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1話 生誕



 ―――パチリ、と目を覚ました。まだ靄のかかった頭と共に体を起こし、しばらくぼうっとしてから呟く。

「ここ、どこだろう」

 目を覚ました場所は、ベッドの上ではなかった。廃墟とでも呼ぶのが適切な、そこかしこから植物が顔を出し、光が天井の隙間から降ってくる石畳の上で、私は目を覚ました。

 あたりを見回すと、出入り口らしき場所がありそこから外へと出れそうだ。いまだ朦朧とする頭で立ち上がり、てくてくと外へと向かう。

 外へ出るのと同時、一陣の風が吹き抜け、思わず目を瞑る。再び目を開け、視界へ飛び込んできた景色に一瞬思考が止まる。

「っわぁ…!」

 そこで私が見たのは、すでに百年は経過していようかという朽ちた城下町。しかしその町たちは、朽ちてなお、威厳さえ感じさせる堂々たる佇まいで、そこに立ち並んでいた。

 その美しい景色に、暫く時すら忘れ見入ってしまう。

 しかしいつまでもそうしている訳にもいかず、一先ず下へと降りることにする。

「こっちには階段…お、あった」

 入り組んだ城の中を、途中途中に生えている植物たちを眺めながら降りていく。まるで城と一つに融合したようなそれは、柔らかな陽の光とともに癒しを与えてくれる。

「あれ、すごく大きな扉がある。」

 途中、城内で非常に大きな扉を見つけた。扉は半開きの状態で、長い間放置されていたからか扉はボロボロになっており今にも崩れそうだ。

 半開きの扉を潜り抜けると、そこは大きな空間になっていた。元は食堂だったのだろうか、いくつもの朽ちたテーブルと椅子が置かれており、壁にはこれまた大きな鏡が備え付けられていた。

 特に何と言った考えも持たず鏡へと近づいていった私は、鏡に映った自分の姿に驚愕することとなる。

「…誰、これ」

 鏡に映った自分の姿は、黒く長い柔らかな髪、闇のように真っ黒な瞳。そしてなによりも目を引くのは、頭部から生えた髪や瞳よりもさらに黒い、漆黒といった様相の羊に似た巻き角。

 それらの特徴を併せ持つ、これまた黒い服に身を包んだ少女。

 簡単に言い表すなら、角が生えた黒い少女。

 もっと簡単に言うなら、少女の姿をした悪魔、といった所だろう。

 しかし、私にはそんな姿の少女の記憶はなかった。

 そして、それと同時に、それ以上に重大な事実に、私は気が付いた。気が付いてしまった。


「…私は、私の記憶がない」

 そう。記憶が存在しないのだ、私には。

 いや、いや、違う。記憶が完全に無いわけではない。現に私は自分が人間だった事、今の自分が悪魔なのだと理解している。日本のことだって、覚えている。

 じゃあ、私は、日本で、一体どんな人間だったのか?

「答え、られない」

 思わず呼吸が乱れる。胸が大きく脈打つのを感じる。

 いや、落ち着け。考えてみれば、別に知らなくたっていいじゃないか、前世の事なんか。

 ふうと大きく息を吐く。それだけであれほどまでに昂った感情は沈下していく。

 うん、そうだ。元々前世の記憶なんて持っている方がおかしいし、今の自分が悪魔である、それさえ分かっていれば十分だ。前世の自分がどんな人間だったかなんて、今の「悪魔」の自分には関係ない。

 そう思考を巡らせているうちに、すっかり私は落ち着きを取り戻していた。

 どうやら、「私」は結構楽観的な性格らしい。

「…うん。今は、それだけ分かっていれば十分すぎるぐらいだ」

 自分でも思いがけず発した言葉に、思わずきょとんとしてしまう。その顔が曇った鏡に映し出され、なんだか面白くてふっと吹き出してしまう。


 ああそうだ、下へ降りようとしていたんだっけ。

 部屋の外へと足を運ぼうとしたが、ふと思いついたことがあり足を止める

「私って、翼、生えるのかな?」

 悪魔といえば翼が生えているものが多いが、今の自分には翼が生えていなかった。念じてみれば生えるかなと思い、目を閉じて心の中で念じる。

(翼よ生えろ…翼よ生えろ…)

 すぐに背中に重たいものを感じ、目を開ける。鏡に映し出されていたのは、蝙蝠のような羽を背に生やした私の姿だった。

「お、おお!生えた!」

 羽が生えたことにしばし感動し、体を動かし羽を眺める。

 本当に私の体の一部のようで、私が動かしたいと思えばその通りに動いた。

 背中の服はどうなっているのかと思ったら、羽の根元部分にだけ穴が開いていた。一体どういう服なんだろう、転生の特典かなにかかな、と考えつつ、今度は消せるのかを試してみる。

 今度は目を閉じず、消えろと念じると、羽は空気に溶けるかのように消えた。背中の穴は塞がっていた。本当に不思議な服だ。

 一通り羽を堪能した私は、今度こそ下へと降りていく…と思ったのだが、

(あれ?私、羽を生やせるってことは飛べるんじゃない?)

 そんな思考が頭をよぎった。振り払おうとしたが、どうしても興味が頭から消えない。

 正直に言って、試しては見たい。今の自分にできる事を確認するのは大事だし、なにより空を飛べたら絶対に楽しい。

 幸い、食堂は少し飛んだ程度では頭はぶつけないぐらいの天井の高さはある。

 だが、一つだけ不安な点がある。羽のサイズだ。

 羽の横幅は、私の両腕よりも少し長い程度。とても人が飛べる大きさの羽ではない。

 しかしわたしは人間ではなく悪魔だ。この羽で飛べるかどうかも、やってみるまで分からない。

「ええいままよ!」

 掛け声とともにジャンプし、それと同時に羽をはばたかせる。すると体は空中にふわりと浮き、その場で留まる。

「…お、おぉっ?」

 そのまま右に動こうと思ったら右へ、左へ動こうと思ったら左へ。浮き上がるのだって下がるのだって、ホバリングだってお手の物だ。

「お、おおおぉぉぉ!!」

 そのまま床の上ぎりぎりを滑るように移動する。初めて飛行するというのに、まるで何回も飛んだことがあるかのように体が自然と動いた。

 きっと悪魔としての本能のようなものなのだろう。人がみな歩けるように、悪魔はみな飛べる。きっとそういうことなのだ。それよりも、それよりもだ。

(飛べた!飛べた!本当に飛べた!)

 低空ではあるが空を飛べたことに、私は極めて浮き足立っていた。

「も、もっと広い場所で飛んでみよう!」

 速足で食堂を出て、そのままの勢いで窓から空へと身を躍らせる。羽を広げ、私は大きく羽ばたいた。

 悠然と立ち並ぶ建物たちの上を、私は飛んでいく。耳元で風を切る音がし、体が浮き上がる感覚を楽しむ。

 ―――そのまま飛び続けて、いったい何時間が経っただろうか。永遠にも感じられる時間飛び回り続けた私は、

「ヒューー……ヒューー……」

 虫の息になっていた。

 どうやら飛行するのには相当体力を使うらしく、ずっと飛び回っていた代償か体が動かない。

 加えて、私は今猛烈に腹が空いていた。考えてみれば、生まれた時から何か腹に食べ物が入っている訳がなく、私はこの世界に生まれてから何も口にしていない。

 悪魔ならば大丈夫かもしれないと思ったが、どうにも悪魔になっても食事は必要らしい。

 その二つが重なってしまった結果私は力尽き、地面を這いずり回るしかできなくなってしまった。

 っていうか割とマジでやばい。空腹が本当に辛い。なんだかだんだん視界が暗くなってきた。冗談じゃないぞ、まだこの世界に生まれてから一日もたってないのに。

 なんとか街道らしき場所には出られたが、これ以上動けない。

(誰か、何か、食べ、物を…)

 その願いもむなしく、私の意識は暗転していくのだった。

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