05 保護者はつらいよ 緑の試練篇
お待たせ致しました。
*読み難かったので文章を少し整えました。
「喧しい……何の騒ぎだ?」
酷く疲れたような声をこぼしたリュージンは、食堂の小上がりに敷かれた薄い布団の上で、むくりと半身を起こした。
消灯後の玄関フロアの光源は、受付カウンターと通路から漏れるオレンジ色の間接照明のみ。窓も無く自然光も入らない闇の中、瞼を射して『異状あり』と訴える赤い光を遮るように、節くれ立った手で目元を覆う。
「――取り敢えず出入り口は『全て封鎖』、各階を『厳重警戒』で見回れ。見付けた異常は『俺に即時報告』のみで『手は出すな』。期間は『俺が解除を命じるまで』だ」
リュージンが呟くと、障子にぼんやり映るオレンジ色の光が揺らぎ、カウンターの方から『承りました』と声が聞こえた。
そのまま俯き加減で、こめかみを揉み解す事しばらく。
「案の定かよ、夏喜の野郎。温和しくしてるって言うから、隣の部屋許してやったのになぁ……」
闇に溶け込む黒い長袖シャツに覆われた厚い肩ががっくり落ち、胡座をかいた膝の上に深い深い溜め息がこぼれ落ちた。
現在リュージンたちが拠点にしているこの〈最後の安全地帯〉は、〈クラン・SOMAに所属する日本人たち〉が、徹底した隠蔽工作の下に高度な魔法と知識を詰め込んで造った〈迷宮内宿泊施設〉である。
基本的な設備と内装は共通だが、管理責任者それぞれの快適さを最優先した結果――例えば〈赤〉と〈黄〉は裏メニューで『大衆食堂の定食』や『酒と肴』が充実していたり、〈橙〉には『エステコース』が存在したり――特色豊かになっている。
特に〈緑〉はこの世界最高峰の〈物理・魔法反射結界〉や〈悪意感知・敵性排除システム〉を備え、『外部からの侵入対策に前のめり』と言っても過言では無い。
当然のように施設内部に騒ぎの原因を探したリュージンも、客室階の一室で〈覚えのある魔力の過剰放出〉を捉えていた。
「夏喜の制止係はドコに――って、回収班まだ戻ってねぇのか? 今、何時だ?」
掛け布団にしていた黒い上着を探り、取り出したのは闇の中でも艶めく金属製の〈懐中時計〉。
パチンと軽く開いた蓋の下、薄く光る盤面が示すのは王都の刻役が〈朝の五の鐘〉を鳴らす準備を始める時刻。
「……一時間しか経ってねぇ。せめて二時間は寝かしゃぁがれ……」
キンッと澄んだ音を立てて蓋が閉まった直後、ぼやくような〈べらんめえ口調〉がこぼれ落ちた。
同時に、赤い光がビカビカ激しく点滅してリュージンの顔を照らし出す。
「あ~、解った解った。すぐ起きるってぇの」
懐中時計をしまいながら反対の手をひらひら振ると、赤い光の点滅は止まった。
静まり返った小上がりに、諦めたような吐息が一つ転がり落ちる。
「仕方無ぇ。夏喜は俺が捕獲するから、後は何とかしろ。回収班も、戻って来たらまず俺に連絡寄越せ」
立ち上がって上着を羽織ったリュージンは、ズボンも足袋も真っ黒だった。
白髪の部分だけがぼんやり浮かんで見える闇の中を、昼間と変わらない足取りで歩む。
少しだけ開いていた障子を全開にし、床に揃えられていた〈草履に似た履き物〉に足を入れる。
「――っと。解ってるだろうが、夏喜より俺の指示が優先だぞ」
『承りました』
トントンと床に爪先を落とすリュージンに向かい、小上がりを囲んでいた魔導人形たちの目から一斉に赤い光の点滅が返った。
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階段マークの通路の先、〈緑色に光る石〉が縁取るアーチの向こうは底が見えない縦穴で、中心を貫く太い木製の柱に〈同じ石で造った橋〉が架けられている。
橋の先からは〈オレンジ色に光る石の板〉で右回りに下りる踏み段が設えられ、成人男性二人が余裕ですれ違える幅の螺旋階段になっていた。
同じく光る石が埋まっている壁は上から下まで縦横無尽に蔦に覆われ、おかげで目に優しい明るさが保たれているのだが、時折蔦に紛れるように小さな赤い光も流れて行く。
その階段をスタスタ下りていたリュージンは、不意に足を止めると噛み殺せなかった何度目かの欠伸をした。
「あー……いっそ〈呼び掛け音〉足せって、製造者に注文すっかなぁ?」
ピカピカ赤く光った右側へ、チラリと目を向ける。
「は? どうせなら〈音声会話〉がしたい? ソレは〈最古の魔樹〉かマキに言えよ。俺の管轄じゃ無ぇっつの」
更に左で点滅した赤い光を見て、うんざりした声と表情を返す。
「大体お前ら、夏喜とも喋れんだろ? マキの小難しい理屈でも姐さんに通訳出来んだから、そっちに頼めよ。ほいほい知識くれるからって、夏喜のご機嫌ばっか取ってっとマキがマジ泣きしちまうぞ?」
リュージンは先程からずっと、壁や柱を覆う蔦を器用に下りる魔導人形たちに囲まれ、それぞれ物言いたげな赤い目でじーっと見つめられていた。
了承の返答しか搭載されていない魔導人形たちは、リュージンにだけこの手でアピールして来るのだ。
〈意思疎通スキル〉が有るからだろうと流していたが、同じスキル持ちの夏喜を取り囲んで見つめたりしないと気が付いたのは、最近の事である。
「――って、もしかして。結局〈トップの許可〉が必要な事態になるから、先にコッチ来てんのか?」
疲れたようなリュージンの言葉に、魔導人形たちは一斉に肯いた。
「はぁ……。駄目だ、眠くて何もかもが面倒臭ぇ」
ぼそっと呟いたリュージンは、袖を通しただけで前を閉めていない上着の内側を右手でゴソゴソ探り出した。
引き抜いた指に挟まれていたのは〈蒼白く輝く金属製の煙管〉。
吸い口を啣えると表面全体に刻まれた複雑な紋様が白く光り、火皿の中に〈蒼い魔法陣〉が浮かぶ。
白い光が消えると同時、魔法陣も蒼い炎になって溶け消えた。
ふぅ~っと息を吹き込めば、雁首から〈ギラギラ光る煙〉がゆらりと立ち上る。
緑やオレンジや青い光を乱反射しながら遥か上空に溶けて行く煙を、青灰色の瞳がぼんやりと追う。
見上げた柱の先、丸い穴の中で揺れる枝葉の向こうに見えるのは濃紺色の夜空。
白く光る点が〈Wの形〉や〈五角形〉や〈斜めに三つ〉並んでいるのが殊更目を引き、更に大きな蒼白い光や黄色の点も幾つか見える。
しかし、実際の迷宮には穴など無い。管理者の趣味による内装の一部である。
「……珍しい。夏喜がもう落ち着いてやがる。俺が行く必要あんのか?」
リュージンが呟くと、光る煙もゆらゆら揺れた。
一緒に煙を見ていた魔導人形たちがハッとしたように群がり、赤い目を点滅させる。
彼らを蹴散らせないリュージンは、口の端に煙管を啣え直し、光る煙をくゆらせながら仕方無さげに足を踏み出した。
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「ぁあ? そう言や、何で〈水場担当〉まで一緒に来てんだ?」
今通り過ぎた〈青く光る石橋〉の先、〈縁が青く光るアーチ〉の奥に大浴場へ案内する〈青い光の矢印〉を目にしたリュージンの呟きに、左右の魔導人形がスッと顔を逸らした。シャワーヘッドとブラシを装備している二体だ。
「まさか……幹部以外の対応が初めてだから、張り切ってんのか?」
一般の冒険者も『ギェントイール王国には絶対内緒』を遵守すれば利用可能な施設だが、存在を知る者は大抵が〈王国自体を忌避〉している。
故に、現在までの一般利用者は皆無なのだ。
「え――フロアの見回りは足りてる? それに、最優先は非戦闘員の安全確保? そりゃそうだが――」
目の前の魔導人形にフルフルと頭を振られ、客室階を示されればリュージンも何も言えなくなる。
何せスズノは戦闘自体がご法度であるのに、過激な精神構造の父親が漏れなく憑いて来てしまう。『御愁傷様』の極みと言って良いだろう。
リュージンが小さく溜め息をついた瞬間、階下から「ぎゃぁぁぁ――」と叫ぶような声が微かに聞こえた。
「――何だ!? お前ら、先に行けっ!」
落ちるように壁を下りて行く魔導人形たちを横目に、リュージンは懐から黒い鞘に包まれた愛刀を取り出して左手に掴む。
右手は空けていつでも刀を抜き打てる態勢を取ると、階下に見える緑色の橋へ数歩で跳び下り、〈縁が緑色に光るアーチ〉へ飛び込んだ。
この施設は、壁に埋めた間接照明と、真ん中に〈導線〉としてオレンジ色に光る石をタイル状に敷いた通路とで通行可能部分を示している。
階段の直ぐ脇に〈縁が青く光る扉〉で洗面所が設けられているのも共通だ。
更に客室階には奥の突き当たりにも青い光と螺旋階段が在るが、下の階との行き来専用で、逃げ込んでも〈袋の鼠〉に変わりは無い。
しっかりとそちらへ向かう魔導人形の背をチラリと見て軽く頷いたリュージンは、通路を挟んで並ぶ〈縁が緑色に光る扉〉の列に視線を向ける。
右側一番手前の扉と、その隣の扉が開けっ放しになっていた。
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飛び込んで真っ先に目に付いたのは、奥のベッドの上でプルプル震えている不自然な毛布の塊と、その傍に膝をついて戸惑い気味に手を伸ばしている赤い毛並みに黒い半袖・ハーフパンツのいい歳をした獣人男性。
反射的に愛刀の黒鞘を握り直したリュージンだが、先に雪崩れ込んでいた魔導人形たちを見て動きを止めた。
彼らが向かったのは、手前のベッド前で立ち尽くす赤褐色癖毛の中年男性の足元。
見慣れた膨れ面を物ともせず、奥のベッドとの間に割り込んで行く。
「スズノ? 誰も怒ってねぇから、出て来て大丈夫だぞ」
「ムリぃ……出れなぃぃ……恥ずか死ぬぅ……」
「えーと、じゃあ――せめて着替えような? その寝間着だと寒いだろ」
「平気! 濡れてない! ダイジョブ!」
「あー、そうだけどそうじゃなくて――……なぁ、スズノ?」
「っ――ヤダ! 見ないで! おれを放っといてーっ!」
くぐもった半泣きの少年の声が聞こえる度、レインがオロオロと毛布を撫でている。
何とか毛布の下に押し込んだ新品の服は、スズノの着替えだったのだろう。ベッド間に設置された机の上、リュックから中途半端に取り出されているのは見慣れたサイズで洗い晒しの服一式。
どうやら羞恥心を煽られたスズノが毛布の中に立て篭もり、着替え途中のレインも手を止めざるを得なかったようである。
唯一緊迫しているのは、奥のベッドに近付こうとするナッキーと阻止しようとする魔導人形たちとの静かな攻防のみ。
少なくとも、此処の守護者たる魔導人形たちは『ナッキーが元凶』と確定したようだ。
軽く安堵の息を漏らしたリュージンは、文字通り〈押っ取り刀〉だった愛刀を懐にしまい込んだ。




