06 小動物と異世界 その三
*読み難かったので文章を少し整えました。書き方も、一章に合わせる形で統一を図ってます。
振り返ったら事務的で殺風景な部屋のど真ん中に来てました。
目の前には、年季が入ってそうな木製ブラインドが掛かった窓。右手側には戸棚と本棚と、デカくて重そうな高級っぽいデスクに書き物用セット。左手側には質の良さそうなローテーブルと、三人掛けのソファが二つ。その奥の壁には隣の部屋に通じてる扉――。
よし、当たり!
おれは心の中で、勢いよく腕を引いてガッツポーズをする。
見覚えバリバリのこの部屋は、ケイル団長の執務室。
おれはココで、当面おれの保護者代わりをしてくれる護衛の人に引き合わされたんだ。
この場面のやり直しを待ってたんだよ!
「思ったより早かったな。待たせたか?」
右上から聞こえた低音の声に見上げると、笑顔のケイル団長に左側のソファを指し示される。
ソコにお座り、ですね。はい。
顔を戻すといつの間にか、腕組んで壁にもたれた背の高い人影が窓の横に居て、こっちを見た。
「そっちこそ早過ぎだろ。昼休憩って聞いたから、もう少し掛かると思ってたぜ?」
制服でも貴族のビラビラ服でも無く、騎士の私服ってカンジの動き易そうな服装で、腰のベルトに短い剣を下げてる男の人。
少し驚いたような声は団長に近い低音だけど、飄々と軽くて穏やかな声質。
と言っても。団長は重厚でメッチャ堅物なカンジの声質だから、比べたら大体の人が軽く聞こえると思うけどね。
「お前を呼び付けておいて、待たせる訳にいかんだろう。弁当にして貰ったから、一緒に食べて行け」
そうそう。食堂で作ってもらったお弁当、ココで食べたんだっけ。
途中でお昼食べられるような場所が無いのと、昼休みの騒がしさに紛れて城を出る為の時間調整だって。
……今は、カゴいっぱいの超っぽいキノコだけどな。
しかも生かよ。
せめて焼くか炒め物にして、見た目だけでも料理にしようよ脳内補正。
ほら、本来ならテーブルに並べてくれるハズの団長も困って――……無いね。普通に並べてる。
うん、お任せします……。
「執務室で待つ分にはそんなに問題無ぇけどな。流石に手回しのイイ事で」
団長に示されてゆっくりソファに近付いて来るのが、おれの護衛をしてくれる人。冒険者の〈レイン〉さん。
少しクセがある赤い髪に、テキトーに剃ってるカンジの無精ヒゲ。光の加減で青や緑に見える瞳は右目だけで、左目は黒い眼帯に覆われてる。
パッと見が〈賊の人〉っぽくて、現実ではちょっとだけ恐い印象持ちました。ゴメンなさい。
でも今は、メッチャ優しいって知ってるから。おれが怯える必要無いって解ってるから。
ソレも含めて、初めて会ったトコからやり直したかったんだから。
……あれ?
ドコとなく違和感があるけど、レインさんに間違い無いよね?
あ――いつもは首の方のボタン留めないのに、今は全部キッチリ留めてる。腕まくりもしてないし、ブーツも綺麗で泥とか付いてない。
ケガで引退した元・騎士サマにも見えるお堅いカンジだから、違和感ソレかな?
「そっちの坊主が〈今回の客人〉か?」
「ああ、令息のスズノ様だ。後のお二人は――」
「窓から見えた。中庭に居る二人だろ。騎士団が女性連れは珍しいから、すぐ判った」
「そうか。黒髪が奥様のリン様で、明るい色の方は令嬢のリンカ様――だ」
二人でこんなコト喋ってたんだね。
この時のおれ、人見知りが発動しちゃってメッチャ緊張して、何も耳に入って無かったよ。
一瞬ケイル団長が固まったのは、姉ちゃんのジト目を思い出したんだろうなぁ。
大丈夫、おれはチクったりしないよ。トバッチリ飛んで来るのが目に見えてるから。
「じゃあ、あっちが〈スゥチャン〉で、こっちが〈スークン〉か……?」
レインさんのナゾの呟き、ちょっと気になる。聞き覚えがあるようで無いようで――やっぱ無いよな?
だけど、それ以上に気になるのが顔しかめてるコト。
原因はおれじゃ無いって知ってても、見るとやっぱり胸がチクチクしちゃう。
おれってホント、ビビリだよなぁ……。
ホントはケイル団長に護衛されて王都から出るつもりだったのに、どうしても許可が出なかった。
仕方なく、護衛担当の冒険者を雇うってコトでレインさんを城に呼び出して、こうなったんだけど。
獣人であるレインさんは、王都に居る間ずっと魔力操作で獣耳と尻尾隠してて、長時間の制御がかなり大変だったらしい。
顔しかめてたのは、高度な魔力操作の上に周囲への警戒で処理落ちしそうになってた所為で、おれを押し付けられて不機嫌だったワケじゃ無いって、後でレインさん自身が教えてくれた。
この国は貴族たち中心に獣人への差別意識が根強くて、特に王都は――冒険者が出入りする下町はともかく――貴族街や城内だと歩いてるだけでも捕まりかねないんだって。
でもその時のおれはそんな事情知らなかったし、バリバリに緊張もしてたから、不機嫌そうってだけで頭の中が真っ白。
辛うじて〈異世界名〉言ったのは憶えてるけど、マトモな受け答えが出来たかどうか……。
おれが不機嫌にさせたんじゃ無いって解ってから、ずっと気になってたんだ。
レインさんは気にしないでくれてるけど、初対面の挨拶はちゃんとしたかったんだもん。
だから、やり直したかったんだよ。たとえ夢でもいいからさ。
気合いを入れたおれは、思いっ切り息を吸い込む。
「おれは〈輪堂鈴乃助〉です。異世界では〈スズノ・リンドール〉と名乗ってます。年齢は十六歳で、好きなコトは料理で、家事全般キライじゃ無いです。右も左も解らないコトだらけで、色々ご迷惑をお掛けすると思いますがゴメンなさい。なるべく足手まといにならないよう頑張りますので、どうかヨロシクお願いします!」
一気に言って、ペコリと頭を下げる。
よし、ちゃんと言えた!
おれは心の中で再びガッツポーズをした。
おれ、基本的に役立たずでポンコツだから。自分でも知らない内に、きっと迷惑掛けると思うんだよね。
だからホントは〈身体強化〉だけ教わって、一人で逃げながら行く方が誰にも迷惑掛けなくていいと思ってた。実際に提案もした。
だけど母に『未成年が保護者無しは絶対許しません』って笑顔で却下されたから、どーにもなんない。
護衛の人にはせめて、迷惑掛けるコトを先に謝って置きたかったんだよ。
レインさんはちょっと驚いた顔してから、ニヤリと笑った。
「おう、ヨロシクな。取りあえず、呼び捨てでもイイか?」
「あ――はい」
さっきのケイル団長のアレね。〈様付け〉が必要かどうかって。
おれは付けなくていい派。敬語も無くていいよ。おれの方が断然年下だし。
見上げたおれを、じっと見つめていた碧い瞳。
うん?……しかめっ面じゃ無いんだね。
ドコとなくキラキラしてて、楽しそう?
「オレはレインだ。〈B級冒険者〉で、クラン・チューネン――違った。〈クラン・SOMA〉に所属してる。これでも腕は確かだから、安心してくれてイイぜ」
ん?……今なんか、ナゾな言葉が聞こえたような?
スルーしちゃってたけど、異世界にも同じ言葉があるの?
「レイ、クランを変えたのか?」
「いや、クランの名前が変わったんだ。結構前の話なんだが、ついつい古い方が出ちまう。新しいのはどうも馴染み難いんだよなぁ……」
って言うか。
新しいソレ、馴染めないハズだよ。もしかして英語じゃね?
あれ?
さっきからチラチラしてた髪の毛より赤い色って――モフモフで三角の獣耳とフサフサの尻尾!?
違和感の正体コレか!
現実では見せてくれたのもっと後だったから、気付かなかった!
何コレ、ご褒美?
ココまで頑張って夢に付き合ったおれに、ご褒美なの?
アリガトウゴザイマス!
「大丈夫だ。ナッキーとは個人的にも親しいから、状況は大体把握してる。何にも心配しなくてイイぜ。オレがちゃんと送り届けてやるよ、スズノ」
じっと見上げてたおれをどう解釈したのか、レインさんがおれの頭をワシャワシャ撫でた。
おれは別に、迷子でも子犬でも無いんだけどなぁ?
でも空気的には悪く無いから、まぁいっか。ピリピリしてないって、それだけでいいよね。
よし。ついでに、現実ではまだ言えてない重要事項言ってみよう!
「あの――おれ、〈モフモフ〉が大好きなんです。ウチはアパートだから飼えなかったけど、近所のワンコやニャンコにはいつも遊んでもらってました。もしイヤじゃ無ければ、レインさんのお耳か尻尾をモフモフさせて下さい!」
「ん? モフモフ?」
……やっぱ、ダメかな?
「え~と。モフモフって何か、尋いても良いかな?」
ケイル団長がチラッとレインさんの方見てから、困った顔でおれに尋ねた。
あ――そう言えばレインさん、王都の中では耳も尻尾も隠してたんだ!
もしかしてココで尋いちゃヤバかった?
あれ? でも今は見えてるから、ダイジョブなのか?
おれは混乱したまま、そっとレインさんを窺う。
その口元がニヤッと上がった気がした次の瞬間、おれの身体はフワッと浮いてた。
「ふぇっ――!?」
見たコト無い位置からの景色に、一瞬ココはドコ?って思ったさ。
「尻尾は困るが、耳ならイイぜ」
笑いを噛み殺してるような声が斜め下から聞こえて、おれはレインさんの肩に乗ってるコトに気が付いた。
うん、俗に言う肩車ってヤツですね。うわ~、十年ぶり~。
――じゃなくてっ。
コレ夢だよね!?
まだ起きてないから、ちゃんと夢だよね!?
レインさんならホントにやりそうなんだよ、こーゆーコト!
思いっ切り〈お子様扱い〉するよね!
おれ、十六歳だって言ったのに!
「それで。護衛すんのはイイとして、どういう設定で行くんだ?」
レインさん、何で普通に話し出してんの!?
この状態スルーですか!?
「うむ。王都外での身分証は下級貴族か中級商人のランクで出せる。親が依頼した冒険者を護衛に、王都から辺境領へ――と言う筋書きだな」
ちょっ――団長までナニ普通の顔して返してんの!?
目の前のおれの状況、見えてるよねっ!?
「ナッキーには一応、ギルド経由で連絡しといたが……」
あれ――おれ、十六歳だったよね?
何だか手足が縮んでて、いつもより小さい気がするんですけど。
少なくとも十六歳男子の身体じゃ無いよ、コレ。強いて言えば、幼稚園児サイズ?
「拠点には居なかったのか」
「多分な」
あ、そっか。おれの夢だからか。便利~。
見た目は六歳、中身は十六歳――リアル体験中~。
夢だけど。
「返事が来るまでは、居そうな場所に向かうつもりだぜ」
いっそキャラ作って名乗り直そうかな?
ボクの名前は〈横溝アーサー〉だ――とか。
それともヨーロッパ風に〈モーリス・クリスティ〉とか〈エラリィ・ドイル〉――〈パーカー・ジャップ〉なんてのもアリか?
「多分、魔獣が多い場所で〈魔王国との国境〉に近い〈辺境伯領のドコか〉――だろな」
あ――ダメだ。最後のヤツ、作家名じゃ無いじゃん。
「……魔王国との国境か」
んん!?
魔王国って、魔王が居るトコ! おれは行かないんだよね!?
「あ~、魔王国には近寄らねぇから安心してくれ。今は危険過ぎる」
「その辺りは信頼してるさ。お前なら、スズノ君を〈ナッキーの所〉まで確実に安全に送れるだろう。掩護は出来そうに無いが、せめて他のお二方は任せてくれ」
「ああ、頼む」
やっぱり、最初から目的地名は言われて無かったんだ。
おれが聞いて無かったとかじゃ無くて良かった~。
大きな地図を覗き込んで、こっちのルートだのそっちのルートだの話し合う二人。
レインさんが幼児サイズになったおれを肩車してる状態だから、絵面だけなら休日のピクニック計画。お盆や年始の帰省で久しぶりに会った親戚みたい。
髪の色とか違うけど、二人は何となく似てるから余計にそう思う。
何かの使用前・使用後っぽい。レインさんから獣人成分抜いて、何年かしたらケイル団長になる――みたいな。
と言うか。四十代を半分以上過ぎてるウチの両親と同世代に見えてしまうケイル団長は、色々ご苦労様です……。
「うむ……いっそ〈訳有り〉で行くか。〈末妹〉に〈次兄の隠し子らしき子供〉の保護を頼む〈ヴェラクリスト家長兄〉の証書を付ければ、関所で疑われる事はまず有るまい」
「ちょ――おい!?」
それにしても。想像でしか無いレインさんの獣耳は、何だか柔らかいだけでモフモフじゃ無いよ。
やっぱり現実でお願いして、一度は本物をモフモフさせてもらうしか無いのか……。
唯一の収穫は、レインさんの赤い髪がやけにキラキラするのは時々金髪が交じってる所為って判明したコトだけど。
眉毛やヒゲもかな?
いつか、じっくり見せてくれるかな?
「……スズノ、オレの事は呼び捨てにしろ。敬語も無しだ」
「えっ?」
おれが明後日なコト考えてる間に、二人の話はまとまってたらしい。
「護衛雇うようなお坊ちゃんは、年上だろうと護衛に敬語は使わねぇ。悪目立ちしたくなきゃ、真似しとけ」
「はい?」
簡単に言ってくれるけど。
目上の人を呼び捨てにするとか、おれにはムリなんだからね。執行猶予を要求するよ!
特に夢の中ではイタシマセン!
ん? 団長が微笑ましそうにおれたちを見てるのはナゼ?
レインさんは何で大きな溜め息?
何かあった?
結局。十六歳だって主張しても、おれが出来るのって幼稚園児レベルのコトなんだなぁ。
つまり、大人の話に口挟まず、ジャマせず、温和しく〈良い子〉にしてますってコト。
だから幼稚園児サイズで肩車されたり、微笑ましい顔されたりしてるのかなぁ?
それとも――おれがホントはガキで居たいから、そういう夢見てるとか?
そう思うと、ちょっとだけ胸が痛いかも……。
「何だ? 肩車はお気に召さなかったか?」
思わず溜め息出ちゃったら、斜め下から即座に声が掛かったよ。気に掛けてくれるのは嬉しいけど、少し過保護じゃない?
それとも、コレもおれの願望の方?
「う~ん、久しぶりで嬉しいような気もするけど。十六歳的には流石に喜べないよねー」
「そうか。悪かったな?」
「いえいえ。サービス精神はありがたく頂きましたよー」
こういうやり取りは、しばらく旅をしてる間に出来るようになったんだよなぁ。夢はホント便利。
少なくとも、レインさんが本当は獣人だって教えてくれたのが王都を大分離れてからだもんな。仕方ないけど。
ストンと降ろされて、振り向いたらもう外でした。
またかよ、もう……。
****
そして、またまた超っぽいキノコのお出ましデス。
食べ物が出る時には差し替えられてるって、段々解って来た。しかも未加工品。
今は火に掛けた小鍋の中と、レインさんの掌の上。
旅に出て最初の野営の、夕飯の時だよね。
おれが張り切って料理しようと思ったら、レインさんのが断然手際良くてションボリしたヤツ。
「スズノは料理が好きなんだっけ? 一緒にやるか」
「いいの? やる!」
バレてないと思ったのに、きっちり見られてたらしくてフォローされたよ。鍋の中かき回すのと味見係に任命されました。
野菜とか干し肉切るのは、レインさんが手早くやってくれちゃったから。
今もキノコが一瞬でみじん切りになって、鍋でプカプカ。
つーかね。
二十年近くやってるからって、全部まな板無しで掌の上で切るとかムチャクチャだよ。
いくら〈身体強化〉掛けてたってナイフ使う手にも掛かってんだし、危ないよね?
「防御力強化だから問題無ぇよ。だが、スズノが怖いならヤメるぜ?」
もう! レインさんズルイよ!
困った顔で犬っぽい獣耳ごとコテンって首傾げられたら、ダメって言えなくなるじゃん。
ケガしないならダイジョブって言ったら、フサフサ尻尾がこっそり揺れてたし。
おれを見る目が時々〈ジョニーさん〉に似てるから、ただでさえ勝てる気しないのに!
ジョニーさんは〈ジョニー・ブラック〉って名前だけど真っ白な毛の大型犬。おれの一番の仲良し。
結構なお爺さんで超優秀な番犬で、ナゼかおれには優しくて。
学童の帰りとかいつも待っててくれて、からかわれたり困ったりしてると助けてくれてた。飼い主のおじさんも驚いたほどの、おれの守護神。
そんなジョニーさんと同じように気遣う目されたら、絶対勝てるワケ無いよなぁ。
「スズノ。お前、血が駄目なんだっけ?」
「食材なら平気だよ。でも、目の前で食材にするのはムリ」
魚釣りは平気。モフモフ系は涙が出るけど大丈夫。
でも人間は、付いてるのが血糊でも脳が拒否る。
「じゃあ、少しの間オレにしがみ付いてろ。舌、噛むなよ」
最初の野営の夕飯の後、レインさんが急にそう言っておれと荷物を肩に担いだ。
多分、獣か何かが来てたんだろうね。見てないから何か解らないけど。
フワッとしたら周囲の色がスゴい速さで流れて行って、ポーンポーンってカンジで揺れて、そろそろ酔いそうって思ったら小さな村に到着してた。
獣人さんの村で、レインさんの知り合いの納屋に泊めてもらって、ワラベッドが意外に暖かかったよなー。
「ココなら安全だから、安心してイイぞ」
そう言って笑いながらレインさんが降ろしてくれて――。
え? この石畳は何?
ココはドコ?
何でレインさんは倒れてるの?
何で起きてくれないの?
何で赤い水にまみれてるの?
……何でおれはココに居るの?
使用ソフトの字数制限との格闘。保存出来なくてリテイクの嵐。
流れがおかしくなってたらスミマセン。
努力はした。報われるかは別。