第二十四話「デュラハンのマキシム」
『天啓が下った! この者を処刑せよ!』
『オイちょっと待て! 待てよ! 何でだよ! オイお前達! 放せ! 放せえええええ!!!!!』
………
……
…
「ハアっ、ハアっ、ハアっ…」
身体を起こし、サイドテーブルに置いた水をあおる。
つながってない首の喉を通って身体に水分が行き渡り、びっしょりと汗をかいた身体に染み渡る。
「…クソが」
ここに来てからあまり見なくなっていた悪夢。それを久しぶりに見させられてしまった。
オレはデュラハンのマキシム。
元は名の通った騎士で……無茶な戦争の失敗の責任を取らされ処刑された男だ。
「…何が『天啓』だ。何の力もないくせに」
元の主君、いや、主君とも呼べないクソ野郎に向けて悪態を吐く。
窓の外は暗闇が広がっていて、朝までまだ時間があるようだ。
オレはベッドから降り漁に出る事にした。
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「マキシム? やっぱりマキシムじゃないか!」
「あ…? その声は………ハンス? お前、ハンスか!?」
デュラハンになって数ヶ月。グムグム教国内を荒らし回っていたオレの元に、こちらもデュラハンになった顔見知りの男ハンスが現れたのは数年前の事だった。
「マキシム。風の噂で聞いていたがやはり処刑されていたのか…」
「ああ、お前も災難だったな。ハンス」
「俺は……反乱を起こして失敗したからな。お前はあんなに無茶な戦争でも成果を上げていたというのに…」
「まったくだ。だからこうして復讐して回ってるんだ」
オレは火の海に包まれた砦を指しながら、ハンスに自慢する。
燃える棟を一瞥したハンスが、心なしか逡巡する仕草を見せる。
「マキシム、俺たちの元に来ないか?」
「俺たちの元? どこだ?」
「魔王国だ」
「魔王国…」
何年か前にできたっていう謎の国か。
「ああ、はぐれ者のモンスターやアンデッドを受け入れてる国だ。俺たちのようなデュラハンも集まって隊を作ってる。お前さえよければそこの隊長になってもらいたいんだ」
魔王とやらがどんな奴か知らないが野宿者のまま1人で復讐をしてもたかが知れている。
オレの存在を知った連中が、オレを見ただけで逃げるようになったからな。
それに王と王妃のいる王都には結界が張ってあってアンデッドのオレは近づけない。
「いいだろう。魔王国とやらに世話になろうじゃないか」
「そうか! じゃあ乗ってくれ」
ハンスが首のない馬の鐙を手で叩く。
オレは頷きその馬に飛び乗った。
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「何でだよ! 何で復讐させてくれないんだ!」
「復讐なんて意味ないからだ」
「お前に何が分かる! 意味もなく処刑されたオレの気持ちが分かるか!」
「俺にお前の気持ちは分からないよ。でもどんな理由があろうと復讐なんてさせないし、お前の復讐に俺達は手を貸さない」
魔王との面談で、オレはハンスの様子がおかしかった理由に気づく。
アイツ、魔王が復讐に手を貸さない事を知った上でオレを誘ったんだ…!
「冗談じゃねえ。手を貸さねえならお前をぶった斬ってオレが魔王になってやる」
「そこまでだ。新入りよ」
魔王の隣にいたミノタウロスが俺の前に立ちはだかる。
「我と勝負しろ。我に負けたら魔王様に従え」
「ケッ、牛野郎風情がオレに勝てると思ってるのか?」
「無論」
「いいだろう! いざ、勝負!!!」
………
……
…
「何なんだあのミノタウロスは!」
コテンパンに負けたオレは、悪態を吐きながら城壁に背中を預ける。
あんな化け物がこの世界にいたのか? アイツの方が魔王じゃないのか?
魔王はアレより強いのか? とてもそんな風には見えないが…
「マキシム」
「…ハンス、お前」
「復讐なんてもうやめるんだ。そんな事をしても何の意味はない」
ハンスの言葉に、オレは頭にきてハンスのない首を掴む。
「お前! あの魔王とやらに言いくるめられたのか!」
「違うよ。あの国の物をいくら壊しても、あの国王と王妃は何とも思わない。自分の物じゃない物がいくら壊れようが、いくら国民が苦しもうがあいつらは何とも思わないんだ」
「―――っ」
ハンスの言葉に、頭をガンと殴られたような気分になる。
奴らはそういう連中だ。自分達は安全な所にいて、周りを振り回すだけ。振り回した相手の事なんて何とも思わない。
「だったら、国王と王妃の首を獲れば…」
「それでお前は満足するのか?」
「ああ、そうだよ。あいつらの首を晒せば…」
「本当か?」
「…」
本当か?と問われ、考える。
多分、満足できない。
あんな軽い首を獲った所で、満足も納得もできないだろう。
「それが答えだ。魔王様に言われたからじゃない。その前に俺は気づいていたよ。復讐なんて無意味だって」
「…」
「ここはいい国なんだ。魔王様は俺達の話をよく聞いてくれるし、俺達の気持ちをよく分かってくれるし、仕事という生きがいをくれる。死んでるけどな」
「…」
くだらないジョークに笑う気はしないが、ハンスが本当に復讐に囚われていない事が分かる。
「まあゆっくり考えてくれ。お前の人生だ。お前の好きにするといいさ。でもなマキシム、俺達、死んだ後もあの国に振り回される事はないんじゃないか?」
「…」
言いたい事だけ言って、ハンスが去って行く。
「死んだ後もあの国に振り回される事はない、か…」
憎しみと恨みは消えないが、その言葉はしっくり来るものがあった。
確かに、死んだ後まであの連中に振り回されるのはな…
「よう、マキシム」
「…」
いつの間にか隣に来てた魔王とやらが、馴れ馴れしく話しかけてくる。
「何の仕事するか決めたか?」
「ハア?」
「ハア?じゃないだろ。ミノさんと約束しただろ? 負けたら俺に従う、って」
「…」
「デュラハンは騎士なんだろ? 騎士が約束を違えるのか?」
「―――っ」
一瞬頭に血が上りかけるが、魔王が言い訳をくれていると気づき熱が冷める。
こいつ……中々強かじゃねえか。
ハンスの『俺達の気持ちをよく分かってくれる』というのはあながち間違ってないのかもな。
「…漁師」
「ん?」
「軍を辞めたら、田舎で漁師でもしたいと思ってたんだ。城の裏に海があるだろ? 漁師をさせろ」
「ああ、いいよ」
「言っておくがオレはあの牛野郎に負けたから渋々従ってるだけだからな。お前に言い含められた訳じゃないからな」
「分かってるって」
すべてを見透かしているような魔王の肩を軽く押し、オレは立ち上がりハンスの元へ行く事を決める。
かくしてオレはこの国で漁師をする事になった。
数ヶ月後、『天啓が下った!』とあの国が攻め込んできたが魔王の魔法でコテンパンにされ追い返されていた。
戦いの支度はしてたが、出番がなかった事に拍子抜けしたオレだったが、あの国王が右往左往しながら逃げ惑う様を見て、復讐なんて考えていた自分がバカらしくなった。
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「あれ? マキシムじゃないか」
「チッ」
「出会い頭に舌打ち!?」
朝風呂に浸かってると、粗末なモンをぶら下げた魔王が来た。
「うるせえ、朝漁に行ってきて身体が冷えたんだ。お前は何でこんな時間に風呂なんだよ」
「あ、ああ……ちょっとな」
「?」
何やら挙動不審な魔王が、身体にかけ湯をした。
何だ? コイツたまに何か妙なんだよな。隠し事でもあるのか?
「マキシム、魚は獲れたのか?」
「当たり前だ。デカい貝も獲れたぜ」
「おお、そりゃ楽しみだな」
「刺身にして食っちまったがな」
「食っちまったのかよ!?」
何故か隣に座ってきた魔王が大声を上げる。うるせえ、釣りたてを食えるのは漁師の醍醐味だ。
貝や魚を生で食うなんざ御免だと思っていたが、魔王がやたらと大食堂の連中にしつこく言ってメニューに出させたところ、モンスターにもアンデッドにも好評でオレも今では気にならなくなっている。
それだけじゃない。
ここに来て、今まで知らなかった楽しみが増えた。漁師の仕事は楽しいし、デカい船も作ってもらった。大物を獲る夢が膨らむ。
「…お前には絶対に言わないがな」
「ん? 何?」
「何でもねえ」
オレは魔王に背を向け顔を湯で洗う。
「魔王、風呂から上がったら勝負しろ。卓球やろうぜ卓球」
「いや俺この後仕事だから」
「チッ、死ね」
「卓球断っただけで!?」
いちいちうるさい魔王を残し、オレは湯から上がる。
この後は朝飯食って寝るとするか。
今なら多分、あの夢を見る事はないだろう。
もうオレは、あの国に振り回されないって決めたんだ。
オレはデュラハンのマキシム。魔王軍の幹部にして魔王軍で2番目に強い男。
大物を釣り上げるのが夢の、ただの漁師だ。




