02 とあるクランの拠点にて②
*読み難かったので文章を少し整えました。
「取り敢えず、〈依頼品〉が無事で本当に良かったですよ。〈相当な壊れ物〉で注意が必要と聞いてましたし」
デューゼスが小さく安堵の吐息をこぼした。表情に出なくとも、それなりに心労は抱えていたようだ。
『あー、うん。無事だな。見た限り無傷だし、眩しいぐらいキラキラしてたぞ』
リュノスの言葉に、透明レンズの向こうの赤紫がスッと細められる。
「そっちも既に〈やらかし済み〉でしたか。流石は〈脳味噌まで筋トレしてるゴリラ〉と名高いお方だ」
『いやいや、不可抗力だから! それにもう挽回したし、異様に懐かれたから!』
焦ったような重低音に軽く眉を上げ、デューゼスはメモ束と木片をしまう。
「いえ、元々〈脳筋ゴリラ〉には期待出来ない案件だったので構いませんよ。懐かれたなら重畳。寧ろ、このまま無事にナッキーに引き渡せれば〈棚からぼた餅〉ですね」
『……俺も概ね同意なんだけどさぁ』
神経質一歩手前レベルで固く生真面目そうな低音に〈からかう色〉が混じっているのに気付いたのか、赤い光が点滅する箱から嘆息がこぼれ落ちた。
『まぁ、いいや。今夜〈サクラが連れて行く〉から、夏喜への連絡頼むわ。〈お前から〉なら流石に出るだろ。昨夜も今朝も、何度か通信飛ばしてんのに無視しやがって。あの野郎』
愚痴っぽいリュノスの口調から〈苛ついている原因〉の一端が窺え、口の中で「成る程」と呟いたデューゼスのペンが新しいメモの上を走り始める。
「今回ナッキーは大分面倒で、オレの方も〈拠点間通信〉しか出ませんよ。それも〈リューさんが確実に出られない時限定〉です。なので、リューさんに連絡しときます」
『ガキか。ったく。ボスも通信機持ってくれりゃあ俺から〈直電〉すんのによぉ』
「まぁ、通信機は魔力辿って〈居場所の捕捉〉や〈盗聴される〉可能性が消せませんからね。拠点間みたいに〈定位置にして隠蔽掛ける〉か、いっそ〈精霊を介した通信〉なら〈完全秘匿〉出来るんですけど」
『ああ……ボスも夏喜も、G王国に捕捉されたらイチャモン付けられそうだからなぁ』
苦笑いの気配にカツッと不自然な音を立て、ペンが止まった。
「他人事じゃ無いですよ。二人とは〈正反対の意味〉でタツさんも煩い事になるんだから、早く〈精霊通信〉覚えて下さい。ジンや子供たちと違って無駄に魔力高いんだし、波長が合う精霊の一人二人居るでしょ? でないと、変装用装備から温度調節抜きますよ?」
『……』
無音で点滅し続ける赤い光。
返答を待たず、ペン先が再びサラサラと走り始めた。
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『精霊は、うっかり消しちまいそうで怖いんだよ。中級以上でも属性以外見分けがつかんし……。いっそ〈ウチの魔導人形〉使わせろよ。魔力量的には大して変わらねぇだろ?』
「魔導人形は精霊じゃないので使えません」
リュージンへの連絡事項も書き終わり、次のメモに入ってやっと聞こえた溜め息混じりの不服そうな声に、デューゼスが呆れたような溜め息をつく。
「アンタ本当に〈精霊関連〉苦手ですね。やってる事似てるし、寧ろ気が合いそうなのになぁ?」
『うるせ。放っとけ』
「そうだ、精霊で思い出した。〈現状でレインが使える通信〉の詳細を下さい。登録札は〈ウチの〉だから〈メンバー間の秘匿通信〉は問題無い筈。繋がらないのが距離の問題なら最新機で間に合うとして、違うなら対策練らないと」
リュノスの返答には少し間が空いた。
『ん~……滅多に拠点に来ねぇから札も更新してねぇし、何なら〈最初のまんま〉か? 今までは〈呼び出されるだけ〉だから、問題無かったらしいぜ』
「は? 最初って――〈ポケベル・無線型〉ですか? 現在の〈暗号変換通話〉どころか〈電話〉も使えない? 残りの手段は〈ギルド経由の連絡〉のみ?」
『……そうなるな』
「それじゃ今後の連絡も差し障るだろうが! せめて〈電話のみの小型〉ぐらい渡しとけよ! 造った端からタツさんに預けたよな!?」
思わず頭を抱えたデューゼスの口調が崩れ、深く長い息を吐く。
『俺が居なくても渡せるように、拠点の魔導人形に預けてあんだよ。だから今も持って無ぇ』
「はあ? ジンに預けたら治癒薬の調達時にでも渡せるのに?」
『あ……』
重低音の返答は年甲斐も無く唇を尖らせている気配を感じさせ、デューゼスの声に氷のトゲを装備させた。
再び静かに点滅するだけの赤い光に片眉を上げ、溜め息をついたデューゼスは新しいメモにサラサラ指示を書いて行く。
「流石に不憫過ぎるので、『忘れてた』以外の言い訳考えといて下さいね。『直接顔を見るまで渡さん』とか、何かこう〈タツさんの我が儘〉的な方向で」
『……おう』
「今は取り敢えず、登録札の通信に異常が無いかを最優先でチェックしときます。時期的に〈春の健康診断〉の〈クラン連絡〉をする予定だったので、丁度良い」
『あ~、うん。レイン坊の登録札、何か〈細工されてる感じ〉だし。念入りに頼むわ』
「はい――?」
メモに落としていたデューゼスの視線が上がり、変わらぬテンポで点滅する赤い光を凝視した。
「あの――タツさん? 〈細工されてる感じ〉とは?」
『ん? 何つーか……〈ボスの魔力が感じられねぇ〉状態?』
「は!?――ちょっとそこ詳しく! タツさん!」
しばし固まっていたデューゼスは直ぐに右手を猛然と動かし始めた。新たなメモが箇条書きで埋まって行く。
『つっても俺、〈鑑定系〉は無いからさぁ。掛かってる魔法が〈通信妨害〉でも〈耐久上げ〉でも区別がつかん訳よ。ただ――』
「ただ?」
『コレ夏喜の結界通れねぇだろな、とは思う。弾かれんのが目に見えるようでさぁ』
「だからと言って――登録札を外していたら、当然〈不審者認定〉されますよね?」
『あー……夏喜だしな。マキ、どうすりゃいいと思う?』
トーンが下がったリュノスの声は、〈期限ギリギリまで溜め込んだ事務仕事の手伝い〉を頼みに来た時の顔を思い起こさせた。
濃い青紫の眉がグッと寄る。
メモに何事か書き付けては線を引く作業を繰り返したデューゼスは、最終的に一番最後に書いた文字列に丸を付けた。
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横線で消した文字列をコツンコツンとペン先で周回していたデューゼスが、三巡した所で小さな溜め息をつく。
「タツさん、〈幹部専用通信機〉持ってますよね?」
『おう、最新のな。来る前に渡されたぜ』
「それ、しばらくレインに貸しといて下さい」
『は?』
「万が一の用心です。あれを持ってる状態なら、余程の事が無い限りレイン自身は弾かれません。本当言うと、結界に触れる前の時点でリューさんに鑑定して貰うのが一番なんですが……」
「森の奥にも監視者が入り込んでたから無茶はさせたくないんだよな」と小さくこぼすデューゼス。
赤い光の点滅が続く箱の先で、息を呑んだ気配がした。
『登録札、そんなヤバい感じか?』
「……ええ、まあ。向かうのが〈ナッキーの所〉だけに〈最悪の予想〉が当たった場合は洒落になりません。なのでタツさん。お願いしますね、本っ当に!」
『おぉ……解った』
動揺するリュノスの声は、完全徹夜で仕上げた書類の山を『次回は是非余裕が有る内に』と一言添えて渡した時の様子を彷彿とさせた。
悪化した肩凝りでしばらくの間デューゼスの腕・首・頬は挙動がおかしく、部下たちに遠巻きにされた上、アーケイルにも大分心配されて気を遣われた遠い日の記憶だ。
しかし、それ以降は〈事務仕事で徹夜した覚え〉が全く無いデューゼスである。
「他に聞いておく事は有りますか?」
『えー……あ。そう言や、通信出来る範囲が狭くなった気がするとかシノンが言ってたな。召喚の影響で魔素が乱れてんじゃねぇか?ってさ』
「あー……まぁ、多少の影響は有るでしょう。〈G王国の魔法陣〉は〈大量の魔素を急激に消費する物〉ですから。その辺を織り込んで開発した最新型でも狭いなら、旧型なんて――」
先に言えとばかり赤い光に半眼を向けていたデューゼスの視線が、ふと宙に浮く。
「――いや、ウチを狙った〈妨害〉か〈傍受〉か? オレ以外にも〈魔導具士〉は居る訳だし、もしや通信機の魔法陣が解析されてる?」
赤い光が『え~?』と揺れる重低音に合わせるように点滅した。
『解析出来んのか、あの国? 王都内の〈異常感知結界〉も、〈お前が副団長の時〉に組んだまんまなんだろ? 俺たちの馴染みの店は警護が楽だってケイルが言ってたぞ』
デューゼスの口角が、珍しい程にグイッと上がった。
「ああ、当時は『〈一般通信や小競り合いは素通しする異常感知結界〉を構築しろ』とか無茶振りされましたね。懐かしい。面倒な設定をさせられた御陰様で〈通信関連〉と〈結界の仕組み〉に詳しくなれた上〈独自の通信システム〉も開発出来ましたよ。有り難い。感謝も込めて〈G王国の風船脳連中〉には絶対秘匿させて貰いますけどね。ははははは!」
『ちょ――苛ついたのは解ったから、落ち着けマキ!』
感情の無い声で笑うデューゼスに赤い光が慌てたように点滅し、微かな物音に振り向いた先で魔導人形も戸棚にぶつかる程下がっている。
デューゼスは「コホン」と咳払いをした。
「当時を思い出したらつい。失礼しました」
『いや、珍し過ぎて驚いただけだ。夏喜ならともかく、お前がそんなに根に持ってるとは思わなかったぜ。あの国王を嫌ってるのは知ってたけどな』
「いえ、〈嫌い〉では無いですよ」
『へ――マジで?』
「はい。〈大嫌い〉ですね。〈御器齧虫〉と同じぐらい」
淡々と告げたデューゼスの目の前で、箱から赤い光が消え掛ける。
慌てたように『おぅ、そぅか……』と声が揺れ、また一定の点滅に戻った。
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ついでに通常の業務連絡も済ませ、リュノスは扉脇の〈岩に偽装した通信機〉から手を離しつつ釈然としない顔で小首を傾げた。
通信機の魔力が完全に切れたのを確認してから兜を被り、ドーム状に展開している〈完全防御と隠蔽の結界〉も解除する。
「……あ。サクラが〈状態異常の回復〉を覚えたかもって言い忘れた」
和紙に似た紙を回収し、ポーチに押し込みながら呟いたのは無意識のようだ。
その目線は、結界に沿う形で落ちていた魔石の幾つかが、地面の上を滑るように離れて行く様子を追っている。
「いや、シノンからボスに伝えた方が良いか。竜関係はボスの管轄だし――」
呟きが途切れた一瞬に右腕が振り抜かれ、その軌道に従い発生した風が〈空気の刃〉となって魔石の周囲を走り抜ける。
魔石がコロンと転がって止まると、離れた岩陰から這い出した〈中型犬サイズで蠍に似た形の魔獣〉が途切れた糸を尾に絡めたまま慌ただしく離れて行った。
「――それに坊主にどんな影響出たのか、ボスに調べて貰わんとな。うん」
魔獣を一瞥もしないで頷いたリュノスは今度は掌をかざして小さな竜巻を起こし、結界の外周に散らばっていた魔石を吸い上げさせて無造作にポーチに入れて行く。
「あ~、下手するとまた〈夏喜がブチキレそう〉だぜ……面倒くせぇ」
周辺の魔石を全て回収して両手をはたいたリュノスから、重過ぎる溜め息が吐き出された。
「御器齧虫」は「油虫」の別名を持つイニシャルGのアイツらです。マキさんは最早、生理的嫌悪レベルであの国の上層部を嫌ってます。今回の愚痴は氷山の一角。




