04 小動物と異世界 その一
長いからぶった切ったハズなのに、まだ長いと言う…。
毎日更新出来る人って、それだけで凄いと思います。尊敬。
(*読み難かったので文章を少し整えました。書き方も、一章に合わせる形で統一を図ってます。)
『おい、鈴乃助! 何隠して食ってんだよ!』
「ちょっと――ヤメてよ、返してよ!」
教室の自分の机で自作のお弁当を開いてたら、突如現れた学ラン男子に横からかっさらわれました。
顔がうろ覚えだけど……多分、同級生?
『おー、美味そう!』
『あ、オレもオレも!』
二人追加されました。
――じゃなくてっ。
くそぉっ――毎日毎日いい加減にしろよっ。
そんなに弁当が良けりゃ、おれみたいに自分で作れ!
「ヤメろよ、おれの昼飯無くなるだろ!」
取り返そうにも、三学年下の平均身長のおれでは、十六歳平均の男子がいっぱいに伸ばした手に届きません。
最近の日本人、発育良過ぎじゃないデスカっ?
「おれの弁当返せっ!」
『届いたらなぁ~?』
回り込もうとすると別の手に頭を押さえ付けられて、更に距離を開けられました。
江戸時代ならおれも、ちょっとは背が高い部類に入るのにーっ!
『あ、これウマっ!』
『お、これもウマいぞっ!』
んもぅ、アッタマ来たっ。
〈対人最終兵器〉召喚しちゃうぞっ!?
後のコトが、メチャメチャ怖いけど――。
『最後の一個、も~らいっ!』
「あっ!?」
いつの間にか、お弁当箱の中は空っぽでした。
いつもなら、半分くらいは残してもらえるのに……。
「おれの卵焼き、返せえぇぇっ――!」
**********
「返せぇ……ぇ……――え?」
……自分の〈魂の叫び〉で目が覚めました。
「あ……れ?」
目を開けると、涙がチョチョ切れそうになりました。
見知らぬ天井に、見知らぬ壁。見知らぬ柱に、見知らぬ床――げ、大分ホコリ積もってるじゃん。汚ねっ。
慌てて半身を起こして見回しても、ココは見たコト無い遺跡っぽい部屋の中です。
せめて、夢の中だけでも食べたかった……。
「…………おれの、卵焼きぃ……」
さめざめ泣いてしまうのも、仕方が無いのです。
ココでは、甘い卵焼きは食べられません。
日本じゃない、この国――〈ギェントイール王国〉では、砂糖も卵もゼイタク品なんだよぉ……。
「なぁにやってんのよ、鈴乃助。夢の中で食べたってお腹は膨れないでしょーが」
呆れた声がして、おれの後ろ頭に何かがポフンとぶつかった。
振り向く間も無く、ポフポフと続けてぶつけられる。
「ちょっ……ヤメろよ、姉ちゃん! 痛くはないけど、何かヤだよ!」
「だぁって、アホ面して泣きべそかいてんだモン。そんな夢より、現実に食べる物のコト考えろっての。ホラ」
頭を防御するおれの目の前に現れたのは、焦げ茶髪ポニーテールの凶悪女子大生にして、対人最終兵器でもあるおれの実の姉。
わざわざ、両手にどっさり抱えていたキノコを見せつけてくれた。
さっきおれにぶつかって床に落ちたのと同じ、真っ赤で掌サイズのカサが目に付く大きなキノコ。
でもコレ、世界でお馴染み某有名アクションゲームの、ヒゲのおじさんがデッカくなっちゃうヤツに似てるんだけど……。
「……超っぽいキノコ? 食べていいの、コレ?」
「大丈夫でしょ。母のスキルで食用って出たらしいし」
あっけらかんと言った姉は、おれにそのキノコを押し付けた。
「焼くでも煮るでも炒めるでも良いからさぁ。早くして」
「……はい」
濃い橙色の瞳がギランと光ってます。マジのヤツですよコレ。
鬼嫁ならぬ鬼姉の凶悪スマイルに、おれは温和しく頷いた。
逆らってもいいコトはありません。そりゃもう、何一つとして無いのデス。
器材無しでどうやって料理しようかな……と思って顔を上げた瞬間、姉の隣で母が笑ってました。
「スズちゃん、ちょうど良く竃があったのよ」
「うん……」
緑の黒髪を一つ結わきにした母は、いつも通りに優しく微笑んでます。
遺跡の部屋のど真ん中に、いきなりカマドがあったらおかしいだろ――ってツッコむ気力も無くなるほどに。
看護師という仕事柄か、いつも冷静沈着で衛生管理に煩くて、危険物の判定にはとても慎重な母上様が――。
……らしく無さ過ぎて、おれの精神がゴリゴリ削られてる気がするんだけど。
そこでおれは気付きました。
あ、さっきの夢まだ続いてたんだな――って。
ナゼなら、実際はこんなにキノコ見つからなくて、一人一個半ぐらいだったし。
探したのもスープにしたのも、遺跡から移動した後だったからね。
おれ、もっと食べたかったのかなぁ、このキノコ?
夢の中まで出るって、相当執着してるよね?
甘い卵焼きはいいんだよ。大好物だもん。しばらく食わなきゃ夢にも出るよ。
でもさ。異世界で最初に食べた物なのは確かだけどさ。
調味料も無しで焼いただけだったから、正直言ってそんなに美味しく無かったんだよなぁ、コレ?
それで思い出した。
スープにするには火の他に水と鍋が要る。おれたちは持って無かった。
誰が持ってたのかって言うと、当然おれたちじゃ無い人だよ。
その人は希望と絶望とを携えて、おれたちのトコにやって来たんだ。
*********
「あら、綺麗な夕焼けねェ。夕陽なんて、久し振りに見たわぁ」
「あれ? 何か来る――魔物?――人?」
「へ?」
キノコを見つめていたおれは、姉ちゃんの言葉で後ろを振り返った。
そっちは大きな柱だけで壁が無い方だから、外が見えるんだよね。
低いけど階段もあるっぽいし、玄関側なのかも。
「……あぁ、ホントだ。おれの絶望、待った無しかよ……」
思わず、遠い目で呟いちゃったよ。
そう。今みたいに綺麗な夕焼けが遺跡を紅く染めていて。
周辺を取り囲む林を抜けて、建物前のちょっとした広場みたいになってる草ボウボウのトコに、夕陽を背負って一生懸命走って来て。
……うん、解ってた。
これから脳内で再現してくれるんでしょ。甘い卵焼き以上の絶望を……。
「申し訳有りません!」
第一声はホントにソレでした。
短い金髪と刈り込んだヒゲに翡翠色の瞳で彫りの深い顔立ちの、イケメンな軍人さんが九十度に腰曲げておれたち三人に謝ってくれました。
この時点では何を謝られてるのか、おれたちには全く解んなかったけどね。
ただ、背の高いガッチリ筋肉の体型が姉ちゃんのどストライクっぽいなーと思ったのは内緒です。バレたら〈三途の川満喫一人旅〉を強制執行されるんで。
「詳しい説明はもう少しお待ち頂きたいのですが――取り敢えずの危機回避の為、この林の中の川を遡った所にある洞窟に避難して頂けますでしょうか?」
どこか焦った様子で後ろを気にしつつ、軍人さんは左手で林の中を指差した。川は見当たらないけど、少し行ったらすぐ判るそうな。
「私は少しでも時間を稼げるようにして来ますので、出来るだけ早く、他の者に姿を見られない内に移動して頂きたい。見られては誤魔化しようが無いので、真っ直ぐ王都に連れて行かねばならないのです。お願いします」
再び頭を下げる軍人さん。
「私はケイルと申します。これをご覧頂ければ恐らく、敵では無いとご理解頂けるかと。なので――出来るだけ早く! 私以外の者に見つからないように! ご避難お願い致します!」
大事なコトなので二回言ったとばかりに繰り返し、母の手に何か握らせた軍人さんは身を翻して駆け出した。
……うん、実際は馬で来て馬で帰って行ったんだけど。
しょせんおれの夢だからねぇ。
あ、後々ちゃんと名乗ってもらったら騎士団長さんでした。
ギェントイール王国騎士団長のアーケイル・ヴェラクリストさん、四十歳。
でも長ったらしいから、短く〈ケイル団長〉って呼んでいいって。
今後もおれたちに、スッゴい深く関わってくれる人です。
友好的で親切で、とってもいい人。
だからこそ、苦労してるんだろうなぁ……ってしみじみ思う。
だけど母の手に〈おれの絶望その二〉を握らせて行ったんだよねぇ……。
そして――〈絶望その一〉は、このすぐ後に待ってるんだよ。多分。
さっきと同じパターンだとすると、だけどね……。
********
はい、やっぱりでした。
振り返ったら景色が変わってました。
ココは既に洞窟の中です。
これから探しに行くハズのキノコも、既に両手に抱えてます。
この後でケイル団長が戻って来てくれたら、鍋と水と塩もらってスープ作ります。
現実と違って食べ放題の量だよ!
いや~、夢って便利だなぁ。
「ねえ、母……ココって、地球だと思う?」
「地球じゃないとしたら、別の惑星って事かしら?」
姉ちゃんと母が話し出したけど、冒険大好きな姉ちゃんの目がキラキラしてる。
「そうじゃなくてね。アタシは異世界だと思うの」
「イセカイ……お伊勢参りの会、とかじゃ無いわよね?」
「違うって! 地球とは違う世界のコトだって! ホラ、アタシが前からハマってる小説なんかでよくあるヤツだよ。勇者召喚とか、異世界転移ってヤツ!」
「そう言われてもねェ……?」
「あ~もう、父さんならきっと解ってくれるのにぃ~!」
ああ、やっぱり夢だ。
実際の姉ちゃんは流石に冒険とかって気分じゃ無くて、スッゴい不機嫌顔だったもん。
だけど、ヤバい……このまま進むとヤバいよ……。
アレだけは、何度見ても心が折れるからイヤだっ。
団長さん早く来て! 鍋と水、貸してぇ!
おれの心の叫びが聞こえたように、姉ちゃんが言った。
「試しに――〈ステータス〉オープン! ホラ、出たよ!」
姉ちゃんの目の前に四角くて半透明な橙色の板が現れ、白い文字が左上から行儀良く並んで行く。さながらRPGのステータスウィンドウみたい。
って言うか、多分その物なんだろうなぁ……。
「わぁ――輪堂鈴夏、レベル一、スキル〈無敗伝説〉、職業適性は戦士――だってさ」
「あら、本当ねェ。ワタシも出来るのかしら?」
「出来る、出来る!」
団長、団長、ケイル団長ぉぉーっ!
早く鍋と水っ! スープ作らせてぇぇーっ!
「じゃあ……〈ステータス〉、オープン?」
母のは藍色の半透明な板だった。
ウィンドウの背景色が違うのは、人によってなのか、それとも職業別なのか。そこは少し気になるけどさぁ。
「ホラ、出た! 輪堂鈴代、レベル一、スキル〈癒しの手〉、職業適性は治癒師――だって。さっすが看護師。治療系来たよっ」
「そうなの?」
「そうなの! じゃ、後は……」
ヤダヤダ絶対ヤダっ!
こっち見んな姉ちゃん!
「スズ、アンタは何だった?」
「スズちゃんは?」
おれは飛ばしてくれたっていいじゃん! どうせ夢なんだからっ!
もうスープ食べるトコでいいから早く飛んでぇーっ!
「スズ? 早くするのと薙ぎられるの、どっちがイイ?」
……姉ちゃんは子供の頃から古武術を習ってたので、実はウチで一番強いです。
特に薙刀と徒手空拳は、師範からたまに代稽古を任されてたほどに得意です。戦士系と言われても納得なのです。
そして、少し長い棒を手にしながらの、この満面の笑みは怖いのデス……。
「……〈すてーたす〉、おーぷん」
最後の悪足掻き、平仮名で言っても意味無かった……。
そりゃそうか。しょせん、おれの夢だもんなぁ……。
おれの前に浮かぶ濃い緑の半透明な板を、横から姉ちゃんが覗き込む。
「何なに? 輪堂鈴乃助、レベル一、スキル〈清々しい目覚め〉、職業適性は目覚まし屋――ん? 目覚まし屋?」
……やっぱり変更無しか。
少しは脚色してもいいと思うんだよ。しょせん、おれの夢なんだから。
――って言うか、お願いだからソコは変えてよっ。夢なんだから夢見させろよぉっ!
「目覚まし屋って、何かしら?」
「確か――以前ヨーロッパの方を廻った時に聞いたよ? 昔の宿屋で実際に在った職業で、頼んだ時間に窓やドアを叩いてモーニングコールしてくれた――ってさ」
「現代では聞かないわねェ。本当にそういう仕事なの?」
「中世ヨーロッパでは実在したんだって。目覚まし時計とか無い頃ね」
そうです、まさにソレのコトでしたよっ!
後でケイル団長にも確認したから間違い無いですが、ソレがナニかっ?
「つまり――スズは、歩く目覚まし時計。……プッ」
「やめなさい、鈴夏ちゃん!」
「は~い。鈴乃助、ゴメンゴメン」
……だから、イヤだって言ったんだぁ~っ!
何だよ、〈清々しい目覚め〉ってぇ!?
普段姉ちゃんのモーニングコール係やらされてたからって、歩く目覚まし時計なんて流石に耐えられないんですけどぉっ――!?
「清々しく起こしてくれるのは、朝が弱い鈴夏ちゃんには良さそうだけど……。他に、生活に有効そうなのは無いの?」
「アタシには〈見切り〉、母には〈診断〉ってサブスキルがあったけど。スズには〈清々しい目覚め〉しか無いね」
「あらまあ、困ったわねェ……」
「ココの文化レベルが中世ヨーロッパと同じなら、何とか生活出来るんじゃん? 地球でも実際に在ったんだし」
「そうだと良いけど……。取り敢えず、此処は日本では無いし、すぐに帰れそうも無いのね?」
「うん」
シフト変更の連絡も出来なさそうだし困るわ~、と母がボヤいてる。
おれも姉ちゃんも今は春休みだけど、新学期始まっても帰れないと無断欠席からの留年コンボが現実味を帯びて来るからメッチャ困る。
姉ちゃんなんか大学一年休学して世界中廻ってたから、既に一回留年してるのにな。
でもそれより何より、今は姉ちゃんの目がイヤだ!
絶望して膝をついてるおれの横で、姉ちゃんは可哀相なモノを――いたぶる目で見て笑ってた。この鬼姉め!
*******
「お待たせして申し訳有りませんでした!」
「ホントおっそいよぉっ――!」
「はっ?――はい、申し訳有りません」
振り向いたら居たので思わず叫んでしまいましたが、ゴメンなさい。団長さんは全く悪くないです。
でもこれから〈絶望その二〉が襲って来るので、やっぱり少しは文句言いたいです。
「あー、今のは気にしないで。コレの八つ当たりだから」
「コレ言うな!」
姉ちゃんが睨んでたって知るもんか。実際と大きく変わらないんだったら、絶対に殴られないもんね!
――あ。
そう言えばキノコ、ドコ行った?
スープ――は、もう煮込まれてる最中ですか。そうですか。振り向くと場面転換は膝ついてても有効ですか。
だったら場面検索も使えろよぉ!
「そんな事より、これの事を詳しく教えて頂きたいのですけど?」
母が硬い声を出した。
コレはマジのヤツです。温和しく話を聞いてないとダメなヤツ。
母が怒ると、姉ちゃんより恐ろしいのです。精神的な意味で……。
「私で判る範囲なら、何なりと」
頷いた団長さんに母が見せたのは、さっき遺跡で別れた時握らされてたモノ――多分ハンカチだろなって布。
問題はソコに、模様にしてはヘッタクソな刺繍がしてあったコト。
日本語で〈シンライ〉〈デキル〉〈人〉――って読めるワケなんだけど。
「コレ、ホントに日本語? 模様がたまたま日本語に見えるとかじゃ無くて?」
「スズ、黙ってな」
一応確認しただけなのに、姉ちゃんにメッチャ睨まれた。
解ってますよ。コレもただの悪足掻きですよ。
「これを刺繍――いえ、これの元の字を書いたのはどなたか、判りますか?」
「書かれている意味では無くて、ですか?」
「意味は解ります。貴方の事は信頼して良い、と言うメッセージです。問題は、それが誰からなのか……」
耐えられなくて振り向こうとしたおれは、姉ちゃんにガッチリ捕獲されて前を向かされた。
そりゃ絶望度数的には〈その一〉より軽いけどさぁ。飛ばさせてくれたっていいじゃんよ……。
「実はこの字、ワタシの夫の字に似てるんです」
「ああ――やっぱり……」
団長さんの様子に、母と姉は驚いてた。
でもおれは二度目なので。
驚きませんよ絶対に。意地でもスルーしてやるからねっ。
「やっぱり、とは――?」
「これは、今から十年程前に召喚された異世界からの客人の一人で、〈ナッキー・リンド〉と言う男性に渡されました。赤褐色の髪で、その時召喚された中では最年長の三十代でした」
「ナッキー・リンド……ナツキ・リンドウ……。ねぇ、母?」
「そうね。髪は染めたり出来るけど、字の癖はわざわざ変えないと思うのよ。ナッちゃんなら特に」
「世界中探し回っても見つかるハズ無いわ。異世界に来てちゃ、連絡も出来ないワケだよねぇ~」
囁き合ってた姉と母が、お互いの顔を見て頷き合った。
「ねェ、団長さん。多分それ、ずっと行方不明だったウチの夫だと思うのよ。何処に行けば会えます?」
「ええと……私の一存では何とも。王都に行けば、直接では無いにしろ連絡は取れると思うのですが……」
団長さんがモノスッゴい困った表情して黙り込んだ。そりゃそうだ。
最初に聞いた時は、おれも頭を殴られたようなショックを受けたもんね。しばらく意識が飛んだくらい。
今は……やっぱり現実逃避したくなる程度にはショックみたい。夢の中なのにねぇ……。
思い出すコト八年前――おれが小学二年生の時、おれの父親〈輪堂夏喜〉は居なくなった。
その前日、珍しく早く帰ってた父親と、おれはケンカをしてしまった。
ケンカって言うか……その日学校で〈鈴乃助〉って名前が古クサいってからかわれて、『何でこんな名前付けたんだ』っておれが一方的に父親を怒ってただけなんだけど。
一瞬困ったような顔した父親は、『〈すずのすけ〉って可愛くない? どうせなら、赤い胴丸着て悪党を叩きのめすような、素直で元気な子になると好いなって思ったんだよねー』ってワケ解んないコト言って笑ってた。
笑ってたから、おれが学校でどんなにバカにされてもいいんだって思って悔しくて、絶対口利いてやんないぞってヘソ曲げて。
次の日から出張でしばらく帰って来れないって言ってたのに、おれは見送りもしなかった。
後で母に、スンゴい落ち込んでてフラついたまま出掛けたって聞いて。
ちょっとやり過ぎたかなって反省して、帰って来たら普通に話そうって思ってた。
なのに、父親はそのままずっと帰って来なくて、今も失踪扱い……。
おれは、自分の所為で居なくなったんだって、ずっと思ってた。
母も姉も、祖父ちゃんや伯母さんや従兄姉たちだって、『おれの所為じゃ無い』って言ってくれてたけど。
でも、他に居なくなる理由なんて何にも無かったんだ。家族大好きで、おれたちがちょっと拗ねたフリするだけで必死にご機嫌取るような父親だったから。
だから、おれが父親をヒドく傷付けちゃったんだって――みんな優しいから、おれに気を遣ってるだけだって――ずっとそう思ってた……。
それなのに……。
異世界に召喚されて帰って来れなかったなんて、聞いてないよっ!?
悩みに悩んで色々トラブったおれの八年間を返せぇぇっ!
「――それじゃ、スズはどうするの?」
「ほへっ!?」
ヤベ、いつの間にか話が進んでた。
今どの辺? 混乱して記憶が飛んでた辺り?
「取り敢えず、此方の世界での名前って事で良いのよね?」
「うん。勝手に召喚した相手に本名名乗るとか、ナイっしょ? アタシは、いつもの渾名の〈リンカ〉で」
「ワタシは……〈リン〉にするわ。苗字は〈リンドール〉で良いかしら。ナッちゃんなら、絶対解ってくれるから」
「その方が宜しいでしょうね。ナッキーと同じ〈リンド〉では、良からぬ事を考える連中に狙われかねません。ナッキー・リンドの名は、城内でも有名ですから」
「どうせ敵対勢力が居るんでしょ? 父さんだもんね。家族と引き離した連中なんて、シカトで済んでたら最大限譲歩したって証拠よ」
「ハハ……」
団長さんが困った顔で乾いた笑いをこぼしてる。図星らしい。
ただ、おれのイメージだとそんなカンジじゃ無いんだよな。
首傾げちゃうけど、ソレはおれだけみたい。
「で、スズは? アタシが決めたげようか」
「おれは〈スズノ〉でいい! 〈アカドゥ〉も〈リンノスケ〉も、絶対ヤだからね!」
「え~? リンノスケ、可愛いじゃん。アンタ、〈シンノスケ〉は好きでしょ。似てるじゃん」
「アレは〈徳田の新さん〉が好きなだけ! もう〈ノスケ〉が付くのはヤなの。三文字がいいのっ」
「はいはい、スズノ・リンドールね。良いと思うわ。ナッちゃんならすぐに解るだろうし」
ブレないな、母。父親に解ってもらえるかどうか、ソレが唯一のポイントだったのか。
あのままボーッとしてたら、姉ちゃんに中二病的な名前付けられてたかも。父親もサブカル詳しいし、どっちかって言うとオタク系にノって来るんだよな。危なかったー。
「それでは――〈リン・リンドール〉様、〈リンカ・リンドール〉様、〈スズノ・リンドール〉様、で報告させて頂きます」
「はい、お願いします」
「一応言っとくケド。公式の場では仕方ないとして、それ以外で団長さんはアタシたちに〈様付け〉しないでね」
「いや、それは流石に――」
そのまま終わるかと思いきや、モノのついでのように落とされる〈姉ちゃん爆弾〉。
本人は思い付きで宣ってるだけで、困らせる気も悪意も無いのがタチ悪いんだよ。
慣れてるおれも、時々涙目になるからね。
「そうね。ケイル団長さんは、ナッちゃんが『信頼していい』って言い切る人だものね」
「うん。だから、様付け禁止で。後、アタシとスズには敬語もなるべく無しで」
「確かに、その方が良いわ。それじゃあ今から宜しくお願いしますね、ケイル団長さん」
「今からっ!? そっ――その点は、努力する方向で、お願い致します……」
母が参戦したら全面降伏一択だよねー。うんうん、解ります。
「コホン。それで、スキルの確認はどうされます? 私は〈鑑定〉スキルを持っていないので、どうとでも誤魔化す事が可能ですが……」
「スキルとかは、ワタシじゃよく解らないから。リンカちゃんにお任せするわ」
「そうねー。取りあえず正直に申告するから、相談に乗って欲しいかな?」
「承り――あ、いえ、解りま――解った。教えて……くれ?」
姉ちゃんのジト目に負けてる。
ケイル団長もおれの仲間だ。わーい。
――って言うか、スキルを隠蔽する方法って。
ソレ、異世界人に言っちゃダメなヤツでしょ。いいの?
あ。だから、ケイル団長は『信頼出来る人』なのか。
納得。
「……ねぇ。このまま王都に行かないって選択肢は、無いの?」
おれの夢だからね。先が解ってるとは言え、違うルート展開があるなら見てみたいよね。
「一応、行かなきゃいけないでしょう?」
「異世界人が見つかんないと、団長さんが怒られちゃうじゃん?」
「いや、しかし――先程も言ったと思うが、王都に連れて行ったら自由はほぼ無くなる。護衛という名で監視が付くし、魔王討伐を引き受けて貰うまでは城からも出られんし……」
「その護衛、ケイル団長さんじゃ駄目なのかしら。貴方なら、色々と安心なんだけど?」
「私は構いませんが、決めるのは陛下と宰相閣下ですので……。多分、ご期待には添えないかと。あの二人の覚えは、何かと目出度くないもので」
「それは困るわねェ」
「マズイね。多分、完全にスズと連絡取れなくなるっしょ?」
「ああ、まず無理……だろうな」
「え――何で?」
うん。全員の視線がおバカな子犬を見るようで、ちょっと痛い。
「スズ。さっきの話、ちゃんと聞いて無かったの?」
「ゴメン、何か色々混乱してたから理解出来て無いのかも。おれ、どうなるの?」
その辺りの話、記憶飛んでてホントに憶えてないんだよ。夢でも聞けるなら聞いときたい。
珍しいコトに、姉ちゃんが溜め息つくだけで怒らなかった。
軽くデコピンはされたけど、夢だから特に痛くなかったし。
「アンタは非戦闘職だから、前例通り『用無しだ』ってすぐに追い出されるだろうってさ。父さんも、そうだったらしいわ」
「えっ、日本に帰してくれないの!? 勝手に召喚しといて!? 何ソレ、理不尽っ!」
「誠に申し訳無い……」
「貴方が悪い訳じゃ無いわ。今までも召喚を止めようとしたり、ナッちゃんたちを助けてくれたりしてたんでしょう?」
「それは――第二騎士団副団長と、先代の騎士団長及び副団長からの申し送り事項でもありましたし……。ですが、実際には召喚を止める事が出来ず、大してお力にもなれず、本当に申し訳無いと思っております」
「父さんたちが無事に生活出来てるなら、団長さんが上手くやってくれたってコトよ。気にしないで」
「ただその分、召喚を強行した人からの覚えは悪くなるわよねェ。ご免なさいね、ケイル団長さん」
「いえ。お気遣い、痛み入ります……」
ケイル団長の目がちょっと潤んでる気がするのは、おれの脳内補正の所為だろうか?
取りあえず、この世界にもマトモな倫理観の人が居るってのは嬉しい情報だなぁ。
ドコの世界でも、権力持つとオカシクなっちゃう人が多いってコトなのかもね。だって、人間だもの。
ま、だからと言っておれたちが元凶を許してやる義理も無いワケだけどね。おれたちだって、人間だもの。
「そう言う事だから、スズちゃんは先にナッちゃんの所へ行っててくれる?」
「アタシと母は、魔王討伐に送り出されてから途中で隙見てトンズラするわ。ダンジョン内とかなら、多分何とかなるでしょ」
「え……大丈夫なの、ソレ?」
非常~に軽く仰ってらっしゃるけど。
力業で突破する気マンマンですよ、この女帝。何なのこの自信。コレもチートの恩恵なの?
「異世界人呼ばなきゃ魔王と闘えないレベルの連中よ? その力を持ってるだろうバリバリ戦士系のアタシに勝てるんなら、召喚なんかしないで自力で何とか出来るだろって話よ」
「あー……うん、ご尤もデス。それじゃおれは、人質に取られたりしないようにすればいい?」
「そうね。でもナッちゃんが心配だから、スズちゃんは急いでナッちゃんと合流してね。約束よ?」
んん? どう言う意味だろ。
「その点については、こちらで全力を以て遂行させて頂きます。私が一番信頼する者に護衛させて、命に代えても恙無くお送り致します」
「……出来るだけ命は大事にして欲しいけど。そうよね、そうなるわよね? スズちゃん、足手纏いになっちゃ駄目よ? ちゃんと護衛さんの言う事聞くのよ? 絶対に怪我をしないようにね?」
「もし怪我しても、すぐに治すのよ。痕が残るとか絶対ダメ。誤魔化そうなんて、一瞬たりとも思うんじゃ無いわよ!」
「ぇ――そりゃ痛いのはキライだけど……?」
「お任せを。治癒薬類は最高級品を持たせます。護衛も事情を呑み込んでいる者です」
「そう……それなら、ね。護衛さんには、本当に申し訳無いのだけど……」
「いえ。皆様のお気遣い、有り難い限りです」
へ? 何? 大げさ過ぎない? 何が襲って来るの?
おれは魔王と戦わなくていいんだよね? 戦えったってムリだよ!?
「スズ、アンタは最速で無事に父さんと合流するコトだけ考えな。遅くなったら〈真の魔王〉が現れて暴れるから。いいわね!」
「ファい……」
母の必死さと姉ちゃんのマジな顔が怖い……。
真の魔王ってナニ? 姉ちゃんのコト? コレ訊いていいヤツ? ダメなヤツ?
こんな展開、現実には無かったんだけどっ!?
オロオロして、ちょっと振り返った瞬間に周囲の色が変わりました。
何なの、このバッドタイミング……。
脳内おまとめ機能が欲しい…。
意味の無いやり取りならほぼ無限に続けられるから、話が進まないです。
キリが良いって何だろう…?