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四章・かごめかごめ(2)

 激動の一日が終わり、夜が訪れた。だが夜とは言っても全天が魔素の光に包まれていて昼のように明るい。そのため避難民の大半は屋内に入るか光を見ないようにしつつ、どうにか眠りにつこうとしている。


 一方、スズランが運び込まれた建物の中で密かに事態は動き出した。

 動き出し、そしてすぐに終わった。制圧されたのだ、彼等が。


「短慮でしたね……」

「残された時そのものが少ない……賭けてみたくもなる」

 スズランの部屋の前で拘束されナスベリに鉄蜂を向けられているのは、ナガノの将軍とその部下達だった。全員が軽装で鎧は着けていない。武器も衣服の下に隠したナイフだけ。一見すると、ただの避難民のように見える。

 見張りの兵の目を欺き、少しでも成功率を上げようとしたからだ。神子を拉致する作戦のために。

「おかしいとは思った。準備をして覚悟を決め、いざ忍び込んでみればいるはずの護衛がいない。外の歩哨だけだ」

「なら、引き返せば良かったでしょう?」

「さっきも言ったじゃないか、賭けてみたくなったと。勝算が低かろうと全く無いよりはマシだ。まさか、こんな腕利きに守られているとは思わなかったが」

 彼等は金属をより合わせた紐で両手足を縛られていた。銀のワイヤーである。ナスベリの仕業ではない。彼女と一緒に彼等を見下ろす双子の姉妹、ナナカとマドカの魔法。

「我々は、そこまで強いわけではありませんよ」

「むしろ聖域の魔法使いとしては三流です。魔力が生まれつき弱いもので」

「ただ、銀との相性だけは抜群に良いのです。だからこんなことができる」

 彼女達は同時に耳に着けている銀製のイヤリングを外す。すると、それが各々の手の平の上で瞬時に変形し、将軍達を拘束したのと同じワイヤーになった。さらに様々な形状へ自在に変わり、彼女達の意志に従って生物のように動く。照明が消され、窓には光を遮るためのカーテン。そうして出来た薄闇に紛れこれが襲って来た。そして一瞬で捕えられてしまったのだ。

「この術は対人戦限定で言うなら、たしかに強力です」

「アイビー社長にも褒められました」

「なるほど……」

 聖域の魔法使いには変わり種が多いと聞く。この姉妹もその類。彼は苦笑を浮かべ納得する。

 直後、ルドベキア、ユリ、ハナズ、ムスカリの四人も裏口から静かに入って来た。避難民に余計な不安を与えないよう、この一件を内密に処理するつもりだろう。

 拘束された者達を見下ろし、ルドベキアは眉根を寄せる。

「馬鹿なことをしたな、ヒガンバ殿……」

「誠にそう思います。しかし、他に選択肢はありませんでした」

「守るべき者があるから……か」

「そういうことです」

 心苦しくも認める将軍。ルドベキアやユリは故郷を喪った直後。そんな彼等の前でまだ帰る場所のある自分達が愚行に走ったことを恥じる。

 けれど、それでもこうする以外に無かった。

「私には、この戦に勝ち目があるとは思えません……であれば、どんなに低い可能性でも国や家族を救える選択をしたかった」

 彼の主君は聖域にいる。だが決断を放棄して現実逃避に走った。城を枕にと決めたシガ王の方がまだ勇ましい。ナガノ王は何もかも諦めている。だから自分がやるしかなかった。スズランを敵に差し出し、許しを乞おうと思った。

「全ての責は私にあります。どうか、部下達には寛大な沙汰を……」

「元より命を取ろうとは思っておらん」

「先が無いのは、皆同じじゃよ」

 ヒガンバの前にしゃがみ込み、諭すように語りかけるハナズ。彼の国トキオも全滅こそ免れたが大きな被害を受けた。多くを失い、そしてまだ多くの守るべきものがある。故にどちらの気持ちも理解出来た。

 ナスベリも鉄蜂をホルスターに収める。

「うちの社員に広い仮設住居を建てさせます。この人達には、そこへ入ってもらって監視を付けるというのはどうでしょう? 出来れば、ご家族も一緒に」

「ナスベリ殿……」

「私は最後まで諦めません。だからスズちゃんを、あなたにも敵にも渡しはしない。けど、あなたの言う通り、もうすぐ世界が滅ぶのだとしたら……その時まで大切な人達と一緒にいてあげて下さい」

 彼女のその提案に対し異を唱える者はいなかった。七王達も了承する。

 ヒガンバと彼の部下達は自らの意志で、深く深く頭を下げる。

「感謝します……本当に、申し訳ありませんでした」

 この問題はこれで決着がついた。

 全員がそう思った。

 しかし──


「……私を、引き渡しますの?」


 突然扉が開き、まだ眠っていると思われていたスズランが姿を見せる。見るからに憔悴した様子で。まるで幽鬼だ。

 そして、あろうことかヒガンバに対し言い放つ。

「構いません……それで助かる見込みがあるなら、そうしてください」

「えっ?」

「スズラン様、何を仰る!?」

 ユリが駆け寄ろうとした、その時──一瞬早くナスベリの右手がスズランの頬を叩いていた。

「ッ!」

「なっ……」

「ナスベリ、殿……?」

 驚く一同の前で、煩わし気にメガネを外す彼女。

「馬鹿言ってんじゃねえ! んなことしてカタバミ達が喜ぶと思うか!?」

「……いないでしょう?」

 赤く腫れた頬を押さえるでもなく、服の裾を固く握って言い返すスズラン。

「もう、いないでしょう? どこにも、誰も、残ってないでしょう?」

「この……っ!!」

「ナスベリ殿、駄目です!」

「よせっ!!」

 もう一度手を振り上げた瞬間、ユリとルドベキアに止められた。一方、スズランの目にはどんどん涙が溜まっていく。


「お母様も、お父様も、ショウブも……おじさまも、おばさまも、もう……村の皆は誰もいない。いなくなってしまったんです。モモハルだって、クルクマだって、ロウバイ先生達だって、みんな、みんな……私が、私が弱かったせいで、みんなっ!!」


 叫び、再び声を上げて泣き出してしまう少女。その涙を止めてやる術は、この場の誰も持ち合わせていなかった。声が漏れてしまったのだろう。やがて外からも、人々のすすり泣く声が聞こえ始める。

「……すいません」

 落ち着きを取り戻すナスベリ。彼女の肩から力が抜けたのを確認して離れるルドベキアとユリ。ココノ村のもう一人の生き残りは、もう一度スズランに近付き、その頭を強く胸に抱いた。

「ごめんな……大好きな人達がいなくなるのは、辛いよな」

「ううっ……う、うう……」

 スズランは思い出す。ナスベリも故郷と家族を失ったばかり。自分だけが辛くて悲しいわけではないのだと。

 彼女がまだ小さい腕を回し、抱き返すと、さらにユリまで覆い被さってきた。

「泣きましょう。これからのことは、その後で決めれば良い」

「あり、がとう……ございます」

 声を震わせ静かに泣くナスベリ。

 直後、ナナカが妹へ肘鉄を入れた。

「空気、読みなさいね?」

「大丈夫。いくら私でも、こんな時に我を失ったりはしない」

「安心したわ」

「チャンスは、スズラン様の心の傷が癒えかけた頃よ」

「やっぱりこっち来なさい」

「ああっ」

 姉に引きずられ外へ出て行くマドカ。ルドベキアとハナズもナガノの軍人達を立ち上がらせ後に続く。屋敷の中には帰る場所を失った三人の娘達だけが残り、朝までずっと寄り添い続けた。




 ──翌朝、目を覚ましたナスベリは同じベッドで眠っていたスズランの姿が無いことに気が付き、焦る。

「スズ!?」

「落ち着いてください、ナスベリ殿」

「あっ……ユリ様」

 一足先に目を覚ましていた彼女の手には、一枚の手紙があった。

「置き手紙です。私も今しがた目覚めて見つけました」

「まさか……」

 ナスベリの脳裏に、両親が失踪した時の嫌な記憶が蘇る。

 しかしユリから渡されたそれに目を走らせるとホッとしたような、それでもまだ不安なような複雑な気持ちになった。

「スズ……お前、吹っ切るつもりか?」

 手紙には“少しの間メイジ大聖堂に戻ります”と書かれていた。




「……」

 今の精神状態で魔力障壁による飛行は無理。そう思った私はホウキでシブヤまで戻って来ました。皆が避難して無人になっているため、ぞっとするほど静かです。

 上空から見た街は半分が魔素の海に飲み込まれていました。ここで暮らした二年の間の思い出。その半分もまた消えてしまったことを知り、悲しみが増します。そんな現実から目を背けるように、メイジ大聖堂の中庭に面したバルコニーへ降り立つ。二年前に神子としてお披露目された時、最初に立ったあの場所です。

 振り返って西と南の塔を見つめる。アカンサス様とシクラメン様。お二人はどうなったのでしょう? どちらも界壁強化の術式を点検すべく他の大陸へ出向いていたはず。クチナシさんも西の大陸に……。

 いくらあの人達でも、世界の大半が魔素に飲み込まれた今、やはり──

「……社長」

 東の塔を見つめ、今度は昨日のことを後悔。ココノ村が魔素に飲まれた直後、アイビー社長に対し酷い言葉を投げつけてしまったのです。あの方は自分の役割を全うされただけなのに。でなければ私達は全滅していました。

「社長も……」

 必ず助ける。いつもならすんなり言えたその一言が、今はどうしても言えません。社長は魔素の浸食を食い止めるため、テムガミルズの力で自分の時間を極限まで遅らせ、今も昨日と同じ場所で結界を維持し続けています。それは私達に反撃のチャンスを与えるための戦い。

 期待に応えたい。なのに今の私は……どうしようもありません。


 胸に、ぽっかり穴が空いているのです。

 何もかも、そこを通り過ぎていく。

 戦う気力が湧いてこない。だからここに来ました。

 最後に家族と一緒に過ごした場所へ。


「お母さん……」

 もういない人達を呼びながら、大聖堂の中を彷徨い続ける。


「お父さん……ショウブ……」

 姿はどこにもありません。あるわけがない。


「レンゲおばさん……サザンカおじさん……ノイチゴちゃん……」

 だって、私が送り出したんです。

 大丈夫だから、敵が来ても必ず倒すからって、そう言って。


「……ごめん、なさい」

 私、負けてしまいました。約束、守れませんでした。

 みんな私のせいです。あの時だって……。


『お母さん、皆、そのままモミジの中にいて。モミジ、頼んだわよ』


 最後の会話の時、私はそう言いました。モミジの中にいれば何があっても大丈夫。そのはずだったんです。彼女には大結界を展開する力を与えていましたから。あのタイミングで聖域に向かうより皆で隠れていた方が安全だって──

「馬鹿だ……」

 こうなることを想定出来なかったわけじゃありません。敵はこれまでいくつもの界球器を滅ぼして来たんですから、大陸くらい軽々と消し飛ばせるはず。それだけ圧倒的な脅威だとちゃんと理解していた。

 なのに、どうして私は聖域を目指せと言わなかったのか。あの時、すぐに南へ向かって避難を始めていれば、もしかしたら……。

 いえ、まずはモモハルの力で皆を聖域に送り届け、それから北の大陸へ行けば良かったのです。そんな風に、今さらたくさんの選択肢が浮かんで来る。

 けれど、もう遅い。喪われた命は帰って来ない。失敗したら二度と取り返せないものが、この世界にはたくさんあった。

 私は、それを忘れていた。

 いえ、目を逸らしていた──世界を救わなければならない重圧と、自分の力が足りないかもしれないという不安から意図的に。

 その欺瞞が皆を殺してしまった。

 胸が苦しい。呼吸が乱れる。とっくにわかっていることなのに、どうしても手をかけたノブを回すことが出来ない。ドアを開く勇気が無い。

 ここを開ければ両親の部屋。ショウブもいた。私の家族が二年近く暮らしていた、その痕跡が残っているはず。

 またしても、私は私を騙そうとしました。騙し切れるはずも無いのに。

「……お母さん……」

 勇気を下さい。そう願った後、ついに私はドアノブを回しました。そして、すぐに泣き崩れます。

「ごめん、なさい……」

 そこに部屋は無かったのです。あったのはアイビー社長の結界と、その向こう側の魔素の海だけ。

 私の家族がここにいた証は、すでに消滅していました。




「……」

 しばらくして、今度は自分の部屋に。北の大陸へ行く直前、モモハルとクルクマと三人で過ごした場所。ここにはあれがあるからです。

 部屋に入るなり通信機のスイッチを押してみる。ビーナスベリー工房の最大のライバル企業ゴッデスリンゴ社が開発した魔道具で、遠方にいる相手と映像と音声を介し話すことのできる画期的な通信装置。

「お母さん……私、まだ生きてるよ」

 脳裏に母の顔を思い浮かべます。私に惜しみなく愛情を注いでくれた人。私が生まれて初めて心の底から信じることができた相手。

「お父さん……そっちでも、お母さんと仲良くしてる……?」

 母に比べれば控えめでしたが、それは大人しい性格をしているからで、やはり大きな愛で包んでくれていた父。あの優しい手に、また頭を撫でて欲しい。お父さん、私、だから髪形を変えたりアクセサリーを付けたりしなかったんだよ?

 本当はもっとお洒落したかった。でも凝った髪型にしたり髪飾りを付けたりすると両親が遠慮して頭を撫でてくれなくなるかもしれない。

 我ながらなんて子供っぽい理由。なのに神子として人前に出るようになってからも絶対に髪型はいじらせなかったし髪飾りも付けなかった。お披露目の時には三柱教の皆さんにどうしても冠を被ってくれと言われて揉めましたっけ。

 それだけ父と母が好きだった。

「ショウブ……お母さん達を、お願いね」

 まだ一歳半の弟。この世で一番愛しい命。あの子も守ってあげられなかった。生まれてくる前から絶対守ると誓っていたのに。私が、お姉ちゃんだったのに。

「ごめん……ごめんね……」

 両親に、弟に、モモハルに、彼の家族に、村の皆に、謝り続ける。

 もう二度と届かない言葉だと知っているのに。



 ──届かない、はずでした。



『……ちゃ……の声……ん、か?』

「え?」

 唐突に通信機から流れ出す声。何も映らなかった水晶板にノイズ混じりの何かが映る。

 どこかと混線した? 最初はそう思いました。

 でも、違う。

『スズ……ん? やっぱ……うだ、ス……ゃんじゃ! 生きとった!!』

「あっ……」

 まだ映像はマトモに映りません。けれど、その声は誰のものかわかりました。絶対聞き間違えるはずがない。

「クロマツさん!?」

 身を乗り出し水晶板を覗き込む。すると、さらに数人分の輪郭が浮かび上がる。

『そうじゃ、ワ……ゃよ。みんな、生き……カタバミ、こっち……』

『ああ、そん……当に!?』

「あ……ああ……」

 私は、また泣き出してしまう。でも今度は悲しいからじゃありません。

 間違いない。今の声は、絶対に、絶対、絶対に、絶対に!!


「お母さん!!」

『スズっ!』

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