36 俺たち脳筋族
*読み難かったので文章を整えました。内容自体の変更はありません。
高くそびえ立つ雪山の裾野。
麓にも近いその場所で、うずくまっている竜に取り縋り、グスグス鼻を啜りながら必死に釈明を試みている中年男性。
それに対し、サクラの首に腹這いにしがみ付いて顔を背け、無言で徹底抗戦の構えを見せる少年。
二人の間でひたすら困惑しているサクラから少し離れ、三角耳を伏せて尻尾を丸めている蒼銀色の大きな山犬。
「混沌やわぁ……」
闇の中で所在無さそうに立つシノンは、遠い目をしながら思わず呟いていた。
『しまった!』と思った時にはもう遅い。ナッキーが〈ホラー漫画の人外キャラ〉さながらに、『グリン!』という描き文字が背景に出そうな勢いで振り返る。
「シノちゃん! 圧倒的に情報が足りないよ! 引き継ぎどうなってんの!?」
「引き継ぎて。ウチかて『サクラちゃんに乗せて運べ』て、タツさんに言われただけやし――」
視線をさ迷わせても、標的が変わってホッとしているサクラが見えるだけ。
スズノは完全無視で、山犬はサクラに怯えている。
「――待って、ナッキー! 恐い、恐い、恐いっ!」
雪道なのに『スタスタスタ』と高らかな足音の幻聴を伴い、鬼気を帯びた圧力のナッキーがシノンに迫り来た。反射的に背筋が伸び、冷や汗が噴き出るレベルだ。
シノンは半身で圧力をかわしつつ、ジリジリとサクラの方へ後退る。
嫌そうに顔をしかめているサクラも、強靱な尻尾をナッキーとの間に割り込ませてシノンを庇ってくれる。
手が届く数歩手前で、ナッキーが足を止めた。
「じゃあ、タツさんが任務放棄したって事かい?」
「ん?……任務放棄?」
双方の認識に差異があると、ようやくシノンは思い至った。
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一つ目。本来の護衛担当者はレインであり、自分とサクラはただの輸送係である事。
二つ目。レインが現在居ないのは、先程結界に弾かれた所為だと思われる事。
三つ目。弾かれた理由は、こちらで思い当たらない事。
この三点を伝えると、やっと現状を理解出来たらしいナッキーが鎮まった。
「……状況は解ったけど。でもね。本当に、僕が〈レイくんを弾く〉なんて有り得ないんだよ。ソレ、普通に〈リューさんに喧嘩売る〉って事だからね?」
顎先を撫でて考え込んでいるが、目線はチラチラとスズノに飛んでいる。
「それに。僕とレイくん、仲良しの方だよね? 〈フィナちゃん〉のお兄ちゃんだし、〈ケイちゃん〉の弟くんだし。何なら僕、〈ヴェラクリスト兄妹〉とはリューさんより仲良しだと思ってるんだけど」
「それはウチも認めるわ~。〈長男坊〉はともかく、〈末妹〉とは一番仲ええやろ。お兄さん二人別にしよったら、ナッキーに一番懐いとるのと違う?」
「だよね~? そもそもレイくんに酷い事したら、リューさんより先にフィナちゃんに〈報復〉されちゃうよ。うちの娘と似てて、〈兄弟の敵〉に割と過激な娘だからね~」
「……あれ? 『伯爵家の全私兵投入する』て、冗談やろ? 本気と違たよね?」
「まぁね~。一応、『冗談って事にしときなさいね』って注意しといたし」
静寂が辺りを包み、顔を背けていた筈のスズノの背が小刻みに揺れ始めた。
「ちょ――本気なん!? え――そのウィルフィと、ナッキーの娘さんが似てるん!?」
「似てるね~。根本の考え方とか、対応の過激さがソックリ。懐かしいよね~」
「……ほんまに?」
「ほんま。『受けて立とう。戦争だ』って本気で言い切っちゃうし、実行しちゃう娘だよ。うちの娘は単騎特攻型だけどね~。軍隊も権力も無いし、古武術習ってたから」
感慨深そうなナッキーを尻目に、シノンはサクラの背のスズノを仰ぎ見た。
何らかのトラウマが発動したのか、闇に浮かぶクリーム色のコートがプルプル震えている。
恐怖の感情しか見えないその様子に、唾を飲み込むシノン。
「だからね。そんな〈危険な事〉、僕は『絶対しない』んだよ。スズちゃんなら、解るでしょ?」
単に事実を述べただけの言葉に、プルプルしていたコートの頭が小さく頷いた。
「良かった! スズちゃんさえ僕を信じてくれたら、もういいや。後は、レイくんの捜索と〈原因をブッ潰すお仕事〉だね。よぉ~し、張り切っちゃうぞぉ~!」
とても明るく朗らかな声音で告げられた不穏な言葉に、スズノが半身を起こして蒼白な顔を向ける。
それに対するナッキーは、実に〈イイ笑顔〉を見せた。垣間見たシノンが、無意識にサクラに縋り付いてしまう程に眩しい笑顔。
慌ててスズノを見上げ、口を開こうとしたシノンの上着のポケットで赤い光がゆっくり点滅し出した。
「シノちゃん、ソレ。タツさんからの連絡っぽくない?」
「え――タツさんから? これ以上の緊急事態は要らへんのに、何やろか?」
ポケットから取り出した〈小さな長方形の木片〉を握り締め、シノンが魔力を流す。
「はい、こちらシノン。今取り込み中です~。タツさん、用事なら要点のみにしておくれやす~」
暗に『長話なら切る』と告げたシノンだが、返答に顎が落ちそうな程口を開けた。
『悪いな、シノ。レインが使い方判らねぇっつうから代わりに掛けたんだが、〈リューノの通信機〉借りてた所為だったのか。道理でなぁ』
木片からの魔力に乗って聞こえた低音の渋い声が、闇夜の雪山に染み渡った。
*********
最初に再起動したのはナッキーだった。
顎に手を当て、首を傾げる。
「リューさんの声に聞こえるけど……色々と状況が解らないね~。取り敢えず、〈レイくんと一緒〉って判断で良いのかな?」
『お? 夏喜も居るのか。丁度良いや。〈緑の最後の安全地帯〉で落ち合おうぜ。こっから近いだろ――って、待てコラ!』
通信機の向こうで、何やら揉めている気配がする。
次の瞬間聞こえた声に、スズノとシノンはホッと息をついた。
『――スズノは!? シノン、スズノは無事か!?』
『レイン落ち着け! 聞いてやるからちょっと待てっての。通信切れちまうぞ?』
頬を緩めたスズノを見て、ハンカチを噛み締めそうな表情になるナッキー。
見比べたシノンは無意識に半眼になっている。
「……あー、うん。スズくんは無傷やよー」
『ん? シノとサクラも、怪我なんかしてねぇだろ?』
「うん。ナッキーの心が、スズくんに〈ザックリやられた〉だけやね~」
『あぁ……まぁ、ソレはしょうが無ぇだろ。自業自得だ』
「え~! リューさんてば、僕に酷くない?」
『俺は一応注意したからな。〈威嚇〉にしとけって』
「へ?――え?――〈アレ〉は〈この事〉だったの!? 解る訳無いよねっ!?」
『とにかく、先に行ってるぞ。寒くて敵わねぇ。また後でな』
一方的に告げると、ブツリと魔力が切れて通信も途絶えた。
両手両膝をガックリと地面に着けているナッキーに憐れみに似た目を向け、シノンは木片をポケットに丁寧にしまう。
「……さぁて。サクラちゃん、スズくん、〈緑の試練〉に行こか~。スズくん、悪いけどまた後ろ向いてつかまっててな?」
ウキウキとサクラに飛び乗ったシノンが、腹這いのスズノを座椅子に引き寄せる。
「シノ姉ちゃん……」
「大丈夫や。リューさん一緒やったら、怪我しても残ってへんよ。昔ならともかく、今は〈ジンさん謹製の薬〉あるし。リューさんかて、魔力使い慣れとるもん」
不安そうに見上げて来るスズノの頭をフード越しに撫で、シノンは明るく笑った。
「まぁ正直、怪我なんて想像つかへんけどね。レインくんのステータスにこの服の補正足すと、相当の頑丈さやよ? 竜に体当たりされたん、この服作る前やし」
「そうなの?」
「そうやよ。試作品のテスト、サクラちゃんも手伝うてたわ。ね~、サクラちゃん?」
頷いてバサリと一度羽ばたいたサクラが、トストストスと軽く走り出す。
慌てて座椅子の背もたれを掴んだスズノだが、サクラが相当気を使っているのか以前より安定している。
「サクラちゃん、あのコに付いて行ってな?」
いつの間にか、ナッキーを背に乗せた山犬がサクラの前方を走っていた。
青白い毛をなびかせて先導する山犬の後ろを、サクラは加減して走る。
その間シノンとスズノに誉められて嬉しそうではあったが、もうハシャいだりはしなかった。
合流出来たら一章終わりの予定です。
頑張ります。




