第一章 一話 安穏な日々
俺ァ昔っから辛抱ってヤツが無かった。
なンでこうなったのか。
畑を耕し、暖を取る為の薪を運んで、安いパンを朝飯として買ってる度に思う。
俺に勇者は、土台無理な話だったンだろうなァ…と。
看板にはカカネ村と書かれた貧しいこの村。
俺が勇者として初めて来た村だった。
最初は期待に満ち溢れた未来を期待した。
何せ勇者として王に送られたンだから。
だが、この国に於いて勇者ってのは掃いて捨てるほどいる普遍なものだった。
俺の時は10人ほどの勇者が集まりそれぞれ派遣されるかのように各地へ散っていった。
エリート達のような能力も、ステータスの高さもない俺にとっちゃ近辺の魔獣ですら生死を争う強さだ。
その日を生きることに必死になっていた俺は、気が付けば最初に来た村で居を構え、永住に近い形でこの村に留まった。
俺のレベルは20。村に常駐している王の見廻りの騎士ですら30はいくというのにこの有り様だ。
嘆息をしつつ、今日の飯の献立を考えながら畑を耕すこと。
それくらいが暇な毎日を紛らわす暇潰しだった。
「ジン、これ頼むわ」
錆が出来たブロードソードを鍛冶屋のジンという男に見せる。
「…アルモート。テメェ扱いが雑過ぎだぞ。せめて早目に持ってこい」
ジンは呆れたように剣を受け取った。
「あァ、すまねえなジン。ここんとこ常駐の騎士だけじゃ狩りが間に合わねえってンでずっと駆り出されてンだ。」
「まぁ勇者がこんな所に留まること自体珍しいから、俺としちゃ村が安全で助かるがよ。テメェはそれで良いのかよ?」
「良いわきゃねえが、勇者と呼ばれた事以外特段何か強いわけじゃねえしなァ…」
この世界には役割がある。勇者は戦う力を持ち、唯一魔獣に対抗出来る。一方村人は基本、戦う力を持たない。その代わり、勇者には無い【技術】を持っている。
鍛冶屋、道具屋、商人など、それぞれの才能が赤子の時に決まる。
逆にその【技術】には成長がない。
勇者は個人差はあるが戦うことでレベルを上げ、ステータスを上げることが出来るが、村人にはそれがない。
つまり、この世に生を受けた時点で向き不向きは決まっている。
ちなみに勇者は戦う以外に能は無い。俺が鍛冶屋に剣を預けているのも自分ではまともに手入れ出来ないからだ。
「俺たちは生まれが村人である以上魔獣には勝てねえ。その為に騎士様や勇者様がいる。アルモート、テメェには感謝してんだぜ?何せ勇者様って奴は基本最前線だ。魔王倒すのに夢中で辺境の村なんて誰も目に留めねえ。それも悪いってわけじゃねえがな」
「よせよ、別にこの村想ってここに居るとかじゃねえンだ。俺は勇者としちゃ三流以下で、居場所がここくらいしかねえンだから」
俺は気まずくなって頰をかく。
実際、最前線へ向かおうとして無理をした結果は惨憺たるものであった。通りがかりのクレリックに救われていなければ勇者の墓碑に名前を刻まれていたことだろう。
昔のパーティには愛想をつかれ出ていかれてしまった。
「まだ、パーティが解散しちまった事気にしてんのか?あれもテメェが悪い訳じゃねえと思」
「…剣の手入れ頼ンだ。またな、ジン」
言葉を切るようにその場を後にする。
ジンには悪いことをした。後で何か飯を作ってやるとするか。
「…テメェが納得してんならそれでもいいさ」
ジンはアルモートが居なくなった後そう呟いて、武器の手入れに取り掛かったのだった。
この世界は不平等だと、そう感じる。
与えられるものしか持てない。自分で積み重ねが出来ない。勇者と銘打たれても、出来るのは魔獣を殺し魔王討伐へと向かうことだけだ。
村人はもっと不憫だ。何せ勇者や騎士が居なければ魔獣から身を守る術を持たない。
嘆息する。最早癖のようなものだ。理不尽な毎日を誤魔化すための深呼吸。無心に畑を耕す。魔獣を倒して、魔王が倒されるのをひたすら待つ日々。
俺は何のために生きているのだろうか。
「アルモートくん、おはよう。朝から畑仕事?」
話しかけてきたのは俺の隣の家に住む女性。タリア。
金髪に透き通った顔立ちで、村一番の美人だそうだ。
「あァ、そうだ。下手ックソだがまァ何もしねえよりは良いと思ってな」
「村人じゃないと畑仕事ですら難しいのに、ごめんねアルモートくん。人手が足りなくて」
タリアは申し訳なさそうな顔をする。
ここの所魔獣の被害が増えていて、労働者である村人が移住してこない。元々小さい村だったこともあるが、老人が増えていることも相まって若い者の負担は増加するばかりだ。
故に村人の仕事を俺が引き受けることが増えた。
勇者以外の仕事をしている奴なンぞ俺くらいだろうが、見過ごすわけにもいかずダラダラと手伝っている。
「気にすンじゃねえよ。俺ァ別に勇者を全う出来ちゃいねえンだ。」
「だから、この村にいてくれるんじゃない。王様には悪いけれど感謝してるわ。冬に備えて手袋でも編んで渡すわね」
「そりゃ助かる。だがなァ」
「おやおや、勇者様じゃねえか」
嘆息。振り向くのも面倒なので無視。
恐らく村長の息子のカダンと取り巻きだろう。何かにつけては俺に突っかかる面倒な奴らだ。
「おはよう、カダン。どうしたの?」
「いんやぁ?勇者様が自分の仕事を忘れて畑仕事なんかしてるもんで、笑いに来てたのさ」
取り巻きの2人がニヤニヤと笑いながら畑の周りに立つ。
「…カダン。アルモートは普段からお役目を果たしてくれているわ。そういう事はやめて頂戴」
「お役目?へえ、こんなとこに留まって魔王討伐に行かず臆病風吹かすのが勇者様の仕事なのかい?」
「カダン!」
タリアはカダンの言葉に顔を赤くして激昂する。
俺は流石に無視できそうもないと判断してジロリとカダン達を見る。
「別に無能を揶揄するのは構いやしねぇがよォ…俺を貶めてもお前の株は上がりやしねえぞカダン。タリアへのアピール方法はもうちょい頭使った方がいいンじゃねえか?」
「!…ッ!な、何を言って!」
図星をつかれたのかカダンは動揺してしどろもどろになる。
畑仕事を一旦止めて彼のすぐ近くまで向かいアドバイスがてらこう言った。
「お前さん顔立ちは悪くねえンだからよ。タリアに振り向かれてぇンなら真面目に仕事するこった。」
「お、おおおおおま、お前なんぞに言われることじゃない!弁えろ!」
カダンは耳まで赤くして怒りながらどこかへ走り去っていった。取り巻きは焦るように彼を追っていった。
「はぁ…ごめんねアルモート。彼、何故かあなたを目の敵にしているのよね。勇者云々なんて昔は全然言ってなかったのに」
「(主に原因あんただけどな)」
まぁ善意100%故に口には出来ないが。
それはそれとして、カダンはタリアへ恋心を抱いている。タリアは既に結婚している身であったが最近夫を魔獣に殺され亡くしていて…まぁ所謂未亡人だ。
「後なァ、俺に構ってると村の奴らに勘違いされンぞ。…ユージンの、アンタの旦那には世話になった。変に勘違いされるのは御免被る」
「うーん、でもね。…私、あなたなら別に構わないんだけど…」
「寝言は寝てから言え。ユージンの旦那に顔向け出来ねえよ。しかも俺ァ35だ。24歳のお前を娶った時ァ魔が刺したと思われちまう」
冗談だとしてもタチの悪い冗談だ。彼女の夫、ユージンは俺の命の恩人である。
職業はクレリック、無理して前線で虫の息だった俺をすんでのところで救ってくれた。バカ高いハイポーションを使って。
俺はその恩に報いる為にもカカネ村に滞在し続けたのだ。
結局、彼は勇者の応援で前線へ向かい命を落とした。
恩に報いる事が出来なかった俺は、タリアに深い罪悪感を抱いた。
「無能の俺にアンタは少々荷が勝ちすぎる。カダンとかどうだ?あれはあれで尽くしてくれそうだぞ」
「いやよ、カダンは意地悪だもの。それに、私。彼に怒ってばっかりだから彼も私のこと嫌っているでしょう?」
「…カダンが哀れに見えてきたな」
「?」
きょとんとしているタリアを余所目に畑仕事を再開する。今日中に終わらせて明日には剣を受け取って狩りにも行かねばならない。
こんなのんびりとした日々を送り続けてはいるが、情勢は徐々に厳しくなっている。勇者が投入され続けている戦場はここから離れたフレイル平野に位置する魔王軍と勇者率いる騎士達が主だ。
故に辺境の村々に見廻る騎士は徐々に減り続けている。大概は前線で褒賞を求めて主戦場へと向かう。
俺は異端というわけだ。
そもそも俺はレベルアップしにくい体質だった。レベルが低い内に前線に向かっても死ぬだけで。
そうやってズルズルと引きずった結果が今だ。
まぁでも、ここでの生活は思ったより楽しく感じている。最近は料理が少しずつだが出来るようになっていた。畑仕事もだ。
スローライフを過ごすというのも悪くないなと、そんな日々を送っていければと。
そう、思っていた。