第三十四話「魔法の里イリシア①」
「魔王様、ある所から招待状が来ています」
「どこだ?」
「魔法の里、イリシアです」
「…なんだって?」
「魔法の里、イリシアです」
「…スマン、俺は体調不良という事でクリスティーナ1人で行ってくれ」
「何言ってるんですか。魔王の里イリシアといえば外の人間を滅多に立ち入らせない秘境中の秘境。そこでしか作られない魔道具の取引とかできるかもしれないんですよ! ウチの商売にとってもチャンスです!」
「やーだー! クリスティーナ1人で行ってきて! それかクロカゲと行ってきて!」
「駄々っ子こねないでください! 『影武者』を使うのもダメです! アイツは交渉事には向きません! 絶対ロクな真似しかしないからダメです!」
「俺は行かない! 絶対行かない! 絶対に行かないんだからな!!!」
「一体どうしたというのですか!? コラ! 机にしがみつかないでください! 行きますよ!」
「クリスティーナの鬼! 悪魔! 有能! 仕事熱心!」
「褒めてるのかけなしてるのかどっちなんですか! ホラ! 行きますよ!」
「うわああああああああああああ!!? やーめーてー! イリシアにだけは行きたくないー!!!」
私は魔王様を引きずって、廊下を進んでいく。
そんな私達の姿を、ある人物が見ている事など知らなかった。
「イリシア、じゃと…?」
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「…魔王様? その仮面は何ですか?」
「ハカセに作ってもらった仮面だ。魔王っぽくてカッコイイだろ?」
「ハイハイソーデスネ」
山羊のガイコツのような仮面をかぶり、いつもはかぶらないフード付きのローブをすっぽりかぶって全身を隠した魔王様とイリシアの里の集会所のような所で待つ。
一体どうしたというのだ?
イリシアの名前を出した時から、魔王様の様子がおかしい。
渋々車を出してくれたけど、途中で違う国に行こうとしたり『やっぱやめる!』と入り口でダダをこねたりと、魔王様の様子は普通ではない。
「お待たせいたしました」
とそこに濃い茶髪の三つ編み、黒いローブを羽織った少女が現れた。
見るからに魔法使いのような小娘だ。
「イリシアの里の長の秘書を務めますクリリと申します。この度は招待に応じて頂きありがとうございます」
「こちらこそ、お招き頂きありがとうございます。私は魔王様の秘書、クリスティーナと申します」
しかし自らを里の長の秘書と名乗り、きちんとした対応もありこちらも丁寧に挨拶する。
「ほら魔王様、挨拶してください」
「う、ウム……ワガハイが魔王国魔王である」
ワガハイ?
普段は使わない一人称、それに作ったような低い声に私は首を傾げる。
妙だ妙だと思っていたが小娘が来てから魔王様の様子が更に妙だ。
小娘が入ってきた瞬間にビクン!と体を震わせたし、今だって挙動不審だ。
一体どうしたというんだ?
一方小娘は感情を感じさせない表情と様子で魔王様をジッと見つめる。
「今日お呼び立てしたのは他でもありません。招待状には『商品の取引がしたいから』とお書きしましたが、そちらの魔王様について聞き捨てならない噂を耳にしたからです」
「聞き捨てならない噂?」
私の言葉に、小娘がウンと頷く。
「そちらの魔王様が……8年前にウチの里からいなくなった魔法使いなのではないかという噂です」
「…」
小娘の言葉に、魔王様がぷるぷると震え出す。
「サラサラの茶髪に、左利き。人に頼まれたらイヤと言えないお人好しな性格、白魔法と黒魔法を両方使える事。どれも私がよく知っている人物と同じ特徴だったのです」
…ここまで来たらさすがに私もピンと来た。イリシアが魔王様を招待した理由、魔王様がイリシアに行くのを嫌がった理由、
魔王様が慌てて左手に持ったペンを右手に持ち替える。
いや遅いわ! そんなんでごまかせるか!
「な、な~んの話かな? ワガハイはごらんの通り魔族の王で、ニンゲンでは…」
シュパン。
小娘が杖を振るっただけで、魔王様の仮面がぱっくり割れる。
え? 今の無詠唱? 魔王様でも使えないっていう無詠唱の魔法? この小娘、無詠唱の魔法が使えるの?
慌てて顔を隠す魔王様、しかし小娘はしっかりと魔王様の顔とはみ出している髪を見ていた。
「やはりユウキでしたか」
「…人違いです」
「私の目をごまかせるとでも思ってるんですか? あなたはユウキですね。8年前にいきなり姿を消したと思っていたら、何で魔王になんかなってるんですか? 説明して下さい」
「『テレポートおおおおおおおおおお』!!!」
まおう は にげだした!
「ちょっ!? 私!!! 私は!!?」
1人だけテレポートで逃げ出した魔王様に取り残される私。
小娘は、私に向けて杖を突きつけた。
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「で? あれは誰なんですか?」
何とか小娘から逃げ出し、魔王様と合流した私は里の片隅の橋の下に隠れながらヒソヒソ話をする。
魔王様はテレポートで魔王城まで帰ろうとしたが、結界に阻まれてしまったらしい。
「…魔法使いのクリリ、俺の幼馴染だ」
「幼馴染? え? あれ子供じゃないんですか?」
「子供みたいな見た目してるけど立派な成人だよ。俺の1コ上だ」
「あの見た目で成人…!?」
「俺もびっくりだよ。8年前から全然変わってなくて…」
「魔王様、イリシアの人間だったんですね。ただの魔法使いではないとは思ってましたが…それにしても何で8年前にいなくなったんですか?」
「皆に黙って試練に挑んだからな」
「試練って何ですか?」
「それ試練の山にある魔法使いの試練で……って、試練の事はどうでもいいだろ」
「はあ」
魔王様の口ぶりから魔法使いにしか関係ないものだと察し興味をなくした私はそれ以上聞くのをやめる。
しかしこれだけは気になったので聞くことにした。
「どうしてその試練とやらに挑んだのですか?」
「…」
「魔王様?」
「あの…、クリリにフラれたのがショックで…」
「ハア!? ハアアア!!?」
私は隠れている事も忘れて立ち上がる。
フラれた!? フラれたって事は……告白したって事!?
魔王様は、あの小娘が好きだって事!!?
怒り心頭の私は魔王様の首元を掴み揺さぶる。
「アホですか!? アホなのですかあなたは!? あんな小娘にフラれたくらいで試練とやらに挑んで失敗して魔王になったんですか!」
「いや、だって……あの時は本当にショックだったんだもん……初恋の相手だったし」
情けない顔をしてそんな事をいう魔王様。私の怒りは頂点に達した。
「だもん、じゃありません! あんな…あんな胸も尻も貧相な小娘のどこがいいのですか! 目の前にボンキュッボンの美女がいるではないですか! グムグムの小娘にも鼻を伸ばしてましたしやっぱりロリコン!? ロリコンなんですね!?」
「ロリコンじゃねえよ! 子供の頃の話なんだからそりゃ恋愛対象は子供同士になるだろ! それにあんなに可愛いんだし…」
「…」
ああそうですか。
やっぱりロリコンなんですね。ロリコンだから私に手を出さないんですね。
もうこの人一生牢屋に入ってりゃいいのに。
「…まあ今は、大人な女性の方が好きなんだけどな」
「…」
前言撤回。
そういやベス姐さんも『魔王様は巨乳派』って言ってたし私にもチャンスはあるはずだ。いや、きっとあるに違いない。それにしてもベス姐さんは何でそんな事知ってるんだ?
「それで? これからどうするんですか?」
「俺にひとつ名案がある」
「何でしょう」
「まずクリスティーナがわざと見つかって大暴れ、その捕り物の間に俺はどさくさに紛れて脱出。クリスティーナは捕まって処刑か投獄、俺は魔王国に無事戻る。皆ハッピー大作戦だ」
「私がハッピーじゃありません! 私を何だと思っているのですか!」
「じゃあこれ以外他に何があるんだよ! これ以上の作戦なんてないだろ! ああん!?」
「あるでしょう他にも! 何逆ギレしてるんですか!?」
「そもそもこの里に来なきゃこんな事にはならなかったんだよ! 俺イヤだって言ったよね! この里来たくなかったんだよ!」
「仕方ないでしょういい商談だと思ったんだから! イリシアの里にしかない物と取引できるチャンスだと思ったんです! そもそも何なんですかあの小娘! 私の魔王様の初恋の相手だなんて許せない! 魔王様は私の物です!」
「俺はお前の物じゃねえええええ!!!!!」
「見つけました」
「ク、クリリっ!?」
橋の上から、あの小娘が三つ編みを垂らしながらこちらをのぞき込んでくる。
そのままクルッと一回転して重力を無視したようにゆっくりふわっと着陸した。
え? 何今の? これも魔法?
「もう逃がしません。ユウキ、覚悟して下さい」
杖を構えながら魔王様の前に立ちはだかる小娘。
「待てクリリ! 話を聞いてくれ!」
「問答無用です」
小娘がまっすぐ杖を構えるのとは対照的に、杖を上げたり下げたり落ち着かない様子の魔王様。
いけない。魔王様とこの小娘は相性最悪のようだ。初恋の相手という事もあり躊躇があるのだろう。
私は剣を構えて小娘の前に立ちはだかる。
「あなたに用はありません。どきなさい」
「あなたに用はなくとも私にはあります。魔王様をどうするつもりですか」
「決まっているでしょう。殺します」
魔王様がビクン!と体を震わせる。
「話を聞きもせずに殺すとは物騒ですね」
「では話を聞きましょう。ユウキ、なぜ8年前にここからいなくなったんですか?」
「え? あの…、その…」
モジモジと照れて小娘から目をそらす魔王様。好きな女の子を前にした思春期の男子か! そりゃ言えませんよね! 目の前の相手にフラれたからだなんて!
「…どうやら話にならないようですね」
一度下ろした杖をもう一度挙げる小娘。
「『インフェルノ』」
そしていきなり攻撃魔法をぶっぱしてきた!
「ちいっ!」
私は剣で魔法をぶった斬る。ぶった斬られた魔法は、左右に分かれ後ろの崖で爆発した。
小娘が、私に目をやり尋ねてくる。
「なぜあなたが彼をかばうのですか」
「決まってるだろう。魔王様の身を守るのが私の役目だからだ」
「クリスティーナ…」
「どうやらあなたを排除しないといけないようですね」
小娘が、私に向けて杖を構える。
私は剣を構えて小娘に相対する。
「ムダだぞ。私に魔法は通じない。なぜなら私の…」
「『鬼斬りクリスティーナ』でしたか。確かに私の魔法でもあなたには通じないでしょうね。ですがあなたの弱点は知ってますよ」
「…っ」
私の事まで調べてたのか。しかもわざわざ弱点まで…
「魔王様!」
「ああ、『ミスト』!」
私の呼びかけに応じて魔王様が霧の魔法で目くらましをかける。
「無駄です」
小娘が霧の魔法を無詠唱の風の魔法で打ち払う。
「それは織り込み済みだ!」
魔王様から聞いた! 貴様の得意な魔法は風の魔法だとな!
風の魔法は前に飛ぶということもな!
私は小娘を真横から押さえ込みに…
「『ライトニング』!」
「なっ!?」
しようとした矢先に雷の魔法で弾かれた。
とっさに剣で弾いたが、橋の上を見るといつの間にか魔法使い達が私達を取り囲んでいた。
「仲間を呼んでおきました。当然でしょう。私1人であなた達2人に勝てると思うほどうぬぼれていません」
…マズい。
どうやら私の弱点が本当にバレているらしい。
さすがの私でも、この状況は…
「あなた得意のテレポートで逃げようとしても無駄ですよ、ユウキ。里には結界が張ってあります。あなたはこの里から出られません。どこに逃げ隠れしても追い詰めてみせます」
「…」
小娘の言葉に、またテレポートを使おうとした魔王様が詠唱を止める。
「詰みです。覚悟しなさい」
小娘が無詠唱で風に乗って後ろに飛び、私達から距離を取る。
「「「「「『ライトニング』!!!」」」」」
私達を取り囲む魔法使い達が、一斉に攻撃魔法を唱える。
「しいっ!」
私は剣で魔法をすべて打ち払った。
「「「「「『ライトニング』!!!」」」」」
続けざまに飛んでくる魔法。私はまた剣ですべて打ち払う。
「「「「「『ライトニング』!!!」」」」」
しかしまた続けざまに魔法が飛んでくる。
「魔王様! このままではジリ貧です!」
魔法を打ち払いながら、私は魔王様に呼びかける。
「分かってる! 『バリアー』!!!」
魔王様が魔法を唱え攻撃を防ぐ。
「魔王様! このまま時間を…」
「させません」
小娘が杖を振るうと、バリアーの中にいるはずの魔王様が吹っ飛ばされる。
「な!? 魔王様!」
「バリアーを張られたなら、バリアーの中で風を起こせばいいだけの話です。まあ言うほど簡単な事ではありませんが」
澄ました顔で言う小娘。
「貴様! よくも魔王様を!」
「「「「「『ライトニング』!!!」」」」」
私は小娘に斬りかかろうとするが、魔法使い達の魔法に足止めされて近づけない。
マズい。このままじゃ「時間切れ」になってしまう。小娘を睨みながら私は焦りを覚える。
その間も魔法使い達の攻撃魔法は続く。距離を詰められなければ私はあいつらを倒せない。
焦る私の思考がまとまらない中…
「『パラライズ』」
誰かの麻痺の魔法が、魔法使い達を無力化した。
「…誰ですか、あなたは」
小娘が魔法使い達を無力化した相手を振り返り、問いかける。
その問いかけに、その男はいつもの笑い声を上げて答えた。
「ヒャッヒャッヒャ! 通りすがりのリッチーじゃよ。そこの魔王と魔王の秘書の仲間のな」




