20 タツさんの言う事にゃ③
一つ息を吐いたリュノスは、言葉を選んでいるのか、ゆっくりと話し出した。
「坊主は……幼児の頃から小さくて温和しくて、幼稚園でも女の子たちとよく遊んでたらしい。ソレが気に入らないガキ大将にイジメられて、輪堂家が引っ越す騒ぎになった――ってのが大まかな話だ」
「それやと、タツさん無関係やよね?」
シノンが小首を傾げ、リュノスも軽く頷く。
「本来幼児の喧嘩だからな。問題は、騒ぎが大きくなった〈間接的な元凶〉の方だ」
「間接的なのに、〈元凶〉?」
「ガキ大将の親のコネで、幼稚園に雇われてた男だ。〈悪い意味での体育会系〉だったらしい。恩人のガキだからって叱りもせず増長させ、『強い男が正しい』とか『やり返さないからイジメられる』とか、教師面で坊主に吹き込んで追い詰めてたんだと」
「追い詰めたって――爆発したん?」
「自分の代わりに姉ちゃんが神社の階段から突き落とされたら、俺だってキレると思うけどな?」
赤い獣耳がビクリと揺れたのを横目に、リュノスは熱い焙じ茶を啜る。
シノンが、ふと思い付いたように顔を上げた。
「もしかして――血ぃが苦手って、その所為? 神社の階段長いし、頭でも打ってしもたら……」
「即入院したって言うし、そうかもな。ただ古武術かじってたおかげか、無防備に落ちたりはしなかったらしい。思ったより軽い傷で済んだとよ。流石は〈夏喜の娘〉だぜ」
「それは何よりや。けど犯人は? ちゃんと罰を与えられたんやろうか?」
鋭く光る金茶色の瞳に、白髪交ざりの短い赤茶色の髪が緩く横に振られる。
「他に目撃者が居なくて、事故で処理されたらしい。だから言われた通り〈やり返した〉ら、今度は坊主の方を一方的に〈加害者扱い〉だと。迎えに来た保護者たちの目の前じゃあ分が悪過ぎる。酷ぇ話さ」
「真っ正直過ぎや、スズノくん……」
「それ以来、〈体育会系の男〉は坊主にとって〈破滅の使者〉らしい」
「そやけど、そいつとタツさんとは正反対やない? タツさんは『たとえ悪戯のつもりでも、度を超えたらイジメ』ってスタンスやし、絶対に許さへんやろ?」
「ああ。だから話さえ出来りゃあ、少しは安心して貰えると思うんだよなぁ」
「そうやねぇ」
二人同時に焙じ茶を口に運ぶ。
先に長い息を吐いたのは、シノンだった。
「それでナッキーは? そんな連中、黙って放置したん?」
「夏喜だぞ。〈家族の敵〉を、その後も普通に生活させる訳が無ぇだろ。『事実と一緒に注意喚起したら、周辺一帯が自主的にそいつらとの関わりを絶った』だとよ。いつもの事だが、恐ろしいぜ」
「あ~、前に〈人物を見抜く目〉には自信あるて言うてたし。多趣味やから、思い掛けない繋がりの知り合いも多そうやよねぇ」
「引っ越しも、新しい景色で坊主の記憶を上書きする為だったらしい。だが結局、子供たちの〈心の傷〉は癒せなかったとさ」
目を上げてリュノスの視線を辿ったシノンは、小上がりで眠る少年の蒼白い顔に行き着いた。
ちゃんと聞いていたのだろう。レインが気遣わしげに海老茶色の頭を撫でている。
その隣のサクラは、こちらを向いて小首を傾げた。
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「……ん? サクラちゃんが気にしてんのは、ちょこっと違うん?」
「あ? 他に何か――サクラ、また何かやらかしたのか?」
しばらく思い返していたシノンが、ポンと掌を打った。
「そう言えば――スズノくんが〈混乱の状態異常〉になって、サクラちゃんに治してもろたって言うてた」
「ん? 治したって、サクラにそんな能力――……あ」
首を捻っていたリュノスが、一点を見つめて硬直した。
「『あ』って何? タツさん?」
リュノスは小上がりのスズノに目をやり、それからシノンに向ける。
「シノン、坊主が起きたら夏喜の所に送っちまえ。サクラに乗りゃあ、すぐだ。寄り道無しの全速力で行け」
「え――そらナッキーの鑑定なら、大抵の事が判るやろけど?」
「ああ、夏喜に任せる。俺たちは手を出さない方が、多分良い」
「……これまでの事報告して、ナッキーが納得するんやったらええけど?」
不安そうなシノンに、リュノスは困った顔でバリバリ頭を掻く。
大きく息を吐き出すと、焙じ茶を一気に呷った。
「夏喜には『俺がドジったから急いで来た』って言っとけ。多分、それで済む」
「え――ほんま?」
「ああ。そもそも、俺へのトラウマ対策は〈ダメ元〉なんだ。姉の〈スークン〉の方が気楽だったけどな。『一緒に魔獣でも討伐すりゃ、多分大丈夫』だってさ」
「何処の〈戦闘狂〉や――って。お姉さんの方が、〈スークン〉なん?」
シノンが驚愕の表情でリュノスを見た。
リュノスはリュノスで、記憶を手繰るように斜め上へと視線を飛ばす。
「確か――『二度と不覚を取らない為に古武術極める』とか『男にだけ〈クン付け〉はズルイ』とか、夏喜に直談判したらしいぜ。〈そーゆー娘〉だとさ」
「へぇ……」
程良い熱さの焙じ茶を飲み込んだシノンの目が、小上がりに座ったままの男の背中で止まる。
「道理でナッキーが、〈ヴェラクリスト家のウィルフィナちゃん〉を〈猫っ可愛がる〉訳やわ。『何か似てる』って、性格の方やったんか」
呟きが聞こえたのか、赤い獣耳がプルンと動いた。
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「それより、今はスズノくんやない?」
「ん~……弟の〈スズちゃん〉の方は、もっと簡単だけど半分賭けだ。結果は〈スズちゃん次第〉、だからなぁ」
シノンが視線を戻すと、天を睨んでいたリュノスがふと気が付いたようにレインを見た。
ニヤリと笑う。
「坊主が起きて、もし取り乱したらフォロー期待してるぜ。なぁ、レイン坊?」
「オレに出来る事があるならな……」
何処か投げ遣りにも見えるレインの答えに、リュノスが『何言ってんだコイツ?』と言わんばかりの顔をする。
「出来る事も何も。〈レイン坊の存在〉が肝っつーか、切り札だろ」
やさぐれ気味だった赤い獣耳が、ピンと立ってリュノスに向いた。
目を丸くしたシノンも、慌てたようにコップを置く。
「切り札って――どういう意味? 具体的に、何するん?」
「へ? 夏喜より動物好きの〈スズちゃん〉だよな? レイン坊の獣耳でも尻尾でもイジらせてりゃあ、すぐご機嫌になるだろが?」
「「――ん?」」
振り向いたレインと固まったシノンが、ほぼ同時に首を傾げた。
「近所の〈元・狩猟犬〉がずっと鎮静剤だったらしいし、特にフサフサ尻尾がお気に入りだったって言うし。犬系のレイン坊なら、スズちゃんも文句無いだろう?」
フサフサ尻尾と言う単語に、レインが若干目を泳がせる。
「あ~、確か〈ジョニーさん〉――だったか?」
「鎮静剤って――もしかして、〈アニマル・セラピー〉やったん?」
「そうそう、ソレ。だから、護衛に〈レイン坊を選んだ〉んだろ。能力的には俺でも充分だけど、スズちゃんのトラウマ考えるとリスキーだし。まあ、案の定だった訳だが」
リュノスが軽く頷き、シノンが細い眉を寄せた。
「……レインくんは、知ってたん?」
「いや、初耳だ……」
ぎこちなく振り返ったシノンに、レインが力無く頭を振って応える。
「そりゃわざわざ言わねぇだろ。リューさんも結構な親馬鹿だぜ? 犬扱いしたらレイン坊が傷付くとか考えても、不思議は無ぇさ」
あっけらかんとして豪快に笑い飛ばすリュノスを、レインとシノンはただ困った顔で見つめていた。
どうも私は「設定書きまくり隊」の隊員だったようです。
連想ゲームで次から次と浮かんで来て、書いてると話が進まないと言う。
伏線的に置いてますけど…文章量が増えるんですよねぇ。
買ってくれる人が居るなら売りたいレベルですわ…。




