第一話 生徒会一年生相談窓口~密室で二人きり~
――よし、今日もやるぜ!
カーテンが閉まったままの窓から、少しずつ光が差し込んできた。早朝の学生寮はまだ静かで薄暗い。
ベッドで目を覚ました俺は、気合を込めて体を起こした。まだかなり眠いけど、頭を左右に振って目を覚ます。
俺はオルフェル・セルティンガー。炎属性の魔導師で、国立カタレア魔法学園の学生だ。
先日、好きな女の子に告白し、見事に振られてしまった。相手は幼なじみのミラナだ。
だけど振られたって気持ちは少しも変わらない。諦めきれない俺は、自分磨きの真っ最中だ。
日課の筋トレをしていると、同室の親友シンソニーが、ベッドのなかから声をかけてきた。
「オルフェ、今日も相談窓口? 朝早くから頑張ってるね」
「おぉ。ミラナと二人だからな! はりきってるぜ!」
相談窓口というのは、この学園の生徒会長に頼まれた『生徒会一年生相談窓口』のことだった。
生徒会長と縁があって、彼から仕事を任されたのだ。だけど、まさかそれを、ミラナと二人でやることになるとは。
驚いたけど、俺にとってこれはチャンスだ。いますぐは無理だろうけど、少しずつでも彼女に見直してもらえたらと思っている。
はりきって顔を洗い、制服に着替えた。白いシャツにネクタイ、紺色のローブ姿だ。
鏡の前に立ち髪型を整える。俺の髪や目は燃えるように赤い。炎属性魔導師に多い特徴だけど、俺はそのなかでも特に赤い方だ。
そしてシンソニーは、風属性の魔導師に多い緑色の髪だった。
俺たちはそれを誇りに思っているし、俺は赤も緑もかっこいいと思う。
「フレイムドライ!」
呪文を唱えると、微精霊たちが優しい温風を起こし俺の髪を乾かした。
「オルフェ、また背が伸びた? どんどん差が開いちゃうな」
「なんかすげー勢いで伸びてんだ。だけど成長期だからな! シンソニーもすぐ伸びると思うぜ!」
「そうだといいけど」
シンソニーが少し羨ましそうに俺を見あげた。
彼と俺は幼なじみで、気軽に恋愛相談もできる仲だ。シンソニーは穏やかでいいヤツだ。
彼は好きな女の子とも仲がよくて、くっつくのも時間の問題だろう。そっちのほうが羨ましい。
「あー俺、今日もいい男だな! そう思わねー?」
「うんうん。かっこいいよ」
「これならミラナも惚れるかもな!」
「きっとね」
俺はシンソニーに話しかけながら、鏡の前でいろいろと面白いポーズを作ってみせた。
シンソニーがニコニコしながら俺を見ている。実をいうと俺はものすごいお調子者だ。
シンソニーはもう慣れてるから、いつもやさしく対応してくれる。
「ありがとう! んじゃ、頑張ってくんね!」
「ふぁ。うん。僕もコーヒー飲もう」
まだ眠そうな声を出している彼に背を向けて、俺は部屋を出ようとした。シンソニーが俺を呼び止める。
「あ、そうだ。ハンカチを持っていったほうがいいよ。女の子に好かれるには、清潔感が大事だって聞くし」
「なるほど。さすがだぜ、シンソニー! この感謝の気持ちは言葉にできないほどだぜ!」
「あはは。大袈裟だよ?」
シンソニーのアドバイスに感謝しながら、俺は引き出しからしわくちゃのハンカチを出してきた。
「炎の微精霊たちよ! ハンカチのしわを伸ばしてくれ! フレイムプレス!」
「それいつ見てもドキッとするな。そんな魔法、普通ハンカチが燃えると思うけど」
シューっという音とともにハンカチのしわが伸びていくのを見て、シンソニーが目を丸くする。
そういう彼は風属性の魔術師だから、いつも風で制服のしわを伸ばしていた。
「便利だけど、防火装置には気をつけねーとな!」
苦笑いする俺たち。入学したばかりのときに、一度失敗しているのだ。
ハンカチを綺麗に畳んだ俺は、それを胸ポケットにしまい部屋を出た。
進学のため田舎の村を出たときに、かぁちゃんが持たせてくれたハンカチだ。
右下の隅には『O.S』と、俺のイニシャルが刺繍されている。
――これなら風紀チェックにもひっかからねーな。
この学校は国内一のエリート魔法学校だ。それだけに身だしなみチェックも厳しい。
だけど俺がこうしている理由はそこじゃない。
大好きなミラナが、ものすごく真面目な優等生だからだ。
以前のように、だらしないままでは嫌われてしまう。
「オル君、おはよう~! また相談に行くね~」
「おーっす! いつでもきてくれよ!」
「今日も早いな。窓口ご苦労さん!」
「おはよーっす! 先生今日もマントがいい感じに風になびいてるっすね。カリスマが目に眩しいっす」
「おまえは本当に冗談ばっかりだな」
食堂で朝食を食べ、学校までの道を歩いていると、すれ違った先生や生徒たちがみんな笑顔で挨拶してくれた。
俺はそれに笑顔で手を振って答えながら、急ぎ足で相談窓口のある生徒会棟を目指した。
△
授業開始まで、まだ一時間はあるだろうか。俺は速足で生徒会棟の廊下を歩いていた。
相談ブースのカギを俺が持っているから、遅れるとミラナを待たせてしまうのだ。
早めに来たつもりだったけど、ミラナはすでに扉の前で待っていた。
俺に気づいて振り返る彼女。長い薄茶の髪がさらりと流れた。
窓からの光に透かされると、その髪はやわらかなピンク色に見える。
綺麗な茶色の瞳が俺を見据えた。結ばれた口元に笑顔はないけど、その瞳には、幼なじみへの親しみの色が浮かんでいる。
彼女は闇属性の魔導師だ。だけど彼女は、見た目に闇を感じさせない。それはとても珍しくて、俺の目には神秘的に見えた。
朝いちばんで彼女に会えるというだけで、俺にとっては最高のご褒美だ。
「ミラナ、待たせたな! ごめんね? ちゃんと朝ごはん食べた?」
「うん。大丈夫。私もいまきたとこだよ」
――わ! なにこの恋人の待ち合わせみたいな会話! やばいな!
彼女の返事に、浮かれる気持ちをグッと抑える。
ここは生徒会室の手前にある小さな部屋だ。その入り口には、『生徒会一年生相談窓口』と書かれたサインが取り付けられている。
少し誇らしい気持ちで、俺はミラナと並んで扉を開けた。
このブースは生徒会が用意したもので、一年生が学校生活や魔法学習に関する悩みを相談できる場所だった。
部屋のなかには学校の案内や資料が入った本棚と長机がひとつ。それから観葉植物と、椅子が四脚あるだけだ。
「はじめるか! 今日も一緒に頑張ろうぜ!」
「うん」
俺たちは長机の奥に置かれていた椅子に並んで座った。村の学校でも、俺はできる限りミラナの隣に陣取っていた。
だから俺が彼女の隣に座るのは、そんなに珍しいことではない。
だけどこのブースは、プライバシーの保護のために外からなかが見えなくなっているのだ。
――やばい! こんな狭い部屋にミラナと二人きりって!
――毎日やってても全然慣れねーな! めちゃくちゃドキドキするぜ!
隣に座るミラナを眺めると、胸が高鳴ってくる。
仕事に取りかかろうとする彼女の、人形のように整った横顔。
真剣な瞳には彼女の誠実さや意思の強さが映し出されている。その瞳に見詰められたら、俺は吸い込まれてしまいそうだ。
二人きりの密室に、ちょっとソワソワしてしまった。
「きょっ、今日は俺、ハンカチ持ってきたぜ」
「へー。そうなんだ」
――しまった、変なこと言った。
焦ってどうでもいいアピールをする俺。ミラナはいつもどおり無表情で、棒読みの返事だ。
俺が下手なアピールをすると、だいたいこんな反応が返ってくる。
だけどこれくらいの失敗は、いつものことだから俺はめげない。
少しずつでも俺が変わっていくところを、彼女に認めてもらえればそれでいいのだ。
――まぁ、毎日こうやって二人きりになれんだからな。焦ることはねーか。
この仕事がミラナと二人だということを、俺は知らずに引き受けた。だけど、ミラナはどう思っているのだろう。
俺が仕事を引き受けたあと、気がつくと彼女も就任していた。
俺がいると知っていて引き受けたのだろうか。
いつも真面目な彼女の表情は、なかなか俺には読み取れない。
――まぁ、そんな詮索してもしかたねーか。ミラナは冷たそうに見えてお人よしだからな。頼まれたらなんでも引き受けるし。
俺は相談窓口の仕事をはじめるために必要な準備をした。案内板や資料を机の上に並べると少し気の引き締まる思いがする。
ミラナとのこの時間を守るためにも、俺は失敗するわけにはいかない。
「そっ、相談者こねーな! とりあえず、勉強でもする?」
「うん、そうだね」
しばらく二人で勉強していると、本日最初の相談者がやってきた。
見たことのない男子生徒だ。女子にモテそうな……というよりは、モテたそうな見た目をしている。
――自分磨き中の俺にはバレてるぜ。
この女子受けを狙った清潔感。制服に光るピンやチェーン。
ピアスなんかの小物使いも完全に女子の目を意識しているやつだ。
「おはよう。相談いいかな?」
そう言ってブースの扉を開けた彼は、少し斜めに身体を傾け、二本指を額に当ててから、その手でミラナを指差した。同時に「ヒュゥ」と、小さく口笛まで吹いている。
肩まで伸ばした髪をかきあげながらブースに入り、足を組んでミラナの対面の椅子に座った。
口元にいやらしい笑みを浮かべながら、ミラナをジロジロと見回している。
動きがいちいちわざとらしくて、ミラナを気に入っているのが丸わかりだ。
――わぁ、なんか変なやつきた。しかもミラナ目当てか!
入学して今日で二か月。首席でこの学園に合格したミラナは、入学式で新入生代表の挨拶をして、すでにみなの注目を集めている。
そのうえものすごく美人だから、彼女を狙う男はいくらでもいる。
本気なのか遊びなのかは知らないけど、なんにしても俺には恋敵だ。
俺は警戒して、彼に牽制の視線を送った。