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03 とあるクランの拠点にて③

学生さんは夏休みでも社会人の皆様はそうとも限らず、お疲れ様です。

小さな幸福を見付けられますように。

*読み難かったので文章を少し整えました。内容自体の変更はありません。

 箱の装飾の点滅が止まった。白い光だけがうっすら漏れる。


「あ――久々の〈レイン坊呼び〉、ツッコミ待ちなら悪い事したか? まぁ良いか」


 デューゼスは〈OFF〉と読める部分に魔力を流し、一切の光が消えた箱を見つめて深い溜め息を吐き出した。

 丸まった背中に漂うのは、哀愁と強い疲労感。


「もう今日は作業出来んな。切りが良かっただけマシか……」


 想定外に増えたメモに、諦めた視線が向けられた。



**********



 見た目通りの神経質さでメモを分けつつ、時折引き()ったデューゼスの口から〈脳筋ゴリラへの愚痴〉がこぼれ落ちる。集約すると『もっと早く、詳細に、些細な事と決め付けず言え』だろうか。


 左上に空けられた穴で揃え、メモ用紙の箱から出した〈緑のリング〉を通す手つきも慣れたもの。リングは(カズラ)を何本も()ってから魔導具に仕上げ、〈(ドラゴン)の力でも切れない〉と証明済みの物だ。

 それぞれの一番上に日時を書き込むと、(まと)めた束をペンと一緒に左胸の蔦の裏にしまった。


 一息つきながら左腰の蔦の裏から取り出したのは、金属の薄い蓋が付いた掌サイズの細長い瓶。

 蓋以外は治癒薬(ポーション)と同じ透明な容器に〈ビー玉〉のような透明でカラフルな球状の物体が並んでいる。


 流れるように一粒出して口の中に放り込み、コロコロ転がしていたデューゼスが、はたと止まった。


「今日はまだ昼時だ。甘い物で〈繋ぐ〉必要無かったな……」


 チラリと走らせた視線の先の〈切り株時計〉は、充分〈昼食〉と言える時間を指している。


「あー、食堂は今〈修羅場(ランチタイム)〉か。こっちで適当に済ませよう」


 辟易とした表情と共に『ガリッ』と言う音が聞こえたが、デューゼスは何も無かった顔で瓶をしまった。



「……簡易宿泊所は問題無いようで結構だが、ナッキーは魔導人形(ゴーレム)たちにどんな指示出したんだ?」


 メモを届け先順に持ち替えていた手がふと止まり、青紫の眉がグッと寄った。

 傍に佇んでいた魔導人形に大真面目な顔を向ける。


「なぁ、元が魔樹(トレント)だと〈魔獣使い〉とは複雑な意思疎通が出来たりするのか?」


 しばらく無言で見返していた魔導人形は首を傾げ、木屑だけ丁寧に回収された作業机の上のナイフと、白いままのメモ用紙を指し示した。


「ああ、もう片付けてくれて構わんよ。いつも有り難う」

『承りました』


 両目を点滅させた魔導人形の頭を、ほんの少しだけ口角が上がったデューゼスが愛しげに撫でる。


「……多分〈基幹人格〉にした〈最古の魔樹(マザー・アン)〉に()けば判るんだろうが、そもそもオレには〈魔獣と意思疎通出来るスキル〉が無いんだよなぁ」


 粛々と〈決められた任務(プログラム)〉を遂行する魔導人形を見つめていたデューゼスは、眉間に深い(シワ)を刻んで手元のメモに視線を落とした。

 如何に自律して見える魔導人形たちでも〈魔導具の一種〉であり、現在クランで使われている魔導具は全て〈魔導具士デューゼスの製造物〉なのである。


「それはともかく。タツさんには〈報告用の精霊〉が絶対必要だ。それともいっそ、ショコラ式に〈専用魔導人形〉造って張り付けた方が良いか……?」


 ブツブツ呟きながら縄暖簾(のれん)へ向かう。

 床まで届くカラフルで長い布の縄を分け、その姿が闇の中へと消えて行く。


 残された魔導人形は、誰も居ないのを確認してから嬉しそうに部屋中の掃除をし始めた。



*********



 縄暖簾の先はほんのり明るい小部屋だった。


 一際目を引くのは入って左の〈魔法陣が刻まれた重厚な扉〉とそれを護るように立つ〈ペアの魔導人形〉、右には隣室同様に廊下へと続くスライド式の扉。

 右隅の机の上には通信機が置かれ、その隣に〈申請用〉と書かれた小さな書類棚、手元を照らす為の〈魔導具灯〉も設置してある。

 正面の〈扉の無いアーチ〉の先には小さなキッチンとテーブルと椅子、奥には簡易ベッドも見え、仮眠も出来る控え室の様相だ。


 右の扉から入って来て、()ぐ右手の机で申請書類を書き、正面の魔導人形に提出して重厚な扉の先に()る物を手に入れる――そのようなシステムなのだろう。

 しかしデューゼスは書類を書く事も無く、魔導人形に向かって声を掛けた。


「今タツさんが預けてる〈レイン用の通信機〉を全部回収して来てくれ。纏めて魔法陣組み直すから」

『承りました』


 両目を点滅させていた魔導人形の片割れがスライド式扉を開けて廊下へ出て行く。

 相方は扉の前から動かない。


 デューゼスは一つ頷き、アーチの先のキッチンへ向かった。



「――ぅえ~ん。ふえ~ん。リッ君ドコ~? リューさんが怖いよ~。ナッキーがキレてるよ~。助けてリッ君~!」


 アーチを潜ったデューゼスの耳に届いたのは、辺りを(はばか)らずに泣く高い声。発生源は、部屋の奥。


 そうっと目を向ければ、ベッドの上に〈赤紫の髪の小柄な女性〉が座っていた。サイズ以外シノンと全く同じ服に皺などは無いが、両肩に垂れた〈三つ編みお下げ〉は緩んでいる。


「……何でこんな所で寝てるんだ、ショコラ?」


 デューゼスの口から思わずだろう呟きが漏れたが、返答は無い。

 ひたすら子供のように泣いている足元の方では〈レモン色のエプロン〉と〈レモン型ボタン〉を付けた魔導人形がオロオロしている。専用にした時ショコラが名付けた〈ジョージー・レモン〉に(ちな)んだ装飾は、他の魔導人形と一目で区別する為だ。


「もしかして、今〈泣きショコラは蜂〉状態か……」


 げっそりと肩を落としたデューゼスが、呟きと共に遠い目をした。



 今朝デューゼスが無頓着なのを良い事に、普段は(うなじ)と毛先近くの二カ所を結ぶだけの髪を喜々として三つ編みに仕上げ、蝶々結びの赤いリボンまでサービスして行った張本人がこの〈ショコラ・マーブル〉である。

 てっきり自室に戻ると思っていた予想に反し、ずっと控え室で寝ていたらしい。


 本人に悪戯のつもりは無いが、〈思い付いたままやらかす〉事と〈見た目が小柄で童顔〉な所為で、仲間内では〈天然毒舌やらかし魔女〉とも〈三十歳児〉とも呼ばれている。ついでに、普段から彼女のフォロー役をしている幼なじみの〈エリクール・アポロ〉には〈不憫従者〉や〈残念貴公子〉などの別名が付いてしまっている。


「……あー、クーは今〈紫〉だったな。シノンもジンも居ないし、残ってるのはオレだけなのか」


 ジョージーがエプロンのポケットからペンと白い紙を出してアピールし、納得したように頷いたデューゼスも椅子を手にして近付いた。



********



 王国歴で十五年前に十七歳で召喚され、幼なじみのエリクールと二人で追放されたショコラを、デューゼスは割と気に入っている。

 そもそも頭の回転が速いのと、自称〈オタク〉な所が気の合う所以だろう。


 召喚直後に保護したのはリュノスなので聞いた話ではあるが、説明を受ける前からウェブ上で使っていた〈ハンドルネーム〉を名乗ろうと考えていたらしい。

 デューゼスが保護した〈大学の先輩後輩らしい二人組〉は、懇切丁寧に説明しても苗字を隠しただけ。勇者だ賢者だと持ち上げられて御満悦の姿を見て早々に見限ったが、高校の制服姿だったショコラとエリクールの冷静さに興味を覚えたのが第一印象だ。


 その上、〈馬丁〉のエリクールは王城から出されると聞くや、レアで有用な〈()()()()()()()()スキル〉を〈()()()()()()()()()()()()()()スキル〉と誤認させ、〈使えない占術師〉として自分もまんまと王城からの放逐を勝ち取った。

 口を開く度に煽って王と側近の額の血管に圧を与えていたのは、〈フォロー担当幼なじみ(エリクール)〉によれば『天然のドジでうっかり本音がポロリしていただけ』らしいが、それも含めてデューゼスの評価はかなり良い。


 それにショコラが欲しがる魔導具はデューゼスも興味を惹かれる発想が多く、片っ端から造らされても満更でも無いのだ。

 余った物を売る為にエリクールと共同で〈M&A(エムエー)商会〉を立ち上げ、責任を持ってちゃんと経営している所も高く評価している。


 『ショコラに調理させたら〈味覚破壊を起こす物〉が出来上がる』と言うマイナスがあってもお釣りが来るレベルなのである。



 そんなショコラが目の前で泣き続けているのを見下ろして、メモを構えたデューゼスは声を掛けるのを躊躇(ためら)っていた。

 涙で滲む紅茶色の瞳には〈赤い光の膜〉が掛かっていて、未来視の〈予知夢〉より緊急性が高い〈白昼夢〉が発動中だと判ったからだ。


 道理で〈ショコラ専用魔導人形(ジョージー・レモン)〉が泣き()ませない訳だと、ひっそり嘆息する。


「あ~、マキさんだ~! マキさ~ん、リューさんとナッキーが『〈カチコミ〉掛ける』って怖い顔してるの~! 何だか解んないけど止めて~!」

「は!?」


 デューゼスに気付いた第一声は予想外過ぎて、表情筋が怠惰な男には珍しい呆けた顔を(さら)した。


「『カチコミ』って――()()()()()()言ったのか?」

「そう~。ナッキーは笑って賛成してる~。カチコミって、何~?」

「えー……確か『標的(ターゲット)を襲撃する』、だったか? あーもう、とっくに騎士団辞めてんだよ。〈特殊用語〉なんか忘れてるっての!」


 メモに荒くグチャグチャな線を書き殴り、デューゼスが大きく息を吐く。


「あ――リューさんが〈怒り狂う〉って事は〈仲間に被害が出る〉のか? でも、カチコミ掛ける? 基本的に『復讐(やりかえすの)、面倒』って言い放つ人が? どういう事態だ?」


 ジョージーにツンツン腕をつつかれて視線を戻すと、首を傾げるショコラの瞳の赤い膜はさっきより薄くなっていた。


「ショコラ、リューさんと一緒に居るのはナッキーだけか? 他には居ないのか?」


 膜が完全に消える前にと、デューゼスは慌ただしくメモに文字列を書き殴る。


「ん~……近くだけど、一緒じゃない~。タツさんもジンさんも居ない~。誰も居なくて止められないの~」

「あの二人だけって事は〈緑〉に居る間か。時間的に考えて、多分タツさんの懸念が大当たり――まさか、G王国で活動してる全員の登録札(ギルドプレート)が細工されてる? それなら『元凶潰す(カチコミ)』も納得だが……」


 ショコラの反応を注意深く観察しながら、デューゼスは淡々とメモの書き込みを増やして行く。



「取り敢えず、現況をナッキーと共有して――」

「え――ウソ――うぎゃああ、リューさんが鬼の形相おおぉっ! 誰かナッキーを止めて! ダメ、ヤメて! リューさんを煽らないでええぇっ!」


「やっぱり、ナッキーには黙っておくか」

「あ――リューさん止まった! けど、まだ怒ってる?――ヤメてナッキー、煽るのダメぇ!」


「そうか、さっきのタツさんの話と繋がるなら一応リューさんにも(プレート)の件伝えないと――」

「ぎゃあ! ナッキー、キレないでええぇっ! 暴れるのヤメてええぇっ!」


「ナッキーには聞かせないよう念を押しとくか。だが一応ギルドマスターの管轄だし、タツさんとは情報共有しないとなぁ?」

「ふぎゃあ――タツさんが止めてくれない! 先陣切って『〈特攻(ブッコミ)〉かます』って言ってるの何で!? 〈暴走族(ゾク)〉の人!?」


「え、ちょっと待て――まさか、レインが怪我した? 札の細工が〈最悪の方〉か? いっそ先回りして鑑定した方が――」

「みぎゃああっ――マキさんマキさん、ナッキーを止めて! リューさんは静まったのに、ナッキーがマジギレしてる! 前とおんなじ顔で笑ってて、メチャクチャ恐いよおおぉっ!」



*******



「ふむ。ナッキーへの口止めをしつつリューさんに報告するのは確定で、登録札の事は黙ってる……つまり、レインが結界に弾かれても怪我をしなきゃ良い訳か?」

「あれ――ナッキーがションボリしてる? レインくんの……尻尾に謝り倒してる? 何で?」

「……尻尾は意味不明だが、このルートで良さそうだな」


 大きく息を吐き出したデューゼスの目の前で、ショコラの瞳から最後の涙の粒がポロリと落ちる。

 赤紫の髪の間でパチパチと瞬く瞳はしっかりと意思を感じる紅茶色。


 赤い光の膜は完全に消えていた。


「……ん、マキさん? おはよう?」

「あー……うん、お早う」


 頭上に『?』が飛びまくっているのが見えるようなショコラに、デューゼスは左腰の蔦から出した瓶を見せた。

 反射的に開いた口の中へ〈青い波が入った一粒〉を放り込む。


「じんわりジューシー!?――レア物!?」

「それ舐めて、しばらく待ってろ。今、昼飯用意するから」

「は~い!」


 ニコニコと両手で頬を押さえるショコラに背を向け、デューゼスは書き散らしたメモをジョージーに差し出されたリングで留める。大きな溜め息は止まらない。


「あぁ、もぅ――魔導具だけ造っていたい……」


 左胸の蔦の裏にメモをしまいながらボソッと呟いたデューゼスの腕を、伝達用の分を受け取ったジョージーが無言でポンポンと軽く叩いた。


お待たせして済みませんでした。時系列を間違えてて、大幅に書き直してました。

この時点でマキさんが知らない筈の事喋らせてたもので…くっ、迂闊(-_-;)

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