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十三◇毒の魔女の遺したもの


 僕とローフィンド師の旅は目的地に近づいてきた。護衛の一行の騎士と兵士の顔に疲労が見える。

 謎の奇病に伝染するかもしれないという不安。生者のいない死者ばかりの無人の村、無人の町。無言の死者が野ざらしに迎える旅。

 死体ばかりが目に入る、気が滅入るような光景。誰もがこの旅に疲れていた。


 この国の王都が見えて来たとき、ようやく到着したと、護衛の一行の顔が明るくなった。

 先に到着して王都を占領しているアブストラ王国の軍隊。王都に駐留する彼らと合流する。


 王都は、かつては栄えていたことをうかがわせる街並みだった。石作りの建物が並び、道は馬車が移動しやすいように舗装されている。並ぶ建物に人がいたならば、賑やかな街だったのだろう。


 アブストラ王国の軍隊がこの王都に着いたとき、どの建物にも人はいなかったという。生きている大人はひとりも。

 狂乱の混迷が人の住む街を、賑やかであった筈の街から活気を連れ去り、寂しい死者の街に変えていた。

 道にも、建物の中にも、ここまでの道中で見てきたような死体ばかりがあったという。


 アブストラ王国の軍隊は、死体を一ヶ所に集めて燃やすことから始めた。病気の感染源として死体を処分しなければ、この王都に駐留することができない。


 兵士が王都を調べると、生き残った子供たちを発見した。ガリガリに痩せ細り虚ろな目をしていたという。

 軍隊は王都の周辺の村と町も調べ、生き残った子供たちを王都へと保護した。王都の建物で使えるところに、今は住まわせている。


「今の我が軍は戦う相手もいないまま、慣れない子供の養育施設の運営に右往左往しているところです」


 銀の鎧を着た立派な騎士が、端正な顔に疲れを映して現状をローフィンド師に伝える。僕はローフィンド師の斜め後ろに立ち、話を聞く。


「この狂乱の混迷はこの国の者、それも13歳以上の者だけに襲ったようです。我が軍の兵士には、病に感染した者は皆無。我が国の者に被害は少ないだろう、というローフィンド師の慧眼に畏れ入るばかりです」


「狂乱の混迷がただの病では無いのならば、調べねばならぬ、と王に進言したまで。実態の解らぬ事に油断は禁物だよ」


 軍隊が王都に到着してから、今までにあったことをこの騎士がローフィンド師に話す。

 病への対策、病に怯える兵士の統率の苦労。見つけた生き残りは親を無くした子供ばかり。今は子供の面倒を見ることと、糧食の残量が悩みの種だと言う。

 ローフィンド師が僕をチラリと見て、騎士に尋ねる。


「この国の子供たちは、どうしている?」


「親が狂気に犯されたのを見て、おかしくなった者もいます。それが病のせいか狂った親を見てのことなのか、我々では判別ができません。王都まで連れて来たのは正気を保っている者に限りました」


「幼児などは?」


「面倒を見る大人がいなくなったことで、赤子はほとんどが餓死しています。わずかですが、歳上の子が世話をしている赤子には、奇跡的に生き延びている子もいます。やつれてはいますが」


「食料と医療、そして子供たちのこれからの生活をどうにかせねばな」


「なので今は子供たちに畑の作り方を教えています。荒れた畑を直せそうなところへと、班を編成して子供に教えながら作物作りを行っています」


「大人がいなくなった以上、子供と言えど自分の食料を得る為に働いてもらわねばならん、か」


 多くの人たちが狂って死んだ。だけど全滅したわけじゃ無い。まだ生きている者がいる。虫から逃れられた子供がいる。

 僕のいた村の子は何人生きているのだろうか。

 銀の鎧の騎士はため息をつく。


「大人が居らず子供ばかりで、何故、我らが異国で子育てなどせねばならんのか、と愚痴が出る日々です。これなら騎士と兵では無く、乳母とメイドを派遣するべきではなかったのか、と」


「大人が生き残っておれば、交渉で揉めたり、または籠城して戦いで苦労したのかもしれんぞ」


「大人が居らず、兵も居らず、あっさりと占領できてしまいましたからね。しかし、この地で穀物を作るにしても、木材に鉱石など運ぶにしても、我がアブストラ国に有用な物はいくつかありますが、人がいません」


「いずれ国から応援が来るだろう。もう少し辛抱してくれまいか」

 

 この小国はアブストラ王国の属国へと戻るのだろう。そして隣国、アブストラ王国を栄えさせるための領地になるのだろう。

 病が伝染しないと解れば、いずれこの地にも人が来る。ここの子供たちはアブストラ国の為に働くことになるのだろう。

 それは死ぬよりはよほどマシだ。アブストラ王国には、今は奴隷制度は無くなったという。

 これからどのように扱われるのかわからないが、生き残った子供たちがこれからも生きていける可能性が出てきた。

 一通り話を聞き、ローフィンド師が銀の鎧の騎士を促す。


「では、王宮の中を案内してもらおうか」


 銀の鎧の騎士が立ち上がり敬礼し、僕とローフィンド師は彼の後に続いて王宮へと歩く。

 白い石壁の大きな城。王が住むところ。小さな村に住んでいた頃は、この城の王様に仕えることを思い描いたりしていた。フィズが剣士になって、王都で一旗上げよう、と言っていた笑顔を思い出す。

 子供の頃の憧れの地。そこに訪れた今は、かつての憧れも枯れ果てた。フィズとリィスとノーラが夢のような憧れを語っていた声が、耳の奥で聞こえた気がした。

 

 銀の鎧の騎士が先に進む。静かな寂しげな城の中、ところどころにアブストラ王国の兵士の姿がある。


「我が軍はこの王宮を拠点に使っています。王宮の中もこの国の他の地と同様に、死体が転がるばかりでした」


「王族は何処に? 政に関わる者は?」


「王の姿は見つからず、この王宮にいたであろう王族、貴族も見つかったのは死者ばかり。王を含め行方の解らぬ者が数人います。死体ばかりで生きている者は発見できませんでした。代わりに見つかったものが、この奥です」


 王宮の奥、幾重もの壁に囲まれた王宮の一角。通路に立つ見張り兵士の敬礼を受けて進む。


「灯りをどうぞ」


 兵士の用意したランタンを銀の鎧の騎士が受け取る。僕もひとつ受け取る。僕はローフィンド師の足下を照すようにして進む。

 入った部屋の中、床は赤い絨毯。書斎だろうか? 右手には天井まで届く本棚。

 左手の部屋の壁は、壁がそのまま開いたような、暗い穴がポッカリと空いている。


「隠し扉です。築城に詳しいものが発見しました。地下に下りる階段があります。足下に気をつけて下さい」


 銀の鎧の騎士を先頭に、城の中、隠された扉の奥の地下へと僕たちは下りていった。

 かなり深く下に下に降りる石の階段。なんだか奇妙な、カビと薬の混ざったような臭いがする。ヒヤリとした空気。降りた先はまるで、怪物の潜む迷宮のような不気味な地下。

 真っ直ぐ伸びる暗い地下の通路。脇に扉がポツポツと並ぶ。

 その不気味な雰囲気を気にしたのか、銀の鎧の騎士は、なるべく明るく軽くなるように話をしながら先に進む。


「いざというときの脱出用の抜け道か、王家の秘密の宝が眠る秘密の部屋か、またはやんごとなき方を人知れず隠しておくところか、と調べてはみましたが」


 ローフィンド師が辺りを見ながら応える。


「違ったのかね?」


「それが、抜け道であれば出口が見つかりません。人を閉じ込める牢もありましたが、それよりも怪しげな器具などが気になりました。何やら怪しげな魔術の研究か、隠れて邪神でも崇拝していのか。大賢者ローフィンドならば、何か解るのではないでしょうか?」


「この地下のものは、外に持ち出したのかね?」


「いいえ。この王宮の宝物庫は別のところにあり、そちらの財宝は持ち出しましたが。この怪しい地下は大賢者ローフィンドが来るまで触れぬ方が良いだろうと」


「それは、私であれば解る、というより誰にも解らぬ得体の知れぬもの、ということではないか?」


「おっしゃる通りです。また調べてみようにも、どうやら肝心なものがほとんど持ち出されているようなのです。空になった棚や割れたおかしな形の容器など。この奇妙な臭いもそれらの容器からのようです」


 地下通路の途中の部屋を覗く。机の上には奇妙な形の容器。棚の中は空っぽで、床には割れたビンが転がっている。いくつかの部屋に、鉄格子のついた牢。牢の中には白い人の骨が転がる。

 ローフィンド師に聞いてみる。


「人を実験台に研究をしていたのでしょうか?」


「なんとも言えん。何か資料でも残っていれば解るかもしれんが」


 それらしき物があったと思われる棚も机の中も空だ。ローフィンド師とあちこち見ながら地下通路を進む。

 銀の鎧の騎士がランタンを掲げる。


「ここが一番奥の部屋になります」


 白く塗られた金属の扉。銀の鎧の騎士が白い扉を開く。

 その奥の部屋は、これまで見てきた部屋の中で一番広かった。左右の壁際には大きなガラスの筒。そのどれもが割られて中には何も入っていない。


 空っぽの棚、壊れたテーブル、まるで何かがここで暴れたような跡。もしくは何かが戦ったような痕跡。


 部屋の奥には床に奇妙な窪み。白く濁った水が貯まった大きな凹みがある。その凹みから幾つもの白い紐が床を張っている。紐は千切れてズタズタに切り裂かれている。


 床には大きな傷跡。白い紐がそこで途切れている。

 僕は床にしゃがみ、その傷跡を見る。石の床を深く抉るのは四本の平行の線。

 銀の鎧の騎士が隣にしゃがみ、ランタンで照らしてくれる。


「賢者の弟子よ、石の床をこんな風に抉るというのは、風系の攻撃魔術だろうか?」


「……違います。これは、獣の爪痕です」


「獣? こんな大きい獣など、もし魔獣だとしても、あの扉は通れない大きさになるだろう?」


 人の扉を通れる、人の大きさなれる魔獣。王宮に行くと言ったアダー。大きな怪物、その大きな四本の獅子の足。この床の傷も、あの足の爪ならば。


「シール君、ここを照らしてくれないか?」


 ローフィンド師に呼ばれて、奥の窪みをランタンで照す。白く濁った水溜まりのある窪みを。ガラスのような透明な素材でできた、貯水槽のような作りになっている。壁についた半円形の窪みの中は、粘性のある白い液体がある。


「……この部屋で、隠すような何かを研究していた。この小国の王族か王族の配下の魔術師か。研究していたものはアレなのだろうが、この液体は何なのか」


「ローフィンド師でも解りませんか?」


「手がかりになるものが少ない。狂乱の混迷絡みの、碌でも無いもの、ということは解るが。せめて何か資料でもあれば。この部屋にあったものは持ち出されているようだし、あの大きなガラスの筒を何に使っていたのか、中に何がいたのかも私にはわからんよ。この奇妙な窪みもなんなのか」


「これは玉座です」


「シール君?」


 僕には解った。これは玉座だ。女王がここに鎮座していたんだ。

 虫の女王が。人の頭に巣食う白いムカデの支配者が。

 そして、毒の魔女、アダーがここに来た。

 

『滅日の遺産を回収する』


『今からそこに行く』


『そこで待っていろドミネイトインゼクト。今の時代に我らは不要だ』


 古代の遺産、虫の女王と毒の魔女が、ここで邂逅した。


「……毒の魔女は、古代の遺産を回収すると……、ここに在ったのは古代の狂気の産物……、虫の支配者……そこは女王が玉座……、いにしえの怪物がここで争い……回収されたのなら、勝ったのは毒の魔女……、女王の死と共に狂乱の混迷が……」


 ここにアダーがいた。あの白い扉から入り、ここで正体を現して。その場面を想像しながら、僕はブツブツと呟いた。

 暗い赤い髪の魔女がここで虫の女王と対峙する。遺産を回収する。虫の女王がここにいて、ここで産まれた虫の卵が、ここからこの国中へと。虫の女王を守ろうとする者。アダーの青い爪が女王を守る者に毒を落とす。獅子の足が虫の女王を踏み潰す。

 残る痕跡が僕に教えてくれた。


「シール君!」


 ローフィンド師に名を呼ばれ、肩を掴まれて、ハッと我に返る。まばたきしてローフィンド師の顔を見れば、賢者が心配するように僕を見る。


「何か解ったようだが、話すのは後に」


「あ……」


 横を見ればランタンを持つ銀の騎士が、端正な顔を青ざめさせて僕を見ている。


「大賢者の直弟子は、ここで何があったか、知っているのか?」

  

 知ってはいない。それでも、解っている。僕には解った。確信がある。だけど、答えようが無く、口を閉じる。

 振り向くと、この部屋に入って来た扉の脇、壁のところに何か書かれている。


「あれは?」


 銀の鎧の騎士が教えてくれる。


「遺跡迷宮の古代文字のようだが、なんと書いてあるのかわからない。大賢者ローフィンド、読めますか?」


 ローフィンド師が壁に近づく。青い塗料で書かれた複雑な文字。古代文字。ローフィンド師の目が青い文字を往復する。


「……古代の遺産の闇に遊ぶ者、古代と同じ滅日の(わだち)を辿る……」


 ローフィンド師が壁から僕に視線を移す。


「シール君、これを書いた者は」


「アダー、毒の魔女です」


 アダーはここに来た。するべきことを終え、去り際にこれを書いて残した。

 ローフィンド師は再び青い文字を見て、銀の鎧の騎士に顔を向ける。


「この王宮の地下は封じる。何人(なんびと)も入らぬように。ここで見聞きしたことは一切他言せぬように」


 銀の鎧の騎士は青い顔で無言のまま敬礼する。

 僕は壁に触れる。アダーの青い爪と同じ色の青い文字を。


 これがアダーの役目だと、これがアダーの本当の目的だったのだと、ようやく知った。


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