お姉様はズルいですわ!……いやあの、流石にソレは本当にズルすぎですわ!?(困惑)
お手柔らかにお願いします。
「もう! ヴィオラお姉様は昔からいつもそう! 本当にズルいですわ!」
シスルは沸々と込み上げる怒りに震えながら勢いよくクッションを床に叩きつけた。
そんな彼女を冷ややかに見つめているのはシスルの二つ上の姉、ヴィオラである。
「嫌ね、シスル。はしたなくってよ」
「何よ、すましちゃって!」
キィキィと騒ぎ立てるシスルからは残念ながら淑女教育の成果が感じられない。
部屋の隅で控えている使用人は「またか」といった様子で静観しており、シスルを止める気は更々ないようだ。
「今日のお茶会でヴィオラお姉様が身つけていた髪飾りは、私が先に気に入って買っていた物ですわ!」
「そんな大声を出さなくても聞こえていてよ?」
「話を逸らさないで! ヴィオラお姉様のせいで私は今後、あの髪飾りが使えなくなってしまったのよ!?」
まるで子供の癇癪のように騒ぐシスルとは対照的に、ヴィオラは細い首を傾げる。
「あら、気に入っているのなら私に構わず次のお茶会にでもつけて行けば良いではないですか。皆が絶賛してくれた素敵な髪飾りですもの。きっと貴女にも似合うわ」
「そんな事したら周りから『お姉様から借りたのね』とか『お姉様の真似してるのね』って思われるじゃない! そんなみっともない事、出来ないわ!」
「まぁ。仲の良い姉妹と思われる事のどこがみっともないというのかしら?」
何をどう騒ぎ立ててもどこ吹く風のヴィオラに痺れを切らし、シスルは未使用の髪飾りを叩きつけた。
キラリと光る髪飾りが虚しく卓上に転がる。
そのあまりにも淑女らしからぬ所作には流石のヴィオラも眉を顰めた。
「乱暴ね。怒りに身を任せる方がみっともなくてよ」
「そうさせたのはヴィオラお姉様ですわ! せめて誠心誠意、謝って下さいまし!」
否は姉にあると強気のシスルだったが、ヴィオラの態度は変わらずである。
「謝る、とは? 私もあの髪飾りが気に入ったから購入し、身につけた。ただそれだけの事ですわ」
「っ、でも、でも! 私があの髪飾りを前々から欲しがっていたのはヴィオラお姉様も知っていたでしょう!? やっと手に入れて、いつどこで使おうかって……大事に大事に仕舞っていたのに!」
あんまりだ、とシスルの目に涙が浮かぶ。
その様子を見て何を思ったのか──ヴィオラが小さくため息を吐いた。
「貴女の言い分は分かりました。しかし私に非はありませんわね」
「はぁ!?」
「そもそも、そんなに大切ならさっさと身につけて自分の物だと主張すれば良かったのです。ただでさえ流行り物は時間との勝負。のうのうと仕舞い込んで時期を見誤るなど愚の骨頂ですわ」
「な、なっ……」
語彙力の低いシスルでは矢継ぎ早に繰り出されるヴィオラの言葉に言い返すのは難しい。
それを理解した上で、ヴィオラは容赦無い発言を重ねていく。
「タイミングを逃し、先を越された時点で貴女は私に負けたのです。それを今更騒ぎ立てた所で、一体何が変わるのです?」
「だ、だって、そもそもお姉様が私の真似をしなければ……」
「真似? 先にお披露目したのは私ですわよ。それと貴女の言う『真似』とやらをされたくなかったら、『あの髪飾りを狙っている』という胸の内は隠しておくべきだったのです」
「え? えぇ?」
「家族といえど隙を見せた貴女が悪いのです。よって、私が謝る必要はありませんわ」
ヴィオラは悪びれる様子もなく「高い勉強代だと思って諦めて下さいまし」と立ち上がると、優雅な足取りで部屋を出て行ってしまった。
後に残されたシスルは悔しげに唇を噛む他ない。
(またヴィオラお姉様にしてやられましたわ……!)
あまりにも悔しい上に芋づる式に過去の嫌な記憶を思い出してしまい、シスルは苛々とソファーを叩くのだった。
◇
幼い頃はヴィオラにもまだ可愛げがあった──とシスルは記憶している。
とはいえ、姉妹仲が良かったかと言われれば微妙な仲であったが。
ある時はこうだ。
「ヴィオラお姉様、今のはズルいですわ!」
バン! と大きな音が響くと同時に数枚のカードがテーブルから落ちる。
「ヴィオラお姉様、私の手元を見たでしょう! イカサマはズルいですわ!」
「あら、何の事? ヒドい言い掛かりですわ」
「言いがかりではないですわ! 『まぁ、窓にあんなものが』と言って私の注意を逸らしたでしょう!? その隙に私の手元を見たじゃないですか!」
ズルいズルいと訴えるシスルを見かねたのか、ヴィオラは短いため息を吐いた。
「貴女の訴えは分かりました。……それで?」
「え?」
「証拠は? 私がズルをしたなどと、まさか証拠もなく責め立てるのですか?」
スゥと細められる子供らしからぬ冷たい目に怯み、シスルは言葉に詰まる。
しかしすぐに使用人の存在を思い出し、勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「そこのケリーが見ているのではなくて?」
「……申し訳ありません、シスルお嬢様。私もヴィオラお嬢様の言葉につられて窓を見てしまったので……」
「そんなぁ!」
がっくりと項垂れるシスルを見下ろし、ヴィオラは更に追い打ちをかける。
「仮にケリーが見ていたと言った所で、何の証拠にもなりませんわ。ケリーと貴女が口裏を合わせている可能性がありますもの」
「なんですって!? 私、そんなズルい事しませんわ!」
真っ赤になったシスルは、プリプリと怒りながら部屋を飛び出してしまった。
その行動こそが「敗北を認めるようなものだ」とも知らず──
またある時はこうだ。
「ヴィオラお姉様、ズルいですわ!」
この日のおやつは一口サイズの多種多様なケーキであった。
しかし彼女の取り皿には望んだケーキが一つも無く、不本意に選んだケーキが三つ乗っているだけである。
「私の好きなケーキばかり先に取って! 一つくらい交換して下さいまし!」
姉の手元にある皿に羨みの目を向けるシスルを、ヴィオラは容赦なく窘めた。
「まぁ、おやつを強請るなんて意地汚い。お断りしますわ」
「そんな、ズルいですわ!」
「ズルいとは心外ですわね。いつまでものんびり悩んでいるから先を越されるのですよ。私を責めるより、優柔不断な自分を反省なさい」
ヴィオラの言い分は一見すると正論のようだが、優しく妹に譲るのも正しい行いである。
しかし口も頭も回るヴィオラに対し、シスルはあまりにも感情的かつ口下手すぎた。
時には両親が間に立つ事もあったが、ヴィオラによる「妹の淑女教育の一環ですわ」という強気の発言でねじ伏せられてしまう。
彼女曰く、「一歩社交界に出れば、ズルいだ何だの不平や言い訳は通用しませんわ。私は心を鬼にしてシスルの脇の甘さを正しているのです。厳しさも立派な愛でしてよ」との事だ。
結果、「お姉様はズルい」という長年の訴えは尽く跳ね除けられる羽目になるのだった。
(思い返すだけでも腹が立ちますわ! 全く、物は言いようですわね。本当にヴィオラお姉様は口が達者でズル賢いのですわ!)
シスルは荒々しく「猿でも分かる! 淑女の賢い身の振り方百選」を開く。
これは以前、姉に嫌味たらしく渡された代物である。
(いつか出し抜いてみせますわ!)
何かと浅慮な彼女には来たる仕返しの機会を夢見る位しか出来ないのだった。
◇
さて、時は流れヴィオラが十八、シスルが十六歳になった頃。
記念すべき王立貴族学院の卒業パーティーの日に事は起きた。
この日シスルは卒業生であるヴィオラを遠巻きに眺めつつ、呑気に友人達と料理を楽しんでいた。
和やかな音楽に談笑する声。
料理や会話を楽しむ者もいれば、一部では踊っている生徒もいる。
そんな祝いの場らしい陽気な雰囲気が、一人の大声によって一転した。
「ヴィオラ・ガイルンディナ侯爵令嬢! お前はこの俺、ラクスター・デルフィー公爵子息の婚約者に相応しくない。よってこの場にいる全ての者を証人とし、お前との婚約は破棄させて貰う!」
朗々とした演説風の声に会場がシンと静まりかえる。
とんでもない発言をした青年ことラクスターは、何故か自信満々といった体でヴィオラを見下ろしている。
彼はデルフィー公爵家の長男であり、本人の発言通りヴィオラの婚約者であった。
(え、え? ヴィオラお姉様が婚約破棄!? ラクスター様、正気ですの!?)
あまり金回りが良くないデルフィー公爵家と、ここ近年で潤い豊かな生活を送るガイルンディナ侯爵家の婚姻は周知の事実である。
政略結婚故か、シスルの目から見ても二人の仲は良いとは思えなかった。
しかし抜かりのない姉が礼儀礼節を怠るとは思えず、シスルはハラハラと扇子を広げる。
(まさかここまで拗れるなんて……それにラクスター様の隣にいる女性は誰ですの? 妙に距離が近いですわ)
シスルと同じ事を思ったのか、周りの生徒達も好奇の目を向けている。
周囲の目に怯む事なく、ヴィオラは美しいすまし顔で苦言を呈した。
「この場に相応しくない話のようですわね。それに婚約は家同士の取り決め。後日改めて両家の間で話し合う事に致しましょう」
「そうやっていつものように小賢しく逃げる気だろうが、そうはさせん! お前の卑劣な性根を白日の下に晒してやる!」
まるで台本でもあるかのような台詞が淀みなく紡がれる。
注目を後押しと捉えているのか、ラクスターは傍に立つ小柄な令嬢の肩を抱き寄せると声高にヴィオラを詰りだした。
「お前は愚かにもこの可憐なるリリー・ラウギル男爵令嬢と俺の仲を邪推し、嫉妬に駆られたあげく彼女に嫌がらせの数々を行った! なんと傲慢で醜い心か、恥を知れ!」
俄かに周囲がザワつき、つられるようにシスルの心臓もドクリと跳ねる。
(あのヴィオラお姉様が嫉妬で嫌がらせ? ないない、それだけは無いですわ!)
固唾を呑みながら脳内で全否定するも、シスルの思いは届かず。
ラクスターの語りを止めたのはヴィオラの静かな声だった。
「全く身に覚えのない話ですが……具体的に嫌がらせとは?」
「フン、あくまでシラを切るか。教科書や制服を切り裂いたり、水溜りに突き飛ばしたり脅迫めいた悪口を言ったりしたのだろう!? 知らぬとは言わせんぞ!」
(いやいや、使えない者を容赦なく排除する事はあっても、個人的な感情だけでそんな子供じみた嫌がらせをするなんて愚かな真似、あのヴィオラお姉様がする筈ないですわ! ラクスター様、ヴィオラお姉様を舐めすぎでしてよ!?)
身内として冷や汗が滲む中、ヴィオラが言い放ったのは「知りませんわ」の一言である。
その言葉はシスルが今まで何度となく聞いてきたものと全く同じトーンであった。
「さも事実のように妄言を並べておいでですけど、私が悪事を働いた証拠はありますの?」
「フン! そんなのリリーの涙が何よりの証拠だ! 裂かれた教科書や制服、嫌がらせの手紙だって残っているんだぞ!」
「そんなものは証拠とは言えませんわ。どうせ私を騙る者の仕業でしょうし。それに、その理屈ですと当然、私が涙を流したら無実の証拠となるのですよね?」
「そんな訳あるか、この女狐め! 俺は知っているぞ! お前が普段から実の妹すらもイビリ倒している事をな!」
突如としてラクスターが振り向き、流れるように周囲の目がシスルに集まる。
完全に蚊帳の外にいたつもりのシスルは息が止まりそうになる程驚いた。
(え、えっ!? なぜ急に私に話を振りましたの!? お願いですから巻き込まないで下さいまし!)
普段のように下手に騒ぐ訳にもいかず、かといって姉のような上手い返しも出来ず。
硬直するシスルに構わず、ラクスターはニヤリと笑みを浮かべている。
「とにかく、お前のような性悪女は公爵家の嫁に相応しくない! よってお前がどう縋ろうとこの婚約は破棄し、俺はこの……」
(なるほど。ラクスター様はリリー様と一緒になりたいが為にこんなゴリ押しの茶番をなさったのね)
「シスル・ガイルンディナ侯爵令嬢と新たに婚約を結び直す!」
「「……は?」」
姉妹の声が重なる。
あまりにも予想外な落とし所に、シスルは外聞も忘れて首を振った。
「お、待ち下さいラクスター様! 急にそんな事を言われても困りますわ!? それに私、別にいびられては……」
「……ラクスター様はそんな話がまかり通ると本気でお思いで?」
ヴィオラの声がワントーン下がり、シスルの背筋が俄かに凍りつく。
(あ、これはマズいですわ)
「公衆の面前で何の根拠もなく私を詰り、祝いの場で一方的に婚約破棄。ここまでされて私の両親が、私が、シスル本人が。そんな提案を受け入れると本気でお思いで?」
周囲の生徒すらヒュッと息を飲む圧が放たれる。
流石のラクスターも気圧されているようだが、なけなしのプライドを持って負けじと反論した。
「フ、フン! 俺は公爵家の長男だぞ! それに姉と妹がすげ代わるだけで済むならガイルンディナ家にとっても有り難い話だろう。何せ公爵家と繋がりが持てるんだからな!」
どうやら彼は自身の最低な発言を理解していないらしい。
周囲の冷ややかな視線の意味すら気付かず、彼は味方を得たとばかりに髪をかき上げている。
(えぇ? ここで格好つける意味が分かりませんわ。でも確かに、公爵家に迫られたらお父様も断れないかもしれませんわね。一体どうしたら……)
シスルが顔面蒼白で姉を見ると、バッチリと目が合ってしまった。
(え?)
その目はいつになく穏やかで、思わず見惚れる美しさであった。
「貴方の言い分は分かりましたわ。ところでラクスター様。そちらのリリー様に話を伺っても宜しくて?」
「あ、あの……」
「リリー、無理をするな。辛い思いをしてまでこんな女と口を利く必要はない!」
まるで騎士気取りである。
そんなラクスターを押し退けたのは、まさかのリリー男爵令嬢であった。
「は、発言しても宜しいのですか?」
「え、リリー?」
「勿論。構いませんわ」
リリーのしおらしい態度にギャラリーのザワ付きが少しだけ大きくなる。
たっぷりと時間を置いて周囲が静かになった所で、彼女は深々と頭を下げた。
「わ、私、リリー・ラウギルは、予てよりラクスター様からの付きまといの相談をヴィオラ様に打ち明けておりました!」
(な、なんですってー!?)
シスルの中では完全に「ラクスターとリリーは相思相愛、真実の愛、目指せ悪役令嬢との婚約破棄!」という共通の目論見を抱いている同士だと思い込んでいた。
それが間違いだったとなると──
シスルのみならず、会場中の険しい視線がラクスターに突き刺さる。
「え、リ、リリー? な、何を言っているんだ?」
「ラクスター様は私がヴィオラ様と話しているのを邪推し、他の方からの嫌がらせを全てヴィオラ様のせいと思い込んだのですわ! 私は何度も違うと申しましたのに……」
「何を言っている、リリー! 君がヴィオラにイジメられたと泣いていたのではないか!」
慌てて詰め寄るラクスターから数歩引き、リリー男爵令嬢は怯えた声を上げる。
「ひっ……!? ラ、ラクスター様は思い込みが激しすぎるのです。でも私の身分では強く言えず……!」
(なんて男ですの!? 前から女性に気安い方だとは思ってましたが、これではヴィオラお姉様もリリー様も被害者ではないですか!)
大きな瞳をウルウルと滲ませ、そっと目元を抑えるリリー男爵令嬢の姿は可憐そのものである。
シスルは怒りに震えそうになる手をどうにか抑えてラクスターを睨みつけた。
彼は「誤解だ!」と酷く狼狽している。
「いい加減見苦しいぞ、ラクスター・デルフィー」
落ち着いた──それでいてよく通る声が響き渡り、会場中が水を打ったように静まり返る。
コツコツと歩み出たのは今年度の卒業生代表であり、この国の第二皇太子でもあるケリア・デーヤエラインだった。
彼は整った顔を僅かに顰めてラクスターの前に立つ。
「話は始終聞かせて貰った。というより、この場に居る者は皆、嫌でも耳に入っただろうがな」
「ケ、ケリア。俺は……!」
「私は友として、今まで再三忠告をしてきた。『婚約者がいるのに他の女性と関係を持つのは止めよ。女性との距離を考え直せ』とな。勿論、ヴィオラ嬢と真摯に向き合え、とも」
それがどうしてこうなった、と頭を振るケリアの仕草は完全に見限りをつけた者のそれである。
「待ってくれ、違うんだ!」
「はぁ……折角の卒業パーティーが台無しだ。……連れて行け」
どこからともなく現れた衛兵に取り押さえられ、ラクスターはあれよあれよという間に会場の外に連れ出されてしまう。
彼は扉が閉め切られる最後まで「聞いてくれ! ヴィオラが、いや。リリーが、リリーが悪いんだ!」と叫んでいたが、最早聞く耳を持つ者は誰も居ない。
複雑な顔で扉を見つめていたケリアは、すぐにフゥと息を吐いて笑顔を浮かべた。
「さて、とんだハプニングがあったが仕切り直しだ。今日というめでたき日、みな共に楽しもうではないか!」
ワァッと歓声が上がり、再び音楽が流れ出す。
シスルもヴィオラもそれぞれの友人に取り囲まれ、同情され、励まされ──息をつく暇もない程に声を掛けられた。
また、同情の声はリリーにも向けられており、友人の少ない彼女は戸惑いながらも精一杯に応えているようだった。
(一時はどうなる事かと思いましたが、あの様子ではラクスター様の思い通りにはならなそうですわね)
シスルは内心ホッとしながら姉を盗み見る。
ヴィオラはケリアと談笑しており、何やら良い雰囲気にも見えなくもない。
(そういえばお姉様はケリア様と仲の良い御学友でしたわね。……卒業おめでとうございます、ヴィオラお姉様)
そんな穏やかな思いを胸に、波乱の卒業パーティーは幕を閉じた。
……が。
それだけで終わらないのが人生である。
婚約破棄騒動から僅か数日後。
両家の間で正式に婚約の解消が決まり、ガイルンディナ家ではヴィオラの嫁ぎ先をどうするかと緊急の会議が開かれていた。
そんな折にケリア第二皇太子が訪問してきたのだから驚きである。
しかも訪問内容が「ヴィオラへの結婚の申込み」なのだから尚更だった。
噴き出す汗を拭う父と、目を輝かせる母。
急展開について行けないシスルと使用人達を尻目に、当の本人達は淡々と言葉を交わしてあっという間に婚約を交わしてしまった。
(あのヴィオラお姉様が人気の高い第二皇太子のケリア様と婚約!? おめでたい話ですけど、なんだか釈然としませんわ!)
このモヤモヤの原因は何なのか──
その答えは程なくして判明する事となる。
◇
(あら? 今日いらしたお客様ってリリー様だったのね)
シスルは庭先でお茶を嗜むヴィオラとリリーに気付き、一言声を掛けるべく近付いた。
「ヴィオラ様のお陰で家格が上の友人も出来ましたし、家の財政も落ち着きましたわ。本当になんてお礼を言ったら良いか……」
「良いのですよ。私も多くのご令嬢から被害の相談を受けていて、いい加減うんざりしていた所でしたので」
「まぁ、ヴィオラ様をそこまで煩わせるなんて。会場を追い出された時は少し不憫に思っていましたが、気にする必要は無さそうですね。まさかあんなに上手くいくとは思いませんでしたけど」
不穏な会話である。
思わず息を潜めたものの、一足遅かったようだ。
「シスル、居るのでしょう?」と盗み聞きを咎められれば出ていくしかなく、彼女は気まずく二人の前に姿を現した。
「あ、あの。ヴィオラお姉様、今の話は?」
「フフ、大した話ではなくってよ。ただ、リリー様のお家に幾らか援助する代わりにラクスター様に言い寄って私の悪評を吹き込んで貰っただけの話ですわ」
「え、えぇ!?」
「やだ、ヴィオラ様ったら。それだけではないでしょう? ラクスター様が婚約破棄を迫るように唆すよう命じたではないですか」
にこやかに語る二人の発言内容は悪魔の如き所業の暴露である。
「な!? それは流石に……」
ハニートラップが身近で行われていた等と誰が思おうか──
絶句するシスルにヴィオラが微笑んだ。
「あら、でも最終的にゴーサインを出したのはケリア様ですのよ?」
「「え!? ケリア様が!?」」
「何やらデルフィー公爵家に不穏な動きがあったようで。それでも友人として付き合っていたそうですが、流石に被害を訴える女性が増え過ぎて擁護出来くなった、と」
おかげでケリア様と結ばれますわ、と頬を染めるヴィオラに目を見張りつつ、シスルは口をはくはくさせる。
被害女性を増やさない為という大義名分の下、リリーやケリアと共謀してラクスターを嵌めたという事は──
(まさか全てヴィオラお姉様の思惑通りだったというの?)
駄目男との婚約解消のみならず、リリーに恩を売りつつ周りからも感謝され、親しい男と結ばれたという事実が空恐ろしい。
「それにしてもヴィオラ様の予想は的中でしたわね。私、完璧にラクスター様を落としたつもりでしたのに、まさか本当にシスル様を新たな婚約者に指名されるとは思いませんでしたわ」
「フフ。お金が必要なラクスター様が我が家との繋がりを手放すとは思えませんもの。丸め込み易いシスルを選び、リリー様を愛人にでも据え置く算段だったのでしょう」
鈴の音を転がすように「分かりやすい殿方で助かりましたわ」と告げるヴィオラに、とうとうシスルの思考回路が悲鳴を上げた。
(なんて事。ラクスター様が私を指名した際の驚きすら演技でしたの!? やっぱり、やっぱりヴィオラお姉様は……)
「ヴィオラお姉様、流石にズルすぎですわ!!」
せめて一言相談して下さいまし! と叫ぶシスルだったが、ヴィオラはツンとすましたままだった。
〈あとがき〉
最後までお読み頂きありがとうございます。
初めて婚約破棄ものに挑戦しました。
テンプレって難しいですね。
どこかの先人様とネタが被っていそうで正直怖いです(本音)
もし何か問題等がありましたらそっと教えて下さい。
確認した上で対応させて頂きます。
ちなみにヴィオラは社交界に向かない性格のシスルを本当に心配しています。
愛の鞭 伝わらなければ ただの鞭(字余り)
ラクスターの「妹への婚約し直し提案」には(予想通りだったとはいえ)流石のヴィオラもご立腹だったようです。
私の大切な妹に何言ってんの? 的な。
ちゃっかり友人を切り捨てるあたりケリア氏も中々の腹黒さんです。
むしろ本当に友人と思っていたかも疑わしいっていう。
ある意味お似合いの夫婦になりそうですね。
何気に登場人物の殆どが黒いので、シスルの振り回され気苦労ライフは今後も続くと思われます。
でもちゃんと愛されてるのでご安心を。幸せにおなり……
あと登場人物の名前は植物由来が多いです。
シスル→アザミの英名から。
ヴィオラ→ビオラから。
ガイルンディナ→忘れた。
ラクスター→飛燕草の英名、ラークスパーから。
デルフィー→忘れた。
リリー→ユリの英名から。
ラウギル→「裏切る」から。
ケリア→山吹の英名から。
デーヤエライン→「偉いんやでー」から。
碌な家名がない件。
この度は最後までお読み下さり誠にありがとうございました!
追記:誤字報告ありがとうございます!