第十一話「北の帝国」
「ええい、剣聖はまだ引きこもっておるのか!」
「いえ、最近は外に出るようになりまして…」
「何?」
「…最近は花街に入り浸って、魔王の秘書に似ている女に入れ込んでいるとか」
「何をやっておるのだあの阿呆は!!!」
我が名はパルミジャーノ・レッジャーノ7世。
北のレッジャーノ帝国を支配する王だ。
「弱肉強食」をモットーとする北の帝国は強さこそがすべて。
それ故強き者を登用し、他国を力で打ち負かし国を大きくしてきたのだが…
「剣聖が働かねば我が国がなめられるではないか! そもそも何なのだ魔王の秘書とやらは!」
「魔王国で魔王の秘書を務めている人間の女だそうで…。東の国の出身で剣の達人だとか…」
「女の一人くらいどうにかできぬのか!」
「大層強い女だそうで、剣聖も負けたとか…」
「ええい、魔王国め…」
グムグム教国さえなければ今すぐ攻め込めるのだが、あのヤバイ国はウチと仲が悪く軍を通してくれないだろう。何かと『天啓が下った!』と攻め込んできおるし…
「…魔王とその秘書を招待しろ」
「はっ?」
「はっ?ではない! 晩餐会だ! 晩餐会を開くぞ! 噂に聞くと魔王はあのヤバイ国の晩餐会にも来たのであろう! ウチにも招待すれば来るはずだ!」
「は、はあ… かしこまりました!」
ワシは魔王の秘書とやらを奪うために魔王を招待する事を決める。
魔王だか何だか知らぬが、どうせ大した事ないだろう! 圧倒してくれるわ!
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「この度はお招きいただきありがとうございます。こちら、魔王国で採れたクリスタルですが…」
「…」
光り輝くクリスタルと「魔王国 魔王」と書かれた謎の小さな紙切れを渡してきた魔王の来訪に、ワシは震えていた。
いや、魔王自体は若造だし背も低いし見た目は大した事なさそうだがその後ろにいるのが怖くて。
「…」
まず魔王の左にいるのが身長2mはありそうなミノタウロス。
筋骨隆々でウチの兵士なんか一捻りでちぎりそうな奴だ。
なんか険しい顔してこっちを睨んでるし超怖い。
「…」
次に魔王の右にいるデュラハン。
自分の首を左脇に抱えて立っていて、鎧兜姿で顔が見えないのが怖い。
背中に禍々しい物騒な剣を背負ってるし、怖い。
「ウ、ウム。ワシがパルミジャーノ・レッジャーノ7世だ」
「パルミジャーノ・レッジャーノ…」
なんとか威厳を保ちながら名乗ると、魔王が何やらワシの名前を繰り返した。
「あの、粉チーズお好きですか?」
「粉チーズ? 何だそれは?」
「いえいえ、何でもありません」
チーズは知っておるが「粉チーズ」なるものは知らぬので問いかけると魔王が何でもないと言わんばかりに手を振る。
サラサラの茶色い髪に白い肌。いかにもなまっちょろい魔法使いといった感じじゃがこれが本当に魔王なのか?
「魔王様、挨拶はそのくらいで」
「あ、ああ」
魔王の後ろから姿を現した女にワシはカッと目を開く。
金髪碧眼でスタイルのいい美人だ。なるほどこれが魔王の秘書か、剣聖が入れ込むのも無理はない。剣聖の事がなければワシの妾にしたいくらいだ。
「そなたが魔王の秘書、クリスティーナか」
「はい。お初にお目にかかります」
「ウム。魔王よ、この女を寄越せ」
「はい?」
ワシの言葉に、魔王ではなく秘書が「はっ?」という顔をする。なんと生意気な女だ。
「この女は我が国の剣聖の妻とする。だからこの女を寄越せ」
「え? いいんですか!」
眉根を寄せた秘書とは対照的に、魔王がパッと顔を明るくする。
あれ? なんか喜んでない?
「いやー、ありがたいです! 毎日毎日『結婚してくれ』って迫られて大変なんです! もらってもらえるなら助かります!」
「ウ、ウム、そうか…」
手を取って喜んでくる魔王に、ワシは戸惑う。
あれ? 反対してくるか反発してくると思ってたのに賛成派? 魔王、秘書手放していいの?
「魔王様…」
「ぐえっ」
と思ってたら魔王の秘書が魔王の首根っこを掴んで引きずり倒す。
「何勝手な事言ってるのですか魔王様? 私の意思は無視ですか? 魔王様だっていきなり勝手に結婚相手を決められたら嫌でしょ?」
「す、スミマセン…」
秘書に説教され、魔王があっさり折れる。
この魔王、威厳ゼロだな…
「と、言うわけで国王様。この話はお断りさせていただきます」
「何を言っておるのだ。この国でワシの言うことは絶対なのじゃ。貴様は剣聖の妻と…」
シュパン。
小気味のいい音がして、何やら顎のあたりがスースーする。
目の前では右手を振るった魔王の秘書がおり、ワシの足下にはワシ自慢のあごひげがバッサリ断ち切られ転がっていた。
「何かおっしゃいましたか?」
「クリスティーナ!? 何やってんの!? うっかり首刎ね飛ばしちゃったらどうすんの!?」
「その時は魔王様が蘇生して差し上げればいいではないですか。それにちゃんと手加減したから大丈夫ですよ」
右手に作った手刀にフッと息を吐きかけて、魔王の秘書が言う。
え? 何? 手刀でワシのあごひげ切ったの? 速くて見えなかったよ?
ていうか魔王の話だと首チョンパされてた可能性あったの?
何この女!? 怖っ! こっわ!
「おのれ国王様に向けて無礼な!」
「待て! 待て待て! いいから! ちょうどあごひげ剃ってイメチェンしようと思ってた所だったから! ちょうどよかったから!!!」
いきり立つ衛兵達を、ワシはなんとかなだめすかせる。
敵わないから! お前達じゃこいつらに敵わないから!
ていうかお前達がどうこうする前に、ワシが殺されちゃうから! 魔王達に何かしようとしたらワシが殺されるから!
「…」
魔王の左隣に立つミノタウロスが、不機嫌な様子でワシに一歩詰め寄る。
そのぶっとい腕はワシの胴くらいあって、ワシなんて2秒くらいで簡単に引きちぎれそうだ。
「…」
魔王の右隣に立つデュラハンは、スッと右手の人差し指を立ててワシを指さす。
死の宣告!? ワシ、死の宣告されちゃうの!?
「クリスティーナ様!」
と、そこにバンと扉が開いて剣聖の奴が入ってくる。
剣聖さん来た! これで勝つる! ナイスタイミング!
「クリスティーナ様! ようこそお越しくださいました! 是非、私と結婚を…」
「するか!」
魔王の秘書の元に寄った剣聖が、ビンタ一発で吹っ飛ばされる。
哀れ剣聖は、壁に打ち付けられぐったりと気を失った。
「国王様、茶番はこれくらいにして晩餐会にいたしましょう。魔王城で精製したワインもございますし、商談もいくつかさせていただきたいです」
「ウ、ウム…」
何事もなかったかのように話始める魔王の秘書にワシは戦慄する。
これはアレだ。
手を出したらアカン奴だ。
手籠めにするどころか、手討ちにされるわ。これは。
その後、魔王と魔王の秘書と共に晩餐会を行い、いくつか商談をまとめられる。
ワインもおいしかったし、魔王国は色々作ってるらしいしいい取引だったと言えるだろう。
会談後は意気揚々と引き上げていく魔王達を門の外まで衛兵と見送る。見送らないと何言われるか分からなそうだったし。
ミノタウロスとデュラハンは最後まで何もしゃべらなかったが怖かった。
剣聖は翌朝まで目を覚まさず、目を覚ましてからも花街に向かい自堕落な日々を送っている。
後日、魔王国から「粉チーズ」なるものが送られてきた。
パスタにかけるとおいしいので、結構気に入っている。




