38 お父さんたちは心配性②
*読み難かったので文章を少し整えました。内容自体の変更はありません。
二人に礼を言って薬を飲んだレインは、しばらく眼帯の上から左目を押さえていた。
だが、以前のように暴れる事も無く、小さく息をつく。
「ふぅん……最上なら飲んでも大丈夫なのか?」
リュージンの問いに、少し考えてから首を振る。
「違う、気がする。呪い自体、少し弱まってる、ような……?」
まだ掠れていたが、さっきより声は出ていた。
しかし何かが気になるのか、しきりに胸元を摩って端整な顔をしかめている。
鉄錆の臭いだろうか。
「そう言やぁ、夏喜の子の――〈目覚まし屋〉の方は〈血が駄目〉なんだっけ?」
「ああ。スズノは、鼻がイイから……バレそうだ」
起きたばかりのレインは、まだ上手く頭が回らないらしい。
へにゃりと伏せられた真っ赤な獣耳に、腕を組んだリュージンも少し考え込む。
「なら、シャツだけ換えとけ。少しは誤魔化せるかも知れねぇ」
懐から同じ〈黒のアンダーシャツ〉を取り出してレインに渡す。
レインも察しているのか、頷いて温和しく着替える。
さっきまで青黒かった肌はすっかり健康的な色になり、右腕も問題無く動いていた。
ジンの〈最上治癒薬〉の効き目を実感したリュージンは、顎ヒゲを撫でて苦笑した。
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「何が起きたか解ってるか?」
着替えて少し落ち着いた所で、リュージンは声を改めた。
「ん。ナッキーの結界に弾かれた。何が理由かまでは判らねぇけど――」
頷いたレインが傍に居た半透明のヒトデに気付き、手元に呼んで頭部を撫でる。
「お前も弾かれたのか? オレたちはスズノの害になるって判断されちまったか?」
「いや、そいつは〈クッション化〉してお前を守ってた。墜落してこの程度で済んだのは、そいつのおかげでもある。礼を言っとけ」
リュージンの言葉に、レインは両手からたっぷりと魔力を流す。
半透明のヒトデが嬉しそうに点滅を繰り返し、輪郭がハッキリ色付いて行く。
「弾かれた原因はコイツだ」
言いながらリュージンは懐から〈茶色い紐が付いた小さな金属片〉を取り出し、レインの目の前にぶら下げた。
「コレ? 冒険者ギルドの〈登録札〉――オレのか!?」
「正確には〈お前のじゃ無い〉。だから〈そうなった〉んだよ」
「オレのじゃ無い? だって――いつの間に?」
己の胸元――上着とアンダーシャツの間を探るレインの指先に触れるのは、無残な穴が開いた布と新品の布。
普段ならその辺りに登録札があるのだろう。
その位置で破裂でもしようものなら、服の防御は予想より遥かに薄くなる。
怪我の程度からすれば納得だが、リュージンは重い溜め息をついた。
「レイン。お前の活動拠点に変更は無ぇか?」
ビクリと肩を揺らしてリュージンを見たレインが、そっと目を伏せる。
「……兄貴の呼び出しも〈ヴェルビール〉のギルドで請けた。その後王都で受注手続きをした時は、依頼票と登録札を見せるだけで済んだ」
「王領北部〈ヴェルブレンド領〉の、〈領主街ヴェルビール〉――だよなぁ?」
何処か苦々しいリュージンの声音に、レインは俯き加減で頷く。
「……お前が悪い訳じゃ無ぇ。多分〈やらかした〉のは俺だよ」
思い当たる節に思わずフッと笑うと、レインが顔を上げた。
不安そうな理由は解るが、ヒゲが無い所為か表情がやたら幼く見える。
「向こうが〈命の恩人〉って言うから信用してたんだ。だが〈恩を感じていない〉のなら、根底から覆る。それだけだぜ」
苦笑したリュージンは、昔よくやったように、獣耳ごとレインの赤い髪をくしゃくしゃ撫で回す。
二十年近く何もかもを諦め、流されるまま飄々としていたレインの感情が表に出るようになったのは、確実に今度の仕事のおかげだろう。
ただ年齢相応まで行くには、止まっていた時間が少し長過ぎた。
それが良いのか、悪いのか……。
「この話は後だ。話すなら、まとめて一度で済まそうぜ?」
最後にポンポンと軽く掌を弾ませると、レインも小さく頷いた。
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「取り敢えず、そろそろ連絡しねぇとなぁ。多分、サクラがウロウロし始めてんぞ」
探知に引っ掛かった中で一番濃い気配が、山の入口辺りを行ったり来たりしている。
周辺の魔獣の緊張が、半端じゃ無い事になっているだろう。
「レイン、通信機持ってるか? 俺は基本〈精霊頼み〉だから、持ってねぇんだよ」
出番かとモフモフ耳を立てた水色兎をあやすように撫で、リュージンはレインに目を向ける。
頷いたレインだが、ポケットから取り出した小さな長方形の木片をじっと見つめるだけ。
真っ赤な獣耳と尻尾が困惑を伝えて来る。
「タツさんが貸してくれたけど、掛け方は聞いてねぇ。『魔力通しゃ繋がる』って言われたんだが」
「どんなのだ? ああ、最新型か。確かに、登録札の通信機能とは別の仕組みにしたっつってたからなぁ」
掌に乗せた長方形の木片を、リュージンは矯めつ眇めつ眺める。
細かい装飾に見える魔法陣を読み解き、軽く頷いた。
「解った。俺が掛けてやる。外の魔素使った方が効率良さそうだから、表へ出るぞ」
また伏せられている獣耳ごとレインの髪を撫で、立ち上がろうとしたリュージンがギクリと固まった。
「師匠? どうした?」
「……ヤバイ。〈冷え〉が腰にキた。歳は取りたく無ぇなぁ……」
情けない声で腰を摩るリュージンに、レインと水色兎が弾かれたように跳び上がる。
ハグレ精霊も加わり、三人で甲斐甲斐しくリュージンの世話を焼きながら外へ出た。
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『はい、こちらシノン。今取り込み中です~。タツさん、用事なら要点のみにしておくれやす~』
リュージンが通信機を作動させて直ぐに返答があった。
不機嫌そうなシノンの声が、水色兎以外の顔をほんの少し引き攣らせる。
「悪いな、シノ。レインが使い方判らねぇっつうから代わりに掛けたんだが、〈リューノの通信機〉借りてた所為だったのか。道理でなぁ」
リュノスに借りたとは聞いたが、最新の〈幹部専用通信機〉とは思わなかったリュージンである。
一般には秘匿しているが、〈身内が結界で弾かれるのを防ぐ〉目的で〈フリーパス認証〉を付けた代物だ。
それでも弾かれたとなると、〈一発退場〉か〈宣戦布告〉レベルの悪意が検知された事になる。
『リューさんの声に聞こえるけど……色々と状況が解らないね~。取り敢えず、〈レイくんと一緒〉って判断で良いのかな?』
考え込みそうになったが、ナッキーの声で我に返った。結界の設定次第でもあり、結論にはまだ早いのだ。
「お? 夏喜も居るのか。丁度良いや。〈緑の最後の安全地帯〉で落ち合おうぜ。こっから近いだろ――って、待てコラ!」
意識が少し逸れた横から、半透明の手が通信機に伸びていた。
「――スズノは!? シノン、スズノは無事か!?」
「レイン落ち着け! 聞いてやるからちょっと待てっての。通信切れちまうぞ?」
場の魔力に引っ張られたらしいヒトデは水色兎に任せ、起き抜けで魔力の制御が甘くなっているレインを何とか落ち着かせる。
『……あー、うん。スズくんは無傷やよー』
「ん? シノとサクラも、怪我なんかしてねぇだろ?」
平坦なシノンの声に首を傾げたが、続いた言葉で納得した。
『うん。ナッキーの心が、スズくんに〈ザックリやられた〉だけやね~』
「あぁ……まぁ、ソレはしょうが無ぇだろ。自業自得だ」
『え~! リューさんてば、僕に酷くない?』
この期に及んで文句を垂れるナッキーに、思わず呆れた声が出る。
「俺は一応注意したからな。〈威嚇〉にしとけって」
『へ?――え?――〈アレ〉は〈この事〉だったの!? 解る訳無いよねっ!?』
「とにかく、先に行ってるぞ。寒くて敵わねぇ。また後でな」
どうせ後で同じ話になるのだからと面倒になって通信を打ち切ったが、どうしても言いたい事が口からこぼれる。
「何で〈幹部専用〉貸してんだ? リューノの〈見切り〉はもう〈予知〉だろ。性能がおかし過ぎんだよ!」
「シノンも同じ事言ってたぞ?」
「だろな!」
考える事と自重を放棄したリュージンは、水色兎に手伝わせて、〈緑の試練の最後の安全地帯〉の裏口へ四人纏めて一気に転移した。




