第二十一話「サキュバスと秘書」
広い湯船の中で肢体を伸ばすと、一日の疲れが解れていく気がする。
熱いお湯の中に肩まで浸かると、心まで解れていくようだ。この気持ちよさは自分の部屋のバスタブに熱いお湯を入れても再現できない。
木と石でできた浴槽、タイル張りの壁に『フジサン』なる謎の山の壁画。小さな鏡がついた身体を洗う場所が並ぶスペース。
初めて見た時は理解できなかったが、今なら少しはその良さが分かる気がする。
「ふ~っ…」
他人に裸を晒す事に、初めは抵抗があったが誰もそんなに見ていないという事に気づき今では気にならなくなっている。
「ベス姐さん? ベス姐さんじゃないか!」
げっ。
女湯で会いたくない相手ぶっちぎりの第1位。クリスティーナがあちこち揺らしながらこっち来た。
自分の身体に自信はあるけれど、この子の身体を見てるとこの子の方がサキュバスなんじゃないかと思うくらいだ。女として自信をなくす。
何か慕ってくれてるし普段なら別にいいけど、大浴場では会いたくないクリスティーナが、なぜだかウキウキした顔をしながらかけ湯をして入ってきた。
「ベス姐さんが大浴場とは珍しいな」
「私だってたまにはこっちに入りたい時があるのよ。それよりどうしたの? 仕事、もう終わったの?」
「…うん、実は今日はあの日でな。顔に出さないようにしてたが魔王様に『今日はもう休め』と見抜かれてしまってな…。午前中で上がらされてしまったのだ」
「大丈夫? ヘレナの所行った?」
「ああ、お薬をもらってきた。今はもう痛みも治まっている」
「そ、なら大丈夫ね」
ラミアのヘレナは有能な女医だ。私もよくお世話になっている。
「…」
横目でクリスティーナの身体をちらっと見る。
相変わらずスゴイ身体してるわね…。出る所は出てるし、引っ込んでる所は引っ込んでる。
スラッとした長い足に余分な肉のない均整の取れた身体は、同じ女としてうらやましい。
「…ベス姐さんはいいな」
とか思ってたら、クリスティーナが私の身体をジロジロ見てそんな事を言った。
「何が?」
「エロい体つきをしていて。肌もキレイだし、私が男なら抱きたいくらいだ」
「もう抱きついてるじゃない」
言葉とは裏腹に、抱きついてくるクリスティーナに閉口する。
まあ確かに? なんてったって私はサキュバスだし?
クリスティーナには負けるけど人間と比べたら大きい方だし?
魔王様だって「デカけりゃいいってもんでもない」って言ってたし?
実用性では私の方が上だし? 実績もあるし?
スキンケアだって気を遣ってるし?
毎回「キレイだ」って言ってもらえてるし?
だからクリスティーナの身体なんてうらやましくなんて…
「…」
「わぷっ!? やめてくれ! ベス姐さん!」
顔にお湯をかけるとクリスティーナが笑いながら離れる。
うらやましいわよ! 何なのこの娘、エロいだけじゃなくて可愛いし!
「…は~あ」
この子と比べるとやっぱり自信をなくす。今度慰めてもらおう。
「あ、上がるのかベス姐さん」
「ええ」
「じゃあ私も上がる」
「…」
何でこの子ついてくるのよ… もっとゆっくり浸かっていきなさいよ…
横に並び脱衣所へついてきたクリスティーナのゆさゆさぷるんぷるんを横目に見ながら、私は身体を拭く。
クリスティーナは下だけ履いて、肩にタオルをかけたおっさんくさいスタイルで牛乳を飲んでいる。
「んっく……ぷはあっ。ベス姐さんは飲まないのか?」
「ええ、私牛乳苦手なのよ」
口周りを白濁したもので濡らしたクリスティーナが、私に尋ねてくる。
ああもう! こっち向くな!
でも……これがコイツのスタイルの秘訣なのかも?
ピッ、ガコン。
「え? ベス姐さん?」
「…気が変わったわ」
私は牛乳の中では飲める方の、コーヒー牛乳のボタンを押す。
ガラス瓶の蓋を開けて一口。うん、コーヒーの風味がしっかりしていて飲めなくはない。
「んっく、ごく、んっく、ごく……ん。んっ……ふうっ」
「おお…」
そのまま一気して、口に残った物を飲み下すとクリスティーナが何やら感心した声を上げる。
「…エロいな」
「~っ!? げっほ、かはっ!? クリスティーナ、何言ってるの!?」
「さすがベス姐さん! コーヒー牛乳を飲む姿すらエロく見えるとはさすがだ! 私も見習いたい!」
「見習わなくていいわよ…」
「ベス姐さん、いや、師匠! 私にそのエロさの秘訣を教えてくれ!」
「そんなものないしアンタには必要ないわよ。ホラ、バカな事言ってないで髪乾かしなさい。やってあげるからそこに座って」
何だかんだでカワイイ妹分の濡れたままの髪が、職業病か気になってしまいタオルで拭いて乾かす。
何がうれしいのか、クリスティーナは鼻歌なんか歌っている。
その胸を背後からわしづかみにすると、クリスティーナがきゃあきゃあ言いながら私に反撃してくる。私も負けじとクリスティーナの下着をずり落としにかかる。そんなじゃれあいを続けているとミノさんの奥さんのマーガレットが『相変わらず仲いいわねえ』と声をかけてきた。
私はサキュバスのエリザベス。
魔王軍の幹部にして魔王様の愛人にして美容師。
そして何だかんだで友達が欲しかった1人の女である。




