第十話「秘書の休日」
魔王の秘書、クリスティーナの朝は早い。
平日でも休日でも変わらず、いつも決まった時間に目が覚める。
目が覚めたらランニングとトレーニングを1時間、シャワーで汗を流し大食堂で朝食。
朝食後はコーヒーを飲みながら新聞を読んで世界の情勢を確認。
そこから何をするかは日によって違うのだが、今日は休日という事もあり魔王城の中にある美容院へと向かう。
「今日はどうするの?」
「毛先を整えてマッサージも頼む」
「はいはい」
魔王軍の中でも数少ない女子、サキュバスのベス姐さんに頼み、私は髪をカットしてもらう。
カットをしてもらいながら私はここ数日で溜まった不満を愚痴にして吐き出す。
「なんなんだあの小娘は! 私を差し置いて私の魔王様に求婚とは!」
「はいはい」
「魔王様も魔王様だ! デレデレと鼻を伸ばして…はいなかったし、ウキウキ喜んで…もいなかったが満更でもなさそうな顔をしおって! それに…私の誕生日に何もくれなかったし!」
「はいはい」
プレゼントも『おめでとう』の一言もなくスルーされた誕生日を思い出し、私は憤慨する。あれほど誕生日近くにアピールしたのに! さりげなく欲しいものも伝えといたのに!
「はいはい」
鏡に映るベス姐さんは、サキュバスにしては露出がない地味な格好をした女だ。
長い黒髪を適当なヘアゴムでくくり、整った顔を隠すような丸い眼鏡をして目立たない。
魔王軍の中でも古参で、行き場をなくして困っていた所を魔王様に拾われ魔王城に住むようになったと言う。魔王様とは割と仲がいい。
魔王様も、こういう感じがいいのか…?
「姐さん、黒髪に染めてもらうことってできるか?」
「やめときなさいって。あんた、髪きれいなんだから。もったいないわよ」
櫛で髪を梳きながら、ベス姐さんがそんなことを言ってくる。
「魔王様は黒髪好きかもしれないじゃないか!」
「『髪染めた?』の2秒で終わるわよ。いいからやめときなさい」
「…は~い」
実際そうなると思うし、そうなるのは目に浮かぶので素直に従っておく。
「な~んで魔王様は私に振り向いてくれないのだ…」
「しつこいからよ」
「私は美人で、スタイルもいいのに…」
「しつこいからよ」
「魔王様は不能か? 不能なのか?」
「だからしつこいからよ。魔王様にだって精欲くらいあるわよ」
「…何だその物言い。まさかと思うが、魔王様の精気を吸ってたりしないよな?」
「………してないわよ」
「今の間はなんだ!今の間は!吸ったな!吸ってるんだな!私の魔王様の精気を!」
「うるさいわね。寝てる間に勝手に吸っちゃうんだから仕方ないでしょ」
私の目をタオルで隠し頭皮マッサージに移りながら、ベス姐さんが言う。
ベス姐さんは特殊な体質らしく、寝ている間に人の夢に勝手に入ってしまって精気を吸ってしまうらしいのだ。
「…待て。それならなぜ私は毎晩持て余してるのだ?」
「あんたは性欲が強すぎて吸いきれないのよ」
ハーっと疲れた様子でため息を吐きながらベス姐さんが言う。
「毎晩毎晩エロい夢ばっか見て……見させられてるこっちの身にもなってよ。おなかいっぱいなのよ。あんたの夢、翌朝胃もたれがひどいのよ」
「す、すまん…」
思わぬ苦労をかけてしまっている事に、ベス姐さんに謝る。
ベス姐さんは返答の代わりに頭皮をギューッとマッサージする。痛い痛い。
「まあもっとヤバい奴もいるけどね…」
「何か言ったか?」
「何でもないわよ」
「……ところでベス姐さん、魔王様はどんな夢を見ているのだ?」
「それがなんか変な靄がかかって見えないのよね。見たことない世界が広がってるし、見たことない箱の前でカタカタやってたし…」
「見た事ない箱?」
「白くて平べったくて文字とか絵とかが浮かぶ箱よ」
「そんなもの魔王城にあったかな…?」
心当たりがまったく浮かばず、私は内心首をかしげる。
魔王様の執務室にそんなものないし、プライベートルームも隅から隅まで知ってるがそんなものはない。
魔王ロボの部屋の奥は知らないけど… 『絶対入るな』ってマジな感じで言われてるし…
「そもそも魔王様っておいくつなのだ?」
「さあ? 聞いたことないから分かんないわ」
20歳前後と言われれば20歳前後に見えるし、30代と言われても信じれる。
歳を取っても見た目が変わりにくい顔をしている。
頭皮マッサージをしていたベス姐さんの手が止まり、目にかけていたタオルが取られる。
「はいおしまい。次の予約が入ってるから帰った帰った」
「忙しいな…。まあ土曜日だからな」
魔王軍は週休2日制で、基本は土日が休みだ。
病院や介護施設、食堂など土日も働かないといけない職場もあるが、そこで働くモンスターたちも交代で毎週連休を取っている。というか、取らされている。
ガーゴイルのガーさんなどは『休みなんかいらない!スイーツ作りを極めたい!』と言っていたが、『操業度差異が…』とかなんとか言いながらも魔王様が土日の工場を休みにしたため強制的に休みを取らされている。
魔法使いとか言ってる割には会計の知識があるし、あの人は一体何なんだろう。
「はあ… どうやったら振り向いてくれるんだろう、魔王様…」
「…今のちょっと可愛かったからその感じで行ったら?」
「何!? その感じってどんな感じだ!?」
「そのグイグイ来る感じと真逆な感じよ。ほら、次が来るから帰った帰った」
ベス姐さんがしっしと追い払う仕草をする。
「ちぇー、また頼む」
「はいはい。夜の一人遊びはほどほどにね」
「それを言うな!」
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「暇だー…」
昼食後、私は時間を持て余しながら魔王城の中をブラブラする。
これといって趣味もないし、毎日仕事でもいいんだけど『週休二日制は絶対だ』という魔王様に押されて仕方なく休みを取っている。
魔王様は大体休みの日は中庭で絵を描いてるか家庭菜園で畑仕事をしてるか図書室にいるが、傍に寄ると露骨に嫌がられるので近づかないでおく。何故だ…
「…しかし今日はどこにもいないな。外に出ているのか?」
冒険者やら何やらに命を狙われているだけに、あまりふらふらして欲しくないのだが、魔王様は外の国にふらっと『どらいぶ』とやらに行くことがある。誰にも行く先を告げずに。
視力2.0の目で外を見ていると、案の定魔王様の車が走っている。どこかに行って帰ってきた所みたいだ。
「魔王様!」
私は窓から外に飛び降り、車から降りた魔王様に文句を言いに行く。
「ゲッ、クリスティーナ」
「ゲッ、とは何ですかゲッとは! 一緒に連れて行けとまでは言いませんが外に行くときは行く先くらい伝えてください!」
護衛まではいらないだろうが、心配になるので魔王様に言い聞かせる。
「んっ」
「なんですか『んっ』って! …ん? この箱なんですか?」
「誕生日プレゼントだよ。遅くなっちまったけど」
箱を開けてみると、ネックレスが入っていた。
「魔王様…? これは…?」
「前に欲しいって言ってただろ? 誕生日プレゼントにしようと思って頼んでおいたけど、できるのが遅くなって間に合わなかったんだよ。悪かったな」
「魔王様…!」
以前欲しいと言っておいたネックレスを、サプライズで渡すために内緒で外に出ていたのだと分かり、私の目からうれし涙がこぼれる
「ありがとう、ございます…」
「あーあー、泣くなって。いつも世話になってる以上に迷惑もかけられてるけど世話になってるからな。そのお礼だ」
差し出されたハンカチで涙を拭き鼻をかむと魔王様が『こいつマジか』みたいな顔をして返そうとするハンカチを拒む。魔王様のハンカチ、ゲットだぜ!
でも私が本当にゲットしたいのは…
「魔王様! 結婚してください!」
「『テレポート』!!!」
魔王様の姿が一瞬にして消える。
その後夕方、夜、深夜に至るまで魔王様を追いかけ回したが、逃げ切られてしまった。
私の休日は、大体こんな感じで終わる。夕方以降はあまり平日と変わりはない。




