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八◇ギフト、古代の魔術


 朝になり、目が覚める。森の中の小屋の中は、板窓の隙間から細い日差しが小屋の中に入る。

 アダーの黒いローブに包まれたまま、僕は横になっている。目を開ければあぐらをかいて座るアダーがいる。一晩そんな姿勢でいたんだろうか? 閉じていたまぶたが開き、青い目が僕を見る。


「起きたか」


「……おはよう、アダー」


 僕は寝ぼけたまま、両手に握るものに顔を擦りつける。さらりとしていて心地好い。少しずつ寝ぼけた頭がハッキリしてくる。

 アダーの青い目が僕を見下ろしている。濃い青の瞳は綺麗だ。アダーが見ているのは僕の手。僕は寝ぼけながら握っていたものを顔から離して見る。

 黒い手袋の右手。僕の両手が包むものは、アダーの手だった。


「え? あ、ごめんなさい」

 

 慌てて手を離して謝る。寝ながらアダーの手を握っていたみたいだ。もしかして一晩中? 

 アダーは左手で、肘まである右手の手袋を引っ張って、右手を握ったり開いたりする。


 昨日から大泣きしながらしがみついたり、寝ながら手をつかんで離さなかったり。アダーの側にいると、僕は幼くなってしまうような気がする。なんだか恥ずかしい。


 アダーが立ち上がり小屋の木窓を開ける。外の日の光が入ってくる。

 アダーは昨日のように、リュックから出した焦げ茶色の塊を、お湯に溶かしてスープにする。アダーに用意してもらったスープを食べる。いったい何がこのスープに入っているんだろう? いろんな野菜の味がする。


「シールはどうする?」


 アダーが聞いてきた。


「村に戻るのか?」 


「他に、どうすればいいか、僕にはわからない」


 勢いで逃げて来たけれど、僕ひとりでどうやって生きていけばいいかわからない。


「大寺院には行きたく無いけれど、加護無しの僕が村で暮らすことはできそうに無いし。ギフトさえあれば、村の大人としていられたんだろうけれど」


「シールがギフトを得る方法はある」


「え?」


 驚いてスプーンを落としそうになる。


「アダー、僕がギフトを得るって? どうやって?」


「村の者からギフトを奪う。奪ったギフトをシールに宿す」


「そんなこと、できるの?」


 ギフトを奪う? 人から奪ったギフトを僕のものにする? そんなの聞いたことも無い。

 僕の見る前でアダーが握った拳を顎に当てて、しばし考える。


「……ギフトを奪うだけなら簡単だろう。そのギフトをシールのものにできるかどうかは、成功率は低い」


「そんなことが、」


 頭の中が混乱する。ギフトは白の女神様の加護で、人がつけたり外したりできるなんて知らない。初めて聞いた。


「アダーは、どうしてそんなことを知ってるの?」


「白の女神信仰の成人の儀に興味がある、と言ってなかったか?」


 そんなことをアダーが言ってたような。


「私がここにいるのも、成人の儀の前後での変化を見るためだ」


「もしかして、アダーはその為にこの村に来たの?」


「……私が旅をしている目的のひとつだ」


 アダーはひとつ頷いて腕を組む。


「シールは魔術について、どれだけ知識がある?」


「魔術? この村だと司祭様が治癒の魔術と明かりの魔術を使えるけれど、村には魔術師なんていないし」


「シールの知っている範囲でいい」


「えぇと、王都には手から火や雷を出す魔術師がいるって」


「それは今の魔術だ。古い魔術のことは知っているか?」


「古い魔術?」


 アダーに言われて記憶を探る。古い魔術、と言われても、僕が知っているのはお伽噺のような話しか無い。


「大昔には凄い魔術師がいっぱいいたって聞いたことあるけれど。だけどその魔術師たちは、魔術でなんでもできるって思い上がって、白の女神様に天罰で滅ぼされたって」


「この国ではそう伝わるのか」


「大昔の魔術師が作った遺跡が残ってるところもあるって、聞いたことある」


「私は古い魔術について調べている。各地を旅して回り、古代の魔術を探している」


「じゃあ、旅の薬師というのは?」


「古代の遺跡を探す魔術師と名乗れば、警戒されることもある。薬を売って旅に必要なものを手に入れてもいるが」


 アダーが大昔の魔術を探索する魔術師。なんだかすごい。


「そして、ギフトに似た古代の魔術に心当たりがある」


「え?」


「発掘した古代の魔術を、この国では白の女神の加護としているのではないか、と疑っていた」


「じゃあ、女神の加護って、大昔の魔術のことだったの?」


「ひとつ試してみれば分かる」


「試すって、どうやって?」


「村の者からギフトを奪ってみる」


 これまで僕が信じていたことが、ガラガラと音を立てて崩れていくようだ。白の女神から賜るギフトが、大昔の魔術? それじゃ白の女神に祈る儀式はなんだったのか? 聖句は? 成人の儀は? 

 僕は混乱していた。アダーは話を続ける。


「ギフトを奪われると、その者は加護無し、ということになる」


「それは、誰でもいいの?」


「この村でギフトを持つ者なら誰でも可能だろう。ギフトが私の知る古代の魔術ならば」


「僕の、おじいちゃんでも?」


 このとき僕はどうかしていた。いや違う。恨みで言っていた。僕を加護無しと、我が家の恥と言って僕を殴ったおじいちゃんが、真っ先に頭に出てきた。次に家族。成人の儀を終えてからは、僕を罪人として見る、もう家族では無くなった、僕の家族。


 アダーが言うようにギフトが奪えるのなら、おじいちゃんも僕と同じ罪の子になってしまえばいい。父さんも母さんも兄さんも姉さんも。みんな白の女神の加護を無くして、僕と同じ気持ちを味わってみればいい。


「ねえ、アダー、どうすればギフトを奪えるの?」


「私がやってみるのを見れば解る」


 言ってアダーは立ち上がる。背中にリュックを背負い、腰にベルトポーチをつける。黒いローブを身につけて黒い影法師になる。

 僕が椅子から立ち上がったとき、外から小屋の扉が勢い良く開いた。


「ここにいやがった」


 振り向いて見ると、扉を開けて小屋に入って来たのはフィズだった。その後ろから、背の高い、たくましい身体の男が続く。猟師のデルンだ。

 フィズは僕を睨む。その目は憎々しげに。


「おい、加護無しシール、司祭様がお前を探せってよ。おかげで村の者はいい迷惑だ」


「フィズ……」


「なんでお前の為に、俺の弓の練習の時間が無くなるんだよ。手間かけさせやがって」


 フィズ、ギフトがあるというだけで、どうしてそんなに偉そうにできるんだ? 僕はギフトを賜れ無かったけれど、どうしてこんな言われ方をされなきゃならないんだ。


 昨日まで感じていた、消えてしまいたくなるような罪悪感は無くなっていた。アダーが言うようにギフトが古い魔術で、それが着けたり外したりできるようなものなら。加護なんて白の女神と関係無いんじゃないか?

 そんなものの為に僕が罪の子扱いされる言われも無い。いったい白の女神の加護って、なんなんだ?


「なに睨んでんだ加護無し」


 僕の目が気に入らなかったのか、フィズが近づいて来る。僕を蔑んだ目で見ながら。


「それにこの小屋を使っていいのは、村の者だけだ」


「僕だって、あの村の住人だ」


「加護無しが同じ村の者のわけねえだろ!」


 フィズが足を上げて僕を蹴る。咄嗟に手で庇うけれど勢い良く蹴られて床に倒れる。


「なに勝手に猟師小屋を使ってんだよ!」


 倒れた僕を更に蹴る。胸を蹴られて息が詰まる。


「フィズ、そのへんにしとけ」


 猟師のデルンが言うと、フィズは最後にもうひとつ僕を蹴って離れた。床にうずくまったまま痛みに耐える。デルンがアダーの方に顔を向ける。


「旅人さん、こんなところで何をしてる?」


「一晩使わせて貰った。村で何かあったのか? なぜシールに暴力を?」


「あぁ、これは村の問題だ。旅人さんには関係無い」


「そうか」


 僕は痛む胸を抑えて起き上がる。猟師のデルンが僕のところに来る。


「シール、司祭様が呼んでいる。村に行くぞ」


「……いやだ」


「文句を言うな」


 フィズが舌打ちする。デルンの手が僕に伸びる。村に戻るとどうなる? 王都の大寺院から迎えが来る。王都の大寺院に連れて行かれて、僕は何をされる? もう司祭様も白の女神も信じられない。デルンの手を払いのけようとすると。


「んが?」


「は?」


 デルンとフィズが間抜けな声を口から出す。その場で膝をついて、パタリと倒れる。何だ? アダーを見ると、フィズに向けて人指し指で指し示すようにしている。


「アダー、何を?」


「眠らせた」


 倒れたデルンとフィズを見ると、デルンが、んがあ、とイビキを立てる。眠らせた? 魔術で? アダーが僕に近づいてくる。


「強く蹴られたようだが、骨は折れてないか?」

「あ、うん、わからない」


 蹴られたあばらのところが、ジーンとして痺れている。アダーの手が伸びて僕の胸に触れる。手の平でペタペタと僕の胸とお腹を触る。


「折れてはいない。アバラの一本、小さなひびが入っているが」

「わかるの? アダーの魔術って、なんでもできるの?」

「なんでもはできない。魔術は万能では無い」


 指の一振りで灯りをつけて、水をお湯に代えて、司祭様のようにお祈りの言葉を唱えなくても、人を眠らせる。アダーはまるでお伽噺の魔女みたいだ。


 僕は倒れて眠るフィズを見る。呑気に小さな寝息を立てて寝ている。

 フィズはギフトを得た。僕はギフトを得られなかった。

 フィズは村の大人の仲間入りをした。僕は村の人達から除け者にされた。

 フィズは僕を罪の子として、子供たちを守るためにと僕を突き飛ばした。悪い奴から子供たちを守る、村の大人のつもりだったのか? 


 ギフトがあるというだけでこんなに違う。

 僕を罪人と蔑み、猟師小屋を村人以外が使うなと僕を蹴った。

 成人の儀の前は、少し乱暴なところはあっても友達だと思っていたフィズ。今はもう友達とは思えない。

 すっかり変わってしまった。フィズは村の大人に、僕は罪の子に。

 僕とフィズの違いは、ギフトがあるかどうか、ただそれだけ。


「ねえ、アダー」


 頭の中に黒い考えが浮かぶ。


「フィズからギフトを奪える?」


「……試してみるには、調度いいか」


 このとき僕はどうかしていた。成人の儀の後、僕の家族、村の人達が僕にしたことを思い出して、怒りと恨みが頭の中に渦巻いていた。

 フィズからギフトを奪う。フィズを加護無しにしてやる。フィズも加護無しになった気分を味わうといい。


 奪ったギフトを僕が得るのは、成功率は低いとアダーは言った。だったら何度も試してみるのは可能だろうか? そうしたらそのうち成功することもあるんじゃないか?

 フィズだけじゃ無くて、僕の家族からも次々とギフトを奪う。たくさんあれば、ひとつくらい僕に合うのが見つかるかもしれない。


 アダーを見ると、アダーはフィズを見て少し考える。


「準備が必要だ」


 アダーはランプに火を灯す。猟師小屋の扉を閉めて、板窓もキッチリ閉める。

 次に床に眠るフィズを掴み、持ち上げて、テーブルの上にうつ伏せに寝かせる。フィズは眠ったままだ。


 黒いローブを外して椅子にかける。リュックとベルトポーチも外してテーブルの上に置く。

 リュックを開けて、中から白い長い布を取り出す。その布を持って僕のところへ。


「シール、これから言うこと守ってもらう」


「うん」


 人からギフトを奪う。どんな魔術の儀式なんだろう? アダーの手が伸びて、僕の顔、鼻から下に白い布をグルグルと巻き付ける。鼻と口をスッポリと覆う白い布からは、薬草茶みたいないい香りがする。


「ひとつ、大声を出さない。ふたつ、騒がない。この二つだ。守れるか?」

「大声を出さない、騒がない、うん、わかった」


 アダーがテーブルのフィズに顔を向ける。

 うつ伏せに眠るフィズは寝息を立てている。


 僕は成人の儀の後の世界を、地獄だと思っていた。村の人達の敵意と蔑みに囲まれた世界を、酷いものだと感じていた。


 だけどそれは、僕がものを知らないだけのことだった。世の中にはもっと酷く暗く恐ろしい世界があった。そんな世界があることを僕は知ることになる。


 僕の本当の地獄はここから始まる。


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