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異世界転生したら魔王でした  作者: アブラゼミ
20/65

第二十話「ガーゴイルのガーさん」

「プリンが食べたいんだよ、ガーさん」

「プリン、ですか?」

「そう、プリン」


 また魔王様が妙な事を言い始めた。

魔王様は時折この世界にはない食べ物や物の名前を言い出して、吾輩に作ってくれとお願いしてくる。


「そのプリンというのは何なのですか? 何かの兵器ですか?」

「違うよガーさん、プリンは甘くてぷるぷるしたお菓子なんだ」

「ほほう、お菓子ですか」


お菓子と聞いて、吾輩のやる気が湧く。


「そのプリンとやらの原料は何なのですか? どうやって作るのですか?」

「原料は……確か卵と砂糖と牛乳で…、卵と牛乳と砂糖を混ぜた奴を火にかけて、砂糖を焦がしたカラメルを底に引いた容器に流し込んで冷やして固めて…作る奴だったと思う」

「ほう、それならできそうですな!」


ほとんどノーヒントだった『飲むヨーグルト』よりはるかにマシだ。


「いいでしょう! 作りましょう! プリンとやらを!」

「さっすがガーさん!」


がっちりと握手を交わす吾輩と魔王様。

吾輩は、何故か200年ほど前のことを思い出していた。




******************************




 吾輩はガーゴイルである。名前はまだない。

名のある石工に作られた石像である我はとある小国の城の前に飾られた。

その国は小さな国だったが、代々の名君により栄えた国だった。

吾輩はそんな国に新しくできた城の前に飾られた事が誇らしかった。

国王の事を愛する国民達は、暇があれば城に遊びに来て国王にひと目会おうとしていた。

国王はお忙しいにも関わらず城に来た国民1人1人と会話を交わした。

国民達は満足げな表情で、帰りに吾輩に触れお供え物をしていった。


「聞いてくれよガーさん、料理長の奴がまた新作菓子を作れって言うんだよ」


 その中に1人、変わり者の男がいた。

城で菓子職人をしている男だった。


「新しい菓子なんてそんな思いつかないっての。簡単に作れるとでも思ってるんだろうが、ジョーダンじゃねえよ」


吾輩を「ガーさん」と呼ぶその男は、毎日毎日酒臭い息を吐きかけながら愚痴をこぼしていた。


「は~あ、帰って寝るか。じゃあなガーさん、また明日」


 男はいつも、吾輩の台座にお菓子を置いて帰っていった。

いや、お菓子置かれても困るんだけど。ネコとかカラスとかが食べ散らかして足下汚れるからイヤなんだけど…

しかし男が置いていくお菓子はおいしそうだった。

キレイで可愛くておいしそうで……吾輩は食べたくて食べたくて仕方なくなった。

そしてある日、身体が動くようになった。


「…」


 吾輩は自由に動かせるようになった身体で、男のお菓子を手に取った。

そしてひと口。


「…んま~い」


 男は腕のいい菓子職人だった。

吾輩は男の作るお菓子の虜になった。

それから毎日、男のお菓子を食べるのが楽しみになった。




******************************




 有能な国王の跡継ぎは、出来の悪い無能で国を廃れさせた。

国が廃れていくと共に、税金が上がるようになり国民が少しずつ出て行き、その税収の穴を埋めるためにまた増税して国民が出て行くという悪循環が続き、13代続いた国はとうとう崩壊した。


「俺は東の国に行く事に決めたよ。じゃあなガーさん」


菓子職人の男もそう言い残して出て行った。


「…」


 誰もいなくなった国で、吾輩はずっと皆が帰ってくるのを待っていた。

きっといつか、皆帰ってくるだろうと思っていた。

しかし誰も帰ってこなかった。

時折来るのは野盗や冒険者の連中。

城の中を漁ったり一泊して出て行くだけ。当然お菓子なんかくれなかった。


「お菓子食べたい…」


 吾輩は手入れをしていた果物や野菜をかじりながら200年近くずっとそう思っていた。

しかしどうしようもできなかった。

吾輩は見た目こそ強そうだが何の力もないガーゴイル。

街へ行けば冒険者や兵士にあっという間に狩られてしまうだろう。

いや、本当はこの城から離れたくなかった。

いつの日かまた、この城を栄えさせてくれる者が現れる事を夢見ていた。

そんな夢など叶うはずない現実に押しつぶされてもなお、諦める事ができずに吾輩はずっとここにいた。

茶髪の男がやってきたのは7年前の事だった。


「あー…、腹減った、眠い疲れたー…横になりたい…」


ある日の夕方、突然城の前に現れた男が、独り言を言いながら城門をくぐり中に入ってくる。


「おっ? 中々キレイじゃないか」


 城を見上げながら、男がそんな感想をつぶやく。

何だこの男? 冒険者か?


「あ! リンゴ! しかもたくさん実ってる!」


 木に実ったリンゴに向けて、男が杖を振るう。

すると不思議な光に包まれ、リンゴが男の手元に落ちてくる。

この男、魔法使いか?


「…うん! 食える! あんまり甘くはないけど十分食えるよ!」


 …いや、それ、吾輩が育てたリンゴ! あんまり甘くなくて悪かったですね!

人間達がお供えしてくれていたリンゴより甘くなくて悪かったですね!

リンゴの育て方なんか知らないんですよ!


「…ん?」


 心の中で抗議していると、男が突然こちらに向けて振り返る。

吾輩は慌てて石像のフリを続けた。


「…とりあえず中に入ってみるとするか。お邪魔しまーす」


男は、吾輩を怪訝な目で見た後城の中に入っていった。




******************************




 翌朝。

城の中で一晩を過ごした男が、昨日と同じようにリンゴを魔法で取りかじりながら地図を広げた。


「まずは……『ティルの不思議なダンジョン』にするか」


 おや、どうやらどこかへ出かけるようだ。

やっぱり一晩宿を借りにきただけの冒険者か。


「…うん?」


 男が吾輩の方へ振り返る。

やっべ、ジロジロ見すぎたか? 吾輩は慌てて石像のフリをする。


「まさかお前が…? そんな訳ないよな?」


 男が吾輩に近づき、頭を触ってくる。

ちょっ! 何触ってるんですか! 人間に触られるのなんて100年くらいぶりだからびっくりするじゃないですか!

わずかに身じろぎしてしまった吾輩を、男が怪訝な顔で見る。


「…」

「…」


気まずい沈黙。しかし男は気を取り直した様子で吾輩から離れた。


「よし行くぞ! 『テレポート』!!!」


男は、意気揚々とテレポートで旅立った。


「…やっと行きましたか。何だか変わった冒険者でしたね」


 冒険者といえばパーティーを組むものなのに1人だけとは珍しい。

それに何だか…妙な雰囲気があったような。


「まあもう会うこともないでしょうがな」


 吾輩は、日課の野菜の手入れに向かった。

………男が帰ってきたのは、3日後の朝の事だった。


「ほほー、ここかー」

「ですです、ティルさん。どうですか?」


 突然城の前に現れた男と、ティルさんとやらに吾輩は驚く。

何か増えてる!

黒いローブをかぶったミイラみたいな人?が増えてる!


「…ま、悪くはないんじゃないか。キレイに直せば住めそうじゃ」

「でしょう! 俺もそう思ったんですよ!」


 え、何? こいつらここに住む気なの?

困惑する吾輩を尻目に、男とティルさんとやらが城の中に入っていき……ベッドやテーブルや椅子などを浮かばせて出てきた。

え? 何あれ? 魔法? 魔法で浮かせてるの?

そして何回も城の中に出入りし、城の中の物を(おそらく)全部外に出した後杖を城に向けて振った。


「「『ウォータリー』!!!」」


 えええええええええ!!!!?

突然水に包まれた城に、吾輩は驚く。

城を包んでいる水は、なんだかグルグル動いており、城壁の汚れをこそぎ落としていた。

何してんのこの人達! 城洗ってるの!? まるごと!? 魔法でまるごと城を洗ってるの!? いや、乱暴すぎでしょ!


「魔王よ、洗剤も入れんといかんぞ」

「ですよね。『バブル』!!!」


 男が杖を振るうと、城を包む水の中に泡がたくさん現れた。

ええー!!? 何あれ!? 魔法で洗剤入れたの!!?

ていうか魔王? 今あの男、魔王って呼ばれなかった?


「魔王よ、この辺のカビが生えたカーテンとかシーツとか布団とかマットレスとか壊れた家具とかは燃やしてしまってよいかのう」

「ですね。新しい奴を買いましょう」

「ヒャッヒャッヒャ! ワシの財宝を売って手に入れた金じゃがのう」

「ティルさんのじゃなくてティルさんのダンジョンに集まったアンデッドが集めてきた財宝でしょ」

「ヒャッヒャッヒャ! 『ファイヤーボール』!」


城を丸洗いした2人が、外に出した物の中から、古い物とか使えない物とかを魔法で燃やしていく。


「…」


 それから数日、日に日にキレイになっていく城を見ながら吾輩は呆然としていた。

この人達、ここに住む気なの? いや吾輩の城じゃないからどうこう言う権利はないんだけど…

そんなある日。

どこかへ出かけた2人が珍しく夜になっても帰ってこないなーと思っていたらビュンビュンと音がして、ベッドやソファーなどの使われている感のある家財道具や鏡のついた台や大きな椅子が城の中に現れた。

え、何? これ何が起きてんの?

そんな事を思っていたら、魔王とティルさん、それから黒髪の地味な女性がパッと城の前に現れた。

増えてる! なんかまた1人増えてる!!!


「ここがさっき言ってた廃城? ふ~ん、意外とキレイなのね?」

「中は結構ボロボロだけどな…。ま、リフォームすればイケるだろ」

「あ、私の家具や仕事道具も無事届いてるわね。やるじゃない魔王。お礼にキスしてあげる」

「い、いいって!」

「ヒャッヒャッヒャ! テレポートなんざ魔法使いならできて当たり前じゃがのう」

「う~ん、ひとまずあそこの部屋でいいわ。魔王様、私の家具あそこに運んでくれる?」


 女が3階の角部屋を指さしている。どうやら住む気のようだ。

無理矢理連れてこられたとかではなく、自分の意思でここに来たみたいだけど…


「ヒャッヒャッヒャ、ところで魔王よ」


とか思ってるとリッチーが、おもむろに振り返り吾輩を指さした。


「そこのガーゴイルは仲間にせんでよいのかのう」


3人の視線が一斉に吾輩に集まる。


「…」

「石像のフリを続けても無駄じゃぞ。前にお前さんがリンゴをかじってた所を見ておったからの」

「…そうですか、なら仕方ありませんね」


吾輩は台座から立ち上がり3人の前に立ちはだかった。


「う、動いた!?」

「ほほう? 『この城に住みたければ自分を倒せ』という事かの?」

「いえどうぞ! お好きにお住みください! 吾輩に戦闘力はまったくありませんので!!!」

「へっ?」

「自慢気に言うことではないのう」


 身体が石でできてるけど、特に硬い訳でもないし、身体は筋骨隆々だけど鍛えてるわけじゃないし、吾輩に全然力はない。翼はついてるけど飛べないし、魔法も使えない。

何より暴力とか? そういうの全然向いてないし?


「えーっと…ガーゴイルさん?」

「ガーさんとお呼び下さい」

「ガーさん。挨拶が遅くなりました。魔王と申します。ここに住みたいんですが…よろしいでしょうか?」

「…」


自らを魔王と名乗る、妙に礼儀正しい茶髪の男を吾輩は見つめる。


「魔王様」

「はい」

「ここに住むのはどうぞお好きになさってください。ただ一つだけ約束して頂きたいのです」

「何でしょう」

「この場所を、もう一度栄えさせて頂きたいのです。もう二度と廃れないくらいに」


 200年近く。

吾輩は200年近くこの場所で待ち続けた。

いつかここを、また栄えさせてくれる人の事を。

この魔王とやらがその人物かは分からないが、吾輩はそれを請わずにはいられなかった。


「約束しましょう」

「…」

「でもそれはガーさんも一緒に、だよ。一緒に国を栄えさせよう」

「…はい!」


 耳の痛い一言に、吾輩は背筋が伸びる思いで答える。

200年近く。吾輩は何もしてこなかった。

ただ誰かが帰ってくる事を待っていただけだった。


「まずはガーさんが何がしたいか聞かせてもらおうか。ガーさんは何がしたい?」

「吾輩は…」


魔王に問われ、吾輩の脳裏に昔食べたお菓子の味がよぎる。


「お菓子作りが、したいです…」

「「「…」」」


 黙り込む3人。

ホラ! どうせガーゴイルがお菓子作りなんておかしいとか思って…


「うん、いいよ」

「え?」

「お菓子作りがしたいなら、お菓子作りをすればいい。まあ多分他の事もやってもらうけどね」

「い、いいのですか?」

「もちろんさ」


 にっこり笑う魔王。

この人物なら、あるいは…


「ねえ魔王様、私もう眠いんだけど。早く部屋に家具を運んでくれないかしら?」

「ヒャッヒャッヒャ! 空気の読めないサキュバスじゃのう」

「今日あった事と『契約』で疲れちゃったのよ。…痛いし」

「そ、それについては申し訳ないと…」

「家具運んでくれたら許してあげるわ。……一緒に寝る?」

「そ、それについてはまた今度という事で…」

「ヒャッヒャッヒャ! 『また今度』っていつかのう?」

「ティルさん、うっさい」

「ヒャッヒャッヒャ!」

「…」


 まだ3人、いや、吾輩を入れたら4人とはいえ久しぶりに賑やかな声が響くお城に、吾輩の心が高鳴る。ここから、何かが始まる気がした。


「魔王よ、次は誰を仲間にするかのう?」

「牛を飼わなきゃだから、牛飼いかな?」

「なんで牛なの?」

「だってサキュバスといえば牛乳だろ?」

「私、牛乳苦手なんだけど」

「え?」

「ヒャッヒャッヒャ!」


…ちょっとだけ、不安な気もするけど。




******************************




「違う! 違うよガーさん! これじゃ堅すぎる! プリンはもっとぷるぷるしてるんだ!」

「む、難しいですな…」


………

……


「違う! 違うよガーさん! もっとこう…プリンプリンした柔らかさなんだ!」

「ぷるぷるなのかプリンプリンなのかどっちなのですか?」


………

……


「ん~!!! 大分近づいた! 大分近づいたけどまだ違う! プリンはもっとこう…! エリザベスの……」

「エリザベス? エリザベスがどうしたのですかな?」

「…いや、何でもない」

「???」


………

……


「遠ざかった! 遠ざかったよガーさん! プリンはもっとつるつるしたなめらかさだよ!」

「ぷるぷるとプリンプリンはどこへ行ったのですか!?」


………

……


「…」

「…魔王様?」

「…」

「あのー、魔王様ー?」

「…」

「ま…」

「これを、『プリン』と名付けよう」


 5回の試作を得て、ようやく魔王様がウンと頷く。

や、やっと終わった…

吾輩はプリンを一口食べる。


「こ、これは…!?」


 吾輩はカッと目を見開く。

スプーンでつつくとプルンと揺れる柔らかさ、カラメルと卵と牛乳のやさしい甘味、ぷるぷるつるつるとした食感と喉ごし…!

これが、プリンか…!


「…何ガーさん、また味見してなかったの?」

「は、はあ…」

「してよ味見! 毎回言ってるでしょ! 自分で味見してから俺に出してよ!」

「そうはおっしゃられても得体の知れない物は怖いんですよ!」

「得体の知れない物じゃなくてプリンだよ!」

「それが何か分からなかったから得体の知れない物なんですよ!」


 喧々囂々と言い争う吾輩と魔王様。けれどもすぐにプリンで乾杯して仲直りする。

それから『プリン』の増産計画、商品化の打ち合わせをクリスティーナ殿と行い工場での製造に入る。

吾輩はガーゴイルのガーさん。魔王軍幹部にして工場長を務める者。

魔王様の無茶ぶりに振り回される一介の甘い物好きである。

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