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04 新しい朝が来た。絶望の朝だった。

*読み難かったので文章を少し整えました。

「フッカフカひつじ。執事? 羊! モッフモフひつじ。フカモフだー、イェー!」


 おれはちょっと前から、夕焼け雲みたいな色の〈モフモフ羊〉の背中の上でハシャいでた。

 だって。見渡す限り地平線まで、右も左も前も後ろも〈フカフカモフモフの群れ〉のど真ん中だよ。

 そりゃハシャぐでしょ!


 しかも。おれが撫でると嬉しそうに『メー』『メェー』って鳴いて、次の羊さんの背中にパスされんの。

 楽しいに決まってんじゃん!


「この〈フカモフ(トラップ)〉に、謹んで〈モフラーホイホイ〉の名を進呈します!」


 あ~、よ~く干した布団みたいなフカモフを転がりまくるの幸せ~。

 もうココから出たくない~。

 ヤッホー、モフモフ天国~!



 な~んてモフりまくってたら、モフモフじゃ無いモノに手が当たった。

 痛くは無かったけど。


「……何だろ。羊さんの脚でも無いし?」


 手探りの指先に当たるのはメッチャ固いナニカ。でも金属では無さげ。

 何となく丸みを帯びてる表面は、細いスジみたいなデコボコがいっぱい。


 何コレ?


 あ――下の方は四角くて、横からだと〈分度器〉っぽい?

 もしかして、フタが閉まってる箱か?


 そっと出したら、(あお)い石を金色の縁で繋げた小箱だった。

 おれの掌サイズで、赤と濃紺の細かい装飾が〈魔除けの紋様〉みたい。綺麗だねー。


「……つかコレ、どうしよ?」


 毛の中にしまってた羊さん、嬉しそうに跳ねながら居なくなっちゃったし。


「ん?」


 少しフタがズレてるのに気付いた瞬間、じんわり(あった)かみのある低音が聞こえて来た。


『――この世界、思ってた程酷くねぇかもよ? レイ坊は、もうちょっと希望を持っても――……』

「ふおおぉぉっ――おれはナニも聞いてマセンっ!」


 聞き覚えがある〈渋くてカッコイイ声〉はともかく。内容的に、おれは全部聞かないでフタをキッチリ閉じマシタ!

 心臓が痛いぐらいバクバク言ってんだけど!?



 思い出すのは、昔姉ちゃんに読んでもらった〈パンドラの箱〉ってお話。

 人間の小賢しさに腹を立てた神様に〈好奇心旺盛な性格〉って設定された女性〈パンドラさん〉が、神様から結婚祝いとして持たされた〈開けちゃいけない禁忌の箱〉を開けちゃったってヤツ。


 箱に閉じ込められてた〈災厄〉や〈病魔〉が世界中に広がる中、小さくて出遅れた〈希望〉が残ってたパンドラさんだけは〈絶望〉しないで済んでいて。

 でも結局、寂しいってすすり泣く〈希望〉が可哀想で外に出してあげちゃったから、世界中に〈小さな希望〉が広がる代わりにパンドラさんも〈絶望〉を知った――とか何とか。


 メッチャモヤモヤしてるおれ見て、姉ちゃんは『好奇心旺盛なら喜んだかもよ?』って笑ってたけどさ。



「ヤバイ――コレ本物の〈パンドラの箱〉だったらどうしよ? おれがレインさんの希望逃がしたとか、マジでイヤなんですけど!?」


 閉めるの間に合ったかなぁ?

 間に合ってるといいなぁ?


 そう思ってたら、突然足下が抜けた。



**********



「ウソぉ~~…………あれ!?」


 落ちた先は真っ黒な空間。

 気が付いたら、おれだけポツンと立ってるカンジ。


 羊さんの群れも居ないし、手の中の箱も消えてるし、空も地面も黒一色の所為か急に寒くなった気がする。


 両腕さすってたら、後ろから子供の高い声に名前を呼ばれた。



 あ――夢だコレ。

 振り返った目の前に()るの、どう見ても〈日本の神社〉の〈お賽銭(さいせん)箱〉と〈神様呼ぶ鈴〉だもん。


 だけどこの箱と鈴、どっか見覚えあるような無いような……テレビで見たのか?


『こんなトコに隠れてたの、スズちゃん? お姉ちゃん来たから、もうダイジョブだよ』


 高い声と一緒に横からスッと差し出された小さな手。

 その先で笑う、ショートカットの凛々しい少女。


 思い出せる限りおれの記憶には無くて――だけど確かに見覚えがあるその顔に、おれの口から勝手に言葉がこぼれ出る。


「……〈()()()()()()()()〉?」


 ソレは――〈失われた少女の呼び名〉だと、言ってから自分で気が付いた。



『もう、泣かないの。頑張った良い子にはゴホウビあるんだよ? ほら』


 滲んだ視界の中で困った顔になった少女が、パーカーのポケットから何かを取り出しておれの口に入れる。


 何となく覚えのある甘い味が口の中に広がって、勝手にボヤケてた視界が〈おれの意思完全無視〉で決壊した。


『スズちゃん、早く帰ろ?』


 目を拭ってない方のおれの手を取り、少女が軽やかな足取りで歩き出す。

 雑草が生い茂る中に端の欠けた大きな石の板が並ぶ土の道は、ナゼかおれの胸をざわつかせる。


『ダイジョブ。お姉ちゃんが護ってあげるから』


 伸びたおれの手の先で、振り返った少女が笑う。

 赤い夕焼けに照らされた鮮やかな笑顔は、もう二度と見れない気がしてひたすら哀しい。


 いや違う――見れなくなるって、()()()()()()()んだ。


「……ヤダ! お姉ちゃん、ヤダよ! ()()()行くのヤダ、ヤダっ!」


 少女の腕を引っ張りながら出したおれの声は、今よりもっと高い幼児の声。

 おれも一応声変わりしてたんだなぁ、なんて感想が一瞬浮かんで消えた。


 だって、おれは遅かったんだ。


 おれたちは既に、神社の石段の最上段に居た。

 あの日、おれが〈スズナお姉ちゃん〉を永久に失ったあの場所に。



 そしておれは、あの日と同じく誰かに背中を突き飛ばされた。


『スズちゃん!』


 今なら判る。お姉ちゃんは、とっさにおれを引っ張ろうとした。

 だけど。

 お姉ちゃんだって小学生女児で非力だし、足場も悪かった。

 だから。

 お姉ちゃんは力の方向を変えて、おれを横に放り投げた。


 自分のバランスと引き換えにして。



*********



 雑草の隙間から覗き込んだ長い石段の途中、少し広くなってる段のトコ。

 横向きに倒れて動かない、長袖パーカーとショートパンツの人影。

 短い髪の下からゆっくり広がって行く、黒い染み。

 声にならない乱れまくった呼吸音をかき消すようなカラスの鳴き声と、救急車のサイレンが遠くから聞こえて来る。


 いつもなら多分、恐怖で塗り潰されてパニックしてると思う。

 だけど今は、白黒映像のおかげか〈無〉の状態。


 誰かが言ってた『怒りや恐怖が突き抜けると無になる』って、こういうコト?

 不自然に感情が無くなったようなおれの中で、何かがジグソーパズルのように噛み合って行く。


 ふと、石段の上を見上げた。


 あの時は呆然としてたし、お姉ちゃんしか見てなかったけど。今なら、おれを突き飛ばした犯人の顔が見えるかも知れないよね?



 ……って。やっぱ『そうは問屋が卸さない』か。


 石段の上には真っ黒な子供――多分、幼稚園児ぐらいの男の子――が立ってた。

 大体のサイズは判るけど、色や詳細な形は黒いモヤで包まれてハッキリしない。

 当時のおれと同年代だろうけど、コレだけじゃ個人の特定は難しいカンジ。


 でもあの子、見てるのもイヤだ。気持ち悪い。

 黒く塗り潰された顔の中で、醜悪に歪んでる目と口の形だけがハッキリ判る。

 子供なのに――いや、子供だからこそ〈ホラー〉なのかも。


 階段から人を突き落として、ナンデそんな風に笑ってられるの?

 むしろ、愉悦に浸ってる?

 子供だからって許されるコトじゃ無いし、おれは絶対に一生許さないよ?


 心で思ったら、黒い子供がコッチ見た。

 ……おれを睨み付けるこの悔しそうな顔、どっかで見た気がする?


 不意に、子供の背中辺りから〈どす黒い闇〉みたいのが立ち上った。

 メッチャイヤ~なカンジの色してるけど、何アレ?


 え――何でおれの方に流れて来るの!?


 ちょっ――逃げたいのに身体が固まって動かない!?


 誰か助けて!

 おれを引っ張って退かして!


 誰か――誰かぁ!



『ウォン!』



********



 鋭く短く懐かしい吠え声が聞こえたと思ったら、おれの目の前は真っ白いモフモフで埋まってた。


「……ジョニーさん?」


 聞こえた自分の呟き声は、メッチャ震えてる。

 小さい頃から進歩無いね、おれ。


 ほっぺたに冷たい鼻先が押し付けられて、すぐ下を温かくてザラツく舌にペロって舐められた。


 顔は見えないけど、多分ジョニーさんだよね。

 大分遠慮がちだし、何なら〈最初の頃のジョニーさん〉かも知れないけど。

 でも、おれにとって〈世界一の絶対安心安全地帯〉は、初めて会った時からだし。


「恐いよぅ……人間って恐いよぅ、ジョニーさ~ん」


 ギューッてしがみ付くと、頭の上に大きなアゴをポンって置かれた。

 抱き付いて腕が回るの、やっぱり首のトコだけか。


 そう言えば、イヤがられて振り解かれたコト一度も無いな。

 むしろ離れるなって言わんばかりに背中に乗っけて、フサフサ尻尾でおれの全身バッサバッサ払ってくれてた気がする。何か憑いてた?


 ま、いいや。

 おれが大好きなお日様の匂いは、安全と安心の証拠だし。

 モフモフな毛の下は、しっかり頑丈な筋肉でひたすら温かいし。

 ジョニーさん、最高!



 ん?

 何か光があふれて来て、どす黒い闇がどんどん祓われてる?


 見上げた空は小麦色に変わり、浮かぶは赤い雲と碧い月。

 フワフワのキラキラでファンタジー感満載!

 だけど、どっかで見たコトある色なのはナンデだろう。


 う~ん……?


 ふぉ――!?


 赤い雲に手ぇ伸ばしたら、下の方のうっすらしてるのに触れた!

 ちょっとチクチクして、スリスリするとザラザラだけどキラキラする!


 ふへへ~……。

 チクチクザラザラしてると楽しくなっちゃうの、何でだろね?



 あ~、腕疲れた。

 ちょっと休憩。


 ジョニーさん、尻尾モフモフさせて……ね……。



*******



 ――って言うか。

 さっきから『ガン! ガン!』てお玉で鉄鍋叩くのヤメテ!

 しかもおれの頭の上!


 メッチャ五月蠅(ウルサ)いんデスケドモ!?


「む~……ぅっさぃなぁ……」


 寝ぼけ(マナコ)をコシコシしたら、金属を叩き付ける音が止まった。

 まさか、おれを起こそうとしてたの?


「……お鍋ガンガン言わせなきゃ起きないの、姉ちゃんなのにぃ~」


 ブーイング気分で瞬きして、やっと開いたハズの目の前は黒かった。



「あるぇ~~??」


 不思議に思って上を見ると、割と見慣れた気がする碧い瞳に見つめられてた。

 黒い眼帯にはバラケた赤い髪が掛かってて、頬から首筋はうっすら汗ばんでる。

 ――何かあった!?


 キョロキョロして状況確認。


 今おれは、黒い半袖と黒いハーフパンツでベッドに腰掛けたレインさんの右腕に抱えられてます。おれも寝間着代わりの半袖シャツとハーフパンツです。

 レインさんの左手、鞘のまま短剣掴んでます。中途半端な高さです。


 ……襲撃?


 パッと後ろ振り向くと、ユルフワ赤茶髪のおじさんが変な顔してコッチ見てた。

 慌てて背中に隠した右手、金属っぽいナニカ持ってない?


 警戒してジト目になったら、眉毛が下がりまくってモノスゴ~く情けない顔してる。

 どっかで見たような……?


「あー……スズノ、お早う。大丈夫だから。ナッキーに威嚇は不要だぞ」


 上から降って来た優しい低音は少し困ったような声。

 振り返ると、声と同じ困り気味の表情(カオ)で頷かれた。


 ナッキー……?

 ……あ、暫定父親か。じゃあ警戒要らないな。


「レインさん、おはよ。取りあえず、降りていい?」

「いや、ちょっと待て。お前、裸足だから――」


 遮るようにスイッとスリッパが出て来て、おれの足に装着された。


「スズくん、お早う」

「……オハヨウゴザイマス。アリガトウゴザイマス」


 にへら、と笑われても。

 おれは笑い返す気にはなれマセン。ナゼでしょね?



 レインさんからスルッと降りて、おれが寝てたと思しきベッドに近寄る。もう一つは使われた形跡無いもんな。


 あれ、急に寒い。

 快適温度の結界に慣れ過ぎたか――って、この宿も同じ系列じゃ無かった? ココだけ設定違うのか?


 部屋中をザッと見ても、全く状況が判りません。


 昨日は何だかイロイロあったけど、最終的に〈緑の試練〉で一泊したハズ。

 もう少し〈幹部会議〉続けるって大人たちに言われて、おれはレインさんに連れられて地下の宿泊階に来たんだよな?

 眠くて眠くて堪んなくてドコの部屋に入ったか判んないけど、ベッドが二つあったからツインの部屋。多分移動はしてないっぽい。


 寝る時は、確かにフサフサ尻尾にくるまれてて。

 だから必要以上に安心して寝落ちしそうで、朝起きたらモフモフさせてもらう約束したんだよ。

 で、目が覚めたらレインさんに抱えられてた。


 どゆコト?

 つか、レインさんまで〈下着状態〉ってナンデだ? 寒くないのかな。

 おれは寒いデス。



 枕の向こうに置いた着替え取ろうとして、ふと思った。


「レインさん、おれのコト何時間抱えてたの?」

「いや……そんな長い時間じゃ無ぇよ」

「でもだって――このベッド、冷え過ぎじゃない?」


 冷えてるってか……湿ってる?


 暫定父親も、妙な顔でシーツ触り始めた。


「……スズノ、冷たいならこっちで着替えろ」


 レインさんに着替えごと問答無用で抱えられて、使ってないベッドに乗せられた。

 使ってないのに、ちっとも冷たくない。


 ……まさか?

 おれ――この歳、で……?


 おれの視線に気付いたらしいレインさんと暫定父親が、そっと目を逸らす。


「ふわぎゃあああぁぁぁっ――!?」


 おれはリューさんと魔導人形(ゴーレム)さんたちが慌てて飛び込んで来たのにも気付かず、驚愕のまま叫び続けていた。


今日もよく頑張りました。お疲れ様ですm(_ _)m

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