35 涙でリクエスト
*ルビを一部変更しました。内容自体は変わってません。
レインは困惑していた。
胡座をかいた足元――サクラの首の上に、透明で不定形な魔力の塊がいつの間にか張り付いていたのだ。
サクラの速度に合わせて結界を安定させた事で、初めて気付いた状況である。
『……オダイカン様、オジヒを~』
魔力を伝って流れ込む意思を感じ、思わずだろう溜め息を吐き出した。
どうやら、先程の〈ハグレ精霊〉が土下座をしていたらしい。
シノンは恐らく気付いているが、何も言う気は無いようだ。
周囲を見回していたスズノが下を覗き込もうとして傾き、コート越しに巻き付けられた尻尾でレインの背に引き寄せられた。
スズノの姿勢を安定させたレインが不定形な塊を見下ろす。
結界の維持にも意識を割きつつ、背後に声が聞こえないよう魔力を操作する。
「オレも悪かったな。精霊は人の仕組みなんて解らねぇのに、魔力吸収結界は流石にやり過ぎた」
スズノの危機で強制的に起こされた所為か、普段より感情的になっていた気がするレインである。
服を着たまま湯船に放り込まれているのに気付いた時、呆れ顔のリュノスに掛けられた言葉は『ちょっと頭冷やしとけ』であった。
何なら『十数年振りに寝ぼけた』と言っても過言では無いのかも知れない。
そのまま洗い場で氷混じりの水を頭から掛けられれば、完全に目も覚めた。
震える全身を眺め回したリュノスがこぼしたのは、深くて重い溜め息。
『ガス抜きは定期的にしろ、レイン坊。お前が暴発して困るのは、スズちゃんだぞ』
未熟さを指摘された言葉も上手くは消化出来ず、現在は護衛対象との距離を測りかねている状態である。
それでも尻尾を巻き付けているのは、護衛として最低限の備えのつもりだ。
窺うように半身を起こした不定形な塊を掴んで持ち上げ、両掌から魔力を流す。
「注意事項、ちゃんと覚えたらスズノに関わらせてやる。じゃないと、オレと一緒にナッキーに消されちまうぞ。厭だろ?」
『オダイカン様! オアリガトウゴゼーマス!』
レインの魔力に従って人型になったその塊は、頭部をブンブン縦に振った。
思い付く限りの注意点を魔力に乗せて流し込んでいたら、いつの間にか雪山が近付いていた。
最終確認で〈見切り〉を試したのは、手を離した途端スズノに突撃されたら困ると思っただけで他意は無い。
しかし、ほんの少しブレた視界の中で拒絶するように光る魔力の壁を捉えた瞬間、レインの背はビクリと揺れていた。
目を剥き、雪山を巡る魔力の層を辿ったレインが観念した顔になる。
「スズノを頼む」
それが聞こえたのは、人型の頭を傾げた精霊とサクラだけ。
だが聞こえた時には、レインは既に左側へと身を投げ出していた。
スズノに巻き付けていた尻尾も、精霊を掴んでいた両手も、スルリと外れている。
次の瞬間サクラが結界を通り抜け、その僅か左下で『バチンッ!』という大音量と共に光が走っていた。
その日の真夜中。日付が変わってしばらくした頃。
王国北東ヴェラクリスト領の領主町〈ヴェラキール〉で、北部山脈〈とても高く白い山々〉の裾野付近における一瞬の発光現象が報告された。
しかし、直前に南西方向から猛スピードで飛んで来た薄い光まで見た者は居ない。
また、山の入口に差し掛かった辺りで薄い光から落ちた小さな黒点が、山をぐるりと巡る透明な壁を光らせて消えた事に気付く者も居なかった。
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「――っだよ、そういう事かっ!」
深夜の雪山の中腹で、闇に溶ける色合いの人間が一人、苦々しく呟いて盛大に舌打ちした。
赤い光を発する瞳は、山の麓から裾野に広がる鬱蒼とした森の辺りを睨んでいる。
半分程は闇に白く浮かぶ髪を掻き乱そうとした大きな手が止まり、軌道を変えて額を押さえた。
「あ~、覚悟決まって無かったのは俺の方か。不甲斐無ぇなぁ……」
苦り切った声を残し、その姿はスッと煙のように消え失せた。
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*********
「アカン。想像以上に手掛かり無さ過ぎやわ……」
シノンさんがスンゴいガッカリした声を出した。
結界があるらしいトコに来たけど、おれには何にも見えない。
通った一瞬だけ空気が、薄い膜みたいに全身にへばり付いた気がする。
でも、ソレだけ。
「今の〈膜みたいの〉が結界?」
「せやよ。でも、何の痕跡も無いね。……〈弾かれた〉思うんは間違いやろか?」
森の方を振り返って、シノンさんが溜め息をこぼした。
周辺の木や地面には雪が積もってるけど、サクラちゃんの足跡が付いてるだけ。何も落ちて無いし、動いてる何かも居ない。
サクラちゃんに乗ったままで、普通に行ったり来たりも出来る。
「もしレインさんが引っ掛かってたら、どうなってるハズなの?」
「基本は〈壊れない壁〉や。多分、近くでウロウロするやろね。警戒レベル高いと〈魔法攻撃〉されるさかい、離れそうやけど」
「違う場所に飛ばされたりは?」
「〈転移〉は設定とかが色々面倒過ぎるんよ。リューさんとマキさんの二人以外、結界に組み込むのは禁止やわ。ナッキーも解っとる筈やよ」
シノンさんがサクラちゃんから降りた。
「……この辺やろか?」
少し歩いた先で伸ばした手の周りが、透明な膜を押したみたいに薄く光る。
手を引くと、何事も無かったように光も消える。
ベヨンベヨンって数回繰り返すと、シノンさんはコッチに戻って来た。
「やっぱり設定までは判らへんわ~。〈衝撃反射〉とかのエグい系は無さそうやけど。連絡無しやなんて、まさか居眠りして途中下車やろか?」
〈居眠り〉で、おれは日本の交通事故を思い出してた。
スピード出し過ぎた〈なれの果て〉――横転したバイクやボンネットが潰れた車も。
「シノ姉ちゃん。サクラちゃんのスピード、メッチャ速くなかった?」
おれの声、震えちゃってた。
異世界だから違うって思いたいのに、イヤな予感は消えてくれない。
シノンさんは気付いてないのか、普通に小首を傾げてる。
「ん~。飛んでたし、森の中よりは速いやろね?」
「時速だと何キロぐらい? 〈大通り〉? 畑の間の〈国道〉? まさか〈高速道路〉レベルじゃ無いよね?」
「ちょっ――待って? 〈高速〉とか、久し振り過ぎやわ。え~と……?」
出て来ないのか、シノンさんの眉毛がグッと寄った。
「お手上げや。ウチ自転車通学やったし、もう〈異世界の速度〉に慣れてしもたわ。〈日常的に運転してた組〉なら、判るんかも知れへんけど?」
「そっか……」
「大丈夫。レインくんは竜に全力でぶつかられても無事やったんよ。後で治癒薬は飲んでたけどな~」
「うん……」
おれの予感、外れてるといいな。
硬い壁にぶつかるのもイヤだけど、ゴムみたいに伸縮するコレもイヤだ。
有り体に言うと。
レインさん、コレに猛スピードでぶつかって吹っ飛ばされてないといいなぁ……。
森に違和感無いか探してたら、目の前で強靱そうな尻尾が軽く振られた。
サクラちゃんの顔が向いてる方――雪山の尾根の方から何か走って来てるっぽい。
けど……。
雪煙上げて白く光ってるの、魔獣の類デスヨネ?
生き物デスヨネ!?
そうだと言って!
「シノ姉ちゃん、まさか……異世界って、〈幽霊〉とか居る?」
「うん。魔術の契約次第で不死者造れるよ。野良は居ぃひんけど」
「……野良幽霊?」
ペットみたいに飼われてるの想像したら、ちょっと可愛く思えちゃったヨ。可愛いワケ無いのに!
「もしかしてスズくん、幽霊アカンの?」
「ダイジョブデス。我慢デキマス。でもグロいのはムリ」
「そぅか~。ウチも〈リアルなスミスさん〉は、紳士でも『無理』やし。因みに〈リアルなスラリン〉は一見水溜まりやよ」
「おぅ。居るんだ〈スライム〉」
「一応〈魔獣扱い〉らしいわ。『獣?』て思うけども」
「確かに」
もしかしてRPGの〈魔物〉とか〈モンスター〉ってカンジで〈魔獣〉なのか?
「――じゃ無くて! アレ、コッチに来てない!?」
「大丈夫やよ。サクラちゃんは〈魔獣ぶっ飛ばす系女子〉やもん」
「何ソレ心強い」
サクラちゃんがそっと頷いたので、しっかり座椅子を掴みマシタ。
そろそろ前向きたかったけど、つかまるトコが無いのは地味に困るな。
そんなコトしてたら、あっという間に雪煙が近付いて来てた。
近くで見たソレは、青白い長毛なびかせた――大型犬? それとも狼?
取りあえず。
異世界〈素敵モフモフ〉発見っ!
「あれ~、ソコに居るのサクラちゃんとシノちゃん? 何か急用だった~?」
わざと間延びさせたような喋り方が、闇を切り裂いて耳に届いた。
モフモフに夢中で見てなかったけど、上に人が乗ってたみたいデス。
中年っぽい男の人の声だけど、何となく聞き覚えがあるような無いような?
「え――ナッキー!? まだ呼んでへんよ。何で!?」
「え、ナッキー?」
「え?」
この人が〈ナッキー・リンド〉?
おれの〈引き渡し〉先?
「もしかして……〈スズちゃん〉かな?」
大きな犬から降りた男の人は、暗い赤茶色のユルフワ癖毛の頭をちょっと傾げて、おれの方を見つめてる。
目の色は――暗いし距離あるし、潤んでるっぽいコトしか判んないな。
服装はシノンさんの色違いだから、同じクランのメンバーなのは確実か。
デモネ。
おれは完全に『コレ誰?』状態ナンデスヨ。
確かに、もうちょっと長くてポニーテールにしたら姉ちゃんそっくりの髪だけどさ。
助けを求めてキョロキョロしても、赤いモフモフは見つからない。
おれの心が急激に冷える。
「……この結界、張ったの誰か知ってますか?」
思った以上におれの声冷えっ冷えだ。
ゴメンね、シノンさん。巻き込まれないよう黙っててね。
目で訴えると、シノンさんは困った顔で頷いてくれた。
「え? スズちゃ――」
「――誰が張ったか、知りませんか?」
「僕だけど……何かあった?」
へらって笑ったのがカチンと来た。
「レインさんに意地悪するヤツ、大っキライだ! 近寄んな、バカぁーっ!!」
思わず全力で叫んじゃったおれは悪くないと思う。
何かこう『イラつく顔』なんだよ。
あの顔見た途端、今まで溜まってたイライラが全部乗っかってた。
「レインさん、て――〈レイくん〉? 何で?」
目を見開いたままわなわな震え出したけど、おれの知ったこっちゃ無い。
おれは怒ってるの!
絶対許さないの!
そういう気持ちを全身で表す。
だって、『そうしないとこの人には通じない』って解るんだもん。
理屈じゃ無いね。
おれ、この人のコト『知ってる』んだ。
「僕がレイくんに意地悪する訳無いのに、何でスズちゃん怒ってるの!? 誰か教えてぇ~!?」
泣いたって許さないよ。
レインさんが無事に帰って来ない限り、絶対口利いてあげないからね!
スミスさんは某有名RPGの「腐男子(物理)」の方です。
この世界のスライムは、多分「毒々しい緑色」や「はぐれた金属質」の方々が近い外見でしょう。色は違いますが。
そう言えば昔、お化けキノコを「マージマさん」だと思ってました。あの体型で「魅惑のタンゴ」踊られたら、そりゃあ精神的にクるだろうと。
同類、いらっしゃいませんかね?(笑




