第二十九話「ダンシング・プリンセス」
「魔王様、舞踏会の招待状が来ております」
「武闘会? 天津飯やヤムチャが出るの?」
「テンシンハンやヤムチャが何かは分かりませんが多分違います。ダンスパーティーです」
「ダンスパーティー?」
「ご存じないですか?」
「知ってるけど…」
「色々な国から王族が集まるようです。大口の取引先の国も来ていますし是非ご参加を」
「断ってくれ」
「何故ですか?」
「文化祭の出し物でダンスを踊った事はあるし、そこそこ踊れる方だとは思うけど社交ダンス系はやった事ないんだ」
「そこそこ踊れるなら踊れるのでは?」
「いや、ダンスの種類が違うんだ。俺が踊ったのはボーイズグループ系のダンスだったから」
「ちょっと何をおっしゃってるのか分かりませんが、私が踊れるのでご教示しましょうか?」
「え? 踊れるの?」
「ええ、淑女の嗜みとして当然です」
「お前のちょいちょい出てくる上流階級育ちの嗜みすごいなクリスティーナ。ピアノも弾けるしバイオリンも弾けるしダンスも踊れるし馬にも乗れるし。ちなみにどれくらいで踊れるようになる? 30分?」
「何言ってるんですか。これから2週間、休みの日は4~5時間はみっちりレッスンして頂きますよ」
「え~…」
かくして俺は、クリスティーナの特訓の元舞踏会に向けてダンスレッスンをみっちり受けさせられる事になった。
やたらと身体を密着されたが、こういうもんだと思い我慢した。
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「魔王様、ご武運を」
「ダンスでご武運って何なの? まあ頑張ってきますか」
クリスティーナに背中を押され、俺は舞踏会の会場へと踏み入る。
この日のために作ったタキシードと蝶ネクタイが落ち着かない。
髪のセットも鏡を見て何度もやり直す。
参加できるのは王や王妃や姫や王子など王族限定だからクリスティーナは不参加だ。
他の国の従者と共に壁に並んで警護と見守りに加わっている。
それにしても豪華だ。
天井を飾るシャンデリア。テーブルに並ぶ大きな花。料理やお酒を持って回るウェイター。
前の世界では縁のなかった世界だ。これが王族の世界か。クリスティーナがいないと正直心細い。
「魔王様、わたくしと踊って頂けますか?」
「喜んで」
早速差し出された白い手を取りダンスを踊る。
この場にふさわしい華やかなドレスと気品のある整った顔の美少女だ。あれ? この顔どこかで見た事あるような…
顔を見ている内に俺は一緒に踊っている相手が誰か思い出し……息を呑んだ。
「エ、エリス姫…!?」
「ご無沙汰しております。魔王様」
ヤバイ国、グムグム教国の姫、エリス姫が俺に向けて微笑んだ。
それと同時に俺の背後からものすごい殺気が飛んできた!
振り返らないけど絶対クリスティーナだ!
エメラルド色のドレスに身を包み、優雅に踊り始めたエリス姫は前回会った時と背丈は変わってないが、雰囲気がぐっと大人っぽくなっている。
まだ15、6歳くらいだろうに、王族の中にいても違和感ないくらい堂々たるものだ。
「あの、えっと…」
「ご安心ください。グムグム教国から参加しているのはわたくしだけですわ。先日は父が失礼いたしました」
「ああ、まあ…」
この前の連合軍の話か。結局グムグム教国は詫びも入れてこなくて国交断絶したんだけど…
「あの……エリス姫? どこに向かっているのですか?」
踊りながらドンドン会場の端に進んでいくエリス姫に問いかけると姫がにっこり笑う。
「心配ありませんわ。わたくしにお任せ下さい」
「いえ、あの…」
「それにしても魔王様、ダンスお上手ですわね」
「いや、まあ…練習したんで。でもまだ全然素人です」
「フフッ、十分素敵ですわ。このままずっと踊っていたい位に」
「…」
感じる! 遠ざかってるだろうけどクリスティーナの視線と殺気をビシバシ感じる!
帰ったら絶対怒られる!
「あの…、姫? こっち廊下ですよね? このままだとダンスホールから出てしまうのでは?」
「このままついてきてください。お話したい事がございますの」
「…」
クリスティーナの視線と殺気をビシバシ感じる! 帰ったら絶対怒られる!
俺は冷や汗をかきながらなすすべなくエリス姫に連れられ会場の外へと踊らされていった。
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「二人きり、ですわね」
「…はあ、確かに二人きりですが」
完全に会場の外の廊下の暗がりに連れ出され、俺はため息を吐く。
戻ったら、大変だろうな…
「魔王様、タイが曲がってますわよ」
「え? ああ…」
「直して差し上げますわ」
遠慮します、という前にエリス姫が俺のタイに手を伸ばし直し始める。
甘い香りが鼻腔を刺激する。背が低いエリス姫の胸元が見えてしまい慌てて目を逸らす。
「はい、直りました」
「はあ、どうも…」
「それにしても魔王様がこういった催しに来られるとは意外ですね」
「ウチは商売で手広くあちこちの国と付き合ってますので。それよりエリス姫の方が意外ですよ。グムグム教国の代表ならあの王か王妃が来ると思うのですが」
「父と母はこういった催しには来ませんわ。グムグムは敵が多いですからね。暗殺や誘拐を恐れて兄達か私に行かせるのです」
「はあ、そうなんですか…」
あの俗物共、何て連中だ。
まああちこちの国に『天啓が下った!』と攻め込みまくってるからなあ…
「天啓やお告げなどがウソやインチキだというのが側近や一部の国民にもバレてますからね。最近は安全な所にしか行こうとしないんですの」
「そういう事、言っちゃっていいんですか?」
「構いませんわ。魔王様だって気づいてらっしゃるんでしょ? それにあの2人にとって私は体面を保つための道具にすぎませんもの」
自分の父と母の事だというのにすげなく言い放つエリス姫。何やらのっぴきならぬ感情と事情がありそうだ。
「それでエリス姫? 俺をこんな所に連れ出してお話したい事とはなんですか?」
「魔王様」
エリス姫が俺の手を両手で取り俺を真剣な目で見つめる。
「わたくしと、結婚して頂けませんか?」
「…またその話ですか」
「はい」
「…前にも言いましたが、姫は俺にはもったいない相手で…」
「魔王様」
姫が俺の言葉を途中で遮り、真剣な表情で俺を見据える。
「わたくしを、攫って欲しいんですの」
ああこれは…
ごまかしてはいけない奴だ。
この子は、たった2回しか会ってないけど俺に真剣なんだ。
「…スミマセン」
「………。理由をお聞かせ願えますか?」
「俺にも、気持ちを伝えたい相手がいるんです」
「…」
「ずっと、思いを伝えたいと思っている相手が、どうしようもないくらいに好きな相手がいるんです。彼女の事を中途半端にしたまま、姫の気持ちに応える事はできません」
「そう、ですか…」
「はい…」
「…」
「…」
賑やかな会場の音楽が小さく聞こえてくる廊下の片隅で、俺と姫の鼓動と息づかいがうるさいくらいに聞こえる。
誰にも打ち明けた事のない気持ち、それを話した俺の背中を一筋の汗が流れる。
「まあわたくしは、諦めませんけどね」
沈黙は、姫が顔をパッと上げて打ち破った。
「へっ?」
「先に戻りますわ魔王様。またいつか、踊って下さいね」
「あの、エリス姫? え、ええーっ…」
それだけ言い残して踵を返し、パタパタと駆けだして会場へと戻るエリス姫を呆然と見送りながら、俺は途方に暮れる。
何だったんだ今の?
そもそもあの子は、何で俺にこうまで執着するんだ?
前回初めて会った後に気になって、あの子の事を調べさせたのだが不思議なほど情報が出てこない。グムグム教国自体が情報統制を敷いていて謎が多いにしても、極端なほどにだ。
「一体何者なんだ、エリス姫…」
唯一と言っていいほど出てきたのは、彼女が天啓とやらに振り回された国内の立て直しを側近達と共に行っているという事だった。
「…ただ者じゃない事は、確かだな」
鮮やかな手並みで俺を連れ出し、そして正直に言おう。呑まれそうになっただけにしみじみ独りごちる。
「あ、やべっ。そろそろ戻らないと…」
会場で待たされてるクリスティーナの怨念のような物を感じ、俺は急いで舞踏会の会場に戻る。案の定、戻ってきた瞬間クリスティーナにものすごい睨まれた。
そしてエリス姫は、もうその場にいなかった。




