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四章・かごめかごめ(1)

 四時間後──魔法使いの森中心部、聖域と呼ばれる地の建物の一室。最も厳重な警備の部屋から出て来た尼僧に、教皇ムスカリが訊ねる。

「スズラン様の容態は?」

「ようやく鎮静剤が効き、お眠りになられました……先程までは泣き通しでしたが」

 報告を聞き、ムスカリと他の高位の僧達も彼女と同様、沈痛な面持ちで俯く。

「無理も無い。あれだけ大きな戦いの直後、故郷と家族までも喪われたとあっては……」

「おいたわしい……」

 彼等は心から悼んでいた。スズランとモモハルが神子に認定され修行のためにとメイジ大聖堂で暮らすようになってより二年近く経つ。二人のことだけでなく、その家族の人柄も多くが認めていたのだ。本当に素晴らしい人々だったと。

 あの二家族との交流は、長年教会の中で権力争いや派閥闘争に明け暮れていた彼等の心に変化をもたらした。本心から人々のために尽くそうと、そう思わせてくれた。


 なのに守れなかった。それが悔しい。


「引き留めるべきだったか……」

「難しかろう。たった数日の話、誰にも、こうなることは予測出来なかった」

 ボンの墓参りのためスズランとモモハルの家族は共にココノ村へ戻っていた。ちょうどそのタイミングでこれほどの災厄が起きるなど、誰が想像出来ただろう?

 万が一の可能性に賭け、聖域まで逃れて来た避難民の中にいないかと捜してみたものの、やはり見つけられなかった。そもそもタキアからアイビーの結界までは遠すぎる。短時間で来られるわけが無い。

「不幸中の幸いは、モモハル様の死を家族に伝える必要は無いことか……」

「バラト司教」

「あっ……こ、これは失言でした。申し訳ありません」

 ムスカリに睨まれ頭を下げる老年の司教。

 直後、扉が開いて別の尼僧が入って来た。

「聖下、そろそろお時間でございます」

「わかりました。では皆さん、参りましょう。反撃のための第一歩です」




「おい、そっち、ちょっと持ってくれ」

「ああ……」

「隊長、また西から人が来ました。今度の連中はシガだそうです」

「あそこも生き残ったか、案内してやれ! それと誰かハルナ村の人達にも報告を。仮設住居を増やしてもらう必要がありそうだ」

「わかりました、自分が行って来ます!」

「おい気を付けろよ! オレのカバン踏んだぞ!」

「うわっと、すまん!」

 聖域は今、かつてないほど多くの人々でごった返している。元々住んでいた住民と工房の社員達。他は兵士と教会関係者に各地から集まって来た避難民。今もまだ続々と結界内にいて助かった人々が少しでも安全な場所を目指し移動を続けている。本来なら訪問者を追い返す惑わしの結界が今は逆の役割を果たしていて、魔法使いの森に入るとすぐに中心部に辿り着けるのだ。

 ここは全体がすり鉢状の地形。その斜面のあちこちに新しい建物が増えており数は今後さらに増していくだろう。魔法で建築を行うことが得意な一族がいて、彼等に避難民の為の寝床を用意してもらっているから。

 だが、それでも全員に屋根を提供することは難しい。なにせ人数が多い。溢れた人々は道端に座り込んで疲れ切った顔を見せていた。対照的に自ら仕事を探し精力的に働こうとする者もいる。特に各国の兵は率先して人々の誘導や周辺監視などを行っており、国同士の諍いを忘れ協力し合う姿もあちらこちらで見られる。

 そんな兵士達に護られ人波をかき分けて進みながら、感心するバラト司教。

「このような光景を目の当たりにすると、十人十色という言葉を実感します」

「ええ」

 頷くムスカリ。傷付き、諦めてしまう者がいて、それを励まし立ち上がらせようとする者もいる。叱咤の言葉を投げかけ、直後に呆れて見限ってしまう者も。

 誰に何を言われるでもなく、自分の中でなんらかの答えを出し、立ち上がって前を向く。そんな眼差しの若者がいた。彼等が生き残ってくれたのは幸いだ。弱者も強者も関係無い。ここにいる全ての人々が明日に夢見るための希望の灯。


(なんとしても守り抜かねば……私に神子やロウバイ先生のような力は無いが、それでも教皇だからこそ出来ることがまだあるはず。人は、いつだって自分にできることを精一杯やるだけ。そうですよね、先生)


 北の大陸で最後まで人々を守るために戦い、散ったという恩師の教え。それを今改めて胸に刻む。

 聖域の人々は食糧生産能力が高く備蓄も豊富にある。事前の試算では五万人を半年養うことが可能と出た。多少の物資なら自分で持って来たという者達も少なくない。二年前のお披露目でスズランの言葉を聞いて以来、誰もがこの日に向けて備えてきた。結果、しばらくならここに篭もって持ち堪えられる。

 とはいえ、最終的にどれほどの数が集まって来るかは未知数。必要なら周囲の森を切り拓くことも検討しなければならない。

(いや、杞憂か……)

 ムスカリはこの戦いがすぐに終わることを確信していた。頭上を見上げればアイビーの展開した障壁が今も魔素の侵入を防ぎ続けている。しかし、それも長くは続くまい。

 やがて彼等は聖域の中心、霊廟に入る。二年前、一度吹き飛んだ後、再び建て直されたそうだ。なるほど全体的にまだ新しく感じる。

「来たなムスカリ」

「ルドベキア」

 旧友との再会に少し安堵した。ルドベキアとムスカリは、かつて同じ師に学んだ学友である。こちらの方が少しばかり年上なのだが、年齢差を感じさせないほど聡明だった彼は良い競争相手になってくれた。

「お前が来るのを待っていた。まずは散った者達に哀悼を……」

「ああ……」

 今回の戦いで死んだ者の中には、師だけでなく妹弟子も含まれている。そしてイマリの民も数多く。大切なものを喪ったのはスズランだけではない。

 司教達と共に祈りの言葉を唱え、死者の魂を弔う。それが終わってから改めて霊廟の中を見渡してみた。

 以前ここへ来た時に見た“竜の心臓”はもう無い。その代わり大きな円卓が中央に設置されている。ぐるりと囲んだ椅子に今はルドベキアとユリ、ハナズ、そして彼等とは別の国の将軍も二人座っている。

「これだけ……?」

 予想より少ない。本当にこれだけしか生き残れなかったのか?

「どの国も兵力の大部分を北の大陸に送り込んでいたからな。彼等を率いる者達も、また然りだ」

「だが、王達は?」

「何人かは避難して来ている。だが、この難局に立ち向かえる度量を持つ者は少なかったらしい」

 そのルドベキアの説明をユリが継ぐ。

「ほとんどの方は部屋に篭って出て来ません。お一方……アイチ王は……」

「先程、寝室で自害しているのが見つかりました」

 嘆息する将軍達。

「聖域への避難を拒んだ方々もおられるそうです。先ほど到着したシガの兵の話によると、シガ王は死ぬならば玉座の上でと申され、城に残られたとのこと」

「そうですか……」

 ムスカリには痛いほどその心理が理解できた。困難に直面し、どう足掻いても無駄だと思い込んでしまった時、人は自暴自棄になる。かつての自分がそうだったように。

 だが、今は違う。

「なら、ここにいる者達だけで決めましょう。今後のことを」

 司教達と共に円卓につく。二年前、師に諭され、スズラン達と出会ったことにより自分は変わることが出来た。いや、昔の情熱を取り戻すことが出来た。

 だから今度こそは、この命尽きる瞬間まで足掻き抜く。そして滅んだとしても、笑って滅ぶ。決然としたその態度を見て嬉しそうに笑うルドベキア。

「それでこそだ」

「ではユリ殿、まずは北の大陸で見聞きしたことを改めて説明して欲しい」

「はい」

 トキオのハナズ王に促され、ユリは先の戦いの一部始終を語った。想像を超える事態が起きていたことを知り、司教達は固唾を呑む。

「み、三柱様と同格の六柱を再現した影……? これまで我々が敵だと思っていた“崩壊の呪い”より、さらに恐ろしい相手ということですか?」

「いえ、おそらく、その“影”こそ本来の“呪い”なのでしょう」

 ムスカリだけが真実に気付く。ここに居並ぶ面々の中でも始原七柱(しげんななちゅう)のルーツを知る者は教皇となった際に教えられた彼以外、誰もいない。

「本来の?」

「憶測に過ぎません。ただ、私の考えた通りなら、その“影”こそ呪いの中核。これまで数多の並行世界を滅ぼして来た敵は彼等の一端でしかなかった」

 おそらくそういうこと。後でスズランにも確認を取ってみるが、まず間違いない。

「何か知っているのかムスカリ?」

 友の当然の指摘に、彼は静かに目を伏せる。

「私の一存で話せることではない。だが一つだけ言っておこう。私やアイビー様にもこうなることは予測できなかった」

「ふむ……」

 重大な秘密だと察してくれたようで、ルドベキアも他の皆も詳しく問い質そうとはしなかった。今は余計な議論に時間を割くべきではない。それもわかっているのだろう。公開すべき秘密なら即座に明かすはずだと、そう思われる程度には信頼されてもいるらしい。

 代わりに、ルドベキアは再びユリへ問いかける。

「ユリ、一度は六柱の影を倒したのだな?」

「はい、おじさま」

「であれば勝てない相手ではない。問題は、倒してもすぐに次が出現することか」

「スズラン様は、それも予想して先に穴を塞いだのだと思います。しかし敵は強引に壁を越えて来た……」


「何故でしょうな?」

 ナガノの将軍が腕を組み、眉をひそめた。


「何故、とは?」

「いや、アイビー様から伺った話では、この世界に初めて魔素が流入したのは千年ほど昔のことだったはず。それから今日まで、例の“竜の心臓”なる異界に繋がる門が開かれてしまった場合を除き、我等の世界を包む壁は敵の侵入を阻み続けていた。なのにどうして今回は外から強引にこじ開けるなどということが出来たのでしょう?」

「むう……」

 唸るハナズ。他の者達も瞠目した。たしかに言われてみればおかしな話。そんなことが可能なら、とっくの昔にこの世界は滅ぼされていたはず。

「まだ内部に“呪い”が残っていたのでしょうか?」

「いえ、それは考えにくい。スズラン様の一撃は、たしかに全ての敵を消し去りました」

「隠れていた。あるいは欺かれたという可能性は?」

「それは……」

 ありえないことではない。ユリは実際、影のうち一体が幻術を使う場面を見ている。

 しかし、あの光の柱はかなり広範囲を飲み込んだ。やはり、あのタイミングで逃れられたとは考えにくい。

「本気になった……という可能性も考えられる」

「どういうことですか、ルドベキア様?」

「さっきムスカリの言ったことが事実なら、今回攻めて来た相手は“崩壊の呪い”の本体と言える存在だろう。ということは本体が現れなかったこれまでの戦い……直接見たわけではないが、いくつもの並行世界が滅ぼされた戦は、奴等にしてみれば戦ですらなかった。ただ単に連中が存在する、その影響を受けて滅亡しただけ。そうは考えられんか?」


 存在そのものが周囲に多大な影響を及ぼし、世界をも滅ぼす。あまりに理不尽な話だが、相手が創世の神(みはしら)に匹敵する大いなる神々の影である以上、そんな暴虐も有り得るような気がした。


「しかし、だとすると敵は何故、今頃になって重い腰を上げたのです……?」

 今度はナラの将軍の発言。ムスカリとルドベキアの推測が共に当たっていた場合そこに疑問が生じる。これまで動かなかった敵の本体が直接動く気になるほど重要な何かがこの世界に存在していると言うのか?

「……あっ」

 思わず声を上げてしまってから、ユリは自らの手で慌てて口を塞ぐ。

 だが遅い。静まり返った霊廟の中で全員がその声を聞いた。場の注目は、すでに彼女に集まっている。

 何か言うべきでないことに思い当たったらしい。誰もがそう察した。なにせこのミヤギ王は思考が顔に出やすい。

 察しはしたが、あえてムスカリは問う。

「ユリ様……気付いたことを、お聞かせ願いたい」

「ムスカリ」

「いや、友よ、これは必要な確認だ。我々にはさほど猶予は残されていない。そうですなナスベリ殿?」

「……はい」

 壁際に立つナスベリがユリに先んじて答える。彼女は最初からここにいた。だがいつもより気配が希薄なため、司教達の中には今さらその存在に気が付き、驚く者もあった。

「我が社があらかじめ大陸全土に設置しておいた結界増幅装置のおかげで、アイビー社長は今のところどうにか魔素の浸食を食い止めています。ですが、あの方の御力でも、あと数日が限界でしょう」

 実際には数日どころか一日保つかさえ怪しい。しかしナスベリはあえて長く見積もった。こう言っておけば、少なくともその半分が過ぎるまで理性を保てるはず。そう考えたから。もちろん彼等の自制心の限界が自分の予測を下回らなければの話である。


 彼女の回答を聞き、ユリもしばしの葛藤を経て口を開く。


「おそらくは……スズラン様です」

「なに?」

「理由はわかりません。けれど敵は現れてからずっと“ウィンゲイト”の名を呼び続けていました。言い伝えでは三柱様は、すでにこの世界を去られています。だから今“ウィンゲイト”を指すとすると、あとは……」

「血を引くスズラン様しか考えられぬ、というわけですな?」

「はい……」

 なるほど、これは言い淀むわけだ。他の者達も危惧を抱く。

 敵の狙いはスズラン。であれば当然──


「こちらから差し出す、というのはどうです?」


 ──こういう輩が現れる。

 言ったのはナラの将軍だ。全員が彼に鋭い視線を投げかける。その口が再び開いて前言を撤回するより早く、ルドベキアが釘を刺す。

「ならん」

「む、う……いや、しかし」

 撤回しようとしたタイミングで機先を制されてしまったため、思わず反発してしまう彼。対するルドベキアも一歩も引かない。

「スズランを差し出すことで我々は見逃される、その確証はあるか? 無いなら賛同するわけにはいかん。あの娘は我々の切り札。最強のカード。みすみす敵に渡してやるなど愚の骨頂」

 心底からの怒りを感じ、彼の言に納得もできた将軍は、潔く頭を下げた。

「仰る通りです……浅薄なことを申し上げました、お許し下さい」

「良い。このような状況だ、正直な意見を述べてくれたことは嬉しく思う。さて、ならばどうするかだが、はっきり言って我々には手の打ちようが無いと考える」

「おじさま!?」

 突然さじを投げるルドベキア。賢君の予想外の発言に動揺が走る。

 ただ一人、ハナズだけが声を上げて笑った。

「ほっほ……お上手ですなルドベキア殿。場を和ませようとなさったか」

「いや、これは失敬。逆に気まずい空気を作ってしまったようです。やはり慣れないことをするものではありません」

「まったくだ。せめて、もう少しわかりやすい物言いにしたまえ」

 ムスカリも友の軽挙に苦言を呈し、彼が本当に言おうとしていたことを代弁する。

「この場にいる者達だけでは、結局のところ有効な策など見つけられないでしょう。モモハル様は戦死。アカンサス様やシクラメン様とは連絡が取れず、アイビー様には大結界の維持に集中してもらわなければならない。となると頼りはスズラン様だけ。

 しかし彼女は今、心に酷い傷を負ったばかり。よって“呪い”への対策を話し合うのは彼女が立ち直ってからにすべき。そういうことだなルドベキア?」

「ああ」

「いや、しかし、それではここに集まった意味が……」

 司教の言葉に、ムスカリは小さく頭を振る。

「焦ってはなりません。こんな時こそ落ち着いて行動しましょう。戦とは前線で戦うことのみにあらず。ここに集った、いや、今も続々と増え続けている避難民をどう守るか、仮に戦いが長引いた場合にどうすべきか、そして勝った場合にどうするのか。それを考えておくのも重要な仕事です」

 彼のその言葉を聞き、今度はルドベキアがふっと笑う。

「お前、それはロウバイ先生の受け売りだろう」

「言うな友よ。私のなけなしの威厳が台無しになったじゃないか」



 会議は穏当な雰囲気で終わった。

 表向きは、だが。

 誰もが予感していた、何かが起きると。

 破滅の足音がすぐそこまで迫っている。ナスベリのついた嘘のような欺瞞があの場にはいくつも飛び交っていた。

 そして大方の予想通り、それは起きた。

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