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作者: 常暗 夜空

これは私の(ぬし)とその周りの話。

話といっても私が“生きていた”間の話だ。



私がいつ“生まれた”のかは分からない。どこにいるのかも分からなかった。誰の目にも止められなかった。しかし、主は私を見つけてくれた。私と会話をしている主を見ると、誰でも必ず、

「おかしいやつだ。」「近づかない方がいい。」

と言っていた。こんなことだからもちろん、主の“友達”は私だけだ。


主には家族という人がいる。頭がいい妹、家の事をやる母、いつも外にいて夜しか会わない父。主は家族の中で唯一妹と口を聞いていて、彼女にだけ優しく、何があっても彼女を守っていた。主はその人を「リコ」と呼んでいた。それが名前というものだそうだ。主もそれを持っているが、聞いたことがない。なんせ、リコには「お兄ちゃん」と呼ばれていたから私には分からない。それでも話せるから知らなくてもいいのだ。


主はいつも“あれ”を欲していた。“あれ”が手に入ると主は私が居なくても幸せになった。その時は話しかけても返事がない。寂しく待つしかなかった。主がまたそれを欲する時まで。


主と出会ったのは主が高校2年生という人種になってすぐだった。

「ねえ、なんでこっち見るんだよ」

急に話しかけられたが私に対して言っているということは明らかだ。

「別に見てないよ。」

「で、誰だよお前」

「……知らない。」

主は面倒くさそうに頭を掻いて応えてくれた。

「あっそ、あー飲みてぇ」

「まだだめ。」

咄嗟に言ってしまった。

よく分からないが主が“何か”を飲めば私は消えてしまうと思ったのだ。

「あ?うるせぇ俺の勝手だろ」

この日はもう話せなかった。


その日から主と私は“友達”だ。

はじめの3ヶ月程ははじめと変わらない会話を繰り返す日々だったが、夏がそろそろ本気を出すようになってきた頃、主に変化が起きた。

主は“あれ”がない時に暴れるようになった。知らない人と喧嘩して白黒の車に乗って何人かの大人に連れられて帰って来る。それから主と父が言い争う場面はもう当たり前となった。家の空気が常に暗くなったこと、学校という所にも行かなくなったのは言うまでもない。

そんな日々の中でもリコが明るいおかげで主の暴走を抑えていた。リコが家を支えていたと言っても過言ではないだろう。私も主が壊れてしまっては困るため彼女に感謝していた。

彼女を観察していると、とても兄想いの優しい子だとわかった。頭がいいだけじゃなく優しいなんて完璧だ、きっと主と違って友達が多いのだろう。私も友達になりたいものだ。しかし、私と“友達”になるとすれば主と同じ状態に彼女がいないといけない。彼女にはこのまま主を支えて欲しいため“友達”にならない事を祈った。


数日後、主が幸せな気分になっている間にリコのところに行ってみた。彼女はベッドでうつ伏せでいた。よほど今日、疲れたのだろうと主の元に帰ろうとした時、すすり泣く声が聞こえた。なぜかは分からなかったが誰でもあるのだろうと1人で納得して部屋を後にした。

主は妹が元気がないのを誰よりも早く気づいた。しかし理由を聞いても彼女は教えてくれない。主は諦めなかった。彼女を観察し始めた。主と話す時もリコのことになった。

「俺どうすればいいんだ」

「どこか遊びに連れて行ったら?」

「あいつの予定はわからないし、あいつ学校だし。」

「話せばいいじゃん。」

「…うるせぇ。リコは何も話してくれなくなった。」

「じゃあ、」

「話しかけてくんな」


毎日同じ会話。進展なんてしない、と思っていたが主は理由を掴んだ。

いじめだ。しかも男子2人からによる。

主は、なんでもすぐ買えるコンビニに行った途中に現場を見たのだ。

「あいつら……」

人気のないところでリコに向かって男子2人は何か話していた。その時はまだ確信できなかった。

しかし、リコに聞いてみたところ嫌がらせよりも酷い事をやられているようだった。

靴やものを捨てられるのはもちろん、ゴミを投げつけてくるらしい。

主は今にも彼らの家に入り込んでいこうとする様子だったが、リコは誰にも話さないで、彼らにも会いに行かないで欲しい、と頼んだため落ち着きを取り戻した。

リコは話してる途中で涙が止まらなくなり、主が慰めている間に安心したのか眠ってしまった。


「今度見つけたらただじゃおかせねぇ」


その日から主は毎日リコを学校に送り迎えするようになった。1週間後、主はお気に入りの“あれ”を買って帰る途中でリコをいじめている奴らに鉢合わせた。今まで押さえていた怒りが溢れ出てきてしまい、主は彼らに話しかけた。

「お前ら、リコの同級生だろ?ちょっと来い」

「そうですが、別に行く必要ないですよね?」

「僕ら用事あるんで」

彼らの生意気な態度に主の中で何かが切れた。私には分かる。“あれ”を欲するようになる前兆にも同じ音がする。

「黙ってついてこいよ!!」

私が聞いた中で1番大きな音だった。これは彼らにとっても同じみたいで、萎縮していた。

主は彼らを近くの今じゃもう使われない漁港に連れて行った。そこは誰もいなくて、住宅街からも少し離れていた。

「お前らリコをいじめてるだろ」

「いやぁ、遊んでただけですよ」

「そうそう、いじめだなんて大袈裟な」

「じゃあ俺とも遊べよ、ちょっと海に飛び込めよ!」

「い、いや、リコのことは殺してませんし」

「か、からかってただけで」

「お前らいじめで人がどれだけ変わるか分かるか、どれほどの時間や思い出が消えてくか分かるか!いじめられると本人は死んでなくても、心、笑顔、人格が死ぬんだよ!」

主は怒りに満ちながら彼らに叫んでいた。

「やられてる本人だけじゃなく、その家族も悲しむんだぞ!」

しかし彼らには主の感情が伝わらなかった。

「あれ、お兄さん高校生ですよね。手に持ってるものは…よくないんじゃないですか?」

「何回も暴れてお巡りさんに捕まってましたよね?」

「妹のリコさんは、それが悲しいのじゃないんですか?」

主を鼻で笑いながら反撃してくる。

彼らに何を言っても無駄だった。

「……っ、消えろ」

「「え、」」

彼らのすぐ後ろは深い海。はしごも救命用の浮き輪もない、そして助けが絶対来ない。主は彼らの胸ぐらを掴んで突き落とそうとしていた。

「お兄さんがこんなんだからリコも苦労してるんじゃないですか?」

「妹は頭がいいのにお兄さんがこれだと大変ですね」

彼らは主の批判を続けた。

「これで僕たちが死んだらお兄さんは人殺しですよね」

「人殺しの妹は生きていくと辛い人生になりますね」

私は早くこいつらを落としてしまえと思っていたが、こう言われて気づいた。リコに迷惑をかけては申し訳ないと。

これは主も思ったようで、彼らから手を離した。

すると彼らは調子に乗り始めた。

「お兄さんがいるとリコは苦労するだろうな」

「事件ばかり起こす兄は迷惑だよな」

主はもう彼らのことなどもう、どうでも良かった。主は自分の過去を振り返ってみた。

“あれ”を得てから暴言が多くなって周りから人が離れて行ったこと。

それでもリコはそばにいてくれたこと。

暴力事件を起こしてリコが少し悲しげな表情だったこと。

……俺、迷惑かけてばかりだ。

歩き出す主を必死に止めようとしたが、主は私を通っていった。


主は居なくなった。私も“死んだ”。

ただ“9%”と書かれた缶があちこちに散らばった部屋だけが残った。




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