第二十五話「M資金」
モップを水で濡らし、バケツについているローラーで水を切った後廊下に下ろす。
後ろ向きに歩きながら、8の字にモップを動かす。ある程度進んだら拭けてない四隅をモップを四角に動かして拭く。
地味ながら重労働だ。鍛えてる私でも1時間も続けていれば腕がパンパンになる。
1階2階を拭き終わり、3階を掃除していると休憩時間なのか『サロン・ド・エリザベス』を出てきたベス姐さんと遭遇する。
「あらクリスティーナ、出所してたの?」
「…その言い方だとまるで私が罪を犯したみたいじゃないか。ベス姐さん」
「国のお金を勝手に使ったのは犯罪でしょ」
「魔王様のためだからセーフのはずだ!」
「アウトよ」
呆れ顔で言うベス姐さんから顔をそらし、ずっと縛られてて縄の痕がついた腕を私はさする。
一生取れなくなったらどうするんだ! 魔王様に責任取って嫁にもらってもらわなくては!
「ハア……何がいけないというのだ。私は魔王様に喜んで頂きたかっただけなのに」
「だからお金を勝手に使った事よ」
「おかげで魔王様への誕生日プレゼントに『プレゼントはわ・た・し♡』もやり損ねてしまったではないか。…まあさすがにそれはいざやるのは恥ずかしくてできなかっただろうけどな」
「ゲフンゲフン!?」
「どうしたベス姐さん、風邪か?」
「………ええ、そんな所よ…」
「夏風邪は厄介だぞ。お大事にな」
突然咳き込み始めたベス姐さんに、私は心配になる。裸で寝たりでもしたのか?
「…それよりクリスティーナ? 何でこんな所で清掃の格好をしているの?」
「しばらく魔王様の元での勤務が禁じられたのだ。秘書にはクロカゲがついているらしい」
「ああ、だからクロカゲがクリスティーナに化けてたのね」
強さはコピーできないが、姿と能力をコピーできるドッペルゲンガーのクロカゲは私が不在の間秘書や魔王様の影武者をこなせる唯一の存在だ。ちょっと、いや大分性格に問題があって性別もないから魔王様を取られる心配がないが複雑だ。魔王様の隣は私の物なのに…
と、私はある事が気になりベス姐さんに尋ねた。
「ベス姐さん。夏なのに長袖なのか?」
「え? ええ、ちょっとね…」
「風邪で寒気でもあるのか? ヘレナの所に行った方がいいぞ?」
「え? い、いえ、別にそういう訳でもないんだけれど…」
「…」
何やら歯切れの悪いベス姐さんが、長袖の袖を触る。気になったのでベス姐さんの腕を取って袖をめくる。めくると……私と同じように縄の痕がついていた。
「ベス姐さん!? これはどうしたのだ!? 誰かに乱暴でもされたのか!?」
「こ、これはその…、あの………。自分で…」
「自分で!?」
自分で自分を縛ったというのか!? そんな高度な1人遊び、さすがの私でもした事ないぞ!
「さすがベス姐さんだ……。私も見習いたい!」
「感心しなくていいし見習わなくていいわよ…」
顔を真っ赤にしてうつむくベス姐さんは、女の私でもドキッとするほど可愛い。そしてエロい。
見た目は地味にしてるがこの人に迫られたらどんな男でも落ちてしまうだろう。
サキュバスだと名乗られる前から私には分かっていた。この人はとてつもなくエロい人だ! 私のエロ師匠だ! 私もベス姐さんみたいになりたい!
「そ、それよりクリスティーナ? 秘書の仕事に戻れるのはいつなの?」
「いつになるか分からない。今回は随分お怒りだからな魔王様。お金を勝手に使ったのがそんなに許せないのだろうか。ハカセやガーさんが予算オーバーしてもそんなに怒らないのに」
「なあにクリスティーナ? 魔王様がM資金を始めた理由知らないの?」
「M資金を始めた理由? 何だそれは?」
「それはね…」
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「おや?」
仕事を終えて執務室を出ると、クリスティーナが廊下に正座していた。
「何の真似だ? クリスティーナ」
「…謝罪をしに参りました。M資金を勝手に使った事について」
「形だけの謝罪ならいらないぞ」
「形だけではありません。反省しております。…その、ベス姐さんに魔王様がM資金を始めた理由を聞いて」
クリスティーナの言葉と様子に、どうやら本当に反省しているらしいと察する。
「魔王様が……幼い頃に震災に遭われた事があると」
正確には前世でだ、けどな。
「あの時は大変だったよ。ウチは幸い被害が少なくて食器がたくさん割れたのと屋根がちょっと壊れただけで済んだけど、水は止まったし火も使えなかった」
電気は使えたけど水道は3週間、ガスは1ヶ月以上復旧に時間がかかった。
近所のスーパーも被災し食べ物も買えなくなった。
水と食料を手に入れにひび割れだらけの道路を自転車で走り、何時間も並ばされ水と食料を手に入れた。避難所では人が揉めていたのでイヤになったので、家でずっと1人で過ごしていた。TVはずっと地震のニュースを流し、ずっと空を飛んでいるヘリコプターの音が不快だった。まるで誰かが死ぬのを待っているハゲタカのようだった。
「水とか火とかは魔法でどうにかなるけど、それでも限界があるからな。あんな思いを皆にさせたくなくて、俺はM資金を始めたんだ。備えがあれば憂いなしだからな」
「…」
「この国だけじゃない。近くの国も…あのヤバイ国が相手でも助けを求めに来たら助けるつもりだ。あの金はそのための金だよ」
「そう、だったんですね…」
「クリスティーナ、反省してるか?」
「反省してます…」
「よろしい、明日から秘書の仕事に戻れ」
「はい! 使い込んだ分は身体でお返しします! 魔王様! 私を好きにしてください!」
「仕事で返せ!」
翌日から、クリスティーナは秘書に復帰した。




