさんだー! 『いんふぇるの』!!!」
「え? ギャアアアアアアアア!!?」
「うわあああ!? ティルさああああん!!! 『ウォータリー』!!!」
獄炎に包まれたティルを、慌てて消火する。
すぐ消火したのと、事前に飲んでた何かのおかげか幸いにもティルは無事だった。
「い、一瞬、バアさんの顔が見えたぞ…。その歳でインフェルノが使えるのか…」
「ええ、ララルは私に似て天才ですから」
ティルの言葉通り、3歳くらいなのにクリリの娘がもう高位魔法の『インフェルノ』が使える事に戦慄する。
俺でも12歳でやっと使えたのに…
ていうかクリリが結婚…、クリリに娘…
「ララル、会った人にいきなり攻撃してはめっですよ」
「はーい」
「…ひいおじいさまの事はひとまず置いておくとしましょう。それよりユウキ」
「…な、なんでせう?」
「どうして魔王になんかなったんですか?」
「その……色々ありまして」
「色々とは何ですか?」
「………言えません」
クリリが杖をスチャっと構える。
「まあ待てクリリよ。魔王にも色々とあるんじゃよ」
「その色々について知りたいのですが」
「人には色々事情があるんじゃ。そこは誰であろうとおいそれと触れてはならぬ」
「…ひいおじいさまがそうおっしゃるならその色々とやらについては触れぬようにしましょう。ですが魔王になっての悪行三昧を不問とする訳にはいきません」
「悪行三昧って何じゃ?」
「人攫いをしているとか」
「攫ってないよ!」
「冒険者達を殺してるとか」
「殺してません。魔王様は殺さないよう手加減して倒してます。万が一死んでしまってもすぐ蘇生できるようにされています」
「近くの国に戦争をしかけ征服し圧政をしいているとか」
「しとらんのう。魔王は自分の国で商売に励んでおるだけじゃ」
「大量破壊兵器を製造しているとか」
「しとらんのう。飲むヨーグルトとかプリンとか妙な食い物は製造しておるが」
「ちゃんとした食品や衣料品、医薬品等も製造しています」
「おい待て、飲むヨーグルトとプリンもちゃんとした食べ物だぞ」
「グムグム教国の姫を誑かし手籠めにしたとか」
「してないよ!」
「そうです。あの小娘が勝手に私の魔王様に横恋慕してるだけです」
「俺はお前のじゃねえ!」
「…」
俺達の言葉に、クリリが右手でこめかみを押さえ目をつむる。
「…どうやら噂が独り歩きしていたようですね。おかしいと思ったのです。お人好しで人を傷つける事を嫌うユウキがそのような事できるはずありませんから」
「その割に攻撃的だったよね? 本気で俺を殺そうとしてたよね?」
「何か問題でも?」
「いえ、何でも…」
足にすがりついている娘の頭をなでながら、クリリが俺を睨む。
クリリには昔から頭が上がらない。昔から魔法の実験台にされていたからな…
「…そういう事であれば魔王になった事を不問といたしましょう。皆に説明してきます」
俺達を残し、クリリが娘を連れて皆の元へ行く。
どうやら話をしてくれるようだ。
「して、魔王よ。ワシに何か言う事はないのかの?」
「ありがとうスミマセンでした」
感謝と謝罪を同時に述べる。
「まったく! あの時は調子のよい事を言っておったくせにワシとの約束を忘れおって!」
「いやー、7年以上経っちゃってるから。それにしてもティルさん、その瓶なあに?」
「お前さんに頼まれて作っておった魔法の威力を上げる薬の試作品じゃよ。まだ効果が不安定じゃからお前さんには飲ませられんがの」
「そうか。完成したら教えてくれ。クリスティーナをテレポートで国に送り返す時に使うから」
「ま、魔王様? 冗談ですよね?」
本気ですが何か?
と、そんなやりとりをしている内にクリリが皆に話を終えこちらに戻ってきた。
「ひいおじいさま。私の花嫁姿は家に写真がありますのでそちらをご覧に来て下さい」
「おお、行く行く」
「それから……その後は聖職者をお呼びします。ひいおばあさまの所へ行かれて下さい」
「うん、やじゃ」
「「「は?」」」
ティルの言葉に、俺・クリスティーナ・クリリの驚きの声が重なる。
「ワシにはまだやる事があるんじゃ。そこな魔王の元でやらねばならぬ事がな」
「いや、そんなの別に…」
「あるじゃろ? お前さんにはワシの力が必要になる事が。他の者の目はごまかせてもワシの目はごまかせぬぞ。なんせ長い付き合いじゃからのう」
「…」
「ワシがバアさんの元へ行くのはそれが済んでからじゃ。その時にまたここに邪魔しお前さんの花嫁姿の写真と家族をゆっくり見させてもらうとするかの。それじゃサラバじゃ! 『テレポート』!!!」
「あっ! ひいおじいさま!?」
クリリが止める間もなく、ティルがテレポートで帰って行く。
結界があるのにテレポートできたのは、あの薬のおかげか? あれならクリスティーナをテレポートさせる事ができるかも…
「はあ、相変わらず自由というか勝手な…」
「ティルさんらしいよな」
「はい。ティル爺はいつもあんな感じです」
「…」
俺とクリスティーナの方を、クリリがジロッと見る。
「…言っておきますが私はあなたが何も言わずにここを離れた事、許してませんからね。ユウキのお父様とお母様、皆も一緒です。取りなしてあげますから話してきなさい」
「『テ…』」
「テレポートはダメです」
クリリに腕をガシっと掴まれてテレポートを止められる。
テレポートは触れている相手も一緒にテレポートしてしまうからこれじゃ逃げられない。
さすがクリリ、よく分かってやがる…
「久しぶりに里に戻ってきたんですから皆と食事でもしながら話していきなさい。大講堂で用意させますから」
「…はーい」
「よろしい」
「…」
腕を掴んだまま放さないクリリを、クリスティーナが何か言いたそうに見ているが人妻で娘持ち、そして俺の事を何とも思ってないだろう事もあってガマンしているようだ。
いや、クリリはホントに俺の事を何とも思ってないんだろうな…
その後、里の皆と食事をしながらこれまでの話を色々し、クリスティーナとクリリは商売の取引の契約を結び俺達は魔法の里イリシアを後にした。
クリスティーナは俺の家族に『息子さんを私に下さい!』『私のお腹には魔王様の子供がいるのです!』とデタラメを言い騒ぎになりかけたが、何とか誤解を解いて無事に終わった。




