23 モフっていいとも!? マジデスカ!?
……幻聴じゃ無かったっぽい。
片膝ついたままのレインさんが、硬直してるおれの目の前に頭を差し出してる。
おれを誘うように赤い三角お耳がピクピクして、段々シュンと垂れて行く。
「し――失礼シマスっ!」
シャンプーし立てのレインさんに昨日からお風呂入ってないおれが触るとか――って思ったのは、一瞬だけデシタ。
〈レインさんのお耳モフモフ〉なんて誘惑、おれが逆らえるワケありませんがナニカ?
「フカフカでモシュモシュで温かい~。ナニこの〈スンゴい幸せ〉な手触り~」
短毛種系少し長めの赤い毛並み、シャラッてする髪の毛込みで触り心地いいよ。ずっと触ってたい~。
「頬ずりも、していい?」
「っ――!?」
ナニコレ。
幸せ過ぎ。
フニフニでポワポワでスベスベのプルプル~。
――ん?
プルプル?
「スズノくん、そろそろ終了しよか。レインくんの〈羞恥心サン〉が限界みたいやし」
「……うん」
レインさんが震えてた。
右手握り締めて、左手は自分の太モモをギューッて掴んでる。
俯いてるから顔は見えないけど……おれを突き飛ばしたいの、メッチャ我慢してくれてるとか?
名残惜しいけど手を離したら、レインさんの左手が太モモから顔に移動した。
そのままフラフラ立ち上がって、おれの左隣のイスに座る。
手の隙間から見える部分は真っ赤。右手グーのままテーブルに突っ伏しちゃった。
ずっと無言だったゴリマッチョおじさんが、熱いお茶の入ったカップをレインさんの斜め前にコトンと置く。
「レインさん、あの――我慢してくれて、ありがとう。でも、大丈夫?」
顔を覗き込もうとしたら、右手が伸びて来ておれの頭をグリグリ撫でた。
掌、血は出てないけど、長くないハズのツメの跡がくっきり付いてる。
「大丈夫だ。……馬車で聞いてたから、覚悟はしてたのに。予想以上の心地好さで、理性が飛び掛けちまった……。あんまり長くは、シないでくれるか?」
何か言ってたけど、『大丈夫』と『シないでくれ』しか聞き取れなかった。
右腕で距離を取って、おれの方は見てくれないカンジ。
イヤじゃ無いなら、その内またモフらせて欲しかったんだけどなぁ。
メッチャグッタリしてるし、ムリっぽいね……。
「……解った。シない」
指だけでポンポンってした右手が、疲れたカンジでテーブルの上に戻ってった。
**********
「スズノくん、羨ましぃわぁ」
レインさんに向いたままのおれの左側で、心からの声が聞こえた。
「レインくんは〈獣化する条件〉厳しぃし、モフらせて貰えるんはリューさんか〈ジンさん〉ぐらいなんよ」
「え――そうなの?」
おれ、何でモフらせてもらえたんだろ?
「さっき獣化状態やったら、ウチもシャンプーついでにモフれたのになー。そしたら〈トリミング日本一直伝コンボ〉炸裂させて、ブラッシングだけよりフッカフカのモッフモフに仕上げられたんやよー?」
両手のハサミをクロスするポーズでチョキチョキさせてるシノンさんは、決まっててカッコイイ。
ペットショップとかの〈トリミング担当〉って言われたら納得レベル。
つか、ブラッシングだけでこんな〈ステキ手触り〉に出来るのがメッチャスゴい!
「シノン、止めといてやれ。獣化で魔力使い切った上にそんなのされちゃあ、レイン坊の精神力が保たねぇよ」
我関せずでお茶飲んでたゴリマッチョおじさんが、呆れたような声を出した。
「何で? 〈美容院〉でシャンプーするようなものやろ?」
「獣化状態はある意味、〈完全に無防備〉だ。お前だって、他人に素肌触られたら嫌だろが」
「そやかて毛皮やし、モフモフやん。ウチのシャンプーとブラッシング、待っててくれはるメンバーも多いよ?」
「〈元騎士団の連中〉は、〈リューさんにスキル使った力業で洗われる〉よりはマシなのと、〈ジンの健康診断〉で多少慣れてるだけの話だ。一般的な反応じゃ無ぇぞ」
ふと見ると、テーブルに突っ伏したままのレインさんの犬耳と尻尾が限界までヘタってた。一目で『ヤメてくれー!』って言葉が浮かぶレベル。
「コレ、いわゆる〈男女間に在る日本海溝〉ってヤツ?」
何となく呟いたら、深い溜め息ついたおじさんがおれにもお茶を淹れてくれた。『黙って飲んでろ』ってコトかな?
シノンさんは首を傾げて考え中で、サクラちゃんは解ってない様子でマネしてる。
「スズノくん、〈日本海溝〉て?」
「だって、溝が深そう。〈エステに行かせたい人〉と〈行きたくない人〉の話みたい」
つまりウチの話で、〈母にベタ惚れの父親〉と〈面倒クサがりの母〉の攻防。
最終的には『家族以外に触られたくない』って一言で、父親が喜び勇んで〈エステ技術〉覚えに行ったって姉ちゃんが言ってた。おれはよく憶えてない。
「確かに、せやね。寧ろ〈モフラー〉と〈ソレ以外の人〉の間の〈マリアナ海溝〉や」
「あー、そうかも」
おじさんはピンと来てないっぽいけど、シノンさんはポンと掌を打った。
「ウチは『モフモフの毛並みは須くフカフカであるべし』――そう思うけども、他人に押し付けたらアカンかったわ。レインくん、堪忍な?」
「……大丈夫だ。気にすんな」
レインさんが呟いて軽く右手を挙げた。
まだ顔は上げられないみたいだけど、尻尾と犬耳は平常運転に戻ってる。
良かった良かった。
*********
「納得した所で、シノンは今日の予定をさっさと片付けて来い。俺ももう少ししたら見回りに行く。坊主とレインは宿泊所から出るなよ?」
ゴリマッチョおじさん、山盛りカレー二つじゃ足りなかったらしい。
お皿下げに来た魔導人形さんにメニュー出してもらってた。
おれのトマト姫も手伝ってくれたのに、スゲーなー。
「え――時間的に、まだ早いよ?」
「早く戻って、夜まで休め。サクラの全速力は目立つ。移動は夜中だ」
「あ~、せやね。今から行って来ます」
シノンさんは納得した表情で頷くと、腰のポーチから眼帯を取り出した。
突っ伏してるレインさんの左脇に置いたらしい。
「気を付けてな」
レインさんが少し頭を上げて言うと、『合点承知! お任せあれぃ!』って声がした。
メッチャ既視感。
何だ今の?
「はいはーい。サクラちゃん、行くよ~」
呼ばれたのに、サクラちゃんはおれの方をじっと見てる。
「気を付けて、行ってらっしゃい?」
手を振ると、サクラちゃんは尻尾フリフリ羽をパタパタさせてシノンさんの後を追った。
一応正解だったみたい。
でも、外に出る寸前。
『いつもスマナイねー』
『それは言わない約束よー』
入学したての小学生みたいな高い声が二人分聞こえた。
……どちらサマ?
シノンさんとサクラちゃんが出て行って、入口のドアが閉まる。
他には誰の姿も無い。
レインさんはレーダーみたいに犬耳動かしてて、おじさんは魔導人形さんに注文してる。
二人とも声を気にしてるようには見えないし、裏声とかでも無さそう。
困惑するおれに判ったのは、あの〈謎の声たち〉が〈時代劇かぶれしてるらしい〉ってコトだけデス。




