二◇旅の薬師、身近な薬草
旅の薬師さんを僕の家に案内する。
家に帰ると、父さんとおじいちゃんと、この村の寺院の司祭様が話をしているところだった。
「シール、その方は?」
「旅の薬師さん。アダーさん」
僕が紹介すると、僕のおじいちゃん、この村の村長のおじいちゃんは旅の薬師をジロジロ見る。
「この村に旅の人が来るとは珍しい……」
旅の薬師を家の中へ通して、父さんとおじいちゃんと司祭様が話していた居間へと。
アダーに椅子を進めて四人がテーブルを囲んで座る。
母さんと姉さんは台所で夕飯を作っている。
兄さんも旅の薬師さんが珍しくて気になって、おじいちゃんの後ろに立ってアダーを見ている。僕はそのままアダーの斜め後ろに立つ。
アダーが黒いフードをめくって顔を出すと、暗い赤色の髪がパサリと流れる。肩まである赤色の髪は、まるで赤い花の色のようで、茶色の髪と白髪しか見たことの無い僕には、人の髪の色とは思えない。
人、というか馬とか犬とかも、赤い毛の生き物というのを見たことも無い。暗い赤色の髪の毛のアダーはまるで、お伽噺の妖精みたいで、これを神秘的というのだろうか。
司祭様が、ほう、と声を出す。
「アダーさんは他所の国から来られた方のようですな」
「あちこちを巡っている」
家に帰るまでアダーと話してみたけれど、アダーは自分からはあまり喋らない人みたいだ。訊ねたことに答える、という感じで余計なことは言わない。そんな話し方をする。
父さんがアダーに聞く。
「他所の国の旅人がこの村に来るのは珍しいんだが、いったい何をしに?」
「薬の材料になるものを探している」
アダーは黒いローブの中から緑の葉っぱを取り出して、皆に見せる。黒い手袋の手が持つのは、細くて縁がギザギザになっている葉っぱ。
「この村でこの植物を見つけた」
「それは、畑の近くでもよく見る雑草では?」
「雑草、という名前の植物は無い」
アダーの持つ葉っぱは僕も見たことがある。畑の雑草を抜くときにわりと見かける草。
「このジキウスの葉は加工することで腸の調子を整える薬になる。腹痛と下痢に効果がある」
「その草が薬? この村の畑の脇には生えているもんだが?」
「国によっては、このジキウスの葉の薬は金で売り買いされる」
おじいちゃんと父さんの目がキランとなる。
あの雑草が薬になる、と聞いて僕は、へえ、と思ったけれど、父さんとおじいちゃんはお金になるというのに食いついたみたいだ。
「薬に加工するのに少しコツがある。人は身近にあるものに特別な薬効があるとは気づきにくい。ありふれたものには価値を感じないからだろう。意識の盲点になる。私は薬効のあるものを探してあちこち旅をしている」
司祭様が、なるほど、と深く頷く。
「身近にあるありふれた真実に、人はなかなか気がつかない。それを探し求める旅人、ですかな。素晴らしい見識をお持ちのようですな」
アダーは小さく頷く。司祭様はうむうむ、と納得するように白い髭を手で撫でる。
「よい事を教えていただきました。そのジキウスの葉を薬にする方法というのを、教えていただきたいのですが、いかがですかな?」
「この付近の植物など、調べたいのでしばらくこの村で逗留したい。宿賃代わりに手法を伝えてもいい」
「それは有り難いですな。アダーさんは宿をお探しですか? 旅の商人は我が寺院を宿代わりに使うのですが、今は成人の儀の準備がありまして、客人をお迎えするのは難しくてですな」
司祭様がおじいちゃんに視線を移す。おじいちゃんは頷いて。
「アダーさんにはこの家で泊まっていただこう。碌なもてなしもできないが。おい、シール、ネッド、部屋を一つ片付けろ、急げ」
おじいちゃんに言われて僕と兄さんは部屋を片付けに。お客様が泊まれるように。
父さんも立ち上がって台所に。夕飯を一人分増やすようにと、母さんと姉さんに伝えに行った。
司祭様とおじいちゃんがアダーに話しかけるのを横目に、僕と兄さんは居間を出る。
アダーが泊まる部屋の片付けをしながら兄さんが呟く。
「じいちゃんも父さんも、雑草が金になるかもってなったらこれかよ」
「でもこれで腹痛の薬がそこらの草でできるようになったら、皆、よろこぶんじゃない?」
「薬がその辺に生えてる雑草でできてるって、有り難みが無いよな」
「そっか、有り難みが無いから気づきにくいのか。それを教えてくれたアダーは村の恩人になるのかも」
「薬を探して国から国に旅をする、か。変な旅人」
変な旅人、だからこそ変な知識があって、その知識が知らない人の役に立つのかもしれない。
僕と兄さんで部屋を片付けて掃除して布団を敷いて、アダーが泊まれるようにする。
この家にお客様が泊まるなんてのは、徴税のお役人以外には、ほとんどいない。それが他所の国から来た旅人というのは初めてだ。
その日の夕食はアダーを迎えて、家族は皆いつもより少し緊張していた。司祭様もアダーの話を聞きたいと一緒にテーブルを囲む。二人増えた夕食は賑やかだ。
「ほう、アダーさんは魔術師でもあると」
「すこしだが、魔術に精霊術も扱える」
「なるほど、遠き地には精霊術という魔術を使うところがあると聞いたことがありますな。そこでは精霊の加護を得た者は、精霊に髪を染められて変わった色をしている者がいるとか」
司祭様はいろんなことを知っている。精霊術、聞いたことが無い。アダーのあの不思議な赤色の髪は精霊の加護? アダーは遠い国から来た、不思議な魔術師ということみたいだ。黒いローブ姿のまま、黒い手袋も外さずにパンをちぎって食べる姿も、異国の魔術師と聞くとそれっぽくてワクワクとする。
兄さんがアダーに言う。
「魔術が使えるって? ちょっと見てみたい」
「魔術は見世物では無いし、私は派手なものは使えない。見てもつまらない」
珍しいお客を迎えて、いつもより賑やかになる食卓。アダーは訊ねられたことに応えて話す。言葉は少ないけれどぶっきらぼうでは無く、聞かれたことに言葉を慎重に選んでいるような。アダーのその話し方は物語の賢者みたいだ。
「薬草などを探すために、この辺りに詳しい案内がいると助かる」
アダーの言うことに僕は手を上げる。
「僕が案内するよ」
アダーを連れて来たのは僕だし、いろいろと話を聞いてみたい。司祭様がうむうむ、と頷く。
「成人の儀まで手が空くのはシールか。ではシール、アダーさんに失礼の無いように」
「はい、司祭様」
明日から天気が良ければ、アダーはこの村の付近で薬になりそうなものを探すという。
夕食が終わって僕はアダーをお客様の部屋へと案内する。部屋に入るとアダーは黒いローブをパサリと外す。
「え?」
「どうした?」
「食事のときもずっと黒ローブ姿だったから、人前でそのローブを脱がないのかと思ってた」
「寝るときは脱ぐ」
黒いローブを外したアダーの姿は、僕には奇妙に見えた。背中にリュック、腰にベルトポーチ。ローブの中でずっと身に付けていたみたいだ。背中のリュックが旅人にしては小さいような気がする。荷物が少ないのだろうか?
アダーは背中のリュックと腰のポーチを外して部屋の隅の机の上に置く。
白い奇妙な格好。肌を締め付けているような白いピッチリした服で、白いベルトが身体中あちこちに巻き付いている。見たことの無い衣服だ。
肘まである黒い手袋。膝まである黒いブーツ。それ以外は真っ白だ。首から下の肌を見せてはいないけれど、女性らしい身体の線を強調するような、異国の服装にドキリとする。
「か、変わった服だね、アダー」
「異国の衣装は奇妙に見えるものか」
アダーが近づいてくる。いきなり僕の頬に触れて顔を近づける。いきなり何? と驚いていると。
「目はどうだ?」
「目?」
「砂が入ったあと、どうだ?」
「あ、うん、大丈夫、だと思う」
青い目が間近に僕の右目を覗き込む。
不思議な雰囲気のアダー。黒ローブを外して女の人、という身体の線が強調される奇妙な服を見てしまって、顔が熱くなる。そのアダーの顔がとても近くで、青い宝石のような瞳が目の前にあって、僕は顔がますます熱くなるのを感じる。
僕がドギマギして、息が詰まりそうになってるのにアダーは平然として。
「そのようだ」
と、言って離れていく。
「明日から、よろしく頼む」
「あ、うん」
アダーに触られた頬を押さえながら、僕は部屋を出た。
不思議な魔術師のアダー。旅の薬師。黒いローブの下は奇妙な白い服で、無表情だけれど僕の目を心配する優しい人。赤い髪の青い瞳は、なんだか物語の妖精みたいにも見えて、近くにいるとドキドキする。
あのとき僕は浮かれていた。遠い国から来た不思議な綺麗な魔術師、アダーと出会い、明日から村の周りを案内しながら旅の話を聞こう、と考えていた。
単調な村の暮らしの中で突然現れた、他所の国からの美しい旅人。妖精のような薬師に遠い国の話をいろいろと聞かせてもらおうと、胸を高鳴らせていた。
思い返せばあのときが、僕が幸せだった子供時代の最後の時。優しい家族に囲まれ、何も知らずに守られた、大人になる前の子供の頃の幼き日々。
アダーに惹かれたのは、旅人への憧れだけでは無く、あれは僕の幼い初恋だったのかもしれない。