三
結局、改札は全滅でした。どうなってんの? これ。何をどうしたらここから出られるんだろう?
それにしても、いつもなら怖さでパニック状態になってるはずなのに、今日に限って冷静なのは、何で?
首を傾げていると、再び手の中のスマホに着信が。あああああ、またしても勝手に通話になってる!
『おかけになった電話番号は、現在、使われておりません』
いや、かけてないから! 私はかけてないからね!? そっちが勝手にかけてきてるんだよ!!
なのに、スピーカー状態のスマホから流れてくるのは、同じメッセージ。いい加減、切りたいー!!
スマホを投げようにも、手から放せないし。自分の手なのに、まるで自由に動かない。指ががっちりスマホを掴んでて、痛いくらいだよ。
なのに、そのスマホからは相変わらずメッセージがループで流れる。
『おかけになった電話番号は――』
「やっかましー!! かけてねーわ!!」
人は、恐怖が極まると時に鈍感になる。多分。怖さもあるんだけど、何よりもこの状況にいらついていたんだと思うんだ。
こっちが怒鳴ったら、何故かメッセージが止まり、通話も解除された。え? 怒鳴るのって、効果あるの?
思わずスマホの画面、見つめちゃったよ。いけない。今はそんな事をしている暇はない。
何とか、ここから出なきゃ。
それにしても、人のいない東京駅って、怖い。そして普段より楽に通れるのもあってか、いつもより広く感じる。
いつきても、人が多いのがこの駅だからね。そんな、今考えるべき事じゃない事ばかり考えるも、現実逃避の一種です。
ただいま、物陰にて休憩中。でも、こうして隠れていても、何も進展しないんだけどねー。
でも、どうしてこんな事になったんだろう? 確か、叔母さんの家から帰る途中、電車で寝てた事から始まってるんだよね?
でも、いつの間に寝たんだろう? 電車で意識が完全に落ちる程寝た事なんて、今までなかったのに。
考えていたら、またしてもスマホが鳴る。画面には、和美ちゃんの文字!
「え? 和美ちゃん!?」
慌てて通話ボタンを押してスピーカー状態にする。
「和美ちゃん!?」
『やっほー、美羽ちゃん。元気してるー?』
「うわーん! 和美ちゃーん!!」
私はスマホに泣きついた。和美ちゃんだ、和美ちゃんと繋がった。これでもう大丈夫だ。彼女が助けてくれる。
「あのね、和美ちゃん、今ね」
そうして、現状を口早に説明した。スマホの和美ちゃんは、何も言わずに聞いてくれてる。
叔母さんの家に行った事、そこからの帰りの電車でうっかり寝た事、終点の東京駅に着いたら、様子がおかしかった事、改札はシャッターが降りていて外に出られない事。
「しかも駅に誰もいないし!」
『確かに変だね。……あ、そうだ、ホームは? 上がってみた?』
「え? いや、行ってない……」
『じゃあさ、行ってみなよ。もしかしたら、線路沿いに逃げられるかもよ?』
「線路沿い……」
『そう! ホームから飛び降りちゃえば、線路伝いに歩けるじゃない! ね? それなら帰ってこられるよ!』
そう……かな……。でも、線路を歩くって、怖いよね。それに、人はいないけど電車まで止まってるかどうかはわからないのに。
あれ? 電車止まってたら、そもそも私、東京駅まで辿り着けてなくね?
「ダメだよ、和美ちゃん。電車は動いてる可能性がある」
『もー、美羽ちゃんってば心配性だなあ。大丈夫だって!』
……何だろう? 違和感。でも、何にが原因でそう思うのかがわからない。
あー、こんな時いちま様がいてくれたらなあ。あ、そうだ。
「和美ちゃん! お願い! 私の部屋から、いちま様連れてきて!!」
『いちま様?』
「うん! 緊急時にって、合鍵渡したよね!? それで――」
『いちま様って、誰?』
一気に、背中に冷や水を浴びせられた気がした。和美ちゃんがいちま様を知らないはずがない。過去二回とも、いちま様に助けられた事を知ってるのに!
それに、今更ながら、さっきの違和感に思い至った。呼び方だ。和美ちゃんは、私の事を「美羽ちゃん」ではなく「みいちゃん」と呼ぶ。
じゃあ、この通話相手は、誰?
『美羽ちゃん? おーい、どうしたのー?』
「……あんた、誰?」
思わず呟くと、通話の相手はくすくすと笑った。
『えー? 何言ってるのー? 美羽ちゃんの従姉妹の和美ちゃんじゃなーい。だからさあ』
ここで、いきなり声が変わる。低く、地の底から響くような声。
『はやく線路に落ちろよ』
そこで、ブツッと通話が終わる。……ねえ、言っていい?
もう本当! いい加減にしやがれ!!
何なのこれ!? どうして私がこんな目に遭うのよ!! どうして日中の東京駅なのに人っ子一人いないの! どうしてスマホが手から離れないのよ!!
いい加減にしやがれバカヤロー!!
でも、声に出して叫ぶ勇気なし。だって、声で「何か」に気づかれたら怖いもん。
スマホ握ったままの手で頭抱えて、うずくまる。さっきの通話からして、ホームに出たら多分アウト。
このまま駅から出られなくても、アウト。もう本当に、どうしろと?
「どうすればいいのよ、もう……」
さすがに泣けてくる。こんなに怖い目に遭うなんて。どうしよう、どうしたらいいの?
えぐえぐべそをかいていたら、またしても着信。ちょっとやさぐれつつ、今度は何だよと画面を見る。
そこにあった名前は、登録していないものだった。でも、聞いた事はある。母方のひいばあちゃんの名前だ。
「何で?」
これも勝手に通話になるのかと思ったけど、着信音が響くだけ。震える指で通話ボタンをタップすると、聞き覚えのない声が響いてきた。
『いちま様を呼びなさい』
それだけ言うと、通話がぶつっと切れる。いちま様を、呼べ? そういえば、和美ちゃんと通話で、いちま様を連れてきてって頼んだっけ。
いや、あの通話相手は結局和美ちゃんじゃなかったけど。
でも、いちま様を呼べって、どうすればいいの? 一人暮らしの部屋には家電は引いてないし。スマホは今私の手元にあるし。
ここから和美ちゃんに電話しても、多分本物には繋がらないだろう。呼べって、どうすればいいのよひいばあちゃん!
焦る私の耳に、何か音が聞こえてくる。カツン、カツンという靴音だ。待って、駅でこんな足音になる靴って、あったっけ? ヒールならかろうじて出るかな……
その足音は、確実にこっちに近づいてきている。どうする? どうすればいい!?
焦る間にも、足音が近づいてきてる。やだやだやだやだ!
頭を抱えて縮こまっていたら、またしてもスマホに着信。画面には、非通知の文字。
これまで同様、勝手に通話になって、勝手にスピーカー状態になって声が聞こえてきた。
『美羽ちゃん!! いちま様助けてって言うんだ!!』
え……? 実兄ちゃん? この声、確かに実兄ちゃんの声だし、話し方だ。通話はそれだけで切れてしまっている。足音はもうそこまで来ていた。
何でそう思ったのかわからない。でも、私はスマホに向かって叫んでた。
「助けていちま様ー!!」
叫んだ途端、私の意識は遠のいていく。その中で、小さなゲップが聞こえた気がした。