第三話 ダブルデート~言いふらさないでね~
「まっ、まって! 俺もいく! てか俺がいく!」
ミラナがジェイクに案内を申し出て、俺は慌てて立ちあがった。ジェイクが不満げに俺を見あげる。
「だからきみには頼んでないよ」
「研究棟の場所ならわかるから! まかせろジェイク!」
必死に食い下がる俺。ジェイクもなかなか引かない。
「ミラナちゃんが二人きりでって言ってるのに、どうしてきみがしゃしゃり出てくるんだ!」
「どうしてもだ! 二人では行かせねー!」
「この……! きみが彼女のなんだっていうんだ」
「俺はミラナの幼なじみだっ」
俺たちが立ちあがって揉めはじめると、ミラナもガタンと立ちあがった。珍しく少し焦った顔をしている。
「ごめんなさい。二人では無理です。私、研究棟の場所を知らないので」
「え?」
ポカンとするジェイクに、ミラナが気まずそうに苦笑いしている。
俺はそのとき、重要なことを思い出した。
――そういやミラナ、方向音痴だった。
「だっ、だから言っただろ。俺が案内するって」
結局三人で行くことになり、ジェイクはしぶしぶブースを出ていった。
△
「ミラナ、なんであいつ誘ったの?」
またミラナと二人きりになり、俺は我慢できずに聞いてみた。あんな嫌なやつ、放っておけばよかったのだ。
「だって、困ってるみたいだったから……」
「ちょっとは警戒しろよ。あいつ、すげーミラナのこと狙ってる感じだったぜ?」
「えっ? そんな感じだったかな?」
ミラナは驚いたように目を丸くしている。この子は自分が魅力的だという自覚が全然足りないのだ。
もっとしっかり、認識しておいてもらいたい。俺はミラナに顔を近づけた。
「なぁ、ミラナ。自分が可愛いの、わかってる?」
「オッ、オルフェルが付いてきてくれると思ったんだもん……」
ミラナはそういうと、ガタッと立ちあがって書類を戸棚に戻しはじめた。
「きゃっ。端が折れちゃった……」
いつもはきっちり並べる書類を、珍しくぐちゃぐちゃにしている。もうすぐ授業開始の時間だから、彼女も慌てているようだ。
俺も勉強道具をバッグに詰めて、大きくひとつため息をついた。
――そりゃ、ついていくけどさ。なんか勘違いしただろあいつ。
△
その日の放課後、俺たちはまた一年生相談窓口に座っていた。
しばらく勉強していると、最初の相談者が入ってきた。名前も知らない女子生徒だ。
「うっす! 生徒会相談窓口だぜ! えーっとまずは名前聞いていい?」
「アリサです」
「同級生だからな、ため口でいいぜ! 俺はオルフェル」
「ミラナです。アリサさんはなにをお悩みですか?」
「えっと、どの部活に入ればいいか悩んでて……。おすすめを教えてもらいたいの」
一年生相談窓口にくる相談の多くは『部活選び』だ。この学校の部活は種類が多すぎて選ぶのがたいへんなのだ。
「部活の選択は重要な問題だよな。俺もまだ部活は決めてねーけど、ここに部活の一覧表があるぜ」
「アリサさんは、どんなことに興味がありますか?」
「お料理が好きなんだけど、料理部がないみたいで……」
「あれー? 本当だ料理部はねーな……」
俺とミラナは部活の一覧表とその説明をしばらく眺めた。どうやら料理部は部員不足で廃部になったらしい。魅力的な部活がたくさんある代わりに、部員の争奪戦も激しいのだ。
だけど勧誘に流されて適当な部に入りたくないという生徒も多い。アリサが困り顔で俺を見詰めている。
「心配ないぜ! 俺たちにまかせとけ! 毎日この分厚い一覧表と睨めっこしてんだからな。各部から資料や案内も回ってくるし、詳しいぜ!」
「助かるよ、オルフェル君!」
アリサがにっこりと笑顔を見せて、俺は張り切りはじめた。
――相談員歴十日の俺が、きみにぴったりの部活をおすすめするぜ!
俺は資料を眺めて考える。いくつかの代替え案を思いついた。
「料理部はねーけど、新魔法研究部なら、魔法で料理を作る研究ができるかもしんねーよ?」
「新魔法かぁ……。私には難しそうだなぁ」
「んー、じゃぁ……魔法生物部は? 動物だけじゃなくて、食材になる植物を育てたりとかできそうだぜ。楽しそうじゃねー?」
「なるほど、それは興味があるかも」
「見学とか、体験入部もできるぜ」
「見学はいってみたいけど、一人ではちょっと不安かも……」
「相談窓口が終わったあとでよければご案内しますよ。ほかにも案内する約束があるんです」
アリサが不安げな顔をすると、ミラナはまた案内を買って出た。
その日はほかにも五件の相談を受け、俺たちは相談窓口を終了した。なかなかいい仕事をしたと思う。
ブース近くの出入り口から屋外に出ると、ジェイクとアリサが俺たちを待っていた。
△
俺たち四人は、まず魔法生物部を目指した。そっちのほうが生徒会棟から近かったからだ。
この学校は広い。入学して二ヶ月たっても、いまだに迷ってしまうくらいだ。
方向音痴のミラナは目を離すと迷子になっていて、俺はいままでに、何度も彼女を探し回っていた。
だから今日も、彼女から目を離すことはできない。
――ご案内しますよって、笑顔で言ってるけど、本当に最初から俺がついてくるの前提なんだよな。
――まぁ、ミラナに頼られんのは大歓迎だけどな!
少しニヤニヤしていると、ジェイクがくだらないことを言いだした。
「ダブルデートになったみたいだね」
ジェイクは不敵な笑みを浮かべながら俺を見あげている。自分の相手はミラナだと言いたいようだ。
俺とミラナの間に割って入ろうとしてくる彼を、俺は肩で押し返した。
俺よりかなり背が低いから負ける気はしない。眉をしかめてジェイクを睨んだ。
「勝手にデートとか言うのやめたほうがいいぜ。みんなそんな気ねーからな?」
「そうだよ。これは部活の案内だよ。デートしたなんて言いふらさないでね?」
俺とアリサに釘を刺され、ジェイクが不満げな顔をする。自信家の彼も、今回は俺の鉄壁の守りに屈したようだ。
ミラナは俺の忠告を思い出したのか、ジェイクからスッと離れて俺の斜め後ろに立った。
△
俺は『魔法生物部』に三人を案内した。
授業でも来たことのある、ガラス張りの温室。その周りには、色とりどりの薬草や野菜などが育つ植物園がある。
そしてそのそばには、五十種近い生きものが飼われている飼育小屋もあった。
魔法生物部の部室は植物園の奥にある茶色い建物だ。近づいてみると、いくつかの部の名前が書かれた看板がかかっている。
植物園などの施設はいろいろな部が共同で使用しているのだ。
部室に近づくと、魔法生物部の部長のルーク先輩が、俺を見て手を振ってきた。相談窓口の仕事で、前にも会ったことがある人だ。
彼は紺の制服の袖をまくり、丈の長い白いエプロンをつけている。エプロンには魔法生物部の文字と印が刺繍されていた。
ハート形のピンクの木の実と緑色の葉っぱを組みあわせたようなデザインだ。
「オルフェル君、ミラナちゃん! 入部希望者を連れてきてくれたのかな?」
「あ、はい! ルーク先輩、いま大丈夫っすか?」
事情を説明すると、彼は俺たちを部室のあるほうへ案内してくれた。
建物内の廊下にも、部室に入りきらない魔法植物や魔法生物が育てられている。
枝がグネグネと動き回る木や、暗闇で光る草、空を飛ぶネズミ、触るとすすり泣く花など本当にいろいろだ。
特に危険はないようだけど、外で育てられているものより魔力が強いため、ひとつひとつ透明のケースに入れられている。
俺たちが部室の入り口で興味深い生きものたちに瞳を輝かせていると、ジェイクがとんでもないことを呟いた。
「気持ちが悪いな。ぼくは醜い生きものが嫌いなんだ」