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08 異世界小動物とオッサン冒険者

*読み難かったので、ルビ変更と一部文章の入れ換えをしました。

「ねぇ……レイン、のオッサン?」

「ぅん――?」

「コレ……触ってみても、いい?」

「んん? 触る? 何するつもりだ?」


 朝起きて一番にするコトか?っておれも思うけど、見たら気になっちゃったんだよ。しょーが無いじゃん。

 誰かが言ってた。〈好奇心はネコをコロッとする〉って。

 気になって上の空よりマシだよね、多分。


 おれの指先を視線でたどったオッサンは、フッと口元を緩めて頷いた。


「ああ、ソレか。別にイイぞ。大したモンじゃ無ぇし」

「そうなのかなぁ?」


 許可をもらったおれはベッドの上に座り直して、ソレをそっと掌に乗せる。


 何だか判らないけど、しなやかで堅い。生物っぽく無いけど、金属でも無い。その間っぽい。

 色は黒――いや、メッチャ濃い赤だ。〈青白い〉の正反対で〈赤黒い〉?

 温度は人肌より低い――と思ったけど。熱伝導率がスゴく高いのか、おれの体温でほんのり温かくなった。面白いなー。

 表面はツルツル、裏はほわほわ――って、何か貼ってあるのか。獣の革? 羽毛? 見たコト無いけど、何コレ?

 うーん……表も裏も、結局素材は判んないや。


 こっちは革ヒモ――じゃ無い。細いベルトだ。枠に通して二重になってる。簡単に切れそうに無いほど頑丈で、留めるトコはスライド式の――〈アジャスター〉だっけか?

 サイズ調整も簡単で、すぐに抜けないようにもなってるんだ。スゴいなー。


 見たコト無い素材と見たコトある技術――コレ、一体誰が作ったんだろ?



「何か解ったか?」


 笑いを含んだ声は、おれがハテナマーク飛ばしてるの解ってて訊いてんだ。

 ちぇっ。ど~せ鑑定系スキル持ってませんよぉ~だ!


「プッ――そんなにムクれんな。馬鹿にした訳じゃ無ぇから」


 大きくてゴツい手が、後ろからおれの頭をポンポンと宥めるように軽く叩く。


 少しヒンヤリする空気が横を抜けて気付いた。

 オッサン、さっきバスルーム近くに居たよね?

 いつの間に傍に居たんだろ。おれ、そんなに集中してた?


「ソレは誰にも鑑定出来ない〈謎物体〉なんだよ。誰がやっても〈鑑定不能〉って出るらしい」

()()()()? 〈マジックアイテム〉、とかじゃ無くて?」

「マジック?……ああ、〈魔導具〉の事か。あ?――ソレ、魔導具か!? ただの眼帯じゃ無かったのかよ!」


 何だ、オッサンも知らなかったのか。

 おれの肩越しに、ビックリした表情カオで覗き込んでるよ。


「おれ、鑑定系のスキル無いから鑑定は出来ないけど。魔力がクルクルしてるのは何となく判るんだよ。お守りっぽいカンジがする。〈魔除まよけ〉とかの系統かなぁ?」

「魔除け……そう言えば、師匠になるべく外すなって言われて渡されたか?」

「あ――そういうコトか!」

「ん?」

「いつもはコレがあったから、あの黒いモヤモヤが来なかったのかも。昨夜ゆうべはコレ、外してたでしょ? だからモヤモヤが来てイヤな夢見ちゃったんだよ、きっと」

「モヤモヤ……? よく判らんが、寝る時も着けといた方がイイって事か?」

「うん――ぅん? でも今は、着けてないのにダイジョブみたいだよね。おれの推理、違うのかな?」

「ん~、どうだろうなぁ……?」


 困った表情で笑うオッサン。

 犬耳も困ってて、何かちょっと微笑ましいけど。


 ……おれがもっと優秀なら、ちゃんと役に立てたのかな?


 手の上の眼帯をどんなに見つめても、おれには、内部でぐるぐる回ってる細~い糸みたいな魔力しか判らない。

 細いけどメッチャ濃くて強い魔力。凝縮した白ってカンジの色。綺麗だから、悪い物じゃ無さそう。

 ソレだけ。


 だけど、愛は感じるんだよ。

 コレ――あのモヤモヤからレインさんを守りたい、って気持ちがみっしり詰まってる逸品だと思う。

 どうやって守るのか、仕組みはサッパリだけどさ。


 あ――〈()()()()()()〉ってコトはもしかして、姉ちゃんや母みたいに〈鑑定擬装〉してるのかも!

 何なら、バレたらマズいほどの高性能眼帯なんじゃね?



「ん? どした? 急に機嫌良くなったな」

「んーん、別に!」


 レインさんが愛されてるって判って、何か嬉しいだけ。

 良かった。こんないい人に理解者無しとか、『この世界滅んじゃえ!』って思うトコだったよ。言霊コトダマ的にもヤバいヤバい。


「ふ――オゥ……」


 眼帯を返そうとしたトコで、気付いた。


 レインさん、腰にタオルだけ――って、ナニゴト!?

 しかも、頭も身体も何かシットリしてない?

 水浴びでもしたの? いつの間にっ!?


 ぅわ~!

 背筋がピンと伸びた後ろ姿は、鍛えられた筋肉がバランス良く付いてて、メッチャクチャカッコイイ!

 筋肉フェチの姉ちゃんの分類だと――〈蹴り技(シュート)系格闘家〉か〈テニス選手〉辺りかな。

 タオルとフサフサ尻尾で腰の辺りは見えないけど、腕と背中と脚のバランスはそんなカンジ。

 あちこち傷があるのは、少しだけ胸が痛くなるけど。でも、その傷も含めて大人~ってカンジがする。


 レインさんみたいな人が父親だったら、おれ、もっとマシな人間になれたのかなぁ……?


「……スズノ、何か言ったか?」


 レインさんが急に振り向いた。

 ヤッベ。心の声、漏れてないよねっ?


「ぇ、えっと――その格好、風邪引かないかなって?」

「風邪? いや、引いた事無ぇな。それに、そんなに寒くも無ぇし」


 コテンと首傾げると、犬耳も一緒に倒れて何か可愛い。

 だけど。

 ウチはおれ一人男だったから、ハダカの男の人が居る状況って新鮮過ぎるんだよ。こっち見られるとメッチャ戸惑っちゃうよ。ドコ見たらいいのか判んないよぉーっ!


 風呂上がりに〈下着一丁(パンイチ)〉でウロツくお父さんを見た娘さんって、こんな気持ちなのかな?

 そりゃ、おれとは立場とか関係とかイロイロ違うけどさ。気持ち的に、と言うかさ。とにかく服着てっ!――みたいな。


 ……あれ?

 レインさんが着てた服はドコ?


「レインさん、服は?」

「――ぅん? ああ、ちょっと洗って干してる。すぐ乾くだろ。心配すんな」

「あっ――昨夜、おれ涙とかっ――ゴメンなさいっ!」


 洗わせてもらおうと思ってたの、忘れてた!


「あぁ、涙はイイんだが……涎が、ちょっとな?」


 レインさんが苦笑して、明後日の方を見る。


「へぇ、ヨダレ? 誰の……――おれのっ!?」


 しかもさっき、無意識にレインさんて呼んでたっ!

 二重の意味で何やってんの、おれっ――!?


「想定外過ぎたんで、水浴びついでに洗ったんだ。スズノが寝てる間に着替えるつもりだったが――見苦しくて、済まねぇな」


 おれも想定外過ぎて頭の中が真っ白で――って、何でオッサンが謝ってんの!?

 おれの方が平謝りだよ!


 ん?……水浴びついでに洗濯?

 洗濯ついでに水浴びじゃ無くて?

 あれ?

 そう言えば一度目が覚めた時、オッサンは上着脱いでたような……?


 え――?


 おれ、水浴びしなきゃいけないレベルでヨダレ垂らしたの?



**********



「ホンット、重ね重ね申し訳ありませんっ!」

「飯でも食ってる夢か? スゲェ幸せそうだったぞ」

「ふぇっ――?」


 ベッドの上で土下座したおれをひょいっと抱えて座り直させ、隣にボスッと座っておれの頭をグリグリ撫でるレインのオッサン。

 いつの間にか街の人と同じような服着てて、おれのコトを怒ってるカンジじゃ無く、普通に笑ってた。


 ……何で、そんな風に笑ってくれるんだろ?

 服とか、おれのヨダレでベトベトにされて……普通は怒るトコじゃ無いのかな?

 仕事だから……おれが護衛対象だから、強く言えないのかな?


 そしたらおれ、迷惑掛けないように、もっとちゃんとしないと――。


「どんな夢だ。美味い物、食えたか?」

「え……?」


 美味い物――と言うワードに、おれの意識はあっさり持ってかれた。

 だって朝ご飯まだだし、お腹空いてるんだよっ。

 でも、何か食べれたっけ?


「やたらと赤いキノコが出て来た気はするけど……」

「赤いキノコ? 食って大丈夫な奴か?」

「ダイジョブだけど、美味しくないヤツ。夢でも困ってた」


 オッサンが「食った事あるのか……」ってボソッと呟いた。

 あの時は、他に食べれそうな物が無かったんだもん。


 う~ん。でも卵焼きとキノコスープは結局食べらんなかったし、カゴの中は生キノコで、オッサンのスープも調理中だったし――って。コレ全部トイレ行く前の夢だ。

 オッサンにしがみ付いて寝た後は――あんまり憶えて無いけど。

 ――そう、温かぬくぬくだったよ!


「そうだ……コタツに入っててぬくぬくで、母が居て姉ちゃんが居て。後一人男の人が居て、おれにミカン剥いてくれたんだ。口に入れてもらったミカンが甘くて幸せで、夢なのに味があって良かったなぁ――って……?」


 思い出したらお腹がキュルキュル~って鳴いちゃったっ。

 ブワッと赤面したおれを、オッサンが真剣な顔で見つめて来る。


 何か変なコト言っちゃったのかな、おれ?



「〈コタツにミカン〉は、そんなに幸せなのか?」

「ほぇ――?」


 おれがアホみたいな顔になったのは、しょうがないと思う。

 一瞬、何をかれたか解らないぐらいだったし。


「いや、寒くなるといつも師匠たちが口にしてたんだ。『コタツにミカンが恋しい』ってな。ギェントイール王国にはどっちも無ぇから、イマイチ想像出来ねぇんだよ」

「ああ……やっぱり無いんだ。日本の風物詩じゃ、他の国には無くて当然かもなぁ」


 日本以外じゃ見たコト無いし、当然と言えば当然なんだけど。

 やっぱり、聞くとガッカリしちゃうよなぁ……。

 ――ん?


「と言うか、レインさ――オッサンの師匠たちって、日本の人なの?」

「ぅん?……ドコかは知らねぇが〈異世界の客人〉だぞ。スズノと同じだ。『非戦闘職だから』って城から放り出された所を、オレの師匠が声掛けて集めたんだ。――っつうか、少しは手を動かせ!」

「ぅぶ!」


 一瞬オッサンの声にちょっぴり苦い色が混じった気がしたけど。

 顔に温かい湿った布――多分お絞り風にしたタオルか何かだと思う――を押し付けられて、問答無用で拭かれて、ソレどころじゃ無くなった。

 ナニゴトかと思ったら、どうやら着替えろってコトらしい。


 そう言えばおれ、寝間着だし顔も洗って無かったね。

 了解です。

 シャツとズボンは日本と大差無いけど、ブーツのヒモが意外に手間取るんだよな。ファスナーって偉大だと思う。


「あ――そっか。だから、オッサンには物の名前とか割と通じるんだ? おれに友好的なのも、そのおかげかぁ……」

「オレも似たような状況で師匠に拾われたクチだからな」

「そっか……」


 何でか解んないけど、胸の奥がチクッとした気がする。

 この世界生まれのオッサンが、おれたち召喚組と似たような状況ってどーゆーコトだろ。

 お腹の奥が、何かモヤモヤして来るような……?


「それで……その放り出された内の一人がお前の父親だって事は、聞いてるか?」


 オッサンが急に、ちょっと気遣わしげな声になった。


「一応、聞いてる。名前も当たりっぽいけど、母が『確実(そう)だ』って言うから〈おれの父親(そう)〉なんだと思う」

「それだけ――か?」


 何で?

 おれ、そんな不機嫌そうに見えるのかな?

 どっちかって言うと、困ってるんだけど。


「だって、おれはあんまり憶えてないから。……よく解んない」

「そうか……」


 ……おれの所為で出て行ったと思ってたのに、実は異世界に連れて来られて帰れなくなってただけなんて。

 どう心の処理したらいいのか解んないんだよな。おれ、その所為でクラスやスクールカウンセラーの先生にまで、迷惑掛けちゃったのにさ。

 実際会うにしても、すぐだとホント困る。どんな顔したらいいか判んないし……。


「ふぇっ――何!?」


 隣に座ってたオッサンが、いきなりおれを抱き締めてた。

 息苦しいほどでは無いけど、急だったから驚いて。

 おれはガッチリした筋肉を押し退けるコトも出来なくて、オッサンの腕の中に収まったまま、ただただ硬直してしまう。


「……昨日」

「へ――?」

「一緒に寝てくれて、有り難うな」

「ほへっ――?」

「久し振りにベッドで熟睡出来た。身体も軽い。全部、スズノのおかげだ。有り難うな」

「ニャっ――ニャに言ってっ――急にっ――!?」


 昨夜ワガママ放題したコト思い出したら恥ずかしくて、顔が熱くなって、頭の中が渦巻きみたいにグルグルし始めちゃったんだけど!?

 何で今言いますか!

 おれが〈恥ずか死に〉したらどーするの!?


「急に、言いたくなったんだ。お前が居てくれて、ココに来てくれて――少なくとも、オレには救いになった。お前は不本意かも知れねぇが、オレには喜びだったんだよ」


 からかうつもりじゃ無いってハッキリ解る真剣な声。

 オッサンの胸から、ドクドクと言う確かな音がおれのほっぺたに伝わって来る。

 昨夜聞いたのより大分早いけど、力強くて安心する音。


「ぅん……」


 オッサンも緊張したりするのかなぁ?なんて思ったら、硬直してたおれの体からちょっとだけ力が抜けた。


「……スズノたちの不幸を喜ぶみたいで、ゴメンな?」


 ツラそうな苦い声。


「そっ――そんなコト思うなよっ。思っちゃイヤだ! 元々、オッサンの所為じゃ無いだろっ!」


 コレはおれが聞きたい声じゃ無い!

 おれはいつものオッサンの声がいい!

 飄々(ヒョウヒョウ)として軽いのに優しくてスッゴく温かい、あの声に戻ってよ!


「……ああ、解った。じゃあ……オレは、〈()()()()()〉が来てくれて良かったと思ってる。お前を産んで育ててくれた家族にも、〈今のお前〉になってくれた事にも、心から感謝してる。ついでに――お前をんでくれた誰かにも少しだけ、な。憶えといてくれよ?」


 ギュッとされて耳元で囁かれて、おれは全身に震えが走った。

 レインのオッサンが、『今の〈おれ〉のままでいい』って言ってくれてる気がして。


 オッサンは単に気を遣ってくれただけかも知れないけど、何だか無性に嬉しくて涙が出そうになる。

 でも必死で堪えたさ。

 着替えたばかりの服を汚しちゃうとか、ホントあり得ないからねっ!

 ……ただ、握り締めてた服のシワだけは許して下さい。



 おれの背中をポンポンって宥めるように叩いてたオッサンのお腹から、グルルル~って猛獣の唸り声がした。おれの目からこぼれそうだった涙が、一瞬で引っ込むほどの豪快な音。


 そ~っと見上げると、何とも言えない表情がおれを見る。


「……どうにも締まらねぇなぁ?」


 プッと噴き出すと、眉間のシワがいかめしく見せてた顔が柔らかく緩んで、おれは髪をグシャグシャにかき乱された。



*********



「とっとと着替えろ、スズノ。朝飯食いっぱぐれるぞ」


 うん、いつものレインのオッサンの声だ。

 〈絶対安心領域〉って言葉が浮かんで……来てる場合じゃ無いって!


「ヤだ、困る! ココのご飯美味しいんだよっ」


 おれは慌てて、用意しといた今日の服を引っ掴む。シャツとズボンと上着と――。

 朝ご飯の食いっぱぐれは絶対ナシ! ダメ、絶対!


「知ってる。オレの定宿じょうやどだぞ。師匠も気に入ってたから、多分お前の口にも合うだろうと思って連れて来たんだよ」

「えっ――そうだったのっ?」

「そうだったんだよ。ホラホラ、早くしねぇと他の客に全部(ぜ~んぶ)食い尽くされちまうぞ? 冒険者は体が資本だから、際限無く食うヤツも居るんだよな~」

「ゃ――ヤだヤだっ!」


 オッサンはおれを見て、からかい顔で笑ってる。

 眼帯もしてるし、もう準備出来てるんだ。


「ととっ――服着たっ。靴履いたっ。どっか変じゃ無いっ?」

「ん~……うん、上出来。後は、冒険者を雇ったお坊ちゃんっぽく、堂々と振る舞ってくれれば問題無ぇな」

「ぅわ、ソレがあった! うん――うん、大丈夫っ。おれは金持ちお坊ちゃん!」


 おれが目を瞑って自己暗示掛けてる間に、さっきグシャグシャにされた髪をサッと撫で付けられた。

 実は〈形状記憶合金〉なんじゃね?ってほどに寝グセも保たないガンコな直毛だから、ちょっとぐらい放っといてもダイジョブなんだけどね。


「さ、行くぜ」

「あっ――待って、オッサンっ」

「待たねぇよ」


 からかう口調で言いながら、おれが追い付ける速さで歩いてくれるレインのオッサン。

 多分、おれを慰める為にわざとフザケてくれてるんだろうな――と思う。

 日本でこんな風に気遣ってもらったコトは一度も無いから、ホントに多分……だけど。


 暴言じみて笑えない冗談に曝された上、ノリが悪いって責められたコトなら何度かあったなー。

 言った本人たちは、おれを笑わせて励まそうとしたって言ってたけどね。

 自虐以外で短所や欠点アゲツラわれても、悪口か暴言としか思えないっての。笑わせたいなら、せめて笑える冗談にしとけよなぁ。

 ホント、冗談も人間もタチが悪かった……。


 そういう意味じゃ、おれも異世界コッチに来てレインさんに会えて、スッゴく嬉しいのかも。獣人(じゅうじん)さんみたく尻尾があったら、ブンブン振ってたかも知れないなー。


 なんて考えてたら、ドアが開いて美味しい匂いが空腹を直撃した。


「ふわぁ、いい匂いするぅっ!」


 思わず足が前に――あれ、進めない?


「待て、護衛置いて先に行くなって! 覚えろ、コラ!」

「ふぁいぃ――解ったから、襟掴まないでぇ~!」



 結局、食堂まで襟首掴まれてましたよ。

 護衛って言うか、連行って言うか――最早、捕獲?


 行き合う冒険者のお兄さんやお姉さんが、おれを見て生温かく笑ってた気がする。

 おじさんたちの中には、オッサンの肩にポンって手を置いて行く人も居る。

 おれがやらかしたのかと焦ったけど、オッサンは苦笑して頭をポンポンしてくれた。どうやら大丈夫らしい。


「なかなか大変そうな飼い主だな、頑張れよ……だと」

「違うよ! オッサンは飼い犬とかじゃ無いもん!」

「ヤメろ、コラ。面倒事を起こすなっての」

「だってぇ~っ!」

「むしろ上出来なんだから怒るな。ホラ、飯だぞ」


 ホカホカのシチューみたいなスープとパンが乗ったトレイを目の前に置かれて、おれの視線と心は一瞬で奪われた。

 時間差で、フルーツが半分を占めるデザートみたいなサラダの小鉢も現れる。

 何ココ、天国?

 天使でも居るの?


 あ――オッサンが取って来てくれたのか。

 ……うん、尻尾無くて良かった。見てバレバレは困る。お坊ちゃんに見えないのも困る。

 ん? 尻尾あったらお坊ちゃんにならなくていいのか?

 ま、いっか。


 オッサンを見上げると頷いてくれたので、おれは手を合わせて口の中で「いただきます」と呟いてからスプーンを握った。

 オッサンと二人だけなら口に出すけど、人前ではしない方がいいそうです。『異世界から来た』と即バレする可能性があるらしい。

 ちゃんと〈いただきます〉する人が居たんだねぇ……。



「朝飯食ったらすぐ部屋に戻るぞ。多分昼までには連絡が来ると思うが、午後の予定はソレ次第だ。出発は明日。馬車移動は確実だから、心の準備をしとけよ? 乗っちまえば、しばらくのんびり出来るけどな」

「ん、解った……」


 オッサンの小声の指示に、パンを飲み込みながら頷いて見せる。


 日本のロールパンより大分大きくて固いけど、小さくちぎってスープに浸すとじんわり美味しい。トロッとはしないけど、ジュワーってなる。隠れた逸品ってカンジ。

 スープも人参・玉葱・ほうれん草・キャベツ・キノコ・ウインナーってカンジの、ふんわりミルク仕立て。日本のと見た目が全然違うのに、味は似てる不思議野菜たち。

 他にも何か出汁が入ってるっぽいけど、美味しいから何でもいいよね!


「……ちゃんと解ってるのか?」

「うん、ちゃんと解ってます……」


 おれは、きちんと腹ごしらえして、オッサンに遅れないよう付いて行くのが基本的なお仕事です。

 食べる量が違うけど、スピードも段違いなので結構余裕は無いのです。

 無心に食べてると指示を聞き逃すので、常に耳と頭も働かせてます。だから大丈夫です。

 ……多分。


「つまり。部屋に戻ったら一泊分だけ用意して、後は抜かりなく出発準備しておけばいい――ってコトだよね?」


 フッと笑って頷いたオッサンが、自分の小鉢からフルーツだけ選んでおれの小鉢に移してくれた。

 キョトンと見返すおれを尻目に、ナイフでパンに切れ目を入れて、残ったサラダを挟んでしまう。

 控えめに口開けても三口でサラダパンが消えるとか、もうマジックの域でしょコレ。タネも仕掛けも無いけどさ。


「……何だ。手伝って欲しいのか?」


 指に付いた白いドレッシングをペロリと舐めて、目だけおれに向けたレインのオッサンはマジだった。

 〈手伝う〉=〈おれの分が減る〉だ。

 食欲魔人のオーラが出てるから、お代わりの量どうしようかってトコだな、きっと。


 おれはブンブン首を振って、慌てて残りのパンをスープに浸し、フォークに刺したサラダを頬張る。

 白いドレッシングはヨーグルトベースで、フルーツにも合う甘酸っぱさがメチャメチャ美味しい!


 おれの『コレは食べます』の意思表示を見てから、オッサンはパンとスープのお代わりを頼んでた。

 確かスープも大盛りだった気がするんだけど、いつの間に空っぽに……?

 気にしないコトにして、おれはふやかしたパンを黙々とカジる。

 ジュワッとするスープがメッチャ美味い!


 ひたすらモグモグジュワーの連鎖を楽しんで、サラダとフルーツは最後のお楽しみ。

 姉ちゃんも同級生も居ないから、最後に取っといてもられないのが嬉しいよね。

 オッサンは分けてくれる人だし!



********



 パンとスープを平らげてデザート代わりのフルーツを口に入れてると、お代わりも綺麗に食べ尽くしてコーヒーみたいなお茶を飲んでたオッサンと目が合った。


「……盗らねぇよ」


 まだ何も言ってないのにヒドっ!?

 呆れたカンジで苦笑しながらとか、あんまりだろっ!


 ……無意識に、腕を引いちゃったかも知れないけどさ。


「幸せそうに食べてるから、見惚みとれてただけだ。美味くて良かったな?」


 そりゃあ、ご飯は美味しい方がいいに決まってるさ。


 頷きつつ、釈然としない気持ちに内心首を傾げてしまう。

 誰だって、美味しいと幸せにならないかな?

 レインのオッサンは、違うのかな?


 おれは手の中の小鉢とフォークを見つめた。

 サラダは全部食べて、残りは黄色と白のフルーツだけ。

 ジューシーで甘酸っぱい黄色と、爽やかなのにしっかり甘い白ってカンジ。別々でも美味しいけど、一緒に食べるともっと美味しい二色のフルーツ。


 オッサンはフルーツ苦手なのかな?

 いつも食べ慣れてるから、おれに譲ってくれただけかな?

 どっちだろ。


「どうした? 腹一杯になっちまったのか?」


 心配そうなオッサンが、おれの顔を覗き込んで来た。

 おれは素早く周囲を見回す。

 他の客はもう居ない。おれと、待っててくれたレインのオッサンだけだ。


「オッサン、ちょっと手伝ってくれる?」

「ん? 構わねぇけど」


 フルーツが苦手なワケじゃ無いっぽいな。よし。


「じゃあ口開けて。あーん」

「へっ、ぁ――んむっ!?」


 おれはフォークに黄色と白を二つずついっぺんに刺すと、問答無用でレインのオッサンの口に突っ込んだ。

 オッサンが温和おとなしく口に入れてるのを見届けて、おれも残りの二色二個ずつを口の中に放り込む。


 色々思うトコロはあるんだろうけど。

 何だかんだでおれの言う通りにしてくれる辺り、オッサンの〈いい人レベル〉はハンパ無いと思う。

 たとえ、パッと見は恐くてもね?


「ふにゃ~。甘くてサッパリして、メッチャ美味しかった~! オッサンは? 美味しかった?」

「っ――……ああ。美味かった」


 むせ掛けて赤くなった顔を少しだけ背けてるけど、ちゃんと全部飲み込んでから口を開いたオッサン。割と品が良いよね。

 無造作でも仕草が綺麗だし、さっきも食器の音やスープをすする音なんか全然させなかったし。育ちが良い人って、こういうトコに出るんだなー。

 おれは食器の音をちょっと立てちゃった。スープはギリ合格だと思うんだけど、しょせん庶民だから許してね。


 オッサンがコホン、と咳払いした。何か言いたげだ。

 驚いて変なトコに入っちゃったとかで文句かな?

 うむ、ココは先手必勝が良かろう!


「オッサン。おれね、美味しいと幸せなのっ」

「んっ、あ?――そうなのか?」

「うんっ!」


 目を白黒させてる。

 いいぞ、このまま押し切ってやれ!


「美味しい物食べると幸せになるよ。だから今幸せっ。それに、オッサンも一緒に美味しかったら――〈幸せ〉×(かける)〈幸せ〉で、おれ〈スッゲー幸せ〉になれるんだっ!」


 ふっふ~ん。どうだ、このメチャクチャ理論は!

 姉ちゃんにも負けたコト無い理論だぞっ!


 案の定、レインのオッサンはポカーンとしてた。

 さ、今の内にウヤムヤにして、撤収撤収。


「美味しかったです、ゴチソウサマ――っと。お待たせ。もう部屋に戻るんでしょ。早く行こ?」


 サッと手を合わせてから立ち上がる。

 自分のトレイを回収口に持って行こうとしたら、オッサンに横からひょいと取り上げられてしまった。


「カップだけ、頼む」

「……うん」


 ボソッと低い声で言われて、少しだけ怯んじゃったよ。

 もしかして、何か気に障っちゃったかな?

 怒らせる要素は無いハズの理論なんだけど、異世界だと違うのかな?


 ん?――オッサンの尻尾、メッチャ揺れてる?

 耳、も?――アレ、喜んでる時の動きじゃね?


 んん? もしかして、メッチャご機嫌なのか?

 オッサンにも幸せのおすそ分け、ちゃんと届いた?



「ニャっ――ナニ、何っ!?」


 マグカップを回収口に置くと、すぐレインのオッサンに抱え上げられた。

 何がなんだか理解出来ないまま左腕に座らされたらしいおれは、オッサンの頭にしがみ付きながら目を白黒させてしまう。


 さっきのお返し?

 今度はオッサンのターンってコト?

 でもラッキー。

 お耳モフモフのチャーンス!


「さっさと部屋に戻るぞ」

「ぅわっ――早っ!」


 自分で歩くより遥かに早く、おれは部屋に運ばれた。


 さり気なくオッサンの獣耳モフモフ出来るかと思ったのに、移動が早過ぎて振り落とされないようにしがみ付くのが精一杯。むしろ、ぎゅーっとして潰してた気がするんだけど。

 オッサン、痛くなかったのかな?



*******



 ほぼ一日中歩きか、荷車みたいな馬車での移動は少しツラいけど。

 基本的に美味しいご飯が食べられて、ちょっとしたキャンプ気分にもなれて、宿では温かい布団でぐっすり眠れる日々。

 何より、おれにイジワルする誰かが周りに居ないってのがいい。


 あんまり居心地が良過ぎて、おれはどうやら、自分が居るのは異世界だってコトを少しだけ忘れてたみたい。


 日本ではありふれた一日を指す〈三百六十五分の一日〉。

 だけど。

 この異世界にそんな日はあり得ないと、おれが知るのはもう少し後――。


お疲れ様でした。

本当は短編にする予定だったので、ここで一度終了なのです。


でも章立てして続きます。

3000字目安に書けばもうちょっと定期的に出来るかも、と気付いたもので。

途中で思いっ切り脱線するのも主人公が出て来なくなるのも、それはそれでアリなのかもな、と。

保険で「群像劇」も入れてた事ですし。

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