第二十七話「ドワーフのハカセ」
「何でやねん! 何でウチがクビにならなあかんねん!」
ウチは大声で悪態を吐きながら北の帝国のある町を後にする。
石畳の道が稜線を描く両端には、時計屋や宝石店、アパートメントが並んでいる。
どれも美しい直線と直角でできており、職人の魂を感じる。
三角の屋根まで積み上げられた赤レンガ、少し色落ちした黄緑色のドア、白い格子の出窓、風景画のように美しい街並み。
世界は美しいものでできている。
石畳の道に不規則に点在する街灯も、不規則の規則正しさという美しさある。
きっと計算されて作られたのだろう。
一年中雲に覆われた灰色の世界から、黒い雨が降る。
雨と共に、ウチの世界がサーッと色が引いていく。
石畳に響き自分の足音は、絶望の足音に聞こえた。
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「おっちゃん! 来たで!」
「何やリーゼ、また来たんかいな」
垢と汗が染みついたきったないベッド、足が1本取れた椅子に、傷だらけの作業机、床に散らばった図面に鉛筆、工具の数々。
生活と仕事がごっちゃになった汚い工房の中で、ピカピカに輝く発明品の数々。
ウチの師匠。ドワーフのおっちゃんはニンゲンの世界で200年修行していたという変わり者だった。
50年前にドワーフの里に帰ってきたおっちゃんは、周囲から避けられ鼻つまみ者扱いされていた。
けれどもウチは、そんなおっちゃんの作るものに夢中になっていた。
「おっちゃん! これ何なん!?」
「自転車や。ニンゲンの町でぎょうさん走ってんねん」
「はーっ! ニンゲンはすごいもん作ってんねんな!」
ウチはおっちゃんの作った『ジテンシャ』いうもんに跨がり……足が届かなかった。
「おっちゃん! これ乗れんやん!」
「リーゼの足が短いんや」
「おっちゃんかて短いやん! ていうかこれドワーフの誰も乗れへんやん!」
「せやから魔力で動くエンジンいうのつけたってん。魔力ないと動かへんけどな」
「ドワーフ誰も魔力持ってへんやん! 誰も乗れへんやん!」
おっちゃんの作るもんは、ドワーフには使われへんガラクタばっかだった。
実用的な物を作る堅気の職人気質のドワーフの世界では、完全に浮いていた。
そうしておっちゃんは……やがて何も作らなくなった。
「職人が休むんは、盆と正月だけでええねん」
それが口癖だったおっちゃんの工房から火が消え、おっちゃん自身も火が消えたように弱っていった。
「おっちゃん、ちゃんと食べなアカンで」
「…大きなお世話や。それよりお前ノエルの所はどないしたんや、せっかく人が紹介してやったのに」
「あんなつまらん所辞めたったわ」
「…はっ?」
「ウチが作りたいんわな。おっちゃんみたいなもんなんや。ピカピカで、意味分からんくて、せやけどウキウキするようなモン作りたいねん!」
「お前…、人がどれだけ心配して頭下げて工房紹介してやった思うねん! 謝ってこい! もう一回雇ってもらえ!」
「イヤや!」
おっちゃんがウチの事を心配して、ドワーフの職人の工房にウチを雇うよう頭下げてくれた事は知ってる。せやけどウチは…
「ウチが作りたいんはおっちゃんが作ってたみたいなモンやねん!」
「人から求められへんモン作ってもしゃあないねん! お前ワシみたいになる気か! 誰にも顧り見られへんと、野垂れ死にする気か!」
「野垂れ死にしたかてかまへん! ウチはおっちゃんみたいになりたい!」
「…っ! 勝手にせえ、阿呆!」
おっちゃんがウチに背を向けて寝始める。
その背中は、初めて会った時よりずっと小さくなっていた。
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『ええかリーゼ、お前の頭の中にあるモンは百歩も二百歩も時代の先行き過ぎてんねん。今の時代には合わへんねん』
『悪い事は言わん。作りたいモン作るより、求められるモン作るんや。せやないと…ワシみたいになるで』
「…せやから、おっちゃんみたいになりたい言うてるやろ」
火葬場から上る煙を見ながら、ウチは独り言つ。
ドワーフの皆から笑われるウチの発明の図面を、おっちゃんだけは笑わなかった。
『リーゼは天才やな』『将来はハカセやな』そう言って褒めてくれた。
おっちゃんのいなくなったドワーフの里に、ウチの居場所はない。
ウチは荷物をまとめて、ニンゲンの世界へと旅立った。
………
……
…
「何でやねん! 何でウチがクビやねん…!」
ちょおっと予算オーバーして、かっこええ機能を付け足して、でっかいもん作っただけやのに。
これで30個目のクビに、さすがのウチも堪える。
ドワーフは腕に優れるという事で、技師として雇ってくれる国はたくさんあったが、どの国もウチの作るもんを認めてくれへんかった。
『何で予算内で作らないんだ』
『何で頼んでない機能をつけるんだ』
『何で必要以上に大きくするんだ』
『何で人の言うことを聞けないんだ』
「その方がロマンがあるしかっこええからや、アホ…」
40年。
40年ニンゲンの世界を旅してきたけどウチの居場所はどこにもなかった。
ニンゲンの職人のものづくりへの情熱や技術には学ばされるものがあったが、ニンゲンの世界はつくる人よりつくらせる人の方が立場が上で、職人が軽んじられていた。
それでも文句ひとつ言わず作るニンゲンの職人の方が職人の姿として正しいんかも分からへんけど、ウチには我慢できなかった。
「どっかにウチの作りたいモンを作らせてくれる所はないかなあ……わぷっ!?」
風にあおられ飛んできた何かに顔と身体を覆われたウチは、それを引っぺがす。
読み終えた古新聞のようだ。
その紙面に気になる記事を見つけた。
「『魔王国、誕生』…?」
大陸の南端の古城に、魔王が現れ住み着きモンスターやアンデッドを集めて国を作ったという記事だった。
「…ここや」
ウチの胸は、40年ぶりに高鳴った。
「ここやったら、ウチの作りたいモン作らせてくれるかもしれへん!」
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「へえ! ドワーフか! この世界にドワーフがいたのか! じゃあエルフもいるのか!」
「何言うてるん? エルフなんて想像上の生き物やん? いるわけないやん?」
「…俺のいた世界では、ドワーフも想像上の生き物なんだけどなあ」
初対面でそんな事を言うてきた魔王とやらは、茶髪でなまっちろい魔法使いのニンゲンだった。
ニンゲンか…。ウチは内心ガッカリしていた。
これまでウチをクビにしてきたニンゲンといっしょで、コイツもウチを認めてくれへんのやろな。
「…まあエルフの事はいいとして、ドワーフの…」
「リーゼや」
「リーゼ、作って欲しい物があるんだけど頼めるかな?」
「何や?」
「これなんだけど…」
そう言いながら、魔王が1枚の紙を差し出してくる。
絵に何やら書き込んでいるものだ。どうせまたつまらないモン……えええええええ!!?
「これ…、何なん…?」
「魔王ロボだ」
「魔王、ロボ…?」
「そうだ、魔力で動く大きな人形だ。俺の代わりに冒険者と戦わせたいんだ」
ウチは魔王ロボとやらの絵をマジマジと見つめる。
かっこええ超合金の身体に、赤い瞳に胸にコックピット。
ウチが、子供の頃に「こんなんあったらええなあ」と妄想してたのと同じものだった。
「突拍子もなくて現実感ないかもしれないけど……できるかな? 金ならあるし材料もいくらでもあるんだ。最近始めた鉄鋼業の商売が好調でさ!」
「これ、ロケットパンチとかつけたらどうや?」
「おお! いいな! つけれるか?」
「モチのロンや! ウチにかかればちょちょいのちょいやで!」
「おおっ!」
「ついでにマント着けたらどうや? その方がかっこええやろ?」
「マントか! いいな! 魔王といえばやっぱマントだよな! 俺はつけないけど!」
………おった。
こんな所にウチの作りたいモンを理解して、
ウチの作りたいモンを作らせてくれる奴がおった。
「よっしゃ! 今日から早速作ったる! このハカセに任しとき!」
「任せた! ………ん? ハカセ?」
「今日からウチはハカセや! ハカセが何かは分からへんけどな!」
「分からへんのかい!」
ウチの言葉に即座に突っ込みを入れる魔王。
コンビの相性もバッチリやな! ウチは張り切って魔王ロボの製造に勤しんだ。
………
……
…
「デカい! デカすぎるよ! 設計図の3倍デカいよ! 天井スレスレじゃん!」
「その方がかっこええからや!」
「こんな機能頼んでないよ! なんでつけたの!」
「その方がかっこええからや! 目からビームも出るんやで!」
「チクショウ! ロマンが分かってやがる!!!」
魔王は文句を言いながらも、最終的にはウチの作った魔王ロボを認めてくれた。
それからもウチに「必要以上にでっかくしないでね」とか「予算内で作ってね」とかごちゃごちゃうるさいし、「週休二日でちゃんと休めよ」「風呂入れ」「飯を食え」とごちゃごちゃうるさいけどいろんなモンを作らせてくれている。
「おっちゃん。ウチは今、最高に輝いてるで…」
「ハカセ! また飲まず食わず風呂にも入らず仕事してるのか! 風呂に放り込んだ後に飯を食わせてぐっすり寝かせてやる! その後には先月の予算オーバーの件について説明してもらおうか!」
「クリスティーナの嬢ちゃん! 堪忍してえな!!!」
…2年くらい前に、天敵が現れてしもたけどな!
ウチはドワーフのハカセ。多様性?とかいうので魔王軍幹部にさせられている女。
夢とロマンを追いかけ続ける。一介の発明家である。
「捕まえたぞハカセ! さあ、おとなしく服を脱げ!」
「いやあああ!!! 外で脱がすのはやめてええ!!! ウチの貧相な身体なんて、誰も見いひんやろうけどやめてえええ!!!!!」




