第五話 疑惑のオルフェル~俺のアリバイ~
――ざまぁみろっ。
恋敵を追い返して隣を見ると、ミラナが不満げな表情で俺に顔を近づけてきた。
眉をひそめ、唇はツンと窄めて、『怒ってます』とアピールしてきたのだ。
――わ、近いって! しかも、すげー可愛い!
ドキドキしている俺の頬をミラナが軽くつまんでくる。
「もう。喧嘩しちゃダメじゃない」
「ごめん、あいつがミラナを困らせるから……」
「オルフェルにも困ってるよ」
不満顔で両頬をつままれているけど、まったく痛みを感じない。
――むはぁ。ミラナ、むしろこれはご褒美だぜ? 幼なじみの特権的な……。
俺がヘラっと笑ったのを見ると、ミラナはため息をついて手を離した。そしてプイッと横を向く。
「でもあの人、まともな相談しないし、帰ってくれてよかったよ。次の人を待たせちゃうことも多いし……」
「そうだよな!」
俺がミラナにつままれた頬をニヤニヤしながらさすっていると、次の相談者がやってきた。
学校の敷地内にたくさんいるリスが、部活の備品を壊してしまった、という相談だった。
俺たちは聞き取った内容を生徒会に報告する書類を作り、補助金の申請方法を部員に案内したりして、その日の相談ブースは終了した。
△
翌朝、俺とミラナが朝の相談窓口を開いていると、バタバタと廊下を走ってくる足音が聞こえてきた。
顔をあげると突然扉が開き、アリサがなかに入ってきた。ずいぶん慌てた顔で、「はぁはぁ」と息をあがらせている。
「オルフェル君、ミラナちゃん、魔法生物部がたいへんなの!」
「えぇ!?」
俺たちは相談ブースの扉に『臨時休業』の札をかけ、急いで魔法生物部に向かった。
ついてすぐに、部室の扉に異変があることに気付く。鍵のシリンダー部分が高温で溶かされて曲がり、周辺も黒く焦げ付いているのだ。
――これは……。炎属性魔法か?
俺の魔法属性である炎が、悪事に使われたことにゲンナリする。
部室に入ってみると、部員たちの悲しみに暮れる声が聞こえてきた。
「ぐすっ。ミント君……」
「うぅ、どうしてチビちゃんがこんな目に……」
部員たちが傷ついた魔法生物たちに回復魔法をかけながら、涙を流している。
犯人は鍵を壊しただけでなく、生物たちまで傷つけたようだ。
ミント君は小さな緑色の魔法生物だった。毛がモフモフで愛くるしい見た目だったけど、お尻の毛が燃えてしまっている。
みんなが大切に育てていたミニドラゴンのチビちゃんも、翼に穴が開いていた。
青々としていた魔法植物もいくつか燃えてしまったようだ。
――こんなことをするやつがいるなんて。許せねーな!
――部員たちが大切に育ててたのに!
俺の胸にやるせなさと怒りがこみ上げてくる。
「しかも、ラブベリーの木が鉢ごと盗まれちゃったの」
アリサが指差す方を見ると、本当にラブベリーがなくなっていた。
「あんな大きな鉢を盗み出したのか……?」
俺たちが驚いていると、ルーク先輩が、なんだか言いにくそうにしながら、俺に一枚のカードを差し出した。
「実はね、オルフェル君を呼びに行ってもらったのは、この置き手紙のせいなんだ……」
『ラブベリーはオレがいただいたぜ! O.S……?』
「オルフェル・セルティンガー君……。きみとイニシャルや使用された魔法の属性なんかが一致しているみたいでね……」
「えっ!? もしかして俺、疑われてんっすか!?」
俺が焦った声をあげると、ルーク先輩は首を横に振った。
「いや、さすがにね。この手紙は犯行予告でも脅迫文でもない。わざわざ犯人が自分のイニシャルを書き残していくなんて、僕も思わないよ」
「よ、よかった」
「それに、さっき、生徒会捜査班に依頼を出してね。探知魔法が得意な人に調べてもらったんだ。この炎魔法は、魔導師ではなく、魔道具によるものだよ」
「あ、もうそこまでわかってるんっすね」
俺は少しホッとしてため息をついた。
探知魔法はいろいろな種類があるけど、使われた魔法の痕跡を調べることができるものもある。『スキャン』とよばれる光属性魔法だ。
魔法が使われた場所でスキャンを使うと、魔術師が使った魔力の痕跡は霧状に、魔道具による痕跡は塊になって見えるらしい。
色で使われた魔法の属性も判別できるし、痕跡の拡散具合や色味の変化などで、魔法が使われてからの経過時間までおおよそわかるという。
「スキャンの結果によると、犯行時刻は今朝、寮住まいの生徒たちが食堂で朝食を食べているころだったようだ。念のため、部員をきみの暮らす寮に行かせて、アリバイを調べさせてもらった……」
「えっ、ほんとっすか」
「結果、食堂にいたほとんど全ての人が、きみを見たと答えたようだ。オルフェル君、目立つからね……」
「そうっすね……」
そう返事をしながら、俺は今朝、食堂に行ったときのことを思い出していた。
俺の赤い髪は、カラフルな髪色の魔導師たちが多いこの学園でもかなり目立っている。
そのうえ俺は背が高いし、声もでかいから、どこにいても割と目立つ。
しかも同じ寮のヤツらは、すでに大半が友達だ。俺は毎朝みんなに挨拶するだけでなく、冗談を言って盛りあげて、ギャハギャハ笑わないと気がすまない。
これでは俺の存在に気づかないやつの方が稀だろう。
俺が頭をかいていると、ルーク先輩が困り顔で言った。
「だから、きみの疑いはすでに晴れているんだけど、どうもだれかがきみに罪を着せようとしたんじゃないかって話になってね。なにか心当たりはないかと思って、呼びに行ってもらったんだよ」
「心当たりっすか……」
――うーん。ジェイクくらいしか思いつかねー。でも、あいつラブベリー知らねーだろうしな。なんの確信もねーのに、ここで名前を出していいもんかな?
――言って違ったらどうすんだ……。それこそあいつに恨まれそうだぜ。それに、相談室関係のことは守秘義務があんだよな……。
――でも言わねーと捜査が遅れるかもしんねーし……。言えば、ラブベリーが取り返せるかもしんねーし……。
「やっぱり、言いにくいかな……?」
悩んで口籠もる俺を、ルーク先輩は急かさずに待ってくれている。
隣では、ミラナが不安げな顔で俺を見詰めている。部員たちがまだシクシクと泣いている。
――みんな悲しんでるからな。ラブベリーを取り返せる可能性があるなら、確信がなくても、情報を隠すのはよくねーよな……。
「実は、俺をよく思ってなさそうなヤツが一人いて……」
俺がそう言いかけたとき、なんとジェイクが自ら姿を現した。
「わ、たいへんなことになってるね」
「ジェイク!? なんでここに?」
「ラブベリーが盗まれたって聞いて見にきてみたんだよ。本当だ。なくなってる」
「なんでラブベリーのあった場所知ってんだ? おまえ、もしかして、あのとき戻ってきてた?」
ジェイクは俺の問いかけを無視して、部室内の惨劇を不躾な目で見回している。
泣いていた部員たちも、突然やってきた部外者に首を傾げている状況だ。
こいつは本当に、なにをしにきたのだろうか。
――まさかこの状況で、この間みたいに失礼なことを言うつもりか?
「ジェイク、おまえ出ていけよ」
俺は思わず声を荒げてジェイクに詰めよった。いまこいつが無神経なことを口走ったら、部員たちのダメージが計り知れない。
だけど苛ついた俺を見て、ジェイクがニヤニヤ笑っている。
「わわ。やっぱりきみは怖いな。相談室でも乱暴だしさ。だけど、こんなひどいことが平気でできるなんて驚きだよ」
「はぁ!? 俺がいつ乱暴なんか……」
「オルフェル君が盗んだって、あちこちで噂になってるよ」
「それ、おまえが言いふらしてんじゃねーの?」
俺はさらに苛立ってジェイクを睨みつけた。ミラナが俺を鎮めようと腕を引っ張ってくる。
ジェイクはそれを見て不満げに「ふん」と鼻を鳴らした。
「まったく人聞きが悪いな。僕はただ、聞いたことを話しただけだよ。それが噂になるのは、僕のせいじゃない。オルフェル君がやったかどうかは知らないけど、そういう話があるっていうのは事実だからね」
ジェイクは俺を嘲笑うように嫌な笑みを浮かべている。ずいぶんとバカにした顔だ。
こいつは俺が疑われて戸惑う様子を楽しみにきたのだろうか。ついでに俺の評判を落とそうとする思惑が丸見えだ。
だけど俺の疑いはもう晴れている。
もしジェイクが犯人だとしたら、墓穴を掘っているだけだ。
「おまえさ、部員でもないのに急にこんなとこにきて、俺よりずっと疑わしいってわかってる?」
「僕を疑う根拠があるのかい? 言っとくけど、アリバイならあるよ。僕は朝から食堂にはいかない。部屋でコーヒーを飲むんだ。ルームメイトと二人でね」
「そんなの口裏合わせかもしんねーだろ?」
俺たちがそんな言いあいをしていると、部室に顔馴染みの先輩たちが入ってきた。
『生徒会捜査班』とよばれる彼らは、学園内で起こるさまざまな事件や問題に対応する専門チームだ。
このチームは、高度な魔法を操る五人の優秀な先輩たちで構成されている。
窓口で受けた相談が手にあまるときは、俺たちは彼らに引き継ぎをして任せているのだ。
「オルフェル君、ミラナちゃん。詳しく聞かせてもらえるかな? そこの、ジェイク君もね」
この人たちが現れたら、俺もミラナも守秘義務だなんだということはできない。
俺は結局、これまでの経緯をすっかり彼らに説明した。
そして、もちろんジェイクも、彼のアリバイや疑わしい行動について、生徒会捜査班から調査を受けることになったのだった。
△
翌日の夕方、授業を終えた俺はひとりで校内の中庭を歩いていた。
森みたいに広い中庭だ。たくさんの生徒がくつろいでいる。ここには低木から高木までさまざまな木が植えられていた。鳥や小動物も見ることができるのどかな場所だ。
だけど、俺の気持ちは落ち着かない。
――なんか心配だし、早くミラナのとこに行こう。
今日の授業は魔法属性ごとに校舎がわかれていた。炎属性の俺は、闇属性のミラナと一緒に授業が受けられなかったのだ。
昨日からできるだけミラナと同じ授業を受けるようにしてたけど、こればっかりはどうにもならなかった。
生徒会捜査班によるジェイクの取り調べはまだ続いているようだ。だけど、なかなか犯人だと断定するところまでいかないらしい。
彼は黙秘を続けていて、ラブベリーの鉢植えや、犯行に使われた魔道具が見つからないからだ。
今日はジェイクも普通に授業を受けていた。疑わしいだけでは処罰できない。彼は寮住まいの学生だから、逃げる心配は少ないという判断のようだ。
――結局あいつ、犯人じゃなかったのか? いくら変なやつでも、犯人ならわざわざ部室にくるようなことしねーかな?
――いや、あいつ、俺と同じで自信家だからな。大丈夫だと思ったら犯行現場にも平気できそう。
――俺を犯人にして、ミラナから引き離す気だったっぽいよな?
そんなことを考えながら、少し早歩きしていると、知らない女子に話しかけられた。
「オルフェル君、ちょっといいですか? お話があって……」
すこしもじもじしている彼女。その手には小さなハートが描かれた、可愛らしい封筒が握られていた。
――ラブレターか!?