悪代官っ娘と美都の御老ハム
「伊勢後屋、お主も悪よのぅ?」
クラスメイトの芥井環は、登校するなり俺のノートを引ったくり、課題を自分のノートへと写し始めた。
「いい加減自分でやったら?」
「何を言うか伊勢後屋よ。そちとわしの仲じゃろう? グハハ」
何が『グハハ』だ。花も恥じらう女子がしていい笑い方じゃあないぞ?
言っても聞きゃあしないし、仕方なしに貸しにしておくのが良さそうだ。
「環さん? 何をしているのかしら?」
「あ、美都ちゃんおはよう」
学級委員長の光国美都が、腰に両手を当て、覗き込むように環を威嚇する。いいぞ、もっとやれ。懲らしめてやれ。
「む、小煩いのがきよったわ。そのデカい助さん格さんは控えておれ」
──ムニッ
「ひゃっ! ぶ、無礼者!!」
「赤子の手より柔らかいのぅ。グハハ!」
思わず目を反らしてしまった為、何が起きたのかはさっぱりだが、美都ちゃんは胸を両腕で押さえ、顔が滅茶苦茶赤くなっていた。
だから『グハハ!』は嫁入り前の女子が出していい声じゃないってばよ。
「ところで伊勢後屋よ」
「ん?」
課題を完コピし終えた環が、そっと俺の鞄を指差して両手をワナワナとさせている。不気味な表情も相まって、実に気持ちが悪い。
「お主、山吹色のお揚げを持っておるな?」
「ああ、今日の弁当は唐揚げだ」
「ワシは山吹色のお揚げに目が無くて、のぅ?」
「やらん。ビタ一文やらん」
「ふふ、そんなことを言っておられるのも今のうちじゃぞ?」
「?」
ニヤリと笑う環だが、俺としては心当たり等有るわけも無く、その答えは昼休みまで分からなかった。
「グホホ! 伊勢後屋よ見るが良い! この面妖な弁当を……!!」
「お、おお!?」
環が弁当の蓋を開けると、桜でんぶのハートマークが目に付いた。タコさんウインナーに厚焼き玉子、まるで愛妻弁当のような……いや、完全に愛妻弁当の作りだった。
「21歳の女子大生が伊勢後屋の為に作った、愛情弁当じゃ。どうじゃ? 欲しかろうに」
「──クッ!」
環のお姉さんは大学生であり、実に料理が美味い。そしてミス大学に選出されるほどの美人!美女!美形!美乳!美脚!兎にも角にも美しい!!
「お代官様のお好きな山吹色のお揚げで御座います」
「グホッホッホッ!! 伊勢後屋は素直で宜しい!」
近所でも有名な唐揚げ屋の余り物を詰め込んだ俺特製唐揚げ弁当を手放し、お姉さんのスペシャルスペシャル愛妻弁当を抱え込むようにして食べる。いや、先に写真を撮っておこう。
「ヤバ、うめぇ」
お姉さんの愛情が俺のDNAに素早く浸透してゆく……!!
「あ、姉は彼氏おるからの?」
「青い空のバカヤローッッ!!」
俺は泣きながら愛情弁当をかきこんだ。
「伊勢後屋、帰るのか?」
「ああ、今日は顧問の先生が不倫バレて裁判になってるから、部活無いんだ」
「ふぅん」
「ふぅんで済むんだ、結構衝撃的ニュースだと──って何だこれ?」
下駄箱に紙が見えた。二つ折りの小さなやつだ。
「書状かえ?」
「さあ……」
【夕方、御自宅にお伺い致します】
「……は?」
「……伊勢後屋、お主もすみに置けんのぅ! グホホ!」
「やかましいわ」
「いでっ!」
肘でツンツンしてくる環のファニーボーンをデコピンし、紙をポケットにしまい込む。これはあれだ。イタズラだ。
「じゃ、帰るわ」
「えっ!? 伊勢後屋? ワシを置いてくのか!?」
ほぼ全力ダッシュで帰宅すると、シャワーを済ませてベッドメイキング、アロマ、BGMと、思いつく限りのメンズケアを施した。
──ピン、ポン
「ふぁっ!?」
思わず驚いてしまう。
家人は出掛けており、家には俺一人。詰まるところ……チャンスだ!!
「伊勢後屋くん」
「……なんだ、美都ちゃんか」
「何だって何よー? あ、これ」
美都ちゃんは近所に住んでいて、時折こうして何かをくれる。主にお裾分けだけどね。
「何の箱?」
「おすそわけ♪」
ずっしりと重い小さな箱を受け取ると、美都ちゃんは「バイバイ」と手を振って帰った。ヒラリと揺れるミドルなスカートが、何とも可愛らしい。
「……なんだろ?」
リビングに行き、箱をテーブルに置いた。
「誰じゃ?」
「美都ちゃん──って環ぃぃ!?!?」
いつの間にか俺の家に環がくつろいでいて、5倍濃縮カ〇ピスを飲んでいた。不法侵入極まりない奴め。
「おっ、なんじゃその面妖な箱は」
「お裾分けだって」
「ふぅん……それっ」
「おい勝手に開けるな」
環が箱の蓋を外すと、お歳暮でよく見るようなハムが入っていた。
「なんだ、御老のハムか」
「まあ、ハムは普通に嬉しいけどね」
「ん? のう伊勢後屋……」
環がそっとハムを指差した。
特大のハムが二つ並んだその間に、ハートマークのシールが貼られた便せんが見えた。
「……もしや」
「あの紙は美都ちゃんだったの?」
そっと便せんに手を伸ばす。
ハートマークのシールには【LOVE】の文字。便せんのすみっこに【伊勢後屋くんへ】と手書きで書かれていて、【へ】にはちょんちょんまでされていた。
間違いない。これはアレだ。恋文だ。
「伊勢後屋ならお裾分けを勝手に開けるだろうから、こっそり恋文を忍ばせたというわけか美都の奴め……!!」
「開けるか……」
「開けてはならぬ!!」
環が便せんを手荒く奪っていった。
その顔はかなり険しく、そして何より今にも泣きそうだった。
「嫌じゃ! どうせ伊勢後屋の事だから、美都に迫られたら助さん格さんには逆らえず、お互いの淫籠を見せ合ったり、門所の前で跪いたり、するのじゃろ!?」
「なんのこっちゃいな……」
「ワシは嫌じゃ!! 伊勢後屋の唐揚げ弁当を他の奴に食べられるのは嫌じゃ!」
「……環」
「姉にもっと弁当を作らせるから! 最近出来た司法書士の彼氏とも別れさせるから……!!」
「それは止めなされ」
環がついに泣き出した。すがるように泣きつく環の手から、そっと便せんを引き抜いた。
「伊勢後屋ぁぁ!! ワシを見捨てんでくれぇぇ~!!」
「……」
くしゃくしゃになった便せんのシールを剥がし、中の手紙を抓んで取り出す。軽くシワを伸ばして折ってあった紙を広げる。
「……賞味期限が近いので早く食べて下さい。だってよ」
鼻をすすった環が、ガバッと顔を上げた。
「ふへっ!?」
抓んだ紙を環に見せると、環は急に顔色が明るくなり「美都め、紛らわしい真似を……!!」とハムの包みを開け始める。
「開けるなってば」
「良いではないか良いではないか」
「良かないわい」
「伊勢後屋の部屋で食べようではないか、グハハ!」
「ちょっ! 待って──」
止めるも環はあっと言う間に駆けだした。
「──なんじゃ!? なんぞこのムーディーな部屋はっ!? 伊勢後屋ー!! 枕の下のコレはなんじゃ!! なんなのじゃ!!」
「ちょーっっ!! タンマ!! マジでストーップ!!」
容赦なく暴かれる仕込み。アイツは生きて返してはいけない気がする!!
「伊勢後屋まさか──!」
「……!!」
「ワシを襲うつもりだったのか!?」
「なアホな」
「……ま、伊勢後屋になら襲われても良いぞい」
「!?」
「そちとワシの仲じゃからな♪ ニシシ」
小悪魔的な笑みを浮かべ、環がハムを抱えながらベッドに横になった。