03 オッサン冒険者と異世界小動物
*読み難かったので文章を少し整えました。書き方も、一章に合わせる形で統一を図ってます。
なので細かく言えば内容変更有りですが、言い方が変わった程度です。
「――ぅわっ!」
ドン!と言う音と振動で、オレの意識は完全に覚醒した。
だが、異常に脈が速く、呼吸も浅い。
身体が冷たく、服も濡れているようだ。
バラバラと木を打つ水音が耳に届き、慌てて頭を巡らせる。
木製の鎧戸が閉まった窓――薄汚れた壁――窓際の小さなテーブル――頑丈なベッドが一台――ベッドヘッドの棚には灯が点った携帯ランプ――。
ああ、ココは〈冒険者の宿の一室〉だ。馴染みの定宿だから間違い無い。
今のは、夢――悪夢だ……。
見慣れた部屋の様子に、オレは汗で湿った髪を掻き上げつつ、無意識に詰めていたらしい息を吐き出した。
ようやく安堵して、ふと気配を感じた左後方に目をやると、小さな人影が尻餅をつくように転がっている。
パッと見はドコにでも居る子供だが、肌着用の薄いシャツとハーフパンツから覗く細い手足は殆ど日焼けしていない薄紅色。
赤茶がかった黒髪の間から、キョトンとオレを見上げているのは深い緑の大きな瞳。
それぞれ〈森妖精〉や〈獣人〉や〈大地妖精〉にはよくある色でも、これらを同時に併せ持つ〈人族〉となると非常に珍しい色合いになる。
それも当然。
兄上直々に護衛を頼まれた、〈異世界からの小さな客人〉だ。
小さくとも、流石に〈異世界の客人〉なのだろう。今までの客人と同様、取り乱した所をあまり見せない。
初めて会った時も、〈戦闘手段を持たずに独りで放り出される自分の事〉より〈騎士団長である兄上の立場〉や〈護衛するオレの事〉を心配してくれた。
オレより遥かに華奢でひ弱なのに、オレの何倍も強くて優しい心を持っている、尊敬すべき少年。
突然見知らぬ場所に連れて来られ、家族とも引き離されて、随分心細いだろうにな。
もしかしたら、オレには沈んだ顔を見せられないし、愚痴一つこぼせないと言う事なのかも知れないが……。
ん――?
左側の顎から口元辺りがうっすら赤くなっているのは――まさか、寝ぼけたオレがぶっ飛ばしたのか!
オレは慌てて椅子から立ち上がると、転がっている少年に駆け寄った。
片膝をついて、少年を抱き起こす。
呼び掛けようと思っても、どうしてだか〈少年の名前〉が思い出せない。
頭の中に靄が掛かっているようだ。オレはまだ寝ぼけているのか?
取りあえず血の臭いはしないから、唇が切れたりはしていないな。
「済まん、寝ぼけていた! 大丈夫か?」
焦りつつも声を掛けると、一瞬目を見開いてからニッコリ笑ってくれる。
「おれの方こそゴメン。ビックリさせるつもりは無かったんだけど、何かスゴくうなされてたから……」
掻い摘むと、声を掛けても起きないので揺すって起こそうと肩に触れたら吹っ飛ばされた――らしい。
少年はしきりに擁護してくれているが、反射的とは言えオレが吹っ飛ばしてしまった事に変わりは無いだろう。
どう考えても寝ぼけたオレが悪いのに、落ち込んだ様子で再び「ゴメン」と謝ってくれる。
「謝らないでくれ。悪いのは寝ぼけたオレだ。君は何も悪くない。起こしてくれたのに、済まなかった……」
片膝をついたまま、心から謝罪する。
……駄目だな、オレは。
寝ぼけて護衛対象に怪我をさせた上、気を遣わせている。
しかも、護衛している相手の名前が思い出せないなんて……。
今更訊き直したら不愉快に感じるだろうし、軽い擦り傷だから気にしなくてイイという物でも無いだろう。
どちらにしろオレの存在が不安を煽ってしまうなら、どう言い訳しても護衛失格だ。
もしやこの怪我も、〈オレが招く災い〉なのか?
兄上直々の依頼だが――他の誰かに替わった方が、この少年の為にはイイのかも知れない……。
せめて怪我だけは治させて貰いたいが、こんなオレが触れる事を許してくれるだろうか……?
擦れて赤くなった少年の顎にそっと指先で触れると、いきなり大きな瞳が揺れて潤んだ。
「っ――痛かったか――いや、怖がらせてしまったか!?」
慌てて指を引く。
「……そうじゃないよ」
一瞬、オレの息が止まった。
「オッサンがそんなになるの、ツラい――悲しい。おれ、スキルで起こしてあげれば良かった――〈清々しい目覚め〉使えば良かった――!」
何が起きたか理解出来ないが、深い緑の大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちている。
「……済まない」
反射的に謝罪の言葉を口にしたら、ポロポロがボロボロになった。
何故だ――!?
――と言うか、〈そんな〉って何だ? どんなだ?
瞳が大きいと涙の粒も大きくなるのか?
……明後日な事を考えていたら、首と胸元に衝撃を喰らった。
不意打ちに尻餅をついたオレの左の耳元で、また「ゴメン」と鼻声が聞こえる。
どうやらオレは少年に首元にしがみ付かれ、咄嗟に抱き留めたようだ。
これ以上怪我をさせる訳に行かないから、それは別にイイんだが。
膝に感じる少年の体重が……少し軽過ぎるな。
もっと肉を食わせて、筋肉を付けさせないと。
――じゃ無くて。
「君が謝る必要は無いだろう? 君を傷付けたオレの方が悪い事は、明白だ」
何だ、この状況は?
この少年は、泣き顔を隠そうとでもしたのか?
「もしかして……ソレ……オッサン、素……?」
何だコレ。まるで会話になってない気がするが――?
いや、言われた意味が全く解らないオレが悪いのか?
「ス、って何だ?……どういう意味だ?」
……今度は返事が無い。嗚咽するようなくぐもった声だけが聞こえる。
オレは小さく溜め息をついた。
**********
困惑したまま、腕の中の小さな生き物の重みを身体で感じる。
服越しでも判る程に華奢で、力加減を間違ったら潰してしまいそうな所が少し怖い。
だが、オレより高い体温がじんわり温かくて心地良い気がする。
もうしばらくこのままでもイイか、と思う程度には……。
状況は理解し難いが、厭な気持ちでは無いのが不思議と言えば不思議だ。
さっきまでの悪夢とは大違いだな……などと、ぼんやり考えてしまう。
人型のまま男に触れられているという点では、同じハズなのになぁ?
落ちないよう腕で包むようにして少年の頭を撫でると、薄い肩がビクッと跳ねた。
しかし、拒絶する様子は無いようだ。
むしろ、オレにしがみ付く力が強まってないか?
ふっと口元が綻ぶ。
撫でる度に心が穏やかになって行くのを感じる。
殆ど感覚が無い左目周辺にサラサラの髪が触れ、眼帯を外していた事を思い出す。
不意にリーンと、物凄く澄んで透明なベルの音が一つ、遠くの方で聞こえた気がした。
……いや、恐らく幻聴だろう。
まだ夜は深く、早朝にもなっていない。冒険者が仕事に出るにも早過ぎる。
そうだ――ココは〈冒険者の宿〉だ。
現在のオレは、〈騎士見習いのレイナード・ヴェラクリスト〉じゃ無い。
〈ベテラン冒険者のレイン〉だ。
お守りしてるガキ相手に〈君〉なんて柄じゃ無ぇよ。〈お前〉だったハズだろ。
「……お前を傷付けて、悪かった。起こしてくれて、有り難うな」
耳元で囁いてやると、少年――〈スズノ〉は、驚いた小動物みたいな動きで半身を起こした。
「おれ、傷付いてないよっ。ちょっとオッサンの腕を避けた勢いでコケたけど――それは、おれも寝ぼけてたからだしっ。オッサンは強くてカッコよくて、面白いけど優しくてっ。おれをわざと傷付けたりなんて、絶対しないからっ。おれ、ちゃんと解ってるからねっ!」
真っ赤な鼻して、口早にまくし立てて来る。
この負けず嫌いは、一体何に対抗心燃やしてんだ?
「……そうか。悪かったな」
苦笑しつつ、スズノの頭をくしゃくしゃに撫でる。
オレへの評価は、ちょっと――いや、かなり贔屓目が過ぎてねぇか?と思わなくも無ぇけど。
悪い気はしねぇし、スズノが嬉しそうだから、まぁイイや。
「オッサン……もぅ、大丈夫……?」
「ん――?」
オレの肩に手と体重を掛けたまま、スズノがオレの目をじっと見つめて来る。
魂まで覗かれそうな――吸い込まれそうな程に深い〈黒に近い緑色〉の瞳。
獣人の目だからこそ暗闇でも判るが、普通の人間だったらただの黒にしか見えねぇだろうな。
この綺麗な色を見られただけでも、オレは〈獣人の特性〉を持ってて良かったと思う。
「ああ……もう大丈夫だ。お前こそ、怪我は?」
「ううん。おれは全然平気」
痛くないから、とドヤ顔で胸を張るのが微笑ましい。
どうも、夢に引っ張られて昔の口調になった事が、スズノを不安にさせちまったらしい。
お互い、貴族連中にはイイ思い出が無ぇもんなぁ……。
そう言や、オレの所為で左顎が赤くなったまんまじゃねぇか。
何やってんだ、オレは。早く治してやんねぇと。
「吹っ飛ばして悪かった。すぐ治すから、ちょいと温和しくしてろよ」
「へ――?」
オレはスズノの後頭部を左手で掴むと、自分の方に引き寄せた。
赤くなっちまってる顎から頬の辺りに、魔力を篭めて舌を押し付ける。
ペロリと舐めると、周辺の赤味まで綺麗に消えちまう。
ちょっと塩っぺぇのは涙か。
泣かすつもりは無かったが、本当に悪い事したな。
おまけで、真っ赤な鼻先にチュッと口付けしてから手を離した。
「――ぇ?」
「ほい、治療終わり。他に痛い所無ぇか。顎だけか?」
スズノは――首まで赤くして、顎から口元辺りを押さえてプルプル震えてる。
青少年には、ちょっと薬が強過ぎたか?
「ナっ――なに……今の、なに――?」
おお。獣耳付いてたら絶対ぴるぴるしてんな、こりゃ。
無いのに見える気がするもんなぁ。
「俗に言う『舐めときゃ治る』ってヤツだよ。獣人の魔力は強いから、本当に舐めるだけで治せちまうんだ。野生の獣と似たようなモンだな」
「な――ナメっ!? でも、イマっ――今まではっ――!?」
気が付くと、オレはニヤニヤ笑っていた。
「そりゃ、自分以外にはしねぇよ。ヤだろ、オレに舐められんの。美女ならともかく、オッサンだぜ?」
以前師匠にやったら、〈効果のお墨付き〉はくれたが絵面がどうとかって止められたからな。
それからは滅多に人には――あ、花街で行為ついでにやったか。
……いやアレはホントについでだし、ノーカウントだろ。
「ニャんっ――なんでイミャっ――今おリェっ――おれ、にっ――!?」
おー、盛大に噛んだなぁ。
つうか、涙目で見んなよ。オレの所為か、今の?
「あー、何でだろうなぁ? 緊急だし、治癒薬使う程じゃ無ぇし。お前なら、まあイイか?――って……」
化粧品や香水の味がしなきゃ、オレの方は特に問題無ぇんだよな。
師匠には何故か『ソコが問題だから、止めとけ』って言われたけど。
まぁ確かに、オッサンに舐められたら厭だろうな。
オレもそう思うから、緊急時か、シャレや冗談で通じそうな相手以外にはしないだけだ。
「厭だったら、洗うなり拭くなりしてくれよ。オレは別に構わねぇぞ?」
継続用の魔力コーティングは落ちるが、基本即効だから大して影響は無ぇハズだし。
ん――何だ?
涙目でぴるぴるしてオレを見てたスズノが、更に真っ赤になって、両手で口を隠して俯いちまったぞ。
……あれ?
噛んだの、セリフだけだよな?
舌まで噛んじまった――なんて、無いよな?
まさかな?
つーか……本当に舌噛んでたらどうする気だ、オレ?
治療自体は出来なくねぇけど……。
何か……色々と、マズくねぇか?
「……治療だし。治療だから――特にイヤでは無ぃし――無ぃけど――メッチャ恥ずかしぃっ……!」
とにかく顔を隠したいんだろうな。スズノがひたすらプルプル震えながら、オレの胸に顔を伏せてしがみ付いて来る。
そりゃオレの膝の上だし、他に逃げ場も無ぇけどさぁ。
……ああ、うん。
オレも今更ながら、恥ずかしくなって来やがった。
スズノの姿がマトモに見られねぇ――!
気が付いたら、オレも自分の口を片手で覆ってた。
ハッとして外したが、思わず背けた顔は熱くてどうしようも無ぇ。
くっそ――ヤベェな、思いっ切り釣られてる。
今まで、舐めたからってこんな意識した事は無ぇのになぁ?
スズノ相手だと、どうも調子が狂う気がするぞ。
やっぱり、異世界の客人は〈斜め上の反応〉するからか?
だからって、からかい半分にやった事が盛大に〈墓穴掘って自爆〉なんて、どうにも困るだろ……。
大体、スズノは何でこんなにオレに好意的なんだ?
オレは獣人で、しかもオッサンだぞ?
小動物っぽいとは言えスズノは人族だし、〈獣人の仲間意識〉って訳でも無ぇだろうになぁ?
……ん?
そもそも、オレにほっぺた舐められて、何で首まで真っ赤になったんだ?
いつも『オッサン』『オッサン』言って、オレをナメまくった態度取ってんじゃねぇか。
なのに、なぁ……?
――ってそう言う事じゃ無ぇよ!
精神的にナメられてるから物理的に舐め返したって訳じゃ無ぇんだよ。
ただの治療。
オレの所為で怪我をさせたから、治療しただけだ。
だが今後はやらねぇ!
二度と舐めねぇ!
うん、それがイイ。
それで万事解決だ!!
……取りあえず。
今現在、オレの胸にしがみ付いて恥ずかしがってるこの可愛い生き物……コレ、どうすりゃイイんだ?
オレはスズノを落ち着かせようと、背中を軽くポンポンと叩いてやる。
「……ぴっくしゅっ!」
突然、胸元からえらく可愛い音がした。
今の――クシャミか?
「スズノ? 大丈夫か?」
「ん……だい、じょぶっ」
あ――そう言やオレ、汗で服まで濡れてたな。
スズノの寝間着代わりの薄いシャツじゃ、湿り気が移っちまったのか?
とは言え、今から着替えを出すのもなぁ。
……少し面倒だが、魔法で水気飛ばして乾かすか。ついでに身体も温めときゃ、風邪引かねぇだろ。
単純に水分を移動させるだけなら簡単だが、熱を奪わずにってのが曲者だよなぁ。
それに、火傷を起こさない熱風ってのもなぁ。制御が面倒クセェんだよ。
あれこれ考えつつ、自分ごと範囲に入れて魔力を細かく調整する。
スズノが〈ドライヤー〉とか呼んでた魔法だ。
確かに、慣れたら便利そうだよな。
色々応用出来そうだし……。
練習がてら、使用頻度を増やしてみるかな――っと。
「ふわっ――暖かぁ……」
お、上手く行ったみたいだな。
スズノに火傷は無さそうだし、シャツも湿ってない。
オレの服も乾いてる。よし、上出来。
トロンとした顔でオレに身を預けて来るスズノは、とても子供らしくて微笑ましい。
何かに似てると思ったらアレだ。
いつも物凄く警戒されてた小動物にオヤツあげたら、懐かれてオレの膝が〈温かい寝床〉に認定されちまった時みたいな感じだ。
そう言えば、アイツもスズノもほっぺた膨らませて夢中で食うよな……。
思い出すとオレの頬は勝手に緩んじまった。
イカンイカン。それより、スズノを寝かせねぇと。
「スマン。もう大丈夫だから、お前は寝とけ」
スズノをベッドに押しやろうとすると、どういう訳かそれを避けようとする。
「今度は、オッサンがベッドで寝て!」
オレをベッドの方へ押してるつもりか。更に微笑ましいな。
「……いやいやいや。オレはベッドで寝る気は無いって初めに言ったろ。お前が使え」
抵抗自体は可愛いモンだが、面倒なので、ひょいと〈姫様仕様の抱っこ〉をしてベッドへ連れて行ってしまう。
「だってっ――いつもイスで寝てるし、ちゃんと眠れてないんでしょ? だからっ――」
オレがうなされたのは、ベッドで寝ない所為だと思ったのか。
心配してくれてんのは、素直に嬉しいんだがなぁ……。
「……そうじゃ無ぇ。そうじゃ無ぇんだよ……」
スズノはオレを見上げ、酷くショックを受けた表情をした。
オレの服の胸元をぎゅっと握り締めてる。
オレは今、どんな表情をしてるんだ?
無関係なスズノを、傷付けて無ぇとイイんだが……。
「むしろベッドの方がうなされちまう。いや、荒ぶって眠れねぇかも知れねぇ。……椅子の方が、まだ眠れるんだ。せっかく言ってくれてんのに、ゴメンな……」
オレが言葉に出来た最大限がコレだ。
兄妹には『説明がヘタ過ぎる』ってよく言われたが、オレもそう思う。
だが、伝わって欲しい。
オレは別に気を遣ってる訳じゃ無ぇって事――。
現状の最善を選んでるだけだって事――。
優しいスズノに感謝してる事――。
結局言葉にならなくて、オレは「勘弁してくれ」の一言と共にスズノの頭に頬ずりした。
*********
「……おい」
そっとベッドに寝かせたスズノが、オレの胸元をしっかり掴んで離さねぇ。
「……あのな。手、離してくれ?」
掴んだ手をポンポンと軽く叩いてみても、完全無視だ。
コレは――アレか、〈幼児返り〉ってヤツか。
昔、オレが騎士学校の寮に入る事が決まった直後に妹がなって、毎晩寝付くまで絵本を読まされたアレなのか。
懐かしい思い出だが、今は絵本が無ぇから明日買って来なきゃならねぇかなぁ?
……などと、オレは明後日な事を考えてしまう。
要するに、現実逃避だ。
いや、逃避したくもなるわ。
何でスズノが泣きそうな顔してオレを見てるのか、さっぱり解らねぇ。
物凄く眠そうなのはよく解るから、オレに構わず眠ってくれてイイのになぁ?
「眠いんだろ? 寝てイイぞ?」
「……ヤだ。オッサンも一緒じゃなきゃ、眠れない」
「はあ?」
殆ど眠り掛けてんのに何言ってんだ、こいつは。
寝ぼけてんのか?
とは言え。胸元引っ張られて中腰は、地味にキツいんだよな……。
「はぁ……解った。眠れるかは別だが、一緒にベッドを使わせて貰う。狭いからって、文句言うなよ?」
「うん。隣に居てくれたら、それでいい」
やれやれ、オレも歳を取ったモンだ。
相手がガキだと思うと、無下にも出来んとは――。
半ば以上強引に、オレは添い寝をさせられた。
様々な体格用に大きめではあるが、流石に〈男二人で寝る事は想定されてない〉シングルベッドで。
つまり、どう足掻いても狭い。
はみ出さずに済んでいるのは、スズノが〈小柄で子供同然の体格だった〉おかげだ。
……背が低いのを気にしてる本人には決して言えねぇし、言わねぇけどな。
更に、オレにピッタリとくっ付いて来て……いや、眠った後で逃がさねぇようしがみ付いてるだけだな、コレ。
ますます幼い頃の妹を思い出す訳だが――青少年的には問題無ぇのか? 大丈夫か?
とは言え。
色気なんか欠片も無ぇし、抱き枕には丁度良過ぎるし、オレの緊張も少し解けて有り難いんだから、文句も言えない状況か……。
「……まぁ、久し振りに身体伸ばせたから良しとするか」
決して中腰がツラくて折れたんじゃ無ぇ。
無ぇが、久々に横になって心地良かったのも間違い無ぇな。
そもそも、誰かと一緒だとどうにもベッドを使う気にならねぇのは、流石に問題だとオレも解ってる。
特にスズノの護衛をする間はマズそうだ。
どうやら無駄に心配させちまうらしい。
眠らずとも横になってるだけでイイなら、多分何とか出来るだろ。
眠れるなら、それに越した事は無ぇけどなぁ……。
重い溜め息をつくと、胸元から「くふ」と小さな音がした。
オレにグリグリ頭を押し付けてしがみ付いて、いつの間にかすやすやと健康的な寝息を立ててやがったハズのスズノだ。
「起きてんのか、スズノ?」
……返事は無ぇか。
オレの声に反応した様子も無ぇな。
どうやら夢を見て笑ってるようだ。
幸せそうに頬を緩ませて――うん、美味そうな飯の夢でも見てんな、コレ。
あー、涎はこぼすな。口を閉じろ。
「……これぐらいなら、後で洗えば大丈夫か」
安心しきったようなツラしてんなぁ……なんて思って、オレは微笑ましくその顔を見ていた。
……ハズだった。
********
「――あ?」
スズノが手を離したらベッドから出るつもりだったのに、気付くと窓の外がうっすら明るくなり始めてた。
夢は何にも見なかった。
それどころか、眠りの魔法でも掛けられたみたいに綺麗に記憶が途切れてる。
〈魔法耐性〉が高いオレには、師匠レベルの魔力量でも無い限り、効かねぇハズなんだがなぁ?
それに久し振りにベッドで熟睡出来た所為か、身体全体が軽くなってる気もする。
「――……マジかよ。何だ、この〈安眠抱き枕〉は……?」
予想以上に広がってた涎染みに一瞬苦笑いがこぼれたが、そんな事はすぐにどうでも良くなった。
脱げばこれ以上の被害は無ぇんだし。
オレは上着を脱いで、腕枕していたスズノを抱え込む。
厭がりもせず抱き込まれてくれる温かい存在は、オレの全身に温もりを広げて、再び微睡みへと誘ってくれる。
「……駄目だ、抗えねぇ。高性能過ぎだろ……」
そんな事を呟いたのが最後の意識で、オレは十数年振りに至福の二度寝を堪能した。
次回からは、同時刻の小動物君の視点です。