みすぼらしい公爵家三男
分厚いレンズ、べっ甲縁のダサい眼鏡だった。
髪は伸びきってボサボサだし、オドオドとしているのが目に見えてわかるくらい挙動不審。さらに、着ている服のセンスも悪く、数世代前の学者のような、色褪せたローブを着ていた。
はっきり言って、カッコ悪い。
それが、初めて見たリトハルド公爵家三男、グレイハルトの印象だった。
「は、初めまして。えっと、ググ、グレイハルトです……」
「…………」
オドオドしながらペコペコ頭を下げる、十七歳の青年。
貴族としての教育を受けたはずなのに、まるで平民が貴族の作法を覚えて数分後に挨拶したような、そんなみっともない印象だった。
すると、グレイハルトの頭をぺしっと叩く女性が。
「も、申し訳ございません。この子ってば極度のあがり症でして……こらグレイハルト!! あれほど挨拶はキチンとしなさいって言ったでしょう!?」
「ご、ごめん姉さん。でも僕……」
「でも僕……じゃありません!! まったく。エリーゼ嬢、本当に申し訳ございません」
「い、いえ」
エリーゼ。
アイレイウス公爵家の長女で、リトハルド公爵家長男リツハルトの婚約者でもある。
今日は、リトハルド公爵家二女のルルシェが開催する茶会に呼ばれていた。
リトハルド公爵家は三人兄弟と聴き、さりげなく三男の話題になり……現れたのが、なんともまぁ野暮ったい、エリーゼと同い年の少年だった。
ルルシェの言い訳のような説明が続く。
「申し訳ございません、この子は病弱で、ずっと寝たきりでして……勉強ばかりで、自分の身なりなどにも無頓着でして!」
「そ、そうなのですか……」
グレイハルトを見せないように、メイドがシーツをかぶせ隠そうとしている。
どうやら、恥ずかしい弟らしい。
リトハルド公爵家の三男。社交界などでも、ほとんど話題にならない。
話題になるのは、婚約者のリツハルトや、ルルシェだ。
二人は、『リトハルド公爵家の赤薔薇・青薔薇』と呼ばれている絶世の美男美女だ。このユーグレイス王国で最も美しいと言われている。
「ね、姉さん。僕、仕事があるから」
「好きになさい。まったくもう……あなたってば本当に」
「お仕事、ですか?」
エリーゼは「しまった」と思った。
自分と同い年の少年が、すでに仕事をしていることが気になったのだ。
すると、ルルシェがつまらなそうに言った。
「ほほほ。仕事といっても大したことのない、公爵家とは無縁のお仕事です。何が楽しいのか……この子、小説や物語を書くのが好きでして」
「では、作家を?」
「ええ、まぁ」
「…………」
グレイハルトはそっぽ向いた。どうやら馬鹿にされたことでムッとしたようだ。
そして、ルルシェは言う。
「さ、もう行きなさい」
「なんだよ、姉さんが呼んだくせに」
「確かに呼びました。でも、そんなみすぼらしい恰好で、挨拶すらまともにできないとは思いもしませんでした。まったく、あなたはリトハルド公爵家の品位というものを」
「もうわかったって。どうせ僕には関係ないから」
エリーゼは気付いた。
グレイハルトは、エリーゼを見ていない。
姉に話しかける姿は、年相応の少年にしか見えない。
ルルシェに睨まれ、グレイハルトはエリーゼを見た。
「えっと、その……で、では、ごゆっくりどうぞ」
「え、ええ。ありがとうございます」
ペコペコ頭を下げ、グレイハルトは屋敷へ戻った。
「まったく、あがり性で、同年代の女性とまともに話もできなくて……本当に、情けない」
「…………」
これが、リトハルド公爵家三男グレイハルトと、アイレイウス公爵家長女エリーゼの出会いだった。
◇◇◇◇◇
エリーゼ・アイレイウス。
ユーグレイス王国の二大公爵家、アイレイウス公爵家の長女。
蜂蜜のような色合いの金髪、母親譲りのエメラルドグリーンの瞳、すらりと長い手足に、陶磁器のような白い肌。アイレイウスの宝石と呼ばれる美少女だ。
十七歳のエリーゼには、生まれた時からの婚約者がいた。
二歳年上の、同じ公爵家であるリツハルトである。
貴族同士の婚姻に疑問は持っていない。貴族に生まれた以上、親の決めた婚約者と結婚し、子供を産むことに抵抗はなかった。
そう、抵抗はない。
でも……空想の世界では、そうじゃない。
エリーゼは、物語を読むのが好きだった。
茶会を終え、アイレイウス家の屋敷に戻ったエリーゼは、侍女のエリを呼ぶ。
「エリ、エリ。お茶をおねがい」
「はい、お嬢様……今日はどうされますか?」
「新刊! あるんでしょ? もう、意地悪しないでよ」
「はいはい。わかってます」
侍女のエリは、丁寧に包装された包みをエリーゼへ渡す。
エリーゼは包みを丁寧に剥がし、中の物を取り出し……精一杯の笑顔を浮かべた。
「これこれ。タック・マルセイ先生の新作! あーあ、お茶会がなければ朝からゆっくり読んでられたんだけど……」
「お嬢様」
「わかってます! お義姉様になる方の茶会を断るわけにはいかない、でしょ?」
正直なところ、茶会に興味はない。
エリーゼの趣味は読書。ジャンルは問わず、読みふけり空想に浸るのが趣味だった。
中でもお気に入りは、ファンタジー作家のタック・マルセイの作品である。
彼の執筆する空想世界が、エリーゼは好きだった。
本を開こうとして、ふと思う。
「そういえば、リトハルド家の三男……」
仕事が作家と言っていた。
もしかしたら、彼の著書があるかもしれない。
一応、義弟になるのだし……チェックくらいは、しておくべきだろうか。
「エリ、お願いがあるんだけど」
「はい、お嬢様」
「リトハルド家の三男、えっと……グレイハルトだったかしら? 彼、作家みたいなんだけど、彼の著書を調べてくれない?」
「グレイハルト様の著書ですね。かしこまりました」
「おねがいね」
さて、グレイハルトはどんな本を書いているのだろうか?
ほんの少しだけ気になったが、エリーゼはタック・マルセイの新刊のページを開き……やがて、グレイハルトのことなど忘れてしまった。




