アイレイウス家の茶会
茶会に相応しい服に着替えた。だが、髪やべっ甲縁眼鏡はそのままだ。
テスラは、グレイハルトの髪をいじろうとして拒否される。
「……グレイハルト様。髪は」
「い、嫌だ。目元が見えるとか、恥ずかしい」
「あの……せっかくいい服を着ても、髪型や眼鏡で台無しですよ。そのべっ甲縁眼鏡はやめて、フレームなしの眼鏡を掛けましょう。それと髪を切らないと」
「……嫌だ」
「はぁ……わかりましたよ」
テスラは諦め、手土産に用意した有名店のケーキをグレイハルトへ。
そして、黄色い薔薇の花束も持たせた。
「いいですか、女性の主催する茶会に招かれたら、手土産は必須です。婚約者などの場合はアクセサリーなどでもいいのですが、今回の場合、菓子や花束がいいでしょう」
「なるほど……」
「では、参りましょうか。ちゃんと挨拶は覚えてますね?」
「ああ。『アイレイウス令嬢、ご招待ありがとうございます』だろ?」
「ええ。くれぐれも棒読みにならないよう」
「わかってる。取材だからね」
グレイハルトとテスラは馬車へ乗り込み、アイレイウス公爵邸へ。
◇◇◇◇◇◇
アイレイウス公爵邸のテラスでは、エリが茶会の最終確認をしていた。
テーブル、クロス、椅子は新品の物へ。天気がよかったので中庭に準備をしたのは正解だった。アイレイウス公爵邸自慢のローズガーデンに咲き誇る薔薇は、今日も美しい。
すると、ドレスに着替えたエリーゼがやってきた。
「お嬢様。準備は完璧です」
「ご苦労様。そろそろ到着ね……ふふ、楽しみだわ!」
「お嬢様、くれぐれも間違いを起さないようお願いします……グレイハルト様は、リツハルト様の弟君。本来なら二人きりで会うということ自体、好ましくないのですから」
「今日くらいいいでしょう? いくら仕事といえ、婚約者を差し置いて別の令嬢とダンスを踊るリツハルト様には、いい薬だわ」
正直なところ、単なる当てつけでもある。
リツハルトが悪いわけではないのは百も承知だが、ちょっとだけ意地悪したかった。それに、作家グレイハルトの話も聞いてみたかった。
すると、アイレイウス家の執事が中庭へ。
「お嬢様、リトハルド公爵家より、グレイハルト様がお越しになりました」
「通してちょうだい」
中庭に案内されたのは、着飾ったグレイハルト、そして離れたテスラだ。
着飾ってはいるのだが、べっ甲縁眼鏡に目元まで隠れた髪の毛は相変わらずだ。
エリーゼは微笑み、スカートをちょこんと上げて一礼した。
「エリーゼ・アイレイウスの茶会へようこそ、グレイハルト・リトハルド様」
「お招きありがとうございます。こちらをどうぞ」
「あら、うれしい」
花束を渡し、ケーキの箱をエリへ渡す。
席に案内され座り、エリが淹れた紅茶を飲む……とても美味しかった。
グレイハルトは、周囲を見渡す。
「素晴らしい中庭ですね。アイレイウス家のローズガーデン、噂以上だ……」
「ふふ、お母様自慢の中庭なの。と……そろそろ堅苦しい話し方はおしまい。グレイハルト、今日はいろいろ聞かせてもらうからね」
「え、な、何を?」
「作家としてのあなたに決まってるじゃない!」
さっそく、エリーゼの質問が始まった。
どうして作家になったのか、おすすめ作家や物語、知り合いの作家からサインはもらえないか……と、取材をするつもりだったのに、質問攻めでグレイハルトが喋れない。
だが、面白かった。
「でさ、クレイステネス先生の『愛する人へ』の恋愛描写なんだけど、あれって女性としての価値観から見た恋愛論なのよ。グレイハルト、クレイステネス先生ってもしかして女性? 私の予想だと三十代前半の未婚女性……貴族じゃないわね。平民だと思う」
「驚いた。あたり……あ、今のなしで! 作家の個人情報は秘密なんだ。サインくらいはもらえるけど、それで勘弁してくれよ」
「あはは! じゃあそれで勘弁してあげる。それと、あなたの書いた本も読んだわ。『賢者シリーズ』! ふふ、面白くて読みふけっちゃった」
「そ、そうかい? ありがとう」
「うん。ねぇグレイハルト、次に書く作品の構想とかあるの?」
「もちろん。今、書いてるのは───って、それは言えないよ。あぶないあぶない」
「ああ、惜しいわね。もう少しだったのに」
「か、勘弁してくれよ……」
「あははははっ」
取材のつもりだった。
だが、コロコロ変わるエリーゼの笑顔に、いつの間にか普通に会話できるようになっていた。
本の話は、とても楽しい。
今までは、グレイハルトとテスラ、編集長くらいでしか話さない。
グレイハルトの世界に、エリーゼが加わった。それだけで違う。
「あー楽しい……ね、グレイハルト。あなたのおススメ本、読んだわよ」
「え、何をだい?」
「ララティア・ベルリオーズの短編集。素敵な恋物語ばかりだったわ……」
「ララティア・ベルリオーズは、自らが悲恋を経験したことから、物語の世界ではハッピーエンドが多いんだ。初心者向けの恋愛小説だよ」
「あなたは、書かないの?」
「え?」
「恋愛小説」
「……えっと、恋愛小説はいずれ挑戦してみたいけど、その……」
「ふふ、恋愛してみないと書けないわよね。ララティア・ベルリオーズみたいな作品は」
「ま、まぁね」
意味深に笑うエリーゼ。
もしかして、からかわれているのだろうか。
でも、にっこり見つめてくるエリーゼから、目が離せない。
(まてまて、兄上の婚約者だぞ……!?)
グレイハルトは内心焦る。
これ以上、踏み込んではいけない気がした。
初めて話の合う女性と仲良くなりすぎるのはまずい。このままでは、ララティア・ベルリオーズのような……と、ここまで考える。
すると、中庭にアイレイウス家の執事が入ってきた。
「お嬢様、来客が」
「来客? 今日は約束していないはずだけど」
「そ、それがその」
執事は、グレイハルトをチラリと見る。
エリーゼは、少し強い口調で言う。
「構わない。言いなさい」
「……はい。ヘルマン侯爵家のプリメラ様が、お嬢様に謝罪がしたいと参られました」
「……は?」
意味が分からず、エリーゼは首を傾げた。




