第四話 魔法生物部~恋の果実ラブベリー~
俺たちが魔法生物部の前の廊下で興味深い生物に瞳を輝かせていると、ジェイクがとんでもないことを呟いた。
「気持ちが悪いな。ぼくは醜い生きものが嫌いなんだ。こんなものを育ててる暇があればもっと崇高な研究をすればいいのに」
「うぁぁーーっと!?」
俺は焦って大声を出し、とりあえずジェイクを黙らせた。
部員たちは生物に愛情を注いでいる。
しっかりと手入れの行き届いたテラリウムで、生きものたちが生き生きと暮らしているのを見れば、それは一目瞭然だった。
こんな無神経な言葉を聞いたら、部員たちは悲しむだろう。
ジェイクにはそれがわからないのだろうか。
「どうしたジェイク! 腹がいてーのか!?」
「わ、なにするんだ、ぼくはただ……」
「いいからこい!」
俺はジェイクの腕を掴んで引っ張り、部室棟の出入り口から彼を外へ押し出した。
「ミラナ、アリサを頼んだぜ!」
「えっ、オルフェル……」
部室の入口近くにいたミラナたちはキョトンとしている。
先に部室に入ったルーク先輩や部員たちの様子は変わらない。どうやら聞かれずに済んだようだ。
ジェイクを部室棟から引き離して、俺は彼に文句を言った。
「おまえ、失礼なことばっかり言うの、いい加減にしろよ?」
「はぁ? ぼくは自分の意見を述べただけだよ」
「部員たちの気持ちを考えろって言ってんだ」
ジェイクは唇を噛みながら俺を見上げた。殴ろうと思ったのか拳を握っている。
だけど、俺のほうが体がかなりでかい。ジェイクは負けると思ったのか、拳を引っ込めて代わりに文句を言ってきた。
「……うるさいやつだな。ぼくは最初から、魔法生物部なんか興味なかったのに、きみたちが連れてきたんだろ。先に相談したぼくを後回しにして、きみこそ失礼じゃないか」
「……わかった、ならいますぐ案内してやる」
「もう結構だよ。自分で行けるから」
「行けんのかよ!」
呆れた声を出した俺を残して、ジェイクがスタスタと歩いていく。
本当に場所もわかっているようだ。
――なんなんだあいつは。意味わかんねーやつだ。
俺はため息をつきながら、魔法生物部の部室に戻った。
△
部室に入ると、その一角からアリサの興奮した声が聞こえてきた。
部員たちが五・六人、とある植物の前に集まっている。
「すごい可愛い果実……! これが噂の?」
「ラブベリーだよ。もうすぐ食べごろなんだ」
俺も一緒になって覗き込むと、部員の一人が教えてくれた。それはハート型の果実がいくつかなっている大きめの鉢植えだった。独特の甘酸っぱい香りが漂っている。
それは、部員たちのエプロンに刺繍されている、魔法生物部のマークと同じ植物に見えた。
だけど果実はまだ青くて、しっかり熟れていないようだ。
「ラブベリーはうちの部のシンボルみたいなものだよ。恋の果実と言われていてね。昔部員たちで分け合って食べたら、カップルがいっぱいできたんだって」
「え? 本当ですか?」
「す、すげー」
俺たちは興味津々でラブベリーの木を眺めた。ミラナも珍しそうに眺めている。
世の中には人を魅了し、従順にしてしまう闇属性魔法があるらしい。
『恋の果実』というからには、それと同じような効果があるのだろうか。
俺にはよくわからないけど、恋に落ちる果実なんて、非常に珍しいのは間違いない。
――こ、これをミラナに食べさせたら、どうなるんだ?
――いやいや。俺はそんなずるい手は使わないぜ! 俺はミラナを従わせたいわけじゃねーからな!
俺がドキドキしていると、アリサが思い切った顔で質問をした。
「魔法生物部に入れば、ラブベリーを使って、お料理をすることはできますか?」
「うんうん。ラブベリーは加熱にも強いし、焼き菓子に入れたり、ジャムにしても美味しいらしいよ」
「わぁ! 私、入部したいです!」
「歓迎するよ! それじゃ、さっそくこの入部届に記入を!」
アリサはラブベリーが気に入ったらしく、すぐに入部手続きをはじめた。
俺とミラナはルーク先輩に彼女を任せて、魔法生物部をあとにした。
△
それから十日ほどたった日、俺はいつもどおりミラナと『生徒会一年生相談窓口』のブースにいた。
「相談いいかな?」
ブースの扉が開いて、見慣れた男が入ってくる。
――ジェイク! またおまえか! 最近毎日じゃねーか?
俺は少ししかめっ面をしながらも、「どうぞ」と彼をブースに招き入れた。
ここは相談窓口だから、相談に来たやつを追い返すわけにはいかないのだ。
「ご相談はなんでしょうか?」
ミラナが声をかけると、長机を挟んだ丸椅子に、足を組んで座るジェイク。
彼は俺たちに恋愛相談をする、というていで、毎日ミラナを口説きに来ていた。
「ミラナちゃん、ぼくに好きな子がいるの知ってるよね? 実はその子に、もっとぼくに興味を持ってもらいたいんだよね」
――ほらきた。まただぜ。
ジェイクがミラナを見詰めながら、甘い声を出している。よほど自分がモテることに自信があるようだ。
警戒する俺とは違い、ミラナは「なるほど……」と、真剣に相談を聞こうとしている。
彼女は真面目で親切で、ちょっと鈍感なのだ。それが彼女の魅力ではあるんだけど……。
「たとえばミラナちゃんだったら、ぼくのどんなことに興味があるかな?」
「え……。私ですか?」
ミラナがジェイクを見ながら、真面目に返答を考えている。だけどこれはジェイクの罠だ。
彼はミラナに自分のことを考えさせて、彼女の心を奪おうとしている。だけどそのことに、ミラナはまったく気が付かない。
だから俺はミラナの代わりに、ジェイクの質問に答えてみた。
「ジェイク、俺はおまえに興味があるぜ! おまえくらい意味わかんねーやつはなかなかいねーからな。趣味は? 休みの日はなにしてんの?」
「はぁ?」
ジェイクが驚いて顔をしかめている。彼は俺の存在を忘れていたのだろうか。まったくライバルだと思われていない気がする。
彼の制服には女子受けを狙ったお洒落アイテムがいっぱいだ。
だけど真面目な優等生のミラナに、それが受けるとは思えない。
こいつの脳内はどうなっているのだろう。にわかに興味がわいてきた気がする。
俺はさらに質問を続けた。
「もしかして、おまえの趣味って買いものか? その制服につけてるキラキラどこで買ったの?」
「え?」
「あ、運動得意って言ってたよな。普段どうやって鍛えてんの? 俺は毎日筋トレしてるぜ! そうだ、おまえ友達いてる?」
「なんできみに言わなきゃいけないんだよ」
「女の子に興味持ってもらいたいんだよな。なら自分の趣味とかいろいろアピールできたほうがいいぜ!」
相談員らしく、アドバイス風にしてみる俺。自分で言わせてしまえば、ミラナは真顔で「へー」と言って流すはずだ。
だけどジェイクも俺の妨害を振りきってくる。彼はミラナを見詰めたまま、長机に両肘をついて、ミラナに上目遣いで話しかけた。
「趣味か……。ねぇ、ミラナちゃん、ぼくの趣味、なんだと思う?」
「えっ、な、なにかなぁ……」
――きー! しつこいやつめっ。俺の前で堂々とミラナを口説くのはいい加減にしろ!
自分も散々振られているだけに、しつこいこと自体には文句を言えない。
だけどここは、生徒会の相談窓口だ。決してミラナを口説くための窓口ではない。口説いていいなら俺だって毎日口説きたい。
ミラナが困惑顔で首を傾げている。真面目に考える必要なんかないのに、彼女は本当に優しいのだ。
「ジェイク、相談しねーなら出てってくんねー? ここ、そういう場所じゃねーからさ」
俺がそういうと、ジェイクは一瞬上を向いて考えた。
「ぼく本当に、いろいろ悩みが多くてさ。相談したいことがいっぱいあるんだよね。ミラナちゃん、今度中庭で聞いてもらえないかな?」
「おまえ、いい加減にしろよ」
俺がたまらず立ちあがると、ジェイクが目を丸くした。少し焦った顔をしながらも、こりずに俺を睨んでくる。はっきり言って負ける気はしない。
だけど、ミラナが俺のローブを引っ張って、『落ち着いて』と目で訴えてくるのだ。
――そーだ。ここで問題を起こしたら、ミラナに迷惑がかかるのは間違いねーからな。喧嘩するわけにはいかねー。
俺がなんとか気持ちを沈めて椅子に座ると、ジェイクは「ふぅ」とため息をついた。
「こわいな。こんなこわい相談員がいたんじゃ、相談できないよ。ミラナちゃん、個別相談考えておいてね!」
「すみません、個別相談は受けられません」
ミラナを誘い出そうとするジェイクに、ミラナが真顔で断っている。俺が再三、『ジェイクには気をつけてほしい』と言ってきた効果が出たようだ。
「ふん……。まったく役に立たない相談窓口だね」
ジェイクは捨て台詞を吐いてブースを出ていった。
――ざまぁみろっ。
恋敵を追い返してふと隣を見ると、ミラナが不満げに唇を尖らせて、俺に顔を近づけてきた。