変身
「さて、婚約者になったことだし……」
「……なんだか、嫌な予感」
グレイハルトは、ニコニコするエリーゼが何故か怖かった。
エリーゼは、グレイハルトの隣に移動。グレイハルトの髪に触れる。
「髪、切りましょうか」
「え」
「もうすぐ学園が始まります。ダンスパーティーに参加しませんと」
「えぇぇ? ダ、ダンスパーティーは欠席で……」
「駄目です」
「……で、出なきゃダメなのかい?」
「もちろん」
グレイハルトに拒否権はない。
こうして、エリーゼによるグレイハルト改造計画が始まった。
◇◇◇◇◇◇
エリ-ゼの婚約破棄、そして新たな婚約者にグレイハルトが据えられたというニュースは、瞬く間に貴族たちに広がった。
新しい婚約者のプリメラ。ヘルマン侯爵家の令嬢で、リトハルド公爵家とも縁の深い相手としてまさに適任。当初はプリメラがエリーゼからリツハルトを奪ったという見方もされたが、プリメラとリツハルトの相思相愛っぷりや、エリーゼとの婚約破棄が双方合意で行われたということから、エリーゼがリツハルトを捨て、グレイハルトを選んだという噂が立った。
プリメラ、リツハルトはこれに便乗。
エリーゼはリツハルトを弄んだ悪女と広まった。
意外なことに、グレイハルトの話題はあまり出なかった。
もともと影の薄い三男で、さらに野暮ったく、薄汚く、埃っぽい公爵家の汚点とも呼ばれていたのだ。そんな三男坊がエリーゼを婚約者に据える……どう考えても、エリーゼは『リツハルト、プリメラを陥れた悪女としての罰を受けた』と思われている。
様々な噂が立った。
唯一絶対なのは、エリーゼが婚約破棄され、グレイハルトと婚約したこと。
リツハルト、プリメラが婚約したこと。
そして……グレイハルトは卒業後、家を出るということだ。
つまり、エリーゼも平民に。公爵家の長女として受ける罰では、あまりにも重かった。
いろいろな噂が独り歩きし、貴族たちはこの話題で盛り上がる。
そんな中、学園の長期休暇が明けた。
ユーグレイス王立学園の、新学期が始まったのである。
◇◇◇◇◇◇
ユーグレイス王立学園の新学期。
新学期の始まりは、ダンスパーティーから始まる。
王立学園の敷地内にある巨大講堂に着飾った生徒たちが集まり、学園の始まりを祝うのだ。
ダンスパーティー会場には、大勢の生徒たちが集まっていた。
爵位の低い貴族たちは、開始一時間前に会場入りするのが常識。
最後に入るのは、ユーグレイス王国王太子と、その婚約者。
その前に入るのは、公爵家……つまり、リツハルトである。
ダンスパーティー会場のドアが開く。
「リトハルド公爵家、リツハルト様。婚約者プリメラ様のご入場です」
リツハルトとプリメラ。
まるで今日の主役のような歓声を受け、二人は会場入りした。
リツハルトは、淡いブルーを基調とした礼服で、長い髪を束ね薄く化粧をしている。笑顔を浮かべるたびに、会場内の令嬢から桃色のため息がもれた。
お揃いのドレスを着たプリメラも、微笑を浮かべ手を振る。
お似合い。まさに、この二人のためにあるような言葉だった。
「綺麗……」「リツハルト様ぁ」「プリメラ令嬢、美しい」
聞こえてくる賛辞に、プリメラは最高の気分だった。
(ふふ、主役は私。ふふ、ふふふ……公女エリーゼ、ざまぁみなさい!)
病欠のエリーゼなど、敵ではない。
あとは、寄ってくる令嬢や令息たちに、エリーゼの悪口を吹き込めばいい。
「本当に美しいよ、プリメラ」
「ありがとう、リツハルト」
「ああ……本当に、幸せだ。きみのような美しい婚約者を連れて歩けるなんて」
「おおげさよ。まったく、あなただってカッコいいじゃない」
「そうかい? きみに言われると「リトハルド公爵家、グレイハルト様。婚約者エリーゼ様のご入場です」……っと、え?」
入口のドアが開いた。
グレイハルト、エリーゼ。
病欠すると聞いていた。
リツハルトはそう思い、二人を見て……絶句した。
「……だ、誰だ?」
思わず、そう呟いた。
そこにいたのは、見たことのない長身の男だった。
◇◇◇◇◇◇
美しい男性だった。
いつも猫背だった背はピンと伸び、長かった灰色の髪は切り揃えられ、その容貌があらわになっていた。
彫刻のような造形をした顔だった。
目はキラキラしたアイスブルー、眉、鼻、口は完璧な位置に付いていた。
微笑を浮かべると、周囲の令嬢たちは声も出ず、息を忘れた。
同性の男ですら、その美しさに見惚れてしまう。
グレイハルト。あれが自分の弟? リツハルトは疑問を持ってしまう。
「ふぁ……」
「プ、プリメラ?」
「あ!! い、いえ……あの、リツハルト様、あちらは……?」
「グ、グレイハルト……と言ったような。だが、あんな顔だったか?」
「……美しいですわね」
「…………」
リツハルトは「そんなはずはない」と言えなかった。
自分の眼から見ても、グレイハルトは美しかった。
いつも猫背だったからか、ピンと立つとリツハルトよりも大きくスタイル抜群だ。
そしてあの甘いマスク……百人中百人が振り返るだろう。
すると、グレイハルトとエリーゼは、リツハルトとプリメラの元へ。
「ごきげんよう、リツハルト様、プリメラ様」
「ご、ごきげんよう……」
「や、やぁエリーゼ……と、グレイハルト」
「お久しぶりです。兄上」
完璧な一礼を返すグレイハルト。
その所作の美しさに、リツハルトは思わず呻いた。
「では、失礼いたします」
挨拶だけして、エリーゼとグレイハルトは去った。
腕を組み、笑みを浮かべ、愛し合う恋人のように。
「「…………」」
リツハルトとプリメラは、その後姿をボンヤリ見送った。




