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不確実で無責任

作者: 績カイリ

「先生、今日は何を教えてくださるのですか?」

生徒が聞くと、先生は微笑んだ。

「そろそろ、実際の裁判を見ても問題ないだろう。今日は、裁判を見に行こうか。」

落ち着き払って、まるで生徒を諭すかの様に先生は言った。


先生と生徒はもう一年近くは共にいる。ほとんどの時間を共に過ごし、生徒にとってわからないことがあれば、すぐに先生が答える。そんな生活だった。だから生徒は先生を信頼していたし、先生に分からないことなどない、と思っていた。実際、座学の時間、先生は教科書の全てを教えていた。



荘厳な空気の裁判所。裁判官がぞろぞろと入ってきた。裁判所にいる皆が黙って立ち上がり、裁判が始まった。

「教科書で見たよりも、裁判官って多いんですね。」

「そうだね。今見ている裁判は最高級のものだからね。教科書に乗っていた物よりかは随分と慎重なものだよ。」

裁判は淡々と進んだ。裁判官、弁護士、検察官、各々の考えが混じりあい結論を導き出そうとしていた。しかしそんな中、生徒はどうしても理解できないことがあった。

「先生、さっきから幸福追及がどうとか話してますけれど、彼らは幸福をなんだと思っているのですか?」

先生は黙り込んでしまった。いつも先生はすぐに生徒の質問に答えるのに。生徒にとっては不思議でたまらなかった。生徒は堪らず聞き直した。

「先生?聞こえてます?」

「あぁ、聞こえてはいるよ…。彼等は幸福を恵まれた状況にあって、不満がないことだとか定義している。しかし…」

先生は言葉を濁らせた。そして目線を変え話を続けた。

「こういうことがあるから実習は面白いんだ。」

生徒は不思議だった。先生が幸福とは何かを説明できずにいるだなんて想像もしなかった。

「先生、"しかし…"なんですか?」

「しかし、恵まれた状況なんて不確実で無責任な言葉すぎやしないだろうか。足るを知る人間はどんな状況でも恵まれていると思える。足るを知らぬ人間はどんなに欲しいものを手に入れたとしても恵まれていると思えない。"恵まれた状況"なんて不確実な言葉で説明された"幸福"という言葉をどこまで信頼して良いものなのだろう。私は君の3倍近い時間、勉強しているが、未だにわからない。」

そうは言ってもやはり、生徒には先生にも知らないことがあるという現実を受け入れられなかった。

「先生、やっぱり幸福という意味が分かりません

。」

「だからこそ君をここに連れてきたんだ。」

苛立ちすら感じる台詞を諭す様に言った。

先生は続けて、

「君にはもう充分に教えた。ここから先は君自信が考えるんだ。もしかしたら、こうやって私達が人間界の裁判を覗き込むということを幸福というのかもしれない。はたまたなんでも教えてくれる人が側にいることを幸福と言うのかもしれない。私達が全く体験したことのないことを幸福というのかもしれない。いずれにせよ、私達に大切なのは考えることだ。他人が作った曖昧な定義に騙されず、自らが定義することが大切なんだ。」

生徒はもう、これ以上聞いたりはしなかった。





裁判は終わった。なおも幸福のなんたるかを定めずに。

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