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三章・鬼ごっこ(1)

「あれは……!!」

「ついに撃ったか……」

 ナスベリとアイビーは大陸中央の聖域から光の柱を見上げていた。傍にはナナカ、マドカ、三つ子、他の聖域住民達と工房の社員も大勢いる。

「アイビー様、あれはもしやスズラン様の?」

 長老衆の一人の言葉に頷き返すアイビー。

「ええ、ソルク・ラサ」

「おお、では、ついに……」

「まだよ」

 彼女は楽観していなかった。あれを放てたからといって本当に敵を倒せたとは限らない。そんな簡単な相手ならいくつもの界球器(いせかい)が滅ぼされたりしない。特にこの界球器(せかい)は数多の並行世界全てにウィンゲイトの神子スズランがいたのだ。

 それに妙な胸騒ぎがする。


(ここへ残ったことは正解だった……? 出来れば、間違っていて欲しいけれど)


 彼女達が中央大陸に残ったのは、万が一にも相手の侵攻を北の大陸で阻止出来なかった場合のため。もし敵がこの中央大陸にまで上陸するようなことがあれば、すかさず“魔法使いの森”に蓄積された膨大な魔力を使って結界を展開し全土を覆う。それで各国の民が避難する時間を稼ぐ。そういう計画である。

 望ましいのは短期決戦だが、必ずしもそうなるとは限らない。故に退路を確保しておく。アイビーという大きな戦力をこちらへ配置したのは彼女と盾神(じゅんしん)テムガミルズのコンビこそ、その役目に最適だから。

「大丈夫です社長。スズちゃん達ならきっと」

「ええ……」

 たしかにこの二年でスズランをはじめ全員が大きく成長した。今の彼女達ならかつての魔王ナデシコや邪神オクノキリスにも確実に勝てる。だからこそ信じて託した。

 なのに、あの青い光の柱を見ていても胸騒ぎが収まらない。

(ナデシコ、そっちは今どうなってるの?)

 この戦いで真っ先に命を落としたはずの親友を思い浮かべる。やはり死に目に立ち会うことはできなかったが、それは互いに望んだ結果。自分達の友情より未来を優先しようと誓い合った。

(……何が起きているとしても必ず守り切るわ。だから安心して眠って)

 改めて誓ったその時、ついに光の柱が消失した。界壁に空けられた穴も修復済み。ナデシコの中にあった“竜の心臓”も、きっと今の一撃で消え去っている。つまり敵の増援が入ってくることは無い。入口が無くなったのだ。


 ──スズラン達が勝利していれば、アルトラインの予言はついに成就されたこととなる。今しばらく、この世界の平和は続くだろう。


「勝った……のか?」

「マドカ、前線基地との連絡は?」

「もしもし聞こえますか? こちら聖域。最前線基地の皆さん、応答してください」

 ナスベリに問われ、もう一度通信機に呼びかけたマドカは、やがて頭を振る。

「駄目です、やはり繋がりません」

「大規模な戦闘の影響で地脈の魔力流に乱れが生じているんでしょうね」

「あるいは敵の力による干渉かな?」

「後者なら、そろそろ回復してもいい頃合い……」

 通信障害の原因を考察する三つ子。ほどなくしてサキの言った通りになった。突如通信が回復して向こうから連絡が入る。


『アイビー様! 至急、大陸結界を!!』


 たったそれだけ。端末の向こうにいた誰かが切羽詰まった声で叫んだ途端、通信は再び途切れた。

 今度は考察する必要がない。原因は誰の目にも明らかだから。

 北の方角で銀色の光が徐々に膨れ上がりつつあった。




 ──数分前。

「やったね、スズちゃん……」

「クルクマ……」

 私はボロボロの姿で歩み寄って来た親友の肩を借り、立ち上がりました。途端に青い光の柱が消え、皆の姿が露になります。上空の雲が消し飛んだことにより、ここでは珍しい青空も見えました。

 クルクマだけでなく誰も彼もが満身創痍(ズタボロ)。無事と言えるのはロウバイ先生くらい。あの激しい攻防の中で傷一つ負っていません。流石と言うほか無いですね。

 その先生はすぐにモモハルへ駆け寄り、治療を始めて下さいました。

「もう大丈夫ですよモモハルさん」

「ありがとう……先生……」

「ふう」

 これで、私もやっと一安心。

 ホッとして空を見上げます。

「勝ちましたわね」

「そうだね」

 もちろん、これで終わりとは思えません。奴等は何度でもこの世界へ攻め入ろうとするでしょう。完全決着には何年かかるかわかりません。入口となる“竜の心臓”はもうありませんが、世界には相変わらず魔素が満ちたまま。いつどこで門が開いたっておかしくはない。

 けれど私達なら何度来たって必ず撃退してみせますわ。強力な武器だって自在に扱えるようになったことですし。

「ところでスズちゃん、さっきソルク・ラサを無詠唱で使わなかった……?」

「ええ……多分ウィンゲイトの記憶だと思いますが、土壇場で教えられましたの。例の歌のような呪文が“ソース・コード”なるものだったのだと」

「ソース……って、なにそれ?」

「全ての世界の基礎になった“彼”の脳に訴えかけるための特殊な言語だそうです。それを用いて歌うことで新たな術、というか“理”や“概念”を生み出せるのだとか。だから最初に歌ったあの夜以外、詠唱する必要は無かったのです」

「なるほど、てことは今後はバンバン撃ち放題なんだ」

「そういうこと。あまり気軽に撃っていいものではないでしょうけれど」

 以前魔法使いの森でぶっぱなしてアイビー社長に怒られたように、ソルク・ラサは結界の類を貫通して悪影響を与えてしまう。そんなデメリットもあります。アルトラインの話だと、あの光の柱、この世界の界壁(かいへき)どころか界球器(かいきゅうき)の壁まで貫いているそうですしね。

「まあ、なんにせよ頼もしい話だよ」

「ふふ、頼りにしていいですわ」

 クルクマも次の戦いを予期しているのでしょう。他の皆さんも勝利した割に浮かれてはいません。負傷者の治療をしたり死者の亡骸を運びながら、ただ静かに──


 その時、頭上でガラスの割れるような音がしました。


「えッ!?」

「なっ……まさか……!?」

 私達が振り返ると、さっき閉じたはずの空の穴がまた現れていました。バキンバキンと音を立て、さらに二つ三つ四つと数を増やしていきます。

「なん……じゃと」

「そんな……」

 ミツマタさんやユリ様まで青ざめる事態。動揺して立ち竦む友軍を見渡し、いちはやくショックから抜け出したクルクマが指示を出す。

「撤退! 全員一時撤退!!」

 彼女に指揮権などありません。でも、その言葉に反論する者はいませんでした。次々に各方向の砦へ向かって走り出す兵士達。

 そしてやはり、無数の穴から黒い粘液が流れ込んで来ます。それらは一ヵ所に集まったかと思うと、今度は一体の巨大な人型に。


『マ……マ……マ、マァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアッ!!』

「やめてっ!!」


 嫌な予感を覚え咄嗟に球形の障壁で敵を封じ込める私。ところが中で膨張した銀色の光に押され、すぐに障壁全体が軋み始めます。力業で突破しようとしている!?

「魔素の放出!? しかもあれ物凄い密度だ……!」

「に、逃げなさいクルクマ……私が抑えておくから……その間に皆と……遠くへ……早く行って!!」

 今この場でこれを封じておけるとしたら私だけです。だから当然、私がここに残って味方を逃がすしかありません。

 なのに──

「皆さん呼吸を合わせて下さい! 少しでも長く時を稼ぐのです!!」

「ロウバイ先生!?」

 先生が他の生き残った魔道士の皆さんを引き連れ戻って来ました。四方の砦からも魔法使い達が集まって来ます。そして私の障壁の上からさらに大きな魔力障壁を展開。数百人の魔法使いが力を合わせた巨大な複合結界。

 やはりその輪に加わっているスイレンさんが振り返って呼びかけます。

「クルクマさん、スズランさんを連れて退却してください!」

「何を言ってるんですか!?」

 私です、ここは私が引き受けるべきなんです。時間稼ぎなら私がここに残り、皆が態勢を立て直すまでの間、頑張って持ち堪えてみせます。


 だって、そうじゃないと、こんなの──


「私達では、大した時間稼ぎになどならないでしょう」

 私の言いたいことを察し、彼女はそう言いました。笑って言葉を続けます。

「けれど今の弱ったあなたでもそれは同じ。だからこの場は任せて。ここで出来ることに大差は無くとも、貴女が生き延びることには大きな意味がある。あなたは私達全員の希望なんですよ、スズランさん」

「そういうことじゃ、こいつも連れてけ」

「う……」

 治療は受けたものの、まだぐったりしているモモハル。彼を担いできたミツマタさんの背後には、愛馬に騎乗したままのユリ様もいました。

「ユリ、おまんもこいつらと行け」

「何を仰る、私も残りますよ」

 ミヤギの女王はまだ戦うつもりです。

 でも、そんな彼女をカゴシマ王は叱責します。

「阿呆、魔力も無い奴が残ってどうする。だいいち殿は(しんがり)名誉なことぞ。まだまだおまあのようなひよっ子にゃ任せられん」

「ミツマタ殿……」

「ひとまず戻ってルドベキアに、さっさと援軍を寄越せと言ってくれ。運が良けりゃ我等も生き延びとるかもしれん」

「……わかりました」

 嘆息して馬首をめぐらせるユリ様。

 待って下さい、何を勝手に話が付いたような雰囲気を出してるんです? 私は何も納得していませんよ!!

「弱ってなんていません! 知ってるでしょう、私の魔力は底無しなんです!! このまま何時間だって、こうして──このっ!!」

「あっ、クソ、防がれた」

 咄嗟に小さな魔力障壁を張る私。舌打ちするクルクマ。また毒虫で麻痺させようとしたのです。

「そう何度も同じ手を、んぶっ!?」

「やはり弱っとる。普段ならこんな不意打ち効かんじゃろ」

 クルクマの攻撃を止めて油断した瞬間、鳩尾にミツマタさんの拳が入りました。手加減されているとはいえ、流石に悶絶して倒れてしまいます。

「う……っぐ……」

「何するんですかミツマタさん!?」

「死にゃせんわい。死なれちゃ困るしの」

 抗議しながらも私を抱え、ホウキに跨るクルクマ。モモハルはユリ様が預かり自分の前に座らせます。

 ゆっくり浮上するホウキ。空中から睨みつける私に手を振り、語りかけるミツマタさん。


「おいスズラン。おんしゃまだ子供じゃ。魔力が無尽でも大人顔負けの根性の持ち主でも体力はそうじゃなか。だからいっぺん戻ってしっかり休め。そんでまた戦いに来りゃいい。それまでは、おい達でなんとかしちゃる。

 今回は負けた。だが、おまんとモモハルさえ生きとったら逆転の目はある。お袋さん達にもよろしくな。次に会ったら、また茶を飲もうや」


「そ、それ……なら……」

 死んではいけません。絶対に、もう誰も死なないで。

 そう言いたかったのにクルクマはすぐにその場を飛び去ってしまいました。私の未練を断ち切ろうと。

「飛ばすよスズちゃん……落ちないでね」

「う……うぅ……」

 どんどん皆の姿が遠ざかって行く。今ならわざとホウキから落ちてしまえば、あそこに戻れるかもしれない。

 でも私には出来ませんでした。感情では納得出来なくても、ミツマタさん達の言い分の方が正しいと頭で理解してしまっている。

(子供じゃないんです……)

 本当の子供だったら、わがままを言って残れたでしょう。けれども私の中身は二十九歳のヒメツル。合理性で優先順位を付けてしまう。

 昔、早く大人になりたいと考えたことを思い出します。けれど今は大人になった自分が嫌で嫌で仕方ありませんでした。

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