第六話 暴走ラブベリー~発動条件はなんだ?~
――なんか心配だし、早くミラナのとこに行こう。
少し早歩きしていると、知らない女子に話しかけられた。
「オルフェル君、ちょっといいですか? お話があって……」
「あー、ごめん。だれだっけ?」
「サラです。前に相談をしたことがあるんですけど……」
――えー? 覚えがねーな。俺人の顔めったに忘れねーんだけど。
――わりと美人だよな。こんな子いたっけ?
サラは手に小さな紙袋と、ハートマークが描かれた封筒を持って、少しもじもじしているように見える。
――ん? まさかこれ、告白か?
俺はキョロキョロと周りを見回した。昔から目立っている俺は、しばしば告白されることがある。知らない子にされることも多い。
だけど、初恋からずっとミラナ一筋の俺には、それに応えることができなかった。
だからといって、こんな勇気のいることに挑んでいる女の子を、人前で傷つけるわけにはいかないだろう。
俺もミラナに振られてるから、その切なさはわかっているつもりだ。
「ここ、結構人が多いけど、その話、大丈夫なやつ……?」
俺が恐る恐る質問すると、サラがブンブンと首を振った。
「あっちで話せますか?」
「わかった……」
人の少ない場所に移動する俺たち。サラは緊張しているのかますますもじもじしている。
――俺、いそいでんだけど……。急かすわけにいかねーしな……。
ソワソワする気持ちを抑え、俺はサラが話し始めるのを待った。
「こっ、この手紙、一生懸命書いたので、あとで読んでください!」
「あとで?」
「目の前では恥ずかしいので……」
「あ、うん……」
「それとこれ、クッキー焼いたので食べてください!」
彼女が両手で、俺の前にクッキーの入った紙袋を差しだした。
その瞬間、俺の血の気が引いていく。クッキーの袋から漏れる、独特の甘酸っぱい香りが、俺の鼻を刺激したのだ。
「こ、これって……」
俺は急いで紙袋を開いてなかを確認した。入っていたのはジャムクッキーだ。だけどその香りは、完全にラブベリーのものだった。
「サラ。これ、どこで手に入れたの?」
「えっ?」
「俺を落としてこいってだれかに頼まれた? それとも、きみが犯人なの?」
俺はサラの腕を掴んで、震える声で質問した。俺の顔が怖かったのか、サラの目に涙が浮かんでくる。
だけどこれは、確認しないわけにもいかない。
「サラ、本当のこと言って」
「ジェ……ジェイク君が、オルフェル君の好物だからって……」
「クソ! 最悪か!」
俺は生徒会棟に向かって、一目散に走り出した。
いまのは俺をサラに惚れさせる目的もあるかもしれないけど、多分時間稼ぎがいちばんの目的だ。
ということは、ジェイクはいま、ミラナのところにいる!
――やばい! あれをミラナが食べたりしたら……。
――ラブベリーの魔法発動条件はなんだ? はじめに見たやつを好きになるとか?
――頼む、間にあって!
必死に広い中庭を走り抜け、俺は生徒会棟に飛び込んだ。相談ブースの前でジェイクと話しているミラナの姿が見える。
「いつも相談聞いてもらってるお礼だからさ。遠慮なく受け取ってよ」
ジェイクがミラナに詰め寄って、カップに入った飲みものをミラナに差し出している。ほとんど脅してるような距離感だ。
「待て! 飲むな、ミラナ!」
「オルフェル……」
俺が叫んだ途端、ジェイクはミラナの顔にカップを突きつけた。
「早く飲めよ!」
ジェイクの苛ついた叫びが廊下に轟く。
「なにしてんだ!」
俺が叫びながらジェイクに近づくと、ジェイクが振りかえって俺を見た。その顔は怒りに満ちている。
「邪魔なんだよ、おまえはぁぁぁ! 彼女は僕に惚れたほうが幸せだってことがわからないのか! くらえ! アースバレット!」
ジェイクは俺に向かって片手を広げ、いきなり攻撃呪文を唱えてきた。土属性の弾丸を飛ばす攻撃魔法だ。
「やめてっ!」
――ボン!――
ミラナがジェイクの腕を払う。土の弾丸がその場で弾けた!
爆発音が廊下に響く。土煙の向こうから、ミラナの悲鳴が聞こえてくる。
「きゃぁぁ!」
俺は土煙に飛び込みミラナを庇いながらジェイクを蹴飛ばした。
ジェイクはよろけながらもこっちを睨んでいる。不発魔法でケガしたらしく、彼の手から血が滴り落ちる。
「ミラナ!? 大丈夫か!?」
「うん、なんとか」
ミラナにケガがないのを確認していると、ジェイクがまた片手を広げた。
「あぶない! オルフェル!」
「おいおい! もうよせって!」
「だまれ! アースバレット!」
――この至近距離で!? 殺す気か!?
俺はとっさにミラナを庇う。弾丸は大きく逸れ俺の肩を掠めた。
「ぐぁぁぁ!」
ジェイクは負傷した手から魔法弾丸を放とうとしてしくじったようだ。手から大量に血を流し痛みに悶えている。
――こいつ、バカすぎてこえぇ。
唖然とする俺。ミラナも俺に抱きついたまま顔を引き攣らせている。
ジェイクは恐ろしい顔で俺を睨むと、鼻にしわを寄せ歯ぎしりした。
「ミラナちゃん! こんなヤツどこがいいんだ! ぼくは入学式の日からきみだけを見てたのに!」
「バカか! 俺はガキんときからずっとミラナだけだっ」
「二人とももういい加減に……」
ミラナが口を開いた瞬間、ジェイクは持っていたカップの中身をミラナにぶっかけた。
ドプンとピンクの濃い液体がミラナの顔と制服を汚していく。
「僕特製のジュースを飲めよ! きみのために、ぼくは重い植木鉢を苦労して運んだんだ!」
「ふざけんな!」
「ぐあぁっ!」
俺はジェイクの顔面に拳を叩き込んだ。頬にまともに入ってジェイクが吹っ飛んでいく。彼は悶えながら廊下を転がった。
「勝手なことばっかしてんじゃねー! ミラナの気持ちは、ミラナが決めんだ!」
顔を押えたままうずくまっているジェイク。こんなヤツはほっといてとりあえずミラナだ。
「ミッ、ミラナ。大丈夫?」
振り返ると、彼女は廊下に座り込んでいた。顔中にドロドロのラブベリージュースがかかっている。甘酸っぱいあの匂いが漂っている。
「目と口あけんなよ?」
逃げていくジェイクもかまわず、俺はポケットからハンカチを取り出した。ミラナの顔を拭いていく。
ラブベリーの発動条件はわからないけど、『最初に見た相手に惚れる』とかだったら、目を開けると危険だ。
俺はミラナが好きだけど、こんなので惚れられても嬉しくない。
目を閉じたままじっとしているミラナの顔を、彼女の頬に手を添えて、丁寧に丁寧に拭いていく。
閉じられた瞼の柔らかな曲線。形のいい鼻、目が離せないピンクの唇。
ハンカチで抑えると、そのあまりの柔らかさに俺の手が震える。
甘い匂いに酔ってしまいそうだ。
ミラナの白い頬が赤く色付いていく。
胸の音がうるさくなってきた。
「一応拭いたけど、顔洗ってきたほうがいいぜ」
俺がそう言うと、ミラナがパチッと目を開いた。茶色い瞳が俺を見詰めている。
「だ、大丈夫そう? なんともねーか?」
「ありがとう……。びっくりしちゃった……」
「その服脱いだほうがいいかも。すげーラブベリーの匂いしてるぜ」
「匂いだけでも効果あるのかな?」
「俺にはわかんねーよ。最初から惚れてんだから」
「もう、すぐそういうこと言う……」
俺の言葉に、ミラナが顔を赤くして俯いた。
――えっ!? ミラナ、照れてる!?
いつものミラナなら、この程度のアピールは真顔で「へー」と言って流してしまうはずだ。
嫌な予感に胸がざわつく。
――やばい! これラブベリー効果発動してねーか?
俺はドキドキしながらミラナを立たせた。ミラナが俺にキュッとしがみついて、うるんだ瞳で俺を見あげてくる。
これは本当に魔法が発動しているかもしれない。
――うー! 俺、ちゃんとミラナに愛されたいのに。
俺は自分のローブを脱いでミラナに持たせた。
「ミラナ、これ使って。俺、ジェイクを捕まえねーと。あいつだけは本当に許さねー」
「オルフェル。あの人怖いから、気をつけて……」
そのとき、屋外から大勢の叫び声が聞こえてきた。
外を見ようと窓に近づくと、太い木の枝がグネグネと伸びながら迫ってくる。
その枝には色鮮やかな緑の葉っぱと、ハート形の果実が鈴なりだ。
――ラブベリー!?
そう思った瞬間、俺は伸びてきた枝に吹っ飛ばされた。
廊下の窓が次々に割れていく。
体が枝に絡め取られて、肩や脚に枝が突き刺さった。
「ぐぁぁっ」
「きゃぁぁ! オルフェル!」
ミラナが俺を心配して叫んでいる。だけどこのままじゃミラナも危ない!
「ミラナ、離れてろ!」
「でもっ……」
「大丈夫だ! 俺は炎属性だから木には負けねー! 数多の炎の微精霊たちよ! 暴走ラブベリーを焼き払え! ファイアーブレイズ!」
俺は枝葉に突きあげられながらもなんとか集中し、手から火炎を放った。
激しい炎が動き回る枝葉を飲み込んで、その木の葉を燃やしていく。
パチパチと音がなって、煙と焦げた匂いがあたりに広がった。
ラブベリーの枝は怯んだように少し後退した。俺はその隙に枝から抜け出す。
だけど校舎には防火散水装置があるのだ。天井から水が降ってきて、ラブベリーが鎮火されていく。俺もミラナもずぶ濡れだ。
別の枝がミラナに迫っていく!
「ミラナ! ここじゃ危険だ。外に出るぜ!」
「うん!」
俺が血まみれの足を引きずっていると、ミラナが肩を貸してくれた。二人で校舎の外に飛び出す。
中庭に生えた巨大なラブベリーの木が、みるみる成長しているのが見えた。
根本付近にはジェイクが立っていて、木の根になにかを注いでいる。
「ジェイク! なにしてんだ!」
「ラブベリーに魔法成長薬をかけてるのさ!」
「やけになるな!」
よく見るとラブベリーの木の近くに、魔法で掘ったと思われる穴が開いている。
ジェイクは魔法研究部から魔道具や薬品を盗み出し、土のなかに隠していたようだ。
魔法成長薬は、魔法研究部が開発した、生物の成長を促進する魔法薬だった。
対象にかけることでその魔力を増幅させ、急速に成長させることができる。
だけど用法や用量を間違えると、こんなふうに対象を暴走させ、制御できなくしてしまうのだ。
――もしかしてラブベリーも中庭に植えてたのか? いくら広いとはいえ大胆だな。
――でも確かに、実をもいで地植えしたらわかんねーかも。
迫りくる枝葉をよけながら、俺はまた火炎魔法を放った。
「頼むぜ! 炎の微精霊たち! 俺のほとばしる熱い魔力で恋の大暴走を喰い止めるぜ! 燃やし尽くせ! ファイアーブレイズ!」
微精霊たちが俺の願いに応え、手から炎を噴出させる。
ラブベリーの枝は凄まじい勢いで燃えあがった。だけど木の成長スピードが速すぎる!
ラブベリーは生徒会棟の壁を突き破りながら、空高く伸びていった。