表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/21

三章・鬼ごっこ(2)

「……行ったか」

 南の空へ飛び去って行くクルクマのホウキと、その下を疾走するユリ達騎馬隊。二頭の狼もついて行った。心強い護衛だ。

 見送ってからミツマタは鉄蜂(てつばち)を取り出し、弾倉の中身を特別な弾に入れ替える。そして空に向かって続けざまに三度発砲した。

 放たれた弾丸は煙を吐き出し、長い尾を引きながら天へ昇る。

 黄色い煙が三本。砦にいる者達への退却命令である。

「すぐに、この北の大陸は無うなっちまうじゃろ」

「ですね……!!」

「むうっ!」

「なんという圧力だ……!!」

 スイレン、ロウバイを始めとする数百人の魔道士が総がかりで抑え込んでいるのに結界には早くも無数の亀裂が生じていた。そもそもあのスズランが苦戦していた相手。自分達に長く封じておけるはずも無い。

 こんなものが解き放たれたら確実に北の大陸全土が消滅する。それまでにいったい何人を逃がせることか。

「おいの魔力じゃ大した足しにはならんだろうが……」

 そう言って加勢しようとした、その時──南から走って来た“力”が彼や魔道士達の姿を金色に輝かせた。

「これは……!!」

「スズラン様の護符が輝いている!」

「置き土産か、ありがたい」

 ニヤリと笑って目の前の障壁に手をかざすミツマタ。他の皆の顔にも気力が漲り、結界に対してさらなる魔力を注ぎ込む。

「皆さん、可能な限り耐えましょう!」

 ロウバイの飛ばした檄に応え、障壁の亀裂が少しずつ塞がり始めた。いける、スズランの助力のおかげで今しばらくは保たせられる。

 そう思った時、しかし、まだ閉じ切っていなかった亀裂から無数の黒い触手が飛び出し魔道士達を襲った。

「ぎゃあッ!?」

「あ……ぐ、ううう……」

 串刺しにされ、それでも息絶える直前まで障壁の維持に注力する彼等。ミツマタはギシギシと歯を鳴らし凶刃を抜く。

「やってくれるのう!!」

 これが戦だ。敵は勝つためならどんなことでもするし、味方は次々死んでいく。これこそ自分の大好きな戦というものだ。

 だが、それでもやはり目の前で仲間が殺されるのは腹が立つ。ましてやそれが命がけで誰かを守ろうとしている者達なら、なおさらに。

「やっぱりおいは、こういう役回りじゃ!!」

 ミツマタは味方の間を走り回り、手当たり次第に触手を切断した。ロウバイとスイレンも障壁を維持しつつ魔力糸を操り、可能な限り脅威を絡め取る。

「守りはわたくし達に任せて下さい!」

「今は少しでも長く、この結界の維持を……!!」

 光がさらに膨れ上がる。結界が押し拡げられる。範囲が広がれば広がるほど障壁の強度は落ちてしまう。けれど、もう押し返すだけの余力は自分達には残っていない。

 その時、ロウバイが血を吐いた。

「うぐッ」

「先生!?」

 本来の肉体ではない仮の器。そのため、この中で最も強い魔力を持つはずの彼女が最初に限界を迎えた。彼女が吐血しスイレンの集中が乱れた途端、再び生じた亀裂から一気に閃光が溢れ出す。

 そして北の大陸の中心から、世界の崩壊は始まった。




「クソッ、弾けた!」

「みんなっ!?」

 背後で銀色の光が急速に膨張を始めます。瞬時に私達は何が起きたか悟りました。

「そんな……」

 私が放出した魔力を受け護符が機能していたはず。それでも、これだけの時間しか保たなかったようです。

 すでに通り過ぎた砦からは私達に続いて数多くの騎馬や馬車が走り出していました。

 しかし光の膨張速度は彼等の移動速度より早く、次々に飲み込まれてしまいます。

「こっ……の!! 止まれ!!」

 ミツマタさんに殴られたお腹はまだ痛む。けれど、そんなこと言っている場合ではありません。逃げる味方の後方に再び魔力障壁を展開し光の膨張を押し留める。せめて残った皆さんの退却が終わるまで、このまま──


『ウィンゲイト』


「なっ!?」

 光の中から影が飛び出し、障壁を消し去りました。それはさっき倒したはずのユカリの影。ソルク・ラサでも倒し切れなかった?

(違う!)

 敵は記憶災害。だから何度倒しても蘇る。六柱の絶望に汚染されたあの黒い魔素がある限り、何回だって再現されてしまう。

(そんなのどうやって倒せば……?)


「い、いやだっ!!」

「スズラン様、たす──」


 絶望しかけた私の目の前で再び膨張速度を増した光に飲み込まれていく兵士達。彼等の悲鳴が、助けを求めようとして途切れた声が、私の中の怒りを燃え上がらせる。

「ユカリ……!!」

「はい、待った」

 カッとなった私を、けれどクルクマが素早く投げ飛ばしました。眼下を走っていたユリ様の手元に向かって。

「なっ!?」

「わっ、うわわわっ!!」

 いきなり飛んで来た私を辛うじてキャッチするユリ様。頭上で反転しながらクルクマは笑いかけて来ます。覚悟を決めた眼差しで。


「アイツはあーしが相手する。スズちゃん、しっかり逃げてね」

「クルクマ!?」


 止める間も無く、彼女はユカリの影と激突しました。

「魔法を無効化するんだって? なら、これはどうさ!?」

『!?』

 暗殺者として培った独特な体術で敵を翻弄し、胸に呪いの刃を突き立てる彼女。絶叫が上がり、影は刺された箇所から崩壊していきます。二年前ナデシコさんが言った通り彼女の中の“確信”は六柱の影に致命打を与えられるほど深い。

 しかし離脱する時間はありませんでした。クルクマはそのままユカリの影と共に光の中へ飲み込まれたのです。


「クルクマァッ!?」


 親友の死を目の当たりにして手を伸ばす私。強引に抑え込むユリ様。

「堪えて下さい!! 今は逃げるしかありません!!」

 やがて彼女の視線の先に北の大陸と中央大陸を繋ぐ道が見えてきました。二年前、アイビー社長と私が協力して海底を隆起させ造り出した長大な石の橋。

 けれど、突如として馬が足を滑らせて転倒。私達は投げ出されました。

「きゃあっ!?」

「くっ……キバナ!」

 落馬してすぐに起き上がるユリ様。ここまで休まず走り続けたことで彼女の愛馬も限界に達してしまったのです。キバナは倒れたまま私達を見つめ、早く行けと促すように首を動かす。

「ガウッ!!」

「ウルルゥッ!!」

 しゃがみ、乗れと促すペルシアとウェル。

 光はもう目と鼻の先まで迫っている。

 でも、ユリ様達を置いてはいけない。

「私が運びます!!」

「うわっ!? 何かが体に!!」

 繰糸魔法で皆を掴んだ私はホウキを召喚しました。今は彼等を抱えたまま障壁で飛べるほど集中力を維持できそうにありません。私は素早く跨り、


 ──上昇した瞬間、目の前に時空神(カナメ)の影が現れました。


(空間転移!?)

 迎え撃とうとした私の中に、しかし別の違和感が生じます。そのせいで反応が遅れたと同時、襲いかかって来た敵をモモハルの剣が切り裂きました。彼も魔力糸による拘束から転移を使って抜け出したのです。

「スズに、手を──出すな」

『ッ!!』

 半身を切り裂かれ、それでも腕を伸ばしモモハルの足を掴む彼女。すると彼は私の方へ手を伸ばします。助けを求めている。そう思った私も必死に右手を伸ばしました。

「モモハ──」

 指先が触れた、そう思った瞬間、視界が一変します。

「ル……?」


 空を飛んでいたはずなのに地面に座り込んでいる私。すぐ近くにユリ様とキバナもいました。ペルシアとウェルはいません。モモハルも。

 そして、あの場所にはいなかったはずのナスベリさんが目の前に。


「スズちゃん!? どこからっ」

「ナスベリ……さん?」

 辺りを見回してみる。すり鉢状の地形。方角によって季節の異なっている集落。見覚えある景色。

 ここは、魔法使いの森の聖域?

(そんな!?)

 すぐに私はホウキで飛び上がりました。

 ナスベリさんも追いかけて来ます。

「スズちゃん、何が起きて──えっ」


 そして私達は見たのです。北の大陸全てを飲み込み、なおも膨張し続ける光を。

 それを防ぐべく、中央大陸全てを結界で包み込んだアイビー社長の姿を。


「ぐ、う、うううううううううううううううううううううううううううううっ!?」

 皮膚が裂け、爪が剥がれ、すでに血塗れになりながら必死の形相で結界を維持する社長。その傍にも見える範囲のどこにもモモハルはいません。

 私は知りました。カナメの影から私達を守るために、彼が何をしたのか。

 あの子は私達だけを転移させたのです。敵が追いかけて来られないよう、自分を足止めとして残したまま。


 でも、絶望はそれで終わりじゃなかった。

 運命はさらに私達を苛む。


「こっ……このままじゃ……っ!!」

 アイビー社長が押されています。盾神テムガミルズと融合し魔法使いの森が蓄えた魔素を全て魔力に変換して吸収できる彼女が、膨張し続ける光に圧倒され少しずつ障壁の範囲を狭めているのです。

 光は障壁に沿って大陸全体を包み込み、端から少しずつ飲み込み始めました。大地が粉砕され空中に巻き上げられていきます。

「だ、駄目……」

 手を伸ばす私。ここからでもわかります。もう、あとほんの少し結界が縮んでしまったなら、あそこが、あの村が──

 社長は下唇を噛み切り、苦渋の決断を下しました。

「……ごめん、貴女達」


 ──社長は誰より大人なのです。だから私達には出来ないことをしました。小さな村にこだわって人類の滅亡を招くより、小さな村を切り捨てて人類存続の道を選ぶ。その非情な選択を。


「テムガミルズ!! 限定時間遅延よ!」

 叫んだ瞬間、アイビー社長の全身が藍の光に包まれます。そして時が止まったかの如く他の色を失い、空中で静止します。

 同時に結界の範囲がさらに狭められ障壁の強度は上がりました。引き換えに大陸外延はさらに深く飲み込まれます。

 つまり東北地方も。


「駄目っ!! 社長、それはやめて!! やめてください!」

「あ、ああ……」

 私とナスベリさんの視線の先で、私達の故郷は、ココノ村は消滅しました。

 私達の大切な家族と共に。


 光の向こうで、皆が私の名を呼んだ。

 そんな気がしました。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ