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07 小動物と異世界のオッサン冒険者

*読み難かったので一部改行箇所を変えました。書き方も一章に合わせる形で統一を図っていますが、内容自体は変わってません。

 目が覚めたおれは、ドキドキする胸を押さえながら大きく深呼吸した。


「っ――スンゴい、ヤな夢だったぁ~……」


 シーツの中で小声で呟いて、イヤな気持ちを外へ出す。


 さっきのレインさんが赤いのまみれとか、ホントにシャレになんないぐらいイヤな夢だ。

 今まで見たコト無いパターンの悪夢だけど、コレも異世界仕様?

 他にも絶望した状況エピソードばっかだし、細かくガッカリした状況も入ってた気がする。メッチャ陰険で、イヤガラセの極致か。

 もし誰かが意図的に見せてたら、ソイツの渾名あだな陰険王いんけんキング〉に決定だよ!


 でも、しょせん夢は夢。

 おれの夢なら、おれの方が断然強い。おれが最強。次は赤まみれになってても絶対助ける。治してみせる。

 何なら、ああなる前に原因取り除いちゃえ。

 おれの夢なら、おれが神だ。何とでもなるし、何とでもしてやろうじゃないか!


「ふぅ~…………もう大丈夫。おれは悪夢に負けてない」


 昔心理カウンセラーの医師せんせいに教わった呪文を唱えて、おれはもう一回大きく息を吐いた。


 まだちょっとプルプルしてるのは……うん、トイレに行っとこ。

 今のは、多分きっと虫の知らせってヤツなんだ。放っとくと大変なコトになるから、先に知らせてくれたに違いない。

 この歳でオネショとか、あり得ないもんな!


 おれは静かに起き出して、ブーツに足を突っ込む。

 予想以上のヒンヤリ感に声が出そうになったけど、何とか耐え切った。

 そっと窺ったけど窓際の机の前の人影は微動だにしていないようだ。


 ……起こしちゃわなくて、良かった。

 ホッとしつつ、おれはそ~っと歩いてバスルームの隣のトイレへ向かった。



**********



 トイレから出て窓の方見て、おれの足は止まってた。

 暗闇の中で、レインさんがとても綺麗だったから。

 あ。何かこう神秘的なカンジで綺麗だなぁーって意味だよ。美人さん見た時の綺麗~じゃ無いからね。


 顔自体は整ってるし、ヒゲもちゃんと剃ったら若く見えるんだろうけど。レインさんはどう見ても男らしい顔付きで、美人系では無いんだよねー。

 どっちかって言うと、野生の獣の綺麗さに近いかな。

 ……狼の王様――〈狼王〉。

 うん、それが一番しっくり来るカンジ。


 それで、金髪交じりの赤い髪とそれより濃い赤の犬耳と尻尾が、ふわ~って蓄光材みたいに光ってるんだ。

 時々外で光る稲光と、ベッドの頭のトコの棚にある小さなランプの光で、うっすら照らされてるだけのハズなのにね?


 ぼーっと見惚みとれてたコトに気付いて、慌てて目をこする。

 床を見ると、レインさんが掛けてたハズの毛布が落ちてた。


 そっと拾って掛け直そうとして、変だな?と思った。

 レインさんの呼吸が切れ切れで、苦しそう。

 かすかだけど……呻き声?


 ……うん、やっぱり聞こえる。


 何だろう……スッゴくうなされてる気がするんだけど。

 コレ――いつもなのかな?


 もしかして、イスで寝てる所為……じゃ無いよね。

 最初っから、ベッド使わないって言ってたし。だからベッドが一つの安い部屋にしたんだし。

 あ。まさか、見張りの為に起きてるつもりでつい寝ちゃった――とか?


 野営の時とか、どうだったんだろ。

 いつも、こんなカンジだったのかな?

 今までおれ、夜中に起きたコト無いんだよなぁ。



 一応、声だけでも掛けてみよっか。

 魔法使って集中してるとかじゃ無さそうだから、怒られないよね?


「レインさ――」


 おっと、いけない。

 護衛を付けるようなお坊ちゃんは、たとえ年輩の護衛でも呼び捨てだっけ。早く慣れなきゃ。

 ……偉そうで、イヤなんだけどなぁ。でも、変わってる金持ちの子供は変なのに目を付けられるって言われたら、我慢するしか無いよなぁ……。


 いっそ女物着て、お嬢ちゃんのフリして〈さん付け〉しようかとも思ったけど。

 護衛雇うような家の女の子は、そもそも家族以外の男性と直接話さないとか、むしろ話しちゃいけないとか言われちゃうとなぁ。流石にムリだよ……。


 極度の人見知りしか得しないシステムだと思うけど。レインさん曰く、この国はそれだけ物騒な国だってコトらしい。

 ちなみに、単独で護衛を雇う女性はそれだけで〈ワケアリ〉認定されるとか。犯罪絡みとして扱われて、町の衛兵さんとか門番さんたちに目を付けられるんだそうな。

 本人は被害者でも、漏れなく加害者バカが付いて来る可能性があるからって言われたら、思いっ切り納得。


 そんなこんなで、取りあえずおれの当面の目標は〈レインさんを呼び捨てにする〉なんだけど。

 案の定、おれにとってはハイパー高難度。

 明らかに年上の人を呼び捨てとか、日本では絶対考えらんないじゃん。よっぽどキライか、逆にかなり親しくならないとなぁ?


 渾名呼びなら、呼び捨てよりはまだ気分的にマシ――ってコトで。

 慣れるまでは、おれの中で渾名扱いの〈レインのオッサン〉で許して下さい、レインさん。

 おれは心の中で謝りつつ、レインさんの顔を覗き込む。



「……レインのオッサン? 大丈夫、オッサン?」


 とっても珍しいコトに、声を掛けてもレインのオッサンは起きなかった。

 いつもなら、小声でも『寝てるフリですか!』みたいな早さで目を開けるのになぁ?


 鞘鳴りになら反応するかと思って、料理用に買ってもらったおれのナイフもわざと抜いてみたけど――無反応。


 ……あれ?

 そもそも、おれがこんな至近距離に居るのに気付かないとか、普段からするとあり得なくね?


 流石に、コレはヤバいよな?

 無理矢理でも起こした方がいいヤツかも!


「オッサン、大丈夫!? 起きて!」


 おれは声を掛けながら、近い方の左肩に手を置いて揺さぶろうとした。

 その瞬間、オッサンの左腕がスゴい早さで跳ね上がった。


「――ぅわっ!」


 かわした弾みで、ドン!と言う音を立てて、おれは床にひっくり返っていた。


 ブーツをちゃんと履かなかったから、半分脱げて足がもつれたカンジになって(チョク)で尾てい骨打っちゃったよ。

 背骨から眉間に衝撃が走って、ちょっと――いや大分、涙目になる程度には痛い。すぐには立てなさそう。


 靴ヒモ、ちゃんと結んどけばまだ動けたよな。面倒クサがったバチかなコレ。

 せめて、トイレ行った後で良かったー。行く前なら衝撃で悲惨な事態になってたよ、きっと。うん、まだ大丈夫。最悪じゃないよ、まだ。うん。


 一応レインのオッサンは目を覚ましたみたいだけど、異常に呼吸が荒いし、慌てて周りを見てた。

 寝ぼけてると言うよりは、やっぱり悪夢を見てうなされてたんだろうな、と思う。

 一瞬触った肩の辺りまで、汗でしんみり湿ってたし。


 自分が今ドコに居るのか、判らなくなる系かな?

 もしかしたら、思い出したくない過去――とか?

 大人だもんね。そう言うの、一つ二つ――三つ四つはあるかもだよね?

 それから、えーと――……う~、やっぱジンジン痛いよぉ~。痛みを忘れるほど別のコトに集中って難し過ぎるぅ~っ。



 ようやく落ち着いたのか、オッサンが髪をかき上げながら息を吐き出した。

 ふと、おれの方を見る。


 あ、珍しく眼帯外してた。

 普段隠れてる左目の周囲は、やっぱり少し色が違うんだ。もしかしてケロイドになってるのかな?

 瞼に斜めに入った傷は――何で出来た傷だろう?

 何かイヤだ。母のスキルで治せないかな、あの傷?


 なんて思ってたら、目を見開いて固まってたオッサンが慌てて立ち上がって、ダッシュで近付いて来た。

 おれの傍で片膝をついて、抱き起こしてくれる。


「済まん、寝ぼけていた! 大丈夫か?」


 オッサンが必死過ぎて、おれの方がビックリした。


 そんなに焦らなくても大丈夫なのに。

 尾てい骨打っただけだし、おれもそこまでひ弱じゃ無い――ハズだよね?

 大人と比べたらそりゃ全然だから、オッサン的には心配になるのかなぁ?

 ニッコリ笑ったら、大丈夫って解ってくれるかな?


「おれの方こそゴメン。ビックリさせるつもりは無かったんだけど、何かスゴくうなされてたから……」


 声を掛けても起きなかったから、ちょっと揺すって起こそうとしただけなんだよ。

 肩に触ったら急に腕が動いたから驚いて、足がもつれて転がって――。

 あ――スキル使えば良かったんだっ!


 せっかく〈目覚め〉って付くスキル持ってるのに、おれってば忘れてたよ……。

 スキルなら触っても驚かせないで――いや、ワザワザ触らなくても起こせたかも?

 使いドコロで思い出せないって。やっぱおれ、ダメダメ星人だなぁ……。



 ん? オッサンがおれの顔を心配そうに見てる?

 犬耳がペタンとして、尻尾もシュンと下がってて。視線は――おれの左アゴの辺り?


 そう言えば腕がカスった一瞬、ちょっとピリッとしたような……。

 あれ?

 もしかして、おれをぶっ飛ばしたって焦ってたのか!?

 ダメじゃん!

 その誤解、ちゃんと解いて置かないと今後に影響するよね!?

 オッサンは悪くないんだよ!

 腕もカスっただけで当たってないし、そもそも躱したつもりで自分からバランス崩して転んだんだし!


 ――って、あぁもう納得させられる気がしないよ!


「ゴメン」


 不用意に触って驚かせて、ホントにゴメンなさいっ!


「謝らないでくれ。悪いのは寝ぼけたオレだ。君は何も悪くない。起こしてくれたのに、済まなかった……」


 オッサンが膝をついたまま、おれに謝罪してくれた。耳と尻尾も、スゴく落ち込んでる。

 けど、いつもと口調が違うし、声も何かが違う。


 何だか後ろ頭がザワザワする。

 良くない――コレは良くないヤツだ。

 オッサンは多分――いや、絶対夢に引きずられてる!


 オッサンの瞳をよく見ると、淀んでた。何か黒っぽいモヤモヤみたいのが覆ってて、いつもと全然違ってる。

 もしかしてコレが悪夢の元――だったりして?


 そうじゃ無いとしても。

 オッサンは全然悪くないのに、このモヤモヤの所為で自分が悪いと思ってるんじゃないのかな?

 何か、スゴくそんな気がする……。


 じっとおれを見ていたオッサンの手が伸びた。

 おれのアゴに、そっと指先が触れる。済まなそうに、申し訳なさそうに……。


 どうしよう――放っといたらダメなヤツって解ってるのに、どうしたらいいのかが解んないよっ!


 おれの目の前が滲み掛けた。目の奥が熱くなってる。


「っ――痛かったか――いや、怖がらせてしまったか!?」


 ビックリしたのか、オッサンが慌てて指を引いた。

 おれを見る目は、恐怖――いや、怯えだ。耳も尻尾も怯えて、メチャクチャヘタってる。

 おれに怯えてるんじゃなくて――おれに怖がられるんじゃないかって、怯えてる?


 でも何で?

 何でだろう?


 今のオッサンは、他人に負の感情をぶつけられるのが当然――と思ってる気がする。


「……そうじゃないよ」


 胸が痛い……。

 オッサンのその表情カオを見てると、スゴくスゴく胸が痛いよ……。


 気が付いたら、目から雫がポロッと落ちてた。


 よっぽどビックリしたのか、オッサンの尻尾がボンって膨らんだ。

 犬耳の毛も逆立ってて、ヒュッて音立てて息吸い込んだまま、全身が硬直してる。


「オッサンが()()()になるの、ツラい――悲しい。おれ、スキルで起こしてあげれば良かった――〈清々(すがすが)しい目覚め〉使えば良かった――!」


 おれは、ようやくそれだけ言葉に出来た。

 何だか解らないけど、オッサンの今の様子を見てると胸がつっかえて、声が上手く出せないんだ。


 解ってるのは、おれがスキルを使ってれば、あんな表情させずに済んだってコト――。


「……済まない」


 オッサンは申し訳なさそうに謝ってくれた。


 どうしたらいいか解らないのか、困った顔でおれを見ている。瞳の淀みは消えてくれない。

 ……むしろ、少しずつ濃くなってない?

 この淀み、一時的なものじゃ無いの――?


 おれのほっぺたが熱く濡れて、でもすぐに冷たくなって行く。

 声が出なくて、言葉も出なくて……。

 ホントに、スキルで起こせば良かった……。

 おれにはもう、どうするコトも出来ないのかな?



 ――そうだ。

 今からでも〈清々しい目覚め〉が効きますように!


 触った方が効果あるような気がしたから、おれは目に近いトコを維持しようとオッサンの首にしがみ付いた。

 ソレは不意打ちになってしまったらしくて、オッサンが珍しく尻餅をつく。

 だけどおれのコトはとっさに抱き留めて、膝の上に乗せるようにして庇ってくれた。


「ゴメン」


 ギュッとしたまま色んなコトについて謝ったけど、スゴい鼻声で自分自身が情けなくなる。

 おれが泣いたって、オッサンの状況が良くなるワケじゃ無いんだよ。

 もしも良くなるなら、いくらだって泣いてやるのにな。


「君が謝る必要は無いだろう? 君を傷付けたオレの方が悪い事は、明白だ」


 困ったような声音。


 ……万がイチだけど。もしかして、この口調が本来のレインのオッサンの口調だったりするのかな?

 普段のは冒険者仕様――とか。

 もしそうなら、おれ、かなり失礼なコトしてないか?


 急に不安になっちゃったよ。


「もしかして……ソレ……オッサン、……?」


 まだちゃんと声が出なかったけど、届いたかな?


()、って何だ?……どういう意味だ?」


 どうやら、意味が通じてないらしいや。


 う~、何て言えばいいのか……。

 本音?――ホントの口調?

 説明しづらいなぁ……。


 オッサンが小さく溜め息をついた。



*********



 ……おれ、呆れられちゃったのかな?

 これ以上訊くのは、藪蛇(ヤブヘビ)っぽくて怖いなぁ……。


 そう思っていたら、不意にオッサンの腕にキュッと力が篭もって、おれの肩は思わずビクッと震えていた。

 でも、そのまま包むようにして頭を撫でられただけ。


 ……大丈夫そうだ。

 怒ったりはしてないみたい。


 何か嬉しくなって、オッサンに強くしがみ付く。

 オッサンの手が、優しくおれの頭を撫でてくれる。


 おれに頬ずりしてるのか、オッサンの左目におれの髪が触れている気がする。


 ん?……あれ?


 ()()に触れてるって、何で思ったんだろ?

 髪の毛の感覚?

 肌の感触が違うから?


 んん――?


「……()()を傷付けて、悪かった。起こしてくれて、有り難うな」


 おれの耳元で、レインのオッサンの低くて優しい声がした。


 いつもの口調だ。今ならおれの言葉、届く気がする。

 顔を見たくて、急いで身体を起こす。


「おれ、傷付いてないよっ。ちょっとオッサンの腕をけた勢いでコケたけど――それは、おれも寝ぼけてたからだしっ。オッサンは強くてカッコよくて、面白いけど優しくてっ。おれをわざと傷付けたりなんて、絶対しないからっ。おれ、ちゃんと解ってるからねっ!」

「……そうか。悪かったな」


 一瞬驚いた顔をしたオッサンは、苦笑しながらおれの頭をクシャクシャにして撫でてくれた。

 犬耳がピンと立ってて、尻尾も機嫌良さそうにフワフワ揺れてる。

 スキル、後出しでも効いたのかな……?



「オッサン……もぅ、大丈夫……?」

「ん――?」


 オッサンの肩に腕を突っ張って、開いてる右目をじーっと見つめる。


 暗闇の中でも神秘的な、光の角度で青や緑に変わる綺麗なあおい瞳。

 そこに、さっきまでの淀みは少しも無かった。おれに向かって、優しく微笑んでくれる。


 良かった、今までのレインのオッサンだ!


「ああ……もう大丈夫だ。お前こそ、怪我は?」

「ううん。おれは全然平気」


 痛くないから、とちょっぴりムリしておれも笑った。

 オッサンの犬耳がプルンって動いて、口元が悪戯っぽく笑う。尻尾がパタン、と大きく一回振られた。


 ……ウソついたの、バレたかな?

 ホントはまだちょっと、尾てい骨がジンジンしてる。

 でもオッサンの膝に乗っかったままで、お尻の方が痛いとか言えないじゃん。変な意味に聞こえそうだし――。


「吹っ飛ばして悪かった。すぐ治すから、ちょいと温和おとなしくしてろよ」

「へ――?」


 後頭部に強い力を感じたと思ったら、急にオッサンの肩が目の前に近付いた。

 同時に、左のアゴからほっぺたの辺りに、温かくて弾力があって少しザリッとしてるけどヒンヤリ濡れてるような塊がくっ付く。

 ソレが下から上に動くと、触れたトコの周辺が内側までジワッと一気に熱くなって、ピリピリしてたのがウソみたいに消え去った。

 その後すぐ、柔らかい何かがおれの鼻先に触って、チュッと音がしたらフワッと温かくなって。


 後頭部に掛かってた力がいきなり消えて、解放された。


「――ぇ?」

「ほい、治療終わり。他に痛い所無ぇか。顎だけか?」


 治療? 痛いトコ? ん?

 アゴとほっぺた、しっとりしてヒンヤリって――あれ?


「ナっ――なに……今の、なに――?」


 さっきの、チュッて音――もしかして、キ――?

 ぅわっ、うわああぁっ――!?

 今のおれ、呪文とか無しで顔から火が出せそうっ!?


「俗に言う『舐めときゃ治る』ってヤツだよ。獣人の魔力は強いから、本当に舐めるだけで治せちまうんだ。野生の獣と似たようなモンだな」

「な――ナメっ!? でも、イマっ――今まではっ――!?」


 おれ今、オッサンにほっぺた舐められたのっ!?

 ホントに治るのスゴイねっ!?

 でもでもっ、今までしたコト無いじゃんっ!?


「そりゃ、自分以外にはしねぇよ。ヤだろ、オレに舐められんの。美女ならともかく、オッサンだぜ?」


 ちょっ――オッサン、何ニヤケてんだよっ!?


 コレはアレだ。おれをからかう為にわざと恥ずかしい仕様にしたんだな!

 そんなの、からかわれてんの解ってても意識しちゃうに決まってんだろ!

 こちとら思春期真っ最中だぞ!


「ニャんっ――なんでイミャっ――今おリェっ――おれ、にっ――!?」


 うわぁん、セリフ噛み噛みだよっ!

 舌も噛みそうだよっ!

 恥ずかしいよっ!

 レインのオッサンのバカぁっ!


「あー、何でだろうなぁ? 緊急だし、治癒薬使う程じゃ無ぇし。お前なら、まあイイか?――って……」


 治癒薬使うほどじゃ無いのは解るけど――おれならいいかって、ナニその論法!?


 いや……そもそも、治療だからか?


 そう言えば――直接魔力を塗り込まれたっぽい?

 しっとりしてるコレも、魔力コーティング?

 あれ?

 わざとじゃ無いの?


「厭だったら、洗うなり拭くなりしてくれよ。オレは別に構わねぇぞ?」


 う~……魔力って判ると、洗うとか拭くとかするほどイヤなワケでも無いなぁ。


 そもそもレインのオッサンが挙動不審になるの、巨乳の女の人の前だけだもんな。

 男のおれに変な気起こすハズ無いし、からかったつもりも無いのかも?

 むしろ、おれの方が変なコト口走らないように、手で押さえとかなきゃ。

 他に痛いトコ、正直に尾てい骨って言ったら?――とか。もしも舌噛んだって言ったら?――とか。

 さっきから変なコトばっかり考えちゃうんだよ。おれのバカヤロォ――!


 コレがからかわれてんの確定だったら、逆に慌てさせてやれたけどさっ。

 ホントに単なるご厚意だったら、ムゲに出来ないし――したくないし。


 うぅ~……おれがこんなにグルグルしてるのに、オッサンは普通に平常運転とかズルいよ~。舐められたおれの方が恥ずかしくて死にそうって……。

 あっ――そうか!

 耳と尻尾からして、オッサンは犬系の獣人(じゅうじん)だよ。舐めるの全然平気なのか!


 そっかぁ……。

 オッサン的にはきっと大したコトじゃ無いんだろうなぁ、舐めるなんて。

 消毒液塗るみたいな、そんなカンジかなぁ?


 ――ん?

 もしかして、意識しちゃったおれがバカ……?

 ぅぎゃあああっ――!


「……治療だし。治療だから――特にイヤでは無ぃし――無ぃけど――メッチャ恥ずかしぃっ……!」


 おれは目の前にあったオッサンの胸にしがみ付いて、猛烈に湯気が出そうな顔を隠そうとした。

 我慢しようとしても、どうしてもプルプルしちゃう。


 逃げ出したいけど部屋から出てもアテなんか無いし。

 一人じゃ迷子になるから宿の外にも出られないし。

 そもそも、オッサン振り切れるほど早く動けないし。


 物理的に逃げられないこの状況。正直、詰んでるよね。


 ――って言うか。


 うわぁん、メッタクソ恥ずかしいっ!

 恥ずかしさで死ねるぅっ!

 恥ずか死!? コレが〈恥ずか死ぬ〉なの、姉ちゃん!?


 穴っ、穴を下さいっ――誰か深い穴掘っておれを埋めて下さいぃっ!

 ホントに本気で恥ずかしいんだよっ――主におれ自身の妄想的な部分がねっ!


 すいません、落ち着くまで放置しといてぇぇぇーっ!



 呆れられてたらイヤだなぁって頭の隅っこで思ってたけど、レインのオッサンは特に何も言わないでくれた。


 しばらくすると、取り扱いに困ったのか、子供をあやす時みたいに背中をポンポンと軽く叩いて宥めてくれる。


 うん……気にしてないみたいだから、まあいいか。


「……ぴっくしゅっ!」


 落ち着いたら急に寒くなって、クシャミ出ちゃった。


「スズノ? 大丈夫か?」

「ん……だい、じょぶっ」


 鼻水は――出てない。良かった、出てないよ。

 オッサンの服、既に涙で濡らしちゃってるし、これ以上汚せないよ!


 あ――そう言えばオッサンの服、汗で濡れてたっけ。

 おれが手間掛けてるから、着替えも出来なかったんだ。

 申し訳なかったな……。


「ふわっ――暖かぁ……」


 不意に、おれは暖かい風で包まれた。

 服の湿り気が消えて、身体がポカポカになって行く。


 ふわぁ……コレ、〈ドライヤーの魔法〉の全身版だ。

 火と風の複合魔法で魔力の調整が難しいって言ってたのに、無詠唱でもう使いこなせるんだ。


 レインのオッサン、スゴいなぁ……。


 うん……暖かくて気持ちいい。

 眠くなって来た……。



「スマン。もう大丈夫だから、お前は寝とけ」


 優しい声がして、おれをベッドに押しやろうとする。


 む~……何てタイミングだ。ちょうど眠くなった時を見計らったかのようにコレか。

 レインのオッサンは寝かし付けの達人か。


 いや、こんな眠さに負けてたまるか!


「今度は、オッサンがベッドで寝て!」


 腕を避けて、逆にオッサンをベッドの方へ押しやる。

 あんな風にイスでずっと寝てたら、そりゃ悪夢も見ちゃうでしょっての!


「……いやいやいや。オレはベッドで寝る気は無いって初めに言ったろ。お前が使え」


 ……そりゃまぁ力じゃ全然敵う気しないし、ビクともしないであしらわれるのは想定内だったけどさぁ。

 まさか、ひょいってお姫様抱っこされてベッドへ連れて行かれるなんて、ちっとも思わないじゃんかぁ……。


 うぅ~……流石に恥ずいデス。コレでも一応男なので。


「だってっ――いつもイスで寝てるし、ちゃんと眠れてないんでしょ? だからっ――」


 オッサンの胸元を掴んで、何とか体を起こす。

 悪足掻きなのは解ってるけど、そうでもしないと寝落ちしちゃうんだよ。

 振動がハンモックっぽいとか――レインのオッサンのお姫様抱っこ、破壊力ハンパ無さ過ぎだって!


「……そうじゃ無ぇ。そうじゃ無ぇんだよ……」


 掠れた声に見上げたオッサンは、困った顔で笑ってたのに泣いてるように見えた。

 おれも一瞬息をするのを忘れたぐらい、想定外の表情。


 だけど、見てると胸がキューッと痛くなって、おれの方が泣きそうになるのはナゼなんだろう……?


「むしろベッドの方がうなされちまう。いや、荒ぶって眠れねぇかも知れねぇ。……椅子の方が、まだ眠れるんだ。せっかく言ってくれてんのに、ゴメンな……」


 理由は解らないけど、ベッドで寝るのが怖いってコトだけは解った。

 それと、多分その理由こそが悪夢の原因なんだろうな――ってコトも。


 おれの中で、何だかよく判らない感情がグルグル回り出した。黒い黒い何かと、真っ赤な何か。おれに元からあったものが、オッサンを見ていて膨れ上がったカンジ。

 前にもあったような――でも、よく憶えてない。

 ――だけど、身を任せたらダメな気がする。


 一瞬浮かんだのは、母と姉ちゃんの困ったような顔。それから、茶褐色の髪の間から見下ろす琥珀色の瞳の――多分、男性の顔。

 瞳の色は違うけど、哀しげな表情は今のオッサンにちょっと似てるかも。

 顔をよく憶えてないんだけど、コレがおれの父親なのかな?

 と言うコトは、まだ父親が居た頃か?

 この感情に引きずられて、おれ何かやらかしてる?



 頭に頬ずりされて低い声で「勘弁してくれ」って言われて、おれはハッと我に返った。

 そして気付いた。ずっとオッサンの服の胸元をギュッと握り締めてたんだ――ってコトに。


 ヤバい、服にシワが付いちゃうよ。明日にでも洗わせてもらおう。涙とかで色々汚しちゃったし。

 でも今は、離したくない。

 離したら、何か色々溢れちゃいそうな気がする。

 特に、攻撃的な何か――黒い感情みたいな何かが、おれの制御から外れそう。


 ゴメンね、オッサン。もうしばらく、このままで居させて下さい……。



********



「……おい」


 はい?


「……あのな。手、離してくれ?」


 うん。手をポンポンされても、ヤだ。


 オッサンはスンゴく困惑した顔でおれを見てる。

 そりゃそうだろうね、とおれも思う。

 そうは見えないとよく言われたとしても、一応十六歳男子であるおれが、三十五歳男性であるレインのオッサンの服の胸元掴んで離さないんだから。


 しかもベッドにそっと寝かせてもらっておいて、この仕打ち。

 姉ちゃんなら絶対キレてるよ。そもそも、おれをベッドに運んでくれたりなんてしないだろうけどさ。


 あれ……何か見えにくいと思ったら、おれの目、半分しか開いてない?


「眠いんだろ? 寝てイイぞ?」

「……ヤだ。オッサンも一緒じゃなきゃ、眠れない」

「はあ?」


 レインのオッサンって、ホント優しいなぁ……。

 眠くて言動がおかしくなってるおれを、呆れて放り出さないで、ちゃんと面倒見てくれるんだもん。

 こんな優良物件が独身なんて、この世界の女性陣は見る目無さ過ぎなんじゃないの?


 とは言え中腰になっちゃってるのがキツそうで、ちょっと――いや、ものスッゴく罪悪感。

 ゴメンなさい……だけど、今はワガママ聞いて下さい。


「はぁ……解った。眠れるかは別だが、一緒にベッドを使わせて貰う。狭いからって、文句言うなよ?」

「うん。隣に居てくれたら、それでいい」


 おれは強引に、オッサンに一緒に寝てもらった。

 結構大きめなベッドだけどシングルだし、流石に男二人では狭いかな?とも思ったけど。

 でもいいや。おれっさいし、オッサンにくっ付いちゃえばイケるイケる。



 ……うん。

 おれ、小っさくて良かったぁ……。

 心なしか胸の辺りがチクチクッとして、瞼の裏がジワジワッと熱くなった気もするけど。

 きっと、ワイルドなオッサンがいいオトコ過ぎる所為だよ。おれには絶対付かないステキ筋肉がウラヤマし過ぎて、トキメいちゃったりしたんだよ多分。


 ダイジョーブ。泣いてなんかいないんだからねっ!


 少し暑苦しいかな?って思ったけど、緊張してるらしいオッサンにはそんな余裕も無いみたいだった。

 ベッドからはみ出さないようにするのが精一杯で、胸元掴んでるおれをどうしたらいいか判らないってカンジ。

 そりゃそうだろうな~と思いつつ、おれはオッサンにしがみ付いて、筋肉質な胸元に頭をグリグリ押し付ける。

 本当はオッサンの頭と言うか、左目の辺りにグリグリしたいんだけどなぁ。毛布の外は寒いから、距離的にちょっと遠い……。


 何でそうしたいのかは、自分でもよく解んない。

 第六感(シックスセンス)とか第七感(セブンセンシズ)とかかも~?

 眠過ぎて、どうでもいいけどね。


 あ――どうやらオッサンが観念して、おれを抱き枕にしてくれるみたい。コレで少し楽になる~。

 頑張った甲斐があったよ、おれ。自分で自分を褒めてあげるよ、おれ。後はスキルにお任せだよ、コレ。


 うん?……眠過ぎてテンションがおかしなコトになってるな、コレ?


「……まぁ、久し振りに身体伸ばせたから良しとするか」


 溜め息混じりの諦めたような呟きが聞こえて、オッサンの身体の強張りがすーっと弛んで行くのを感じた。


 ……うん、しばらくは大丈夫そうだ。

 でも、朝になるまでに居なくなったらイヤだなぁ……。


 そんなコトをぼんやり思って、朝まで離さないつもりでしっかりしがみ付いたのは憶えてる。

 けど、その後は全身を包む温かい波にたゆたいながら、おれの意識は緩やかに途切れていた。



*******



 ふと目が覚めたら、分厚い筋肉の壁に包まれてました。


 ……ふぇっ、何で!?


 前は堅い山脈で行き止まり。左右と後ろはブットい丸太できっちりホールド。逃げ場無し。

 そんなカンジ。

 ペタペタ触ってみたから間違い無い。


 何でじゃこりゃーっ!?――と叫びそうになったけど、頭上からのスースーと言う音に見上げて一時停止。

 ……ほわほわ光る金髪交じりの赤い髪に、赤い犬耳発見。


 あ。レインさんだよ、コレ。眉とヒゲも、うっすら光ってんだ。ほぇ~。

 お。眼帯外しっぱで、今なら左目も見放題じゃん。

 やっぱあの傷治したいなぁ。母なら治せないかなぁ?


 ん? 既視感デジャヴ



 そうだ。思い出した。

 おれがムリ言って、レインのオッサンに添い寝してもらったんだよ。

 単なる抱き枕から、しっかりホールドに変わってたのは想定外だったけど。


 ……まぁ、いいや。

 寝息が穏やかってコトは、オッサンがちゃんと眠れてるってコトだろうし。

 良かった、良かった……。


 そう思ったら、また眠くなって来て勝手に目が閉じた。


 何かスッゴい温かくて、逆らえないんだよなー。

 人型だしモフモフじゃ無いのに、モフモフしてるような気分になるって言うか……。

 獣人さんって、みんなこうなのかなぁ?

 それとも、レインのオッサンが特殊なのかなぁ?


 おれは目の前の筋肉山脈にほっぺた押し付けて、やたら安心する音――穏やかだけど力強いリズムの音を、聞くとも無しに聞いていた。


 その内温かい波にさらわれるように、ふっと意識が途切れていた。


03の裏側、小動物視点にようやく到達。

長かった…。

次話で一度終わります。

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