一◇丘の上、夕日の出会い
「もうすぐ、成人の儀だな」
フィズが言うとみんながそうだね、と言って盛り上がる。村の外れの小高い丘。村の子供たちで集まると、成人の儀の話で盛り上がる。
三日後に迫った成人の儀。
僕の住む村では、その歳に13歳になる子供が寺院で成人の儀を受ける。無事に儀式でギフトを賜れば、僕も大人の仲間入りだ。
大人になれば村の仕事をすることになる。こうして子供達だけで集まって遊ぶこともできなくなるだろう。
その年で13歳になる僕に、フィズ、リィス、ノーラの四人を12歳から下の子供達が囲んで騒ぐ。
「どんなギフトを女神様はくれるのかな?」
茶色の髪を、首の後ろでリボンでまとめた女の子、リィスが言う。応えるのは僕らの中で一番、身体のがっしりとしたガキ大将のフィズ。
「俺は剣術がいい。で、王都に行って剣士になるんだ」
「私は魔術師になりたいわ。手から炎や雷を出すの。シュワーって」
リィスもフィズも目を輝かせて言う。歳下の子供たちも、僕も私もと続けて話す。
女神様から授けられるギフト。
成人の儀で賜るギフトで、剣士の才能とか魔術師の才能に目覚める人がいる。その才能が司祭様に見込まれると、王都に行って王様に仕えることになる。
特別なギフトをもらって、この村から出て、王都で大活躍。それは成人の儀の前の僕らの憧れだ。
この村で暮らすのもいいけれど、一度は村を出てあちこち行ってみたい。見てみたい。そして冒険の物語に出てくるようなことをしてみたい。そう考えてしまうのは僕だけじゃない。
特別なギフトがあれば、それも夢じゃ無い。
一流の剣士や魔術師になれるようなギフトが白の女神様から賜れば。だから僕も、成人前の子供たちも、素敵なギフトが女神様から贈られたなら、と夢見るように話をする。
だけどそんな人は少なくて、村の大人を見ればだいたいは農業、猟師というギフト。たまに商売。
剣術や魔術、学者とか司祭のギフトを得られる人もいる。特別なギフトを得て王都に呼ばれる人は、少ないけれどまるでいないわけじゃ無い。
剣術ならこの国の軍隊に入って国を守ることになる。魔術や学者なら王都でいろんな研究をする。司祭なら大寺院で学んで各地の寺院へと行くことになる。
僕はこの村を出て、他の村とか町とか、あちこち見て回りたい。それには旅の商人というのもいいかもしれない。
「シールは何がいい?」
フィズが僕に聞いてくる。僕は今、考えていたことを口にしてみる。
「旅の商人ていうのもいいよね。いろんなところを巡って廻って、いろんな珍しい品を取り引きしたりして」
「男なら剣士だろ。俺と王都に行って剣士になって一旗あげようぜ」
「今年、成人の儀は僕ら四人だろ? 僕とフィズ、二人も剣士のギフトを得られるの?」
「無い、とは言い切れないだろ? あるかもしれないじゃん」
「あたしは魔術師!」
リィスは魔術師がいいらしい。続けてノーラ、僕らの中では大人しい、黒に近い焦げ茶の髪の女の子は小さな声で言う。
「わたしは、学者になりたいな。いろんな本を読んでみたい」
ギフト次第で何かになれるかもしれない。何か特別な人に。
僕の兄さんも姉さんも成人の儀の前は、目を輝かせてそんな話をしていた。
でも兄さんのギフトは父さんや母さんと同じで農業だった。畑の知識とか鳥の飼い方に詳しくなった。
姉さんも農業、そして料理と珍しくは無いギフトだった。二人ともちょっとだけガッカリしていたけれど、父さん母さんと同じだから、まあいいか、と納得していた。
リィスがフィズに言う。
「でも、こうして子供として遊べるのも、あと三日だね」
「そりゃそうさ。成人の儀で大人になったら、大人の役割っていうのをちゃんとしないとな」
「それはわかってるけどさ」
大人になったらやらなきゃいけないことがある。だから成人の儀の前の子供は大人の手伝いをちょっとするだけで、あとはこうして遊んでいてもいい。成人の儀を終えて大人になる前の、子供としていられるとき。遊ぶことが子供の仕事だ、と大人たちは言う。
僕たちがどんな大人になるのか、どんなギフトを賜るのか、自分が何になるのかを楽しみに待っていた。
まだわからない未来に少しの不安も感じていて、それを僕たちは、はしゃいで誤魔化して夢みたいな話をしていたのかもしれない。
学者になりたい、と言ったノーラがみんなに話す。
「大人になる前に、遊べるうちにみんなで遊んでおこうよ。今日はなにする?」
歳下の子供たちがかくれんぼ、鬼ごっこと口々に言い出す。
そしていつものように、夕暮れになるまで僕たちは遊んでいた。いつも変わらないように見えて、一年ごとに人が変わる。僕もあと三日で大人になる。子供として遊べるのもあと三日だ。
夕日が沈む前に僕とフィズとリィスとノーラ、四人で歳下の子供たちを家に送る。13歳の僕たちが子供たちの中で一番歳上になるので、下の子供たちの面倒をみることになる。
「じゃあね、フィズ」
「おう、また明日」
歳下の子供たちをそれぞれの家へと送り、オレンジ色に染まる村の中を、僕は自分の家へと向かう。
晴れた日はこうして過ごしていた。大人になれば暮らしが変わる。成人の儀まであと三日、明日は何をして遊ぼうか。
考えながら歩いていると、ピュウとひとつ風が吹く。
「うわ」
風に舞った砂が右目に入る、慌てて目をつぶってうつむく。手で目を擦ろうとすると、僕の手が誰かにそっと掴まれる。誰?
「手で擦ると眼球に傷がつく」
囁く声は女の人の声だ。静かな声、だけど耳に染み入ってくるような落ち着いた声。右目をつぶったまま顔を上げる。左目ひとつで見る先に、
「え?」
僕の手を掴む黒い手。その手の先に黒い影法師が立ち上がったような人の形がある。その中で顔だけが白くて、静かな青い目が僕を見ている。すぐ近くで。
村の人じゃ無い。僕の知らない人だ。綺麗な女の人がじっと僕を見ていた。というかさっきまで僕の近くに誰もいなかった筈。いつの間にこんな近くに?
「目に異物が入ったのなら、水で洗うか涙で落とすといい。無理に擦ると目が痛む」
「え、あの、誰?」
「少年、上を向け」
黒い影法師のような女の人は、左手で僕の額を押して上を向くようにする。黒い手、に見えたのは手にピッチリとした黒い手袋だった。
右手で筒を持って上を向く僕の右目の上に筒を傾ける。筒から水がチョロチョロと流れる。冷たい水が右目にかかる。
驚いているうちに、されるがままにされてしまう。なんだろうこの女の人は?
右目に水が入る。黒い手袋の手が僕の額から離れる。
「目に入ったものは落ちたか?」
「え、あの?」
何度かパチパチとまばたきをすると、目に入った砂が落ちたようで、右目の嫌な感じが無くなった。
「あ、あの、ありがとう」
僕は服の袖で顔を拭いて、お礼を言いながら黒い影法師の人を見る。
僕より背が高くてちょっと見上げてしまう。その人はだぶっとした黒いローブに身を包んで、頭も黒いフードでスッポリと覆っている。
なんだかお話に出てくる魔法使いみたいだ。
水筒だろうか? 右手に持つ筒に栓をして、黒いローブの懐に筒をしまう。切れ長の青い目が僕のことを見ている。
「この村の子か?」
「うん、そうだけど。誰?」
「旅の薬師だ。この村に宿はあるのか?」
「無いけど」
宿屋があるのは旅の人が多い大きな町で、この小さな村に宿屋なんて無い。旅の商人がたまに来るぐらいの村だから。
僕が言うと薬師のお姉さんは、そうか、と呟いて少し考える。そのときに黒いフードの中の髪の毛が見えた。暗い赤い色の髪。
赤色の髪なんて初めて見た。これまで僕が見てきた髪の色は茶色にお年寄りの白髪。僕は髪の毛は茶色が当たり前だと思っていた。まるで花弁のような暗い赤色の髪の毛なんて見たことが無い。よくみれば目の上の細い眉も赤色だ。
旅の薬師、なんて言う人も初めてだ。ついジロジロと見てしまう。
「しばらくこの村に逗留することは可能か?」
「旅の商人が来たときは寺院に泊まることが多いけど、それならおじいちゃんに話をしてから」
赤色の髪の黒づくめ、商人みたいな荷馬車も無い、一人の旅の薬師。魔術師というよりはお伽噺に出てくる魔法使いか魔女のような、不思議な見た目に雰囲気の黒い影法師。
この村には珍しい旅の人に、僕は何か起きそうな予感にワクワクとしてきた。
「僕のおじいちゃんが村長なんだ。案内するよ」
僕が言うと旅の薬師の女は、黒いフードの中でコクリと頷いた。
「薬師、のお姉さん、名前は?」
「名を聞いてどうする?」
「え? それは、名前を聞いて、仲良くなって旅の話を聞かせてもらいたいな、とか。それに名前を隠そうとかするのは、逃げてきた罪人かもしれないって父さんが言ってたし」
「逃亡した罪人と間違われては困る」
旅の薬師は黒いフードの中で小さく首を傾げて言う。
「私の名は……、アダー」
アダー。その名前を口にするとき薬師のお姉さんは、小さく微笑んでいた。何かを思い出して、仕方ないと言うような小さな苦笑。その笑みはすぐに消えて無表情に戻る。
「少年の名は?」
「僕の名前はシール」
「シール、呼びやすい。ではシール、案内を頼みたい」
「うん、ついてきて」