三◇薬草探し 身近な当然と不思議
翌日、朝食を終えた後、僕とアダーは家の外に出る。
いつもなら昼前は家族の手伝いをして、昼の後は村の子供たちで集まって遊ぶ。それが村での僕の日々。
だけど今日はアダーと村の周りを調べることに。空はカラリと晴れて天気がいい。僕は姉さんに持たされたバスケットの中を確認する。昼食のパンとハム、水筒。
アダーはまた黒いローブをスッポリと被り、黒い影法師のような格好になる。
そしてアダーとふたり、薬になりそうな植物やキノコを探しに行く。
僕がいつも見慣れている、雑草だと思っていた草もアダーが見れば腹痛に効く薬になる。アダーと一緒に見れば、見慣れた村の風景が、いつもと違うものに見えてきそうで胸が騒ぐ。
村の中を歩くと畑に出る大人達がアダーを見て足を止める。アダーは村では見ない感じの女の人で、黒い影法師のような姿にギョッとする人もいる。
その度に僕が説明して紹介する。アダーが旅の薬師と聞いて、それならうちのじいさんを見て欲しい、というのにアダーはコクリと頷く。
「後で見に行く」
そんな約束を二つほど交わす。アダーは無表情に見えるけれど、薬のことを教えてくれたりと優しい人だと思う。
てくてくと歩いて僕とアダーは村の近くの森に来た。
「村の人はこの森にキノコとかベリーとか取りに行くんだ。村の人が入るのは、森の中の道が途切れて印のあるところまで。それ以外は猟師のデルンがいないと入っちゃダメなんだ」
「この森に現れる獣は?」
「鳥にイタチ、とか。奥の方には狼が住んでいるって」
「魔獣は?」
アダーの言うことに僕は首を傾げる。魔獣?
「遠い国には魔獣の住む森があるっていうけど、この辺りで魔獣が出たって聞いたこと無い。狼、は違うよね?」
「額に角のあるホーンドウルフは狂暴だ」
「猟師のデルンが仕留めた狼には、角は無かったよ」
アダーと話しながら森の中を進む。道と言っても人が通るところの草を抜いて、木こりと猟師が通りやすくしているところ。季節によっては村人がベリーを摘みに入ることもある。
アダーは道から少し外れては、しゃがんで草やキノコを抜いて顔の前でジッと見る。そしていくつかは黒いローブの中へとしまう。
「魔術で調べるのかと思ったら、その、地味なんだ」
「調査というのは、地味なものだ」
「その変な色のキノコも薬になるの?」
「タマゴダケ、のようだが、私の知らない変種のようだ。調べてみる価値はある」
アダーと一緒に森の中を見て回り、僕はアダーに話しかける。他の国のこと。僕が見たことの無い海というものはどんなものか。アダーが旅で見たものに、おもしろいのはどんなのがあったのか。アダーは魔獣に会ったことがあるのか。
アダーは僕がいろいろ訪ねる度に、言葉少なくポツポツと話す。調べる手を止めずにのんびりと。アダーの語る話は僕の知らないことばかりで、僕もアダーのように旅の薬師になるのもいいな、と考えていた。
「この先に小屋があるよ。猟師のデルンが森の中に作った小屋」
「その猟師のデルンは、その小屋に住んでいるのか?」
「ううん、村にちゃんと家があるよ。森の中で罠を仕掛けたりするのに道具を置いたり、あとは木こりの休憩所に荷物置き場。村の人は好きに使ってる。ベリーを取りに来たときの、にわか雨のときに雨宿りしたり。だけど、置いてある物は木こりと猟師のものだから勝手に触っちゃダメなんだ」
丸太で作った小さな小屋に近づいて。
「アダー、ここでお昼にしようか?」
黒いローブの中でアダーの顔がコクリと頷いた。
小屋の中でパンとハムをナイフで切り、アダーと一緒に食べる。アダーが食べながら聞いてくる。
「昨日、司祭が成人の儀、と言っていたが」
「うん、明後日、寺院で成人の儀があるよ」
「寺院で、何を行う?」
「え? だから、成人の儀」
アダーはモソモソとハムを食べて少し考える。
「私はこの国の成人になるための儀式、というのを知らない」
「え? 他の国にもあるでしょ? 成人の儀って?」
「この国では白の女神、というのを信仰しているようだ。その白の女神信仰で行われる儀式となると、白の女神を信仰していない他所の国の人には分からない」
「ええ?」
聞いて驚いた。僕はこの村で産まれて隣の町に行ったこともあるけれど、他の国に行ったことが無い。
この村で暮らして、白の女神様を寺院で拝むのが、産まれたときから当たり前のことだった。だから他の国でも同じような寺院があって、成人の儀はどこでもあるものだと思っていた。
他の国では白の女神様の寺院が無い、というのはアダーに聞いて初めて知った。
「じゃ、アダーは成人の儀、はしてないの?」
「成人になるための儀式、というのはその地に伝わるものでいろいろと違いがある。成人とされる歳も違う。また、何をして成人とするのかも違う」
「え? えぇと、そんなに違うもの? 13歳で成人の儀をして、大人になるんじゃないの?」
「白の女神信仰由来の成人の儀をするのは、この国の人だけになるらしい。だから私は知らない。知らないので興味がある」
いろんなことを知っていそうなアダーにも知らないことがある。この国の白の女神様のことは詳しく知らないという。
白の女神様を崇拝するのがこの国だけだと、僕はこのときに初めて知った。
アダーにいろいろと教えてもらったお礼にと、僕は成人の儀について、白の女神様について、知ってることを話した。アダーは頷きながら、パンを食べながら聞いている。
「つまり、」
アダーは水筒の水をコクリと飲んで言う。
「その年に13歳になる者が、白の女神の寺院で儀式を受ける。白の女神からギフトという加護を受けて、一人前の大人となる、か」
「うん、まとめるとそういうこと」
「儀式とは、具体的には?」
「寺院で司祭様のお話を聞いて、それから白の女神様に祈って、三日の間、寺院の中にこもるんだ」
「ギフト、とは?」
「白の女神様の加護のこと。村の人達で多いのが農業で、たまに剣士とか魔術師の才能が白の女神様から賜るんだ」
「才能を加護として贈る白の女神……」
アダーはブツブツと呟きながら何か考えている。
「奇妙な儀式のようだ」
「奇妙って、アダーから見てそんなに奇妙なもの?」
「産まれたときからこの村で暮らすシールには、奇妙に見えないのだろう。シールから見て私の衣服が奇妙に見えたように、私から見てこの村の成人の儀は奇妙に見える」
アダーに奇妙と言われると、なんだか変な気分になる。生まれ育った村をバカにされたようにも感じる。
だけど、僕は成人の儀で女神様からギフトを賜ることが当然だと信じていた。
それが他所の国から来たアダーには奇妙だという。僕が当然と信じていたものも、アダーから見て奇妙に見えるというのは、これまでに無い発見だった。
この国だけで他の国には無いらしい。では他の国では子供はどうしたら大人になるんだろう?
ギフトとは何か、白の女神様の加護とは何なのか。僕の中に初めて信仰への疑問が産まれた。
「13歳のシールは明後日から寺院にこもると」
「うん、だからアダーを案内できるのは今日と明日」
「明日は村の中を見て回ろう。具合を診る約束をした」
「そうだけど、いいの?」
「無料では無い。旅に必要なものを仕入れるためだ」
昼食を食べてからまた森の中を見て回る。僕には見慣れた、村から歩いていける森。姉さんと兄さんと、ベリーとかキノコを取りに来たこともある。
狼が奥にいるというけれど、猟師のデルンが狩った死んだ狼しか見たことは無い。
初めて森に入ったときはおっかなびっくりとしていたものだけど、見慣れてしまえば特に珍しいことも無い。
だけどアダーが草の葉を手に取りじっと見ると、見慣れた植物も魔法の材料になる不思議なものに見えてくる。
早めに森を出てアダーに村の中を案内する。小さな村ではアダーのことは半日でもう知れ渡っていた。畑を見せて井戸のあるところ、寺院とあちこちアダーに見せて回る。
その日の夕食後は、アダーは部屋で薬を作るというので、邪魔をしないようにする。手伝うと言ってみたが、必要無いとアダーが言う。
家の中でおじいちゃんに、僕とアダーが何をしてたかを聞かれて正直に話した。
「薬師アダーには、ジキウスの葉のことを教えてもらいたいところだが」
「その見本を作ってるみたいだよ。昼間、そのジキウスの葉を摘んでいたし。これから薬を作って、明日は村の人を見て回るって言ってた」
「それは有り難い。この村にも司祭様の他に、治癒師か薬師のギフトを得てくれる者が、増えてくれると良いのだが」
「次の成人の儀で誰か治癒師になるかも」
「女神様のお導き次第、シールも祈りを欠かさぬようにな。客人の案内よくやった。明日も頼むぞシール」
おじいちゃんにポンポンと頭を撫でられる。
村長のおじいちゃんは村に病気の治療ができる人が増えて欲しいみたいだ。
翌日はアダーと一緒に村の中を回り、診る約束をしていた家に行く。他にも持病のある人の相談を受けたりとか、猟師と木こりに傷薬の軟膏を売ったりした。
畑の雑草、だと思っていたジキウスの葉のことを村の人に説明して、ジキウスの葉は集めて村長の家に持っていくようにお願いする。
アダーが話をして、言葉の足りないところを僕が解説したりする。そうするとなんだか、僕が薬師の助手になったようで、ちょっと気分がいい。
ガキ大将のフィズが縁がギザギザの葉っぱを手にして見ている。
「これが腹の薬になる? へえ……」
「薬にするには手を加えなきゃいけないってアダーが言ってた。そのまま食べると苦いだけって」
「シールが薬師みたいなこと言ってら」
「少し教えてもらったから」
司祭様と村長に言われて、アダーの案内役をする僕を子供たちは羨ましそうに見る。珍しい旅人の側で珍しい旅の話を聞けるから。
そして黒い影法師みたいなアダーを皆はジロジロ見る。遠い国から来た薬師で魔術師のアダーに皆は興味津々だ。アダーはというとそんな視線に慣れているのか平然としたもの。
するべきことは終わり、アダーと二人で村の中を見て回りながら家へと帰る。その途中で話をする。
「アダー、明日から僕は成人の儀で案内できなくなるけど」
「もう案内は必要無い」
「成人の儀が終わったらお祭りなんだ。お酒も出るよ」
「四日後、か。私は村の者では無い。村の祭事は遠慮しよう」
「え? ごちそうが出るよ。成人の儀のお祝い祭りまで村にいればいいのに」
「それは村人と新たな成人の為のものだ。余所者は邪魔だろう」
「そんなこと無いと思うけど。僕も、旅の薬師なんてギフトを女神様に賜れば、アダーみたいに旅ができるのかな?」
アダーが僕を見る。青い宝石のような瞳が、見透かすように僕を見つめる。
「旅をするには、余計なものは無い方がいい。無いものを探すために旅に出るのだから」
アダーの言うことはよく解らなかった。だけどそのときのアダーの目は、なにもかも知っているような、長い時を生きた賢者のようで。いつものように無表情だったけれど、その目はなんだか、僕には憐れむようにも見えた。